残酷な描写あり
秋の宴
明治生まれの常太郎。大阪の材木商で丁稚。買い付けに単身四国にて道中地震に遭い死亡し100石の嫡男に転生。事故で右肩に大きな火傷。時は徳川幕府2代将軍秀忠。前世の記憶と知識を持つ。寺子屋の経営譲渡。大御所死去後、父恒興は小山を発ち、苦労で体調を崩す恒興は隠居し恒太郎に家督を譲る。翌月家族看取られる。正純から転生者と指摘。浪人を雇うのに50石の加増。雇ったのは陸奥国会津藩出身の佐々木国明という若者を正純に報告。家事手伝いから解放された妹詩麻が通う。昼食の開始と仮眠の導入。寺子屋の雑炊として販売開始。寺子屋に賊が入り書物など金銭以外が盗まれる。賊を捕まえ正純から褒美を戴き両替商と知り合う。
ー葉月―
役職報酬の100俵を受け取れと言われ両替商へ向かう。両替商は、今でいう銀行なのだが、小判から文まで交換できる。両替商の主人と話す。
主人「これはこれは、恒太郎さんですな。よくお越しくださいました。今日はどのような御用で」
商人らしい物腰の柔らかさで接客をする。
恒太郎「今日は両替と言いますか、預かっていただきたく参上しました」
主人「ほう。ではおいくらほど」
恒太郎「米百俵なんだが」
主人「なんと。随分と大出世されましたな。おめでとうございます」
恒太郎「実はそうでもないんだ。まぁ加増は受けましたが、この百俵は手当でいただいたものなんだよ。当家は恥ずかしい話、蔵が無いのでな。それまでの間だけでも良い。預かってはいただけないかと思ってな」
主人は膝で手を叩く。
パンっ!
主人「わかりました。承りましょう。ですが、当家の蔵もあまり大きくはございません。小さな商(あきな)いですから。この米百俵を一度金に換えませんか?そうすれば、小さく保管できます。もしよろしければこちらで代理で受けてくることが出来ますがいかがされますか?」
恒太郎「わかった。ありがとう。そうしてくだされ。当家にも蔵を早急に作るまでの間で結構だ」
主人「お武家さんですし手習道場の師範として名の知れたお方。良ければ、当方に預けていただくことはできませんでしょうか」
恒太郎「手数料を支払い続ける方が安いからな。その方が安全でもあるし」
思案中である。
主人「当方としては、庶民に名の知れた恒太郎さんが預けていると宣伝ができます。当方としては預けていただいた方が助かります。手数料はいくらか勉強させてもらうことは可能ですがいかがでしょう」
思案中の恒太郎に追い風な提案。
恒太郎「宣伝が出来るのか。では、その宣伝で得た手数料をさらに負けることは出来んかな。この金はな、手習道場普及のための金なんだ。私用で使うためではない。今やっている皆食も安定して出していきたいと考えてもいる。また、増やすとなると人材が必要になる。そのために」
主人「わかりました!恒太郎さん、手数料は無しで結構です。いつでも来てくだされ。来ていただくだけでこちらは充分宣伝になります。僅かな期間で、知行を三倍にした御仁ですよ。さらに私ら庶民の味方である恒太郎さんが、来ていただけるだけで充分宣伝効果がでます。この小山を盛り上げていただけるのであれば手数料なんて不要です!ですので、いつでも来ていただいて結構です。確実にお守りします」
恒太郎「ならばこちらも勉強させてもらう。今、主人のとこの番頭さんの娘さんが手習道場に通っている。その代金は頂かないとお伝えください。もし、丁稚さんが通っていただけるのであれば五割引きさせていただく。これからも良い取引ができるようにする。どんどんと送り込んでくれるとこちらも助かるぞ」
これは、ちょくちょく顔出せということか。なるほど。代理で行かせるわけにはいかなくなったな。面倒だが世話になるんだ。ありがたく利用させてもらおう。出された茶を一気に飲み干し店を後にした。
ー長月ー
所領の百姓を再び集める。春は、今より石高が半分だったため少なかったが、加増していただいたことで来てくれた百姓は倍以上の70人が集まった。家長だけでなく、子供を連れて来るところもあった。幼い子供は、詩麻が見る。
恒太郎「良く集まってくれた。収穫もひと段落したころだ。実入りはどうだろう。私の見立てでは、例年通りかと見たが。今日は、その疲れやこれからの作付けを前にして伝えたいこともある。だがその前に、収穫ご苦労であった。食事は春よりいくらかマシになった程度だが、酒は増やした。明日に差し支えの無い程度に楽しんでほしい」
皆楽しく騒いでいる。春は恒太郎の自宅で出来たが、所領が増え来る人も増えたことで自宅前では出来なくなった。近くに祠のあるところにちょっとした広場がありそこで開催した。茣蓙を敷く。
料理は、女中のカメと母上のトラだけでは間に合わないということで、百姓の嫁たちにも手伝ってもらう。その中に、千代も入り手伝う。千代特製の寺子屋の雑炊を振る舞う。
百姓「年にニ回も宴を開いていただいた。ありがたい」
百姓「酒がうまいな。料理も美味い。タダで食べれるなんて」
百姓「これが、噂の雑炊か」
皆喜んでくれてる。
母トラの呼びかけで集まってくれた百姓の嫁たち。皆和気あいあいと楽しんで料理を作る。武家の奥方という振る舞いは無く、身分も関係なく楽しめている。
恒太郎「食べながらで良い。今後のことを話したい」
皆こちらを向く。
恒太郎「現在川沿いにある水田の一つを畑にしようと思う。水田を続けていくと実りが悪くなると聞いた。だが、畑として一・二年使うと実入りが増えると。なので、二年間畑として使い、三年目は水田として使う。四・五年目は畑。六年目は水田と。その研究をしたいので、川沿いの水田一反と川から離れた水田一反を私に貸してはもらえんだろうか」
百姓たちはざわめく。
百姓「これまで、水田を休ませるということはしてきましたが、それでも実入りは増えました。水田から畑にするなど。本当にそんなことで実入りが増えるのですか?元に戻るのに年数がかかるのだとしたら損害しかありません」
恒太郎「そうだね。だから試しに一反ずつだけ研究用に貸して欲しいのだ。貸してくれた者には、特別に一反分の収入を確約する。今年採れた収入分だけ与える。途中、私が別の所領を与えられた場合でも支払うので安心して欲しい。今年以上の収入があればその分も収入として受けられる。簡単に言えば、損はしないということだ。とはいえ、口約束に信用は無い。と思うだろ?締め切りまでに手を挙げてくれた者には、書面で記録に残そう。新たに所領地を得た武家には私からこの書面を渡し守らせる。その約束が反故された場合は、当家へ言って欲しい。米か金で残りの年数分支払う。最悪、当家が無くなったら諦めて欲しい。そうならないように注意する」
失敗しても成功しても貸した農家は損をしないということを強調した。しかし、当の農家は誰もが信じられない様子。
恒太郎「まぁ突拍子も無いことではあると自覚している。しかし、より増産できるのであれば助かるよな。私が調べたところ、畑にして良いことは、なにも増産だけではない。虫が付きにくくなり、雑草が生えにくくなる。利点ばかり述べていてより不穏な感じになるとは思うが、こればかりはやって見ないことには分からない。だから、研究材料として手を貸していただけると助かる」
案の定、皆不思議なことを言い出した恒太郎に聞こえないようにと小声で話し合っているが、全部聞こえる程の声で当人の恒太郎は頬をかく。
恒太郎「まあ良い。締め切りは今月末までに返事を欲しい。いったん持ち帰って相談しても良い。損をしないとだけ記憶に残してくれるとよい。たとえ、飢饉になっても約束された米は与える。できればこの研究を成功させたい。成功すれば、多くの農家が助かる。と考えている」
以前からコメカミを指で押して農作物の研究をしていた。増産計画として調べていたところ研究材料が見つかり今回に至った。
恒太郎「それから、農機具はどの家も大事に手入れをしているだろう。より良い農機具で働いて欲しいので、新たに用意をした。足りない分はこちらへ教えて欲しい。文字が書けるものは、いくつ必要か紙に書いて当家へ持ってきてほしい。書けないものは、口頭で良いので当家のものへ伝えて欲しい。出来る限り対応いたす」
これらはなかなか新しいものを与えられることが少なく、自ら購入するか研いで再利用していた。農家全員横一列に与えるという。出来高とか収入量というわけでもない。これには、宴に参加している百姓全員が喜んだ。
百姓の嫁「トラさまも大変ですね。せっかく収入が増えたのに。立派な宴と農機具を皆に配って」
トラ「良いのです。夫も喜んでることでしょう。以前からいつか百姓の皆を招いて酒を飲みたいと言ってました。恒太郎さんはそれを知らずにやってるのです。誰に言われること無くできるのですから。本当に困った息子です」
女たちは女たちで食事をしながら楽しんだ。
恒太郎「それから、もう一つ良いか?」
ざわつく声が大人しくなる。
恒太郎「今、殿に言われ寺子屋事業を本格化させている。小山の町にあと三つ寺子屋を作る。人は相変わらず足りて無いが、まだ通っていない子供がいたら寺子屋に通わせて欲しい。殿は、この小山から文字の読めない人を無くしたいそうだ。通える日も通えない日もあるだろう。毎日来いとは言わん。五日に一日でも良い。昼までだけでも良い。雑炊を食べるためだけでも良い。読み書きや計算が出来るようにする。身分に関係なく通える場所として考えている。是非考えて欲しい。と言っても勉学費はかかるが学べば、文を送ることが出来る。高札を読むことが出来る。新たな制度を読み知ることが出来る。良いことずくめだ。また、大人でも勉強したいのであれば、受け付けている」
寺子屋事業についても伝えた。既に、寺子屋ではなく手習道場に呼び名は変わったのだが、意味が分かりやすいように寺子屋と以前の呼び方で伝えた。
百姓「それは手習道場の事で良いのですか?」
恒太郎「分かる人はそれで良い。皆が分かっていないだろうと呼び方を以前の寺子屋として伝えたまでだ。大人でも参加は可能だ」
百姓「わかるが、俺らは昼間は畑仕事で忙しい。習いに行く時間なぞねえ」
恒太郎「そうだ。私としても仕事を休んでまで来てくれとは言わん。先に伝えて無かったが、大人は暮れ六つの一刻だけとする。一人から参加可能だ。暮れ六つ半までに来ないいと閉めてしまうのでそれまでに来てくれたら共に勉学に励もう」
百姓「そうかなるほど。短い刻で集中して勉学に励むんだな」
恒太郎「そうだ。子供は要領を得てないから時間をかけてゆっくりと教えなければならないが、大人は子供に比べて要領を得ているので短い時間で集中的に学ぶことが出来る。自分は要領が悪いと思う者でも来れば理解できる。とりあえず興味のあるものは来て欲しい」
百姓たちは顔を見合わせ、それなら通うこともできるかもしれないと口々に話す。
恒太郎「大人は、その日払いで良いぞ。一日三十文でよい。百姓は二千文だ。一度に払えるのであれば安く済む」
日払いだと割高になるが、百姓でも払えなくはない金額でもある。
百姓「それはそうと、寺子屋に空き巣に入られたらしいけど?」
恒太郎「あったなそんなことも。無事捕まえた。捕まえてくれたのは、この国明なんだ。国明殿。皆に話してやってください」
百姓たちは、酒のつまみに捕り物帳を楽しむ。前のめりに話を聞くそれを見て国明も調子に乗って話を盛ながらも話す。
恒太郎 《話盛ってるなぁ。でも楽しい盛りだからちょうどいいな》
傍から見ていて反省する。宴と言いつつも生活に直結することをタラタラと話し過ぎた。もっと百姓たちを楽しませて癒さなければと。少し独りよがりが過ぎた。
百姓たちは、国明の話を聞いては歓喜の声を上げて楽しむ。宴とは本来こういうものだと改めて実感した。それと同時に、才能の一部を見た。話芸のできる武士は少なくはないが、話に山と谷を作りオチを瞬時に作れるという才能の度合いが高い話芸だ。この才能を何かに役立てたい。思案を巡らせる。
となりにいつの間にか、詩麻と千代がいた。気づかず思案を巡らせていたようだ。ふたりは皆と一緒に笑いながら話を聞く。気づいて声を掛ける。
恒太郎「詩麻もお千代さんも食べたか?」
詩麻「おいしかったです。兄上こそ食べましたか?」
恒太郎「ありがとう。皆の話を聞いてるだけで腹が膨れる」
千代「では雑炊でサッパリとされては」
恒太郎「うん。ありがとう。ではいただく」
ふたりは顔を見合わせて微笑む。仲の良い姉妹のようだ。
恒太郎「母上。余った料理や酒は包んで持ち帰れるようにしてください」
トラ「すでに出来てますよ。春と同じ事ですからね」
先回りして準備してくれていた。百姓の嫁たちが囃し立てる。
百姓の嫁「おたくの千代ちゃんもういつでも嫁に出せるんじゃない?」
千代の母「そうなんだけどまだ子供っぽくて」
百姓の嫁「ツネ様にべったりよね。あれって」
千代の母「ははは。何言ってんのよ。だとしても、武家と農民の娘。身分が違い過ぎるわ。せめて庶民なら」
百姓の嫁「そうよね。それは分かってるけど。私たちの時にあんな出来た武士なんて居なかったし。刀振り回すような男しかいなかったもんね。憧れもしなかったわ」
トラ「あまり武士の悪いことは言わない方が良いわよ。誰が聞いてるか分からないんだからね。私らは一向に構わないけど」
百姓の嫁・千代の母「めっそうもございません!」
トラ「でも、お千代ちゃんが懐いてくれて嬉しいのよ。こないだ裁縫を習いに来てくれたのよ。うちの詩麻は裁縫が苦手でね。隣に並んで裁縫が出来ないのは母親としては少し寂しかったの。でも、お千代ちゃんが習いに来てくれて、『母上様』なんて可愛いこと言うのよ。とっても可愛い娘さんよ。きっと良い縁談があるわ。良い家柄を見つけて上げましょうか?」
千代の母「お武家様の大奥様にそのようなことを頼むだなんて。それに、千代は夢があるようなのです。日記をたまたま見ることがあってその日記を見ると。。。寺子屋の師範代になるのが夢なんだそうです。私らは、学の無い親なので、学のある娘が望むならさせてやっても良いと考えてます。またツネ先生とも国明先生とも仲良くさせてもらってます。良い手本がそこにあるのならば、三・四年であればさせてやりたいと考えてます。適齢期が来るまでは。今はやりたいことをさせてやりたいのです。千代は初めてのお給金で私らになにかを渡そうとしてました。その金は、嫁ぎ先に持って行けばと考えてます。私らが出来るのはせいぜい米を二俵渡すくらいしかありません」
トラ「四年後ということだと四両ですか。それは私ら下級武士でも払うのに苦労する金額ですね」
百姓の嫁たち「そんなに千代ちゃんもらってるの!?」
トラ「皆さん内密にお願いしますね」
千代の噂話から思わぬ話の展開になってしまった。恒太郎はそれは知らないのだが百姓の嫁たちの見え方が変わったのは言うまでもあるまい。
夕方ー
トラ「ツネさんごめんなさいね。ちょっと口を滑らせちゃったのよ。悪気は無いの」
トラは、千代のお給金のことを話してしまったと詫びている。その話の中に、千代の気持ちや今後の夢は言わない。
恒太郎「そうですね。まぁ良いのではないでしょうか。百姓の子供でも真面目に働けばお金が貰えるんだということを知ってもらえて。半端な金額を払ってるのも年に直すと米一俵の価値があるということを知って欲しいというのもあって支払ってます。賢いお千代さんですからね。今頃はきっと気付いていることでしょう。私としてもそのような賢いお千代さんは、片腕として働いて欲しいと願ってます。近々、師範代にさせたいなと考えております。手習道場を増やすのに師範代が必要なのです。お千代さんのように気の利く人は是が非でも欲しい人材ですね。これにより、百姓の子供たちが手習道場に通うようになったら嬉しいですね」
トラ「そうでしたか。千代ちゃんは賢いですからね。気も利きます。きっと良い師範代になることでしょう」
酒に酔った国明が起き上がる。
恒太郎「国明殿の活躍に感謝します。民を盛り上げていただきました。宴らしくしていただきありがとうございました」
国明「いえ。とんでもごらいません。宴を開いてくらさったのは殿です。殿になにかしら報いたかったので。少し話を盛ってしましました」
恒太郎「その盛りが彼らの心を癒しただろう。また、国明殿のちぎっては投げちぎっては投げのあの様子は非常に楽しかったですよ。また、期待してますよ」
照れる国明。未だ、恒太郎と国明の間に、呼び方のズレがあるものの年上の家臣への配慮だと両者はわかっている。が、いまひとつ近づけないでも居る。
楽しい宴も終わり残り物で食事をした。楽しいひと時だった。
役職報酬の100俵を受け取れと言われ両替商へ向かう。両替商は、今でいう銀行なのだが、小判から文まで交換できる。両替商の主人と話す。
主人「これはこれは、恒太郎さんですな。よくお越しくださいました。今日はどのような御用で」
商人らしい物腰の柔らかさで接客をする。
恒太郎「今日は両替と言いますか、預かっていただきたく参上しました」
主人「ほう。ではおいくらほど」
恒太郎「米百俵なんだが」
主人「なんと。随分と大出世されましたな。おめでとうございます」
恒太郎「実はそうでもないんだ。まぁ加増は受けましたが、この百俵は手当でいただいたものなんだよ。当家は恥ずかしい話、蔵が無いのでな。それまでの間だけでも良い。預かってはいただけないかと思ってな」
主人は膝で手を叩く。
パンっ!
主人「わかりました。承りましょう。ですが、当家の蔵もあまり大きくはございません。小さな商(あきな)いですから。この米百俵を一度金に換えませんか?そうすれば、小さく保管できます。もしよろしければこちらで代理で受けてくることが出来ますがいかがされますか?」
恒太郎「わかった。ありがとう。そうしてくだされ。当家にも蔵を早急に作るまでの間で結構だ」
主人「お武家さんですし手習道場の師範として名の知れたお方。良ければ、当方に預けていただくことはできませんでしょうか」
恒太郎「手数料を支払い続ける方が安いからな。その方が安全でもあるし」
思案中である。
主人「当方としては、庶民に名の知れた恒太郎さんが預けていると宣伝ができます。当方としては預けていただいた方が助かります。手数料はいくらか勉強させてもらうことは可能ですがいかがでしょう」
思案中の恒太郎に追い風な提案。
恒太郎「宣伝が出来るのか。では、その宣伝で得た手数料をさらに負けることは出来んかな。この金はな、手習道場普及のための金なんだ。私用で使うためではない。今やっている皆食も安定して出していきたいと考えてもいる。また、増やすとなると人材が必要になる。そのために」
主人「わかりました!恒太郎さん、手数料は無しで結構です。いつでも来てくだされ。来ていただくだけでこちらは充分宣伝になります。僅かな期間で、知行を三倍にした御仁ですよ。さらに私ら庶民の味方である恒太郎さんが、来ていただけるだけで充分宣伝効果がでます。この小山を盛り上げていただけるのであれば手数料なんて不要です!ですので、いつでも来ていただいて結構です。確実にお守りします」
恒太郎「ならばこちらも勉強させてもらう。今、主人のとこの番頭さんの娘さんが手習道場に通っている。その代金は頂かないとお伝えください。もし、丁稚さんが通っていただけるのであれば五割引きさせていただく。これからも良い取引ができるようにする。どんどんと送り込んでくれるとこちらも助かるぞ」
これは、ちょくちょく顔出せということか。なるほど。代理で行かせるわけにはいかなくなったな。面倒だが世話になるんだ。ありがたく利用させてもらおう。出された茶を一気に飲み干し店を後にした。
ー長月ー
所領の百姓を再び集める。春は、今より石高が半分だったため少なかったが、加増していただいたことで来てくれた百姓は倍以上の70人が集まった。家長だけでなく、子供を連れて来るところもあった。幼い子供は、詩麻が見る。
恒太郎「良く集まってくれた。収穫もひと段落したころだ。実入りはどうだろう。私の見立てでは、例年通りかと見たが。今日は、その疲れやこれからの作付けを前にして伝えたいこともある。だがその前に、収穫ご苦労であった。食事は春よりいくらかマシになった程度だが、酒は増やした。明日に差し支えの無い程度に楽しんでほしい」
皆楽しく騒いでいる。春は恒太郎の自宅で出来たが、所領が増え来る人も増えたことで自宅前では出来なくなった。近くに祠のあるところにちょっとした広場がありそこで開催した。茣蓙を敷く。
料理は、女中のカメと母上のトラだけでは間に合わないということで、百姓の嫁たちにも手伝ってもらう。その中に、千代も入り手伝う。千代特製の寺子屋の雑炊を振る舞う。
百姓「年にニ回も宴を開いていただいた。ありがたい」
百姓「酒がうまいな。料理も美味い。タダで食べれるなんて」
百姓「これが、噂の雑炊か」
皆喜んでくれてる。
母トラの呼びかけで集まってくれた百姓の嫁たち。皆和気あいあいと楽しんで料理を作る。武家の奥方という振る舞いは無く、身分も関係なく楽しめている。
恒太郎「食べながらで良い。今後のことを話したい」
皆こちらを向く。
恒太郎「現在川沿いにある水田の一つを畑にしようと思う。水田を続けていくと実りが悪くなると聞いた。だが、畑として一・二年使うと実入りが増えると。なので、二年間畑として使い、三年目は水田として使う。四・五年目は畑。六年目は水田と。その研究をしたいので、川沿いの水田一反と川から離れた水田一反を私に貸してはもらえんだろうか」
百姓たちはざわめく。
百姓「これまで、水田を休ませるということはしてきましたが、それでも実入りは増えました。水田から畑にするなど。本当にそんなことで実入りが増えるのですか?元に戻るのに年数がかかるのだとしたら損害しかありません」
恒太郎「そうだね。だから試しに一反ずつだけ研究用に貸して欲しいのだ。貸してくれた者には、特別に一反分の収入を確約する。今年採れた収入分だけ与える。途中、私が別の所領を与えられた場合でも支払うので安心して欲しい。今年以上の収入があればその分も収入として受けられる。簡単に言えば、損はしないということだ。とはいえ、口約束に信用は無い。と思うだろ?締め切りまでに手を挙げてくれた者には、書面で記録に残そう。新たに所領地を得た武家には私からこの書面を渡し守らせる。その約束が反故された場合は、当家へ言って欲しい。米か金で残りの年数分支払う。最悪、当家が無くなったら諦めて欲しい。そうならないように注意する」
失敗しても成功しても貸した農家は損をしないということを強調した。しかし、当の農家は誰もが信じられない様子。
恒太郎「まぁ突拍子も無いことではあると自覚している。しかし、より増産できるのであれば助かるよな。私が調べたところ、畑にして良いことは、なにも増産だけではない。虫が付きにくくなり、雑草が生えにくくなる。利点ばかり述べていてより不穏な感じになるとは思うが、こればかりはやって見ないことには分からない。だから、研究材料として手を貸していただけると助かる」
案の定、皆不思議なことを言い出した恒太郎に聞こえないようにと小声で話し合っているが、全部聞こえる程の声で当人の恒太郎は頬をかく。
恒太郎「まあ良い。締め切りは今月末までに返事を欲しい。いったん持ち帰って相談しても良い。損をしないとだけ記憶に残してくれるとよい。たとえ、飢饉になっても約束された米は与える。できればこの研究を成功させたい。成功すれば、多くの農家が助かる。と考えている」
以前からコメカミを指で押して農作物の研究をしていた。増産計画として調べていたところ研究材料が見つかり今回に至った。
恒太郎「それから、農機具はどの家も大事に手入れをしているだろう。より良い農機具で働いて欲しいので、新たに用意をした。足りない分はこちらへ教えて欲しい。文字が書けるものは、いくつ必要か紙に書いて当家へ持ってきてほしい。書けないものは、口頭で良いので当家のものへ伝えて欲しい。出来る限り対応いたす」
これらはなかなか新しいものを与えられることが少なく、自ら購入するか研いで再利用していた。農家全員横一列に与えるという。出来高とか収入量というわけでもない。これには、宴に参加している百姓全員が喜んだ。
百姓の嫁「トラさまも大変ですね。せっかく収入が増えたのに。立派な宴と農機具を皆に配って」
トラ「良いのです。夫も喜んでることでしょう。以前からいつか百姓の皆を招いて酒を飲みたいと言ってました。恒太郎さんはそれを知らずにやってるのです。誰に言われること無くできるのですから。本当に困った息子です」
女たちは女たちで食事をしながら楽しんだ。
恒太郎「それから、もう一つ良いか?」
ざわつく声が大人しくなる。
恒太郎「今、殿に言われ寺子屋事業を本格化させている。小山の町にあと三つ寺子屋を作る。人は相変わらず足りて無いが、まだ通っていない子供がいたら寺子屋に通わせて欲しい。殿は、この小山から文字の読めない人を無くしたいそうだ。通える日も通えない日もあるだろう。毎日来いとは言わん。五日に一日でも良い。昼までだけでも良い。雑炊を食べるためだけでも良い。読み書きや計算が出来るようにする。身分に関係なく通える場所として考えている。是非考えて欲しい。と言っても勉学費はかかるが学べば、文を送ることが出来る。高札を読むことが出来る。新たな制度を読み知ることが出来る。良いことずくめだ。また、大人でも勉強したいのであれば、受け付けている」
寺子屋事業についても伝えた。既に、寺子屋ではなく手習道場に呼び名は変わったのだが、意味が分かりやすいように寺子屋と以前の呼び方で伝えた。
百姓「それは手習道場の事で良いのですか?」
恒太郎「分かる人はそれで良い。皆が分かっていないだろうと呼び方を以前の寺子屋として伝えたまでだ。大人でも参加は可能だ」
百姓「わかるが、俺らは昼間は畑仕事で忙しい。習いに行く時間なぞねえ」
恒太郎「そうだ。私としても仕事を休んでまで来てくれとは言わん。先に伝えて無かったが、大人は暮れ六つの一刻だけとする。一人から参加可能だ。暮れ六つ半までに来ないいと閉めてしまうのでそれまでに来てくれたら共に勉学に励もう」
百姓「そうかなるほど。短い刻で集中して勉学に励むんだな」
恒太郎「そうだ。子供は要領を得てないから時間をかけてゆっくりと教えなければならないが、大人は子供に比べて要領を得ているので短い時間で集中的に学ぶことが出来る。自分は要領が悪いと思う者でも来れば理解できる。とりあえず興味のあるものは来て欲しい」
百姓たちは顔を見合わせ、それなら通うこともできるかもしれないと口々に話す。
恒太郎「大人は、その日払いで良いぞ。一日三十文でよい。百姓は二千文だ。一度に払えるのであれば安く済む」
日払いだと割高になるが、百姓でも払えなくはない金額でもある。
百姓「それはそうと、寺子屋に空き巣に入られたらしいけど?」
恒太郎「あったなそんなことも。無事捕まえた。捕まえてくれたのは、この国明なんだ。国明殿。皆に話してやってください」
百姓たちは、酒のつまみに捕り物帳を楽しむ。前のめりに話を聞くそれを見て国明も調子に乗って話を盛ながらも話す。
恒太郎 《話盛ってるなぁ。でも楽しい盛りだからちょうどいいな》
傍から見ていて反省する。宴と言いつつも生活に直結することをタラタラと話し過ぎた。もっと百姓たちを楽しませて癒さなければと。少し独りよがりが過ぎた。
百姓たちは、国明の話を聞いては歓喜の声を上げて楽しむ。宴とは本来こういうものだと改めて実感した。それと同時に、才能の一部を見た。話芸のできる武士は少なくはないが、話に山と谷を作りオチを瞬時に作れるという才能の度合いが高い話芸だ。この才能を何かに役立てたい。思案を巡らせる。
となりにいつの間にか、詩麻と千代がいた。気づかず思案を巡らせていたようだ。ふたりは皆と一緒に笑いながら話を聞く。気づいて声を掛ける。
恒太郎「詩麻もお千代さんも食べたか?」
詩麻「おいしかったです。兄上こそ食べましたか?」
恒太郎「ありがとう。皆の話を聞いてるだけで腹が膨れる」
千代「では雑炊でサッパリとされては」
恒太郎「うん。ありがとう。ではいただく」
ふたりは顔を見合わせて微笑む。仲の良い姉妹のようだ。
恒太郎「母上。余った料理や酒は包んで持ち帰れるようにしてください」
トラ「すでに出来てますよ。春と同じ事ですからね」
先回りして準備してくれていた。百姓の嫁たちが囃し立てる。
百姓の嫁「おたくの千代ちゃんもういつでも嫁に出せるんじゃない?」
千代の母「そうなんだけどまだ子供っぽくて」
百姓の嫁「ツネ様にべったりよね。あれって」
千代の母「ははは。何言ってんのよ。だとしても、武家と農民の娘。身分が違い過ぎるわ。せめて庶民なら」
百姓の嫁「そうよね。それは分かってるけど。私たちの時にあんな出来た武士なんて居なかったし。刀振り回すような男しかいなかったもんね。憧れもしなかったわ」
トラ「あまり武士の悪いことは言わない方が良いわよ。誰が聞いてるか分からないんだからね。私らは一向に構わないけど」
百姓の嫁・千代の母「めっそうもございません!」
トラ「でも、お千代ちゃんが懐いてくれて嬉しいのよ。こないだ裁縫を習いに来てくれたのよ。うちの詩麻は裁縫が苦手でね。隣に並んで裁縫が出来ないのは母親としては少し寂しかったの。でも、お千代ちゃんが習いに来てくれて、『母上様』なんて可愛いこと言うのよ。とっても可愛い娘さんよ。きっと良い縁談があるわ。良い家柄を見つけて上げましょうか?」
千代の母「お武家様の大奥様にそのようなことを頼むだなんて。それに、千代は夢があるようなのです。日記をたまたま見ることがあってその日記を見ると。。。寺子屋の師範代になるのが夢なんだそうです。私らは、学の無い親なので、学のある娘が望むならさせてやっても良いと考えてます。またツネ先生とも国明先生とも仲良くさせてもらってます。良い手本がそこにあるのならば、三・四年であればさせてやりたいと考えてます。適齢期が来るまでは。今はやりたいことをさせてやりたいのです。千代は初めてのお給金で私らになにかを渡そうとしてました。その金は、嫁ぎ先に持って行けばと考えてます。私らが出来るのはせいぜい米を二俵渡すくらいしかありません」
トラ「四年後ということだと四両ですか。それは私ら下級武士でも払うのに苦労する金額ですね」
百姓の嫁たち「そんなに千代ちゃんもらってるの!?」
トラ「皆さん内密にお願いしますね」
千代の噂話から思わぬ話の展開になってしまった。恒太郎はそれは知らないのだが百姓の嫁たちの見え方が変わったのは言うまでもあるまい。
夕方ー
トラ「ツネさんごめんなさいね。ちょっと口を滑らせちゃったのよ。悪気は無いの」
トラは、千代のお給金のことを話してしまったと詫びている。その話の中に、千代の気持ちや今後の夢は言わない。
恒太郎「そうですね。まぁ良いのではないでしょうか。百姓の子供でも真面目に働けばお金が貰えるんだということを知ってもらえて。半端な金額を払ってるのも年に直すと米一俵の価値があるということを知って欲しいというのもあって支払ってます。賢いお千代さんですからね。今頃はきっと気付いていることでしょう。私としてもそのような賢いお千代さんは、片腕として働いて欲しいと願ってます。近々、師範代にさせたいなと考えております。手習道場を増やすのに師範代が必要なのです。お千代さんのように気の利く人は是が非でも欲しい人材ですね。これにより、百姓の子供たちが手習道場に通うようになったら嬉しいですね」
トラ「そうでしたか。千代ちゃんは賢いですからね。気も利きます。きっと良い師範代になることでしょう」
酒に酔った国明が起き上がる。
恒太郎「国明殿の活躍に感謝します。民を盛り上げていただきました。宴らしくしていただきありがとうございました」
国明「いえ。とんでもごらいません。宴を開いてくらさったのは殿です。殿になにかしら報いたかったので。少し話を盛ってしましました」
恒太郎「その盛りが彼らの心を癒しただろう。また、国明殿のちぎっては投げちぎっては投げのあの様子は非常に楽しかったですよ。また、期待してますよ」
照れる国明。未だ、恒太郎と国明の間に、呼び方のズレがあるものの年上の家臣への配慮だと両者はわかっている。が、いまひとつ近づけないでも居る。
楽しい宴も終わり残り物で食事をした。楽しいひと時だった。