残酷な描写あり
手習の会
【これまでのあらすじ】
明治生まれの常太郎。大阪の材木商で丁稚。買い付けに単身四国にて道中地震に遭い死亡し100石の嫡男に転生。事故で右肩に大きな火傷。時は徳川幕府2代将軍秀忠。前世の記憶と知識を持つ。寺子屋の経営譲渡。大御所死去後、父恒興は小山を発ち、苦労で体調を崩す恒興は隠居し恒太郎に家督を譲る。翌月家族看取られる。正純から転生者と指摘。浪人を雇うのに50石の加増。雇ったのは陸奥国会津藩出身の佐々木国明という若者を正純に報告。家事手伝いから解放された妹詩麻が通う。昼食の開始と仮眠の導入。寺子屋の雑炊として販売開始。寺子屋に賊が入り書物など金銭以外が盗まれる。賊を捕まえ正純から褒美を戴く。
明治生まれの常太郎。大阪の材木商で丁稚。買い付けに単身四国にて道中地震に遭い死亡し100石の嫡男に転生。事故で右肩に大きな火傷。時は徳川幕府2代将軍秀忠。前世の記憶と知識を持つ。寺子屋の経営譲渡。大御所死去後、父恒興は小山を発ち、苦労で体調を崩す恒興は隠居し恒太郎に家督を譲る。翌月家族看取られる。正純から転生者と指摘。浪人を雇うのに50石の加増。雇ったのは陸奥国会津藩出身の佐々木国明という若者を正純に報告。家事手伝いから解放された妹詩麻が通う。昼食の開始と仮眠の導入。寺子屋の雑炊として販売開始。寺子屋に賊が入り書物など金銭以外が盗まれる。賊を捕まえ正純から褒美を戴く。
【再会】
文月
時は戻り文月。皐月までに卒業した子供たちを集め手習の会を開くこととした。手習の会とは、手習道場を卒業した者たちで構成された集まりである。人を集めるのに、千代と平六に頼み声を掛けてもらった。千代には名簿を作るように話す。この手習の会の目的は、卒業後どのような事を考え、悩みやその後の希望などを聞くための集まりとする。自分たちで持ち寄った酒以外のもので楽しいひと時を共に過ごそうという催しだ。
集まったのは、6人。集めた千代と平六の他に、染物屋の繁吉、表具師の桂治、鋳掛屋の兵太、米問屋の孫六が集まった。
恒太郎「皆よく来たな。待ってたぞ。そう硬くならずに以前と同じようにして良いぞ。元服をした者もいるそうだな。おめでとう。今日集まってもらったのは、元寺子屋を卒業してからどんな生活をしてきたか。元寺子屋にいる間と卒業してからの生活での違いや悩みや希望などを皆と話したいと思って来てもらったんだ。手習道場だからな。酒は飲ませられんが、大いに語って欲しい」
千代「わたしは、弥生に卒業しました。今は、この手習道場で雑務をしています。先生から毎月お給金いただいてます」
千代は自己紹介をしながらお給金を頂いてることに胸を張った。
平六「ぼくは、卯月から先生に許可を頂き、手習道場のぞうすい売りの店主をしています。といっても、昼間だけですが。片付け終わったら夕方の仕込みを手伝ってるよ。手習道場で食べてた粥や雑炊が恋しい人は、お店まできてね。一文くらいなら負けるよ」
「一文なら負けた内に入らんわ!」と皆が声を揃え掛ける。場の雰囲気がガラっと変わった。平六の真面目な言葉が元手習生の気持ちを緩めさせた。恒太郎たちも笑って手を叩く。
繁吉「卒業して最初の仕事が、先生から依頼された暖簾でした。今笑いを取った平六の店の暖簾の作成に関わりました。あの暖簾が長い年月使われるのを期待してるよ。頼むよ平六」
平六に贈った暖簾は、卒業生の繁吉の店に話し、それならばと繁吉の父に依頼しその手伝いに繁吉も加わった。繁吉の父の粋な計らいだ。
また、繁吉の店に手習道場からも依頼をしている。日よけ暖簾の発注だ。身銭を切って依頼した。これにより、より一層の手習道場という存在を知ってもらうために作った。
桂治「ウチの家は、襖や障子の貼替えなどが主な仕事。大きな希望は特にないけど、生きるための生活には特に困らない。常に仕事はあるからな。悩みは無いわけじゃないけど、これといった悩みも無いな。みんなはあるのか?」
表具師とは、襖や障子の貼替えが主な仕事。枠が折れたり壊れたのを修理するのも仕事の内。生活に関係する仕事なので、ひっきりなしに依頼が入る。職人の部類。
兵太「ぼくのとこも、手習道場に居た時もそうでない時も今もあまり変わらないな。毎日、鍋や茶碗の修理してるよ。特に苦労はないけど、鋳掛屋が小山に何軒もあることかな。お客の取り合いだから生き残るのが大変だよ。なにか良さそうな案があったら教えて欲しい。親の背中を見てるからどうしても自分たちで考えることが出来ないんだよね」
孫六「私が仕えてるとこでは、皆の生活を支える米問屋です。ここでの読み書きやそろばんは普段の生活から充分学べますが、ここに来ることで、横のつながりが出来たのが大きいですね。毎日前日の相場を仕入れることができます。それを皆に伝えることで、当家に売りに来られる人もいました。良い宣伝になったと思ってます。また、その相場からどれくらいの金銭に替えれるかという実用。的な算段も出来良い勉強になりました」
米問屋の丁稚。薄々気づいてはいたが、商売の真似事をしてたのかと思うとどことなく懐かしさを感じた。
恒太郎「自己紹介は出来ましたね。では、先ほど良い案をというのが兵太さんからありました。皆で考えてみませんか?どうしたら生き残れるか。考えてみましょう。先生は一つ案が浮かびましたが、皆さんはどうですか?」
ざわざわしながら皆で考える。今回集まったのは、商家や職人と町人なので感性は近い。
恒太郎「考え方としては、皆さん歳も近いですし町人なのでどこかで見かけたとか気づいたことを話題にしても良いと考えます。自分だったらと考えると良いかもしれませんね」
口火を切ったのは平六。
平六「質問。お客さんは店に訪ねて来るの?」
兵太「そうだね。そういう人もいるけど、父さんが一軒一軒声を掛けて集めて来るのがほとんどだね」
声を掛けて集め修理をするというのがあまり効率が良くないように聞こえる。安定して仕事を請負えない。安定すると生き残れるのだろう。
千代「それだと、日によってバラバラだよね。安定してないよね。わたし思うんだけど、平六さんの店や平六さんのお父上のめしやで、欠け茶碗などを請負ったらどうかな。平六さんのとこでは、そういう茶碗は無いの?」
平六「そうだね。毎日出るわけじゃないけど、酔っぱらったお客さんが茶碗や皿を落としたりして割れたり欠けたりするね。そうだよ。小山にあるめしやと独占契約をしたら良いのでは?」
兵太「そうだね。いくつかの店でも既に契約はしてるんだけどそういつもいつも出て来るわけじゃないからね」
千代と平六は、既にやっていたことをなぞってしまいガッカリしたように肩を落とす。
恒太郎「千代さん。平六さん。良い導きでしたね。内情は当然知らないのですからそれで良いのです。そこからさらに考えていけばよいのですよ。他の人も同じようにどんなことが出来るかを口にしながら考えて欲しいですね」
桂治「だったらさ、その契約している店の茶碗に名前を入れたらどうだい?名前を入れるのをめしやに事前に伝えて、鋳掛屋の名前を入れて宣伝したらいいじゃねえか」
茶碗などに鋳掛屋の名前を入れて宣伝しろと言う。
兵太「へーそれいいね。面白いね。でも、全部の茶碗や皿に書いたら赤字だよ」
桂治「いや、全部に入れなくていい。直した茶碗や皿に名前を入れるだけで良いんだ。これは直したのはどこの鋳掛屋なのかを知らせたらいい。平六!お前んとこならそういうのは出来そうか?お前の店の茶碗に鋳掛屋の名前が入ってたら困るか?」
平六「そうだね。別に良いんじゃないかな。仮にぼくの店の茶碗に、他のめしやの名前があったら絶対に断るけれど、契約してる先の名前が入ってたら共に伸びるような気がして悪い気はしないな。お客さんから聞かれたら答えることも出来るし。お客さんとの会話も弾んでいいかもしれないね」
桂治「だってさ。いいじゃねえか。兵太やってみろよ」
どうやら案がまとまりそうだ。兵太も乗り気だ。
桂治「ツネ先生は一つ案があるって言ってたけどどんなの?」
恒太郎「そうだね。私の案は、道端で鍋を直したらどうだろうか。私は以前そのような姿を見たことがあってね。でも小山ではそういうことはしてないんだよ。どうかな?」
今まで見たこともやったことも無いことを言われて困惑する兵太。どうしたものかと返事に困っていると。
千代「それ良いじゃない。わたしはツネ先生の案も良いと思う!」
兵太「それは千代ちゃんは先生と仲がいいから肩を持つ気持ちもわかるけどさ」
千代「違うよ。そうじゃなくて。どうやって直してるのか知らない人もいるんだよ。直すのにいくらかかるのか分からないから、そのまま欠け茶碗を使い続けてる人もいる。でも、道端で直してるのを見て声を掛けやすくなると思わない?きっと今よりずっと近い関係になれるよ。道端の店に預けに来る人も増えるよきっと」
孫六「そうだね。ツネ先生と千代ちゃんの言うのもわかる。ぼくたち米問屋は、表に立って声を掛けるような商売じゃないからしないけど、もし自分が鋳掛屋だったらもっと多くの人に作業してるのを見て欲しいし、気軽に声を掛けてもらえたら嬉しいと思う」
繁吉「でも待って。兵太くんやお父上の気持ちもあるでしょ。あまり人と話すのが苦手なら道端で作業はし辛いと思うよ。ぼくもすごく面白い案だと思うしやった方が他を出し抜くことが出来ると思う。それでも、兵太くんとこの気持ちもあるからね。無理強いはできないよ」
恒太郎「そうだね。私ならこうする。という意味で伝えただけで、それをしなさいとはとても言えません。それでもあくまでも案の1つであり、やってみると面白いかなと思っただけです。先生という立場で指示するような無粋なマネはしませんよ」
1つの案として受け入れることにした。少し晴れやかな顔つきに戻った。
それほど会わない時期があっても元々一緒に勉学を共にした仲間。笑顔で談笑しつつも悩みや近況報告を伝えあった。
恒太郎「次は、霜月の頃にでもやりたいと思う。その頃にまたお千代さんに皆のところへ声を掛けに行くから来て欲しい。どんな話でも良い」
桂治「ツネ先生。ツネ先生は、以前からこんな手習の会をしてたことがあるんですか?他の人に聞いてもこのような催しは見たことも聞いたことも無いと聞きます」
恒太郎は少し遠くを見つめながら言う。
恒太郎「そうですね。私が学っ。。いえ、寺子屋に通ってた頃、同じ武家の仲間たちと時々集まって話をしていたんです。自分たちの仕事について話をね」
桂治「先生は、あまり口数の多い人じゃないかったよな。怪我から戻ってきたら別人になっててさ。どの頃に、他の武家の人と集まってたの?」
思った。その通りだ。筋が通らない。どうしたものか。
恒太郎「もちろん、寺子屋が休みの日などにだな。誰からともなく集まっては話し合う日があったんだよ。それを青年団として同世代の武士が集まって話すんだ」
どうにかなりそうな話をした。どれもやってないことだが、青年団というのは、前世の丁稚時代に実際にやってたこと。志を共にした仲間たちと未来の事業について話し合う。その記憶から手習の会を始めたのだが、まさか、桂治が虚を突いてくるとは思わなかった。背中がひんやりする。
桂治「ふーんそっか。まぁ武士と町人では住む世界が違うからな。どっちにしてもわかんないけどさ、でも、青年団か。それ面白そうだな。千代ちゃんさ、名簿作ったんだろ?それ貸してくれねえか?興味のある連中に声かけて夕飯食いながら話し合うのも良さそうじゃねえか」
平六「だったらその場所はウチの二階を使ってよ。予約入れてくれたら空けとくよ」
平六の素早い青年団への対応に皆が笑う。
桂治「商売っ気の多い奴だな。でもそれも縁だな。月一で集まって相談し合うのもいいかもしれねえな。その時は、平六。少し負けてくれよな。俺らまだ独り立ちしてねえから金に余裕がねえからな」
平六「もちろんさ。部屋代は取らないよ。料理はそれなりでいいから頼んでくれよな」
平六の粋な返しにまた笑いを誘う。
恒太郎「もう夜も遅い。皆今日はこの辺にしておくとしよう。先にも言ったが霜月の頃にでも二回目を開く予定だ。年に二回こうして皆の顔を見れるのは嬉しいことだ。それまで元気にしていてくれよな。ではお疲れさまでした」
全員が一礼して終わる。初回にしては良い催しだった。次回も同じ顔ぶれになるか分からないが、何事もなく皆が集まり楽しく話が出来たら。恒太郎の心も晴れやかな気持ちで終われたことに感謝している。
平六「良かったらウチで軽く飯食って行かないか?手習の会割引するよ」
声掛けで、何人かが一緒に歩いていく。楽しく平和な一日だった。
この会で分かったのは、桂治が思いのほか先頭に立てる男だと知ったこと。繁吉はあまり出しゃばらない性格だということ。平六はお調子者だと。兵太は以前からの悩みを打ち明けてくれた。孫六は、お互いを助け合う器用さがある。数か月離れただけで人は大きく成長するのだなと感じた。
文月
時は戻り文月。皐月までに卒業した子供たちを集め手習の会を開くこととした。手習の会とは、手習道場を卒業した者たちで構成された集まりである。人を集めるのに、千代と平六に頼み声を掛けてもらった。千代には名簿を作るように話す。この手習の会の目的は、卒業後どのような事を考え、悩みやその後の希望などを聞くための集まりとする。自分たちで持ち寄った酒以外のもので楽しいひと時を共に過ごそうという催しだ。
集まったのは、6人。集めた千代と平六の他に、染物屋の繁吉、表具師の桂治、鋳掛屋の兵太、米問屋の孫六が集まった。
恒太郎「皆よく来たな。待ってたぞ。そう硬くならずに以前と同じようにして良いぞ。元服をした者もいるそうだな。おめでとう。今日集まってもらったのは、元寺子屋を卒業してからどんな生活をしてきたか。元寺子屋にいる間と卒業してからの生活での違いや悩みや希望などを皆と話したいと思って来てもらったんだ。手習道場だからな。酒は飲ませられんが、大いに語って欲しい」
千代「わたしは、弥生に卒業しました。今は、この手習道場で雑務をしています。先生から毎月お給金いただいてます」
千代は自己紹介をしながらお給金を頂いてることに胸を張った。
平六「ぼくは、卯月から先生に許可を頂き、手習道場のぞうすい売りの店主をしています。といっても、昼間だけですが。片付け終わったら夕方の仕込みを手伝ってるよ。手習道場で食べてた粥や雑炊が恋しい人は、お店まできてね。一文くらいなら負けるよ」
「一文なら負けた内に入らんわ!」と皆が声を揃え掛ける。場の雰囲気がガラっと変わった。平六の真面目な言葉が元手習生の気持ちを緩めさせた。恒太郎たちも笑って手を叩く。
繁吉「卒業して最初の仕事が、先生から依頼された暖簾でした。今笑いを取った平六の店の暖簾の作成に関わりました。あの暖簾が長い年月使われるのを期待してるよ。頼むよ平六」
平六に贈った暖簾は、卒業生の繁吉の店に話し、それならばと繁吉の父に依頼しその手伝いに繁吉も加わった。繁吉の父の粋な計らいだ。
また、繁吉の店に手習道場からも依頼をしている。日よけ暖簾の発注だ。身銭を切って依頼した。これにより、より一層の手習道場という存在を知ってもらうために作った。
桂治「ウチの家は、襖や障子の貼替えなどが主な仕事。大きな希望は特にないけど、生きるための生活には特に困らない。常に仕事はあるからな。悩みは無いわけじゃないけど、これといった悩みも無いな。みんなはあるのか?」
表具師とは、襖や障子の貼替えが主な仕事。枠が折れたり壊れたのを修理するのも仕事の内。生活に関係する仕事なので、ひっきりなしに依頼が入る。職人の部類。
兵太「ぼくのとこも、手習道場に居た時もそうでない時も今もあまり変わらないな。毎日、鍋や茶碗の修理してるよ。特に苦労はないけど、鋳掛屋が小山に何軒もあることかな。お客の取り合いだから生き残るのが大変だよ。なにか良さそうな案があったら教えて欲しい。親の背中を見てるからどうしても自分たちで考えることが出来ないんだよね」
孫六「私が仕えてるとこでは、皆の生活を支える米問屋です。ここでの読み書きやそろばんは普段の生活から充分学べますが、ここに来ることで、横のつながりが出来たのが大きいですね。毎日前日の相場を仕入れることができます。それを皆に伝えることで、当家に売りに来られる人もいました。良い宣伝になったと思ってます。また、その相場からどれくらいの金銭に替えれるかという実用。的な算段も出来良い勉強になりました」
米問屋の丁稚。薄々気づいてはいたが、商売の真似事をしてたのかと思うとどことなく懐かしさを感じた。
恒太郎「自己紹介は出来ましたね。では、先ほど良い案をというのが兵太さんからありました。皆で考えてみませんか?どうしたら生き残れるか。考えてみましょう。先生は一つ案が浮かびましたが、皆さんはどうですか?」
ざわざわしながら皆で考える。今回集まったのは、商家や職人と町人なので感性は近い。
恒太郎「考え方としては、皆さん歳も近いですし町人なのでどこかで見かけたとか気づいたことを話題にしても良いと考えます。自分だったらと考えると良いかもしれませんね」
口火を切ったのは平六。
平六「質問。お客さんは店に訪ねて来るの?」
兵太「そうだね。そういう人もいるけど、父さんが一軒一軒声を掛けて集めて来るのがほとんどだね」
声を掛けて集め修理をするというのがあまり効率が良くないように聞こえる。安定して仕事を請負えない。安定すると生き残れるのだろう。
千代「それだと、日によってバラバラだよね。安定してないよね。わたし思うんだけど、平六さんの店や平六さんのお父上のめしやで、欠け茶碗などを請負ったらどうかな。平六さんのとこでは、そういう茶碗は無いの?」
平六「そうだね。毎日出るわけじゃないけど、酔っぱらったお客さんが茶碗や皿を落としたりして割れたり欠けたりするね。そうだよ。小山にあるめしやと独占契約をしたら良いのでは?」
兵太「そうだね。いくつかの店でも既に契約はしてるんだけどそういつもいつも出て来るわけじゃないからね」
千代と平六は、既にやっていたことをなぞってしまいガッカリしたように肩を落とす。
恒太郎「千代さん。平六さん。良い導きでしたね。内情は当然知らないのですからそれで良いのです。そこからさらに考えていけばよいのですよ。他の人も同じようにどんなことが出来るかを口にしながら考えて欲しいですね」
桂治「だったらさ、その契約している店の茶碗に名前を入れたらどうだい?名前を入れるのをめしやに事前に伝えて、鋳掛屋の名前を入れて宣伝したらいいじゃねえか」
茶碗などに鋳掛屋の名前を入れて宣伝しろと言う。
兵太「へーそれいいね。面白いね。でも、全部の茶碗や皿に書いたら赤字だよ」
桂治「いや、全部に入れなくていい。直した茶碗や皿に名前を入れるだけで良いんだ。これは直したのはどこの鋳掛屋なのかを知らせたらいい。平六!お前んとこならそういうのは出来そうか?お前の店の茶碗に鋳掛屋の名前が入ってたら困るか?」
平六「そうだね。別に良いんじゃないかな。仮にぼくの店の茶碗に、他のめしやの名前があったら絶対に断るけれど、契約してる先の名前が入ってたら共に伸びるような気がして悪い気はしないな。お客さんから聞かれたら答えることも出来るし。お客さんとの会話も弾んでいいかもしれないね」
桂治「だってさ。いいじゃねえか。兵太やってみろよ」
どうやら案がまとまりそうだ。兵太も乗り気だ。
桂治「ツネ先生は一つ案があるって言ってたけどどんなの?」
恒太郎「そうだね。私の案は、道端で鍋を直したらどうだろうか。私は以前そのような姿を見たことがあってね。でも小山ではそういうことはしてないんだよ。どうかな?」
今まで見たこともやったことも無いことを言われて困惑する兵太。どうしたものかと返事に困っていると。
千代「それ良いじゃない。わたしはツネ先生の案も良いと思う!」
兵太「それは千代ちゃんは先生と仲がいいから肩を持つ気持ちもわかるけどさ」
千代「違うよ。そうじゃなくて。どうやって直してるのか知らない人もいるんだよ。直すのにいくらかかるのか分からないから、そのまま欠け茶碗を使い続けてる人もいる。でも、道端で直してるのを見て声を掛けやすくなると思わない?きっと今よりずっと近い関係になれるよ。道端の店に預けに来る人も増えるよきっと」
孫六「そうだね。ツネ先生と千代ちゃんの言うのもわかる。ぼくたち米問屋は、表に立って声を掛けるような商売じゃないからしないけど、もし自分が鋳掛屋だったらもっと多くの人に作業してるのを見て欲しいし、気軽に声を掛けてもらえたら嬉しいと思う」
繁吉「でも待って。兵太くんやお父上の気持ちもあるでしょ。あまり人と話すのが苦手なら道端で作業はし辛いと思うよ。ぼくもすごく面白い案だと思うしやった方が他を出し抜くことが出来ると思う。それでも、兵太くんとこの気持ちもあるからね。無理強いはできないよ」
恒太郎「そうだね。私ならこうする。という意味で伝えただけで、それをしなさいとはとても言えません。それでもあくまでも案の1つであり、やってみると面白いかなと思っただけです。先生という立場で指示するような無粋なマネはしませんよ」
1つの案として受け入れることにした。少し晴れやかな顔つきに戻った。
それほど会わない時期があっても元々一緒に勉学を共にした仲間。笑顔で談笑しつつも悩みや近況報告を伝えあった。
恒太郎「次は、霜月の頃にでもやりたいと思う。その頃にまたお千代さんに皆のところへ声を掛けに行くから来て欲しい。どんな話でも良い」
桂治「ツネ先生。ツネ先生は、以前からこんな手習の会をしてたことがあるんですか?他の人に聞いてもこのような催しは見たことも聞いたことも無いと聞きます」
恒太郎は少し遠くを見つめながら言う。
恒太郎「そうですね。私が学っ。。いえ、寺子屋に通ってた頃、同じ武家の仲間たちと時々集まって話をしていたんです。自分たちの仕事について話をね」
桂治「先生は、あまり口数の多い人じゃないかったよな。怪我から戻ってきたら別人になっててさ。どの頃に、他の武家の人と集まってたの?」
思った。その通りだ。筋が通らない。どうしたものか。
恒太郎「もちろん、寺子屋が休みの日などにだな。誰からともなく集まっては話し合う日があったんだよ。それを青年団として同世代の武士が集まって話すんだ」
どうにかなりそうな話をした。どれもやってないことだが、青年団というのは、前世の丁稚時代に実際にやってたこと。志を共にした仲間たちと未来の事業について話し合う。その記憶から手習の会を始めたのだが、まさか、桂治が虚を突いてくるとは思わなかった。背中がひんやりする。
桂治「ふーんそっか。まぁ武士と町人では住む世界が違うからな。どっちにしてもわかんないけどさ、でも、青年団か。それ面白そうだな。千代ちゃんさ、名簿作ったんだろ?それ貸してくれねえか?興味のある連中に声かけて夕飯食いながら話し合うのも良さそうじゃねえか」
平六「だったらその場所はウチの二階を使ってよ。予約入れてくれたら空けとくよ」
平六の素早い青年団への対応に皆が笑う。
桂治「商売っ気の多い奴だな。でもそれも縁だな。月一で集まって相談し合うのもいいかもしれねえな。その時は、平六。少し負けてくれよな。俺らまだ独り立ちしてねえから金に余裕がねえからな」
平六「もちろんさ。部屋代は取らないよ。料理はそれなりでいいから頼んでくれよな」
平六の粋な返しにまた笑いを誘う。
恒太郎「もう夜も遅い。皆今日はこの辺にしておくとしよう。先にも言ったが霜月の頃にでも二回目を開く予定だ。年に二回こうして皆の顔を見れるのは嬉しいことだ。それまで元気にしていてくれよな。ではお疲れさまでした」
全員が一礼して終わる。初回にしては良い催しだった。次回も同じ顔ぶれになるか分からないが、何事もなく皆が集まり楽しく話が出来たら。恒太郎の心も晴れやかな気持ちで終われたことに感謝している。
平六「良かったらウチで軽く飯食って行かないか?手習の会割引するよ」
声掛けで、何人かが一緒に歩いていく。楽しく平和な一日だった。
この会で分かったのは、桂治が思いのほか先頭に立てる男だと知ったこと。繁吉はあまり出しゃばらない性格だということ。平六はお調子者だと。兵太は以前からの悩みを打ち明けてくれた。孫六は、お互いを助け合う器用さがある。数か月離れただけで人は大きく成長するのだなと感じた。