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残酷な描写あり
19話 座敷牢
明治生まれの常太郎。大阪の材木商で丁稚。買い付けに単身四国にて道中地震に遭い死亡。100石の嫡男に転生。事故で右肩を火傷。時は徳川幕府2代将軍秀忠。前世の記憶と知識を持つ。寺子屋を預かる。大御所死去後、恒興は小山を発ち、苦労で体調を崩し隠居。恒太郎に家督を譲る。翌月恒興死去。正純から転生者と指摘。浪人を雇う為50石の加増。雇ったのは陸奥国会津藩出身の佐々木国明という若者を正純に報告。家事手伝いから解放された妹詩麻が通う。昼食の開始と仮眠の導入。寺子屋の雑炊として販売開始。寺子屋に賊が入り書物など金銭以外が盗まれる。賊を捕まえ正純から褒美を戴き両替商と知り合う。秋の宴で研究として水田2反借りる。
神無月かんなづき

 先月のうたげ募集ぼしゅうした水田すいでんを2たんりる手続てつづきをした家へ向かう。

  恒太郎「お邪魔じゃまする」
  百姓ひゃくしょうの男「これは恒太郎様。よくこのような家へ」
  恒太郎「このたびは、応募おうぼして下さり感謝かんしゃしています。必ずむくいるようつとめます」
  百姓の男「いえ。普段ふだんから殿には新しいことを色々と教えていただき感謝してます。私たちだけでなく、どの家も同じ気持ちです。また、宴を開いていただき。料理も酒も美味くてこのようなあつかいは初めてで。感謝の言葉しかございません」
  恒太郎「それはありがたい。次回の春も楽しみにしておれよ」
  百姓の男「あっしの名前は、八太ハッタと言います。よめキリ息子むすこたちの百太と賛太です。娘で赤子あかごキクです。皆、挨拶あいさつせよ」
  恒太郎「子だくさんで立派だな。息子たちは体が大きいようだ。畑仕事はたけしごとにも力も精も出るな」
  八太「大変助かってます。しかし、今回の募集は助かります。保証ほしょうがあるのは助かります。不出来ふできであればうにこまりました。数年は安泰あんたいだと思うと安心して息子たちを手習道場てならいどうじょうへ行かせられます」
  恒太郎「そうか。そのような役立ち方はあったんだな。一つ勉強になったぞ。感謝する」

 八太に頭を下げる。

  八太「とんでもございません!」
  恒太郎「一つ聞くが、八太殿の家にはもう一人娘がいると聞いていたが」

 八太の顔が曇る。

  八太「それは。何と言いますか」
  恒太郎「もしや、カタワやハクチなのか?」
  八太「その。。カタワなのです。別にかくすつもりはございません。しかし、殿にお見せするほどではないと思い」
  恒太郎「そうか。八太殿はご苦労されていたのですね。もしよろしければ娘さんと話をさせてもらっても良いでしょうか」
  八太「それはかまいませんが。娘の名は」
  恒太郎「よい。本人から聞く。案内あんないしてくれ」

 八太は奥のかこいに案内した。これは、座敷牢ざしきろうと呼ばれる健常者けんじょうしゃではない者を隠すための場所。今の時代でも一部でまれに見られる。

  八太「大勢おおぜいおどろいたか?悪いな。今日は、殿が見舞みまいに来てくれた。挨拶をしなさい」

 優しく語り掛ける。このような場所に隠していながら。だが本人も分かっており、れない正座せいざをしてむかえる。

  恒太郎「こんにちは。私は、本多ほんだ恒太郎と言います。あなたのお名前はなんと言いますか?」

 ゆっくりとこわがらせないようにやさしく微笑ほほえみながら語り掛ける。

  八太の娘「は。。はじめまして。わたしは、、、さ。。サチといいます」

 深々と頭を下げながら名乗った。

  恒太郎「幸さんですね?間違えてませんか?」
  幸「はい。わたしのなまえはサチです」
  恒太郎「そうですか。これから仲良くしましょうね」

 普段子供たちに見せる笑顔えがおで語り掛ける。

  八太「殿。娘は」

 手で制止せいしさせ

  恒太郎「幸さんはうでのようですね。ご不便ふべんはありませんか?」
  幸「はい。とくには。きづいたらこのうででしたので、なれました」
  恒太郎「そうですか。文字を書いたり絵をえがいたことはありますか?」
  幸「わたしはまいにちここでねおきするだけです。たまに、わらじをつくるのをてつだいます」
  恒太郎「それはすばらしい。八太殿。幸さんが作った草鞋ぞうりがあれば見せては下さらぬか?」
  八太「はい。こちらです。形が悪いですがあっしらにはこれで丁度ちょうど良いのです」
  恒太郎「どれ。ほう。これはなかなか良いですね。幸さんは器用きようなんですね」
  幸「きよう?」
  恒太郎「どうやって作るのか見させてはもらえませんか?」

 八太は準備じゅんびしたのを幸に手渡てわたす。

  八太「殿出来るまでこちらで白湯さゆでも。まぁなにもございませんが」

 八太は無理に笑いながら話す。

  恒太郎「いえ。おかまいなく。私は幸さんがどうやって作るのか見させてほしいのです。幸さん。緊張きんちょうするかもしれませんが、いつも通りにやってください」



 一刻半いっこくはんぎた。恒太郎は出された白湯をすすりながら見学。幸は、口を使い両足りょうあしを使い器用に作る。大方おおかた出来てきた。うなづきながら必死ひっしに取り組む姿すがたを見る。

  幸「できました。ちょっとぶさいくですが」
  恒太郎「とんでもない、すぐにでも使えますよ。売り物にもなりますよ。幸さんは器用でいてとても真面目まじめな性格なんですね。几帳面きちょうめんという感じがしました」

 れる。初めて家族以外の他人からめられて照れずにはいられない。恒太郎は、世辞せじでは無く本音ほんねで話す。

  恒太郎「幸さん。もしよろしければ手習道場に来ませんか?ここに毎日いるよりかはずっと楽しいと思いますよ」

ガシャーン
 
 八太があわてて立ち上がったため白湯とつまみの漬物つけものの乗った台をたおしてしまった。

  八太「殿!待ってください!!娘になにをさせる気ですか!娘はこんなんでもあっしの娘です!人様ひとさまの目にさらさせてあっしらをどうしたいんですか。娘をどうしたいんですか!」

 家の中での大きな声。怒号どごうが飛んだ。かくれてたネズミもあわてて走り出すほど。

  恒太郎「すみません。配慮はいりょりなかったですね。私の今の言葉にうそいつわりはありません。こんな器用で几帳面で真面目な性格をした娘さんを家にしば
り付けておくのがしいのと思ったのです。手習道場で文字を学び計算が出来るようになれば、この草鞋を雑貨ざっか屋に持ち込み売ることが出来ます。そこでの交渉こうしょうを幸さんがひとりでできるようになれば、あなた方が付きう必要もなくなり、農作業のうさぎょう従事じゅうじしやすくなるんです。誰にとってもとくなことではありませんか?」
  八太「しかし!それを他人に見せてなんになります。幸が可哀想かわいそうじゃないですか!」

 父八太の悲痛ひつうさけびに、本人の幸は体を丸めおそれ、兄ふたりは堂々としているが貧乏びんぼうゆすりが目に見えるほど大きく手足がれる。赤子の菊は泣き出す始末しまつ

  恒太郎「そうですね。一見いっけんそう見えるでしょうね。でもどうでしょうか。正確せいかく数字すうじはわかりませんが、幸さんのように家の奥に隠されての目を見ずに生きている人たちがどれだけいるか。けっして他人事たにんごとじゃないと思うんです。幸さんのように真面目に働き几帳面で素直すなおな人を見たら他の同じような人たちも自信を持つのではないでしょうか。もっとも、幸さんがかよいたいと言ってくださらなければこの話は机上きじょう空論くうろんになるでしょう」
  八太「ふぅ。殿は、そんな先の事まで考えていらっしゃるんですね。ダメですね。どうも自分の事しか考えられないようで。幸が可哀想だとしか思ってなくて」

 八太自身の視野しやせまくなっていることにようやく気付く。しかし、このような前例ぜんれいは聞いたことが無く、戸惑とまどうのは当然とうぜんの事である。ましてや、当主とうしゅ相談そうだんなく話したのだから余計よけい混乱こんらんしょうじたのだ。

  恒太郎「もう一度お聞きします。手習道場へ通いませんか?」
  幸「わ。。わたしは、いちどもいえからでたことがありません。すごくこわいです。でもすきまからさしこむひのひかりにおもいっきりあびたいとおもいます。との。わたしそとにでてみたいです」
  恒太郎「出てみたいですか。その気持ち受け取りました。八太殿。幸さんの気持ちをんではいただけませんでしょうか」
  八太「娘に言われたらことわれる親なんていませんよ。ですが、好奇こうきの目で見られるのがあっしにはえられません。娘の名前の幸は、カタワでんでしまったことへの罪滅つみほろぼしで、少しでも幸せに過ごしてほしいとねがって付けました。大事だいじに育ててきました。毎日、ひまだろうから草鞋の手伝いをさせてやったり。年頃としごろの女らしく生きていけないのはあまりにも可哀想だと思ってます。だけど、外に出して石でも投げられたりでもしたら」

 息子の百太と賛太がる。

  百太「幸のことはおれと賛太で守る。通う時は三人一緒いっしょだ。オトウとオカアには迷惑めいわくかけるけど、幸のことは俺らにまかせてくれ。幸を無事手習道場へれて帰ってくるから!」
  賛太「そうだ。おにぃの言うとおりだ。石を投げて来るやつがいたら投げ返してボコボコにしてやる。そのすきにお兄と幸をがす」
  百太「それ俺にやらせろ。お前が幸と一緒に逃げろ。なんで弟にそんなことさせられる兄がいるか!」

 百太と賛太の心根こころねの優しさを感じて喜んでいると、どっちが力があるか勝負しょうぶを始める。それを見て母の桐が止めに入る。

  桐「あんたたち!殿の前で何やってんだい!あんたたちが幸を守るのはうれしいことさ。でもね。あんたたちがこんなところで喧嘩ケンカしても幸は喜ばんよ。バカなことしてないで殿と幸にあやまりなさい」
  百太・賛太「殿すみませんでした。幸ごめんよ」

 この家の誰もが優しい。よい家だと再認識さいにんしきする。そのためにも研究けんきゅう成功せいこうさせたい。幸に別れをげ、八太と話す。

  恒太郎「。。。で、今は水田から畑に変えてるところなんだな。では、畑になった頃にコレをえて欲しい」
  八太「これは。綿花めんかたねですか?」
  恒太郎「そうだ。これを植えて綿を売るのだ。売った金の四割よんわりはいただくが、残りは八太殿が受け取るように。売るさいには、少しでも高く買い取ってもらう必要があるからな。お千代さんについて行ってもらいましょう。お千代さんには、いくらかで良いので駄賃だちんわたしてあげてください。自分が思っていたがくより高い時は少し多めにおねがいしますね」
  八太「助かります。あっしらでは足元見られちまう」
  恒太郎「よかった。では後でお千代さんに話を通しますね。とはいっても来年の話ですから。お千代さんにも育成状況いくせいじょうきょうを見てもらいましょう。私もたまに見に行きますよ。生育状況を知りたいですからね」
  八太「それはもちろん。お願いします。こまめなご指導しどういただけると助かります」
  恒太郎「ありがとう。そうさせていただきます」

 幸のもとふたた移動いどう

  恒太郎「幸さん。立派なご家族ですね。むねってくださいね。幸さんのような人に出会えて私は幸せです。次に会う時は、手習道場でお会いしましょう」
文中にあるカタワ・ハクチは今の時代には使ってはいけない言葉になりますので、人に向かって使わないようにお願いします。時代背景からあえて使ったにすぎません。使った場合、言葉として発した・文字にした人が他人から咎められるので十分注意するようお願いします。
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