残酷な描写あり
ばあか
【これまでのあらすじ】
明治生まれの常太郎。大阪の材木商で丁稚。買い付けに単身四国へ。道中地震に遭い命を失う。先祖は徳川幕府2代将軍秀忠の時代。100石の嫡男に転生。右肩に火傷。前世での記憶と知識を兼ねる。寺子屋の経営を譲渡。大御所の死去で、父恒興は小山を発ち、江戸で体調を崩す恒興は隠居し恒太郎に家督を譲る。翌月家族に見守られ死去。正純から転生者と指摘される。人材育成。浪人を雇うのに50石の加増。雇ったのは陸奥国会津藩出身の佐々木国明という若者を正純に報告。家事手伝いから解放された妹詩麻が通う。昼食の開始と仮眠の導入。寺子屋の雑炊として販売開始。寺子屋に賊が入り書物など金銭以外が盗まれる。
明治生まれの常太郎。大阪の材木商で丁稚。買い付けに単身四国へ。道中地震に遭い命を失う。先祖は徳川幕府2代将軍秀忠の時代。100石の嫡男に転生。右肩に火傷。前世での記憶と知識を兼ねる。寺子屋の経営を譲渡。大御所の死去で、父恒興は小山を発ち、江戸で体調を崩す恒興は隠居し恒太郎に家督を譲る。翌月家族に見守られ死去。正純から転生者と指摘される。人材育成。浪人を雇うのに50石の加増。雇ったのは陸奥国会津藩出身の佐々木国明という若者を正純に報告。家事手伝いから解放された妹詩麻が通う。昼食の開始と仮眠の導入。寺子屋の雑炊として販売開始。寺子屋に賊が入り書物など金銭以外が盗まれる。
【大捕り物】
千代は平六の店でことを恒太郎に伝える。寺子屋が終わり、子供たちが帰った後に皆で話をする。
恒太郎「その三十文は頂いておきなさい。良かったですね。良い勉強にもなったことでしょう。それで、例の男は現れたのですね?」
千代「はい。平六さん暑いのに顔を真っ青にして私を止めてました」
恒太郎「それは良い。周りの人たちは笑ってたでしょ?」
千代「はい。それはもう大笑いです。恥ずかしくって隠れたんですけど、頭もお尻も出てたそうです」
恒太郎「見たかったですね。お千代さんのその姿は。おもしろいですよ。きっと」
千代は顔を真っ赤にしてふてくされる。
恒太郎「では、国明殿こちらに」
国明を呼ぶ。
恒太郎「国明殿。今日からここでしばらく寝泊まりしてください。近いうちに不届き者が上がり込むでしょう。そこを国明殿が捕まえるのです。これから町方へ行き、不届き者が近いうちに来ることを伝えに行きます」
国明「わかりました。しかし、今から町方へ行くのにおひとりで行かれるのですか?」
恒太郎「お千代さんを家に送るのもあるので、お千代さんも一緒ですが」
国明「私はこのままここにいるだけで良いのですか?」
恒太郎「ええ。なるべく人が居ないようにして欲しいので、静かに過ごしてもらうことにはなりますが。すみません。面倒でしょうが少しの間耐えてください」
国明「それは良いのです。私にも働くことを許されたのですから」
恒太郎「国明殿。不届き者はこの寺子屋の畳の下に壺があると思い込んでいる。畳をはがしたところで捕まえて欲しい。それまでは息をひそめて待ってほしい」
国明「わかりました。お任せください」
恒太郎「不届き者は何人かわかりませんが、前回は四・五人いたと聞いてます。危険だと思ったら無理せず逃げてください。深追いは禁物です」
国明「わかりました。善処致します」
恒太郎と千代は、町方へ行き打ち合わせをした後、家路についた。
町方より石高の低い恒太郎ではあるが、同じ武家。話はとんとんと進み今宵より警戒を約束してもらった。町方にも誇りがある。いつまでも賊の思った通りには運ばせたくない。治安維持のためにも捕まえる気持ちは強い。寺子屋の中に家臣を控えさせているとも伝えた。間違えて捕まらないために。
準備は整った。千代がよく動いてくれた。平六には悪いことをしたとは思うが、国明の腕が鳴ると腕をぐるぐるまわす姿に期待。
賊らしきものは、初日に寺子屋周囲を見渡し帰る。2日目は、戸の開け方を探り、裏口近くから下にもぐり確認。下見までしっかりと時間をかけている。この程度では、町方は捕まえられない。声を掛けて警戒されても困る。しばらく泳がせる。3日目に、賊は動いた。表の戸は時間がかかると思い裏から仕掛けた。裏の勝手口は比較的警戒が緩い。そのため簡単に鍵を開け寺子屋に乗り込む。奥には国明が潜む。賊は警戒しながらも畳を上げ中を見回す。なかなか壺が見当たらない。すべての畳みを上げたところに小さな壺のような入れ物が見つかった。手に取り引き上げた。金の音はしない。カサカサと軽い音がする。壺の中に手を入れ取り出した。紙が1枚4つ折りにされている。開くと
ばあか
非常に単純で、それでいて頭に血が昇る。壺のような容器を地面にたたきつける。腹いせに寺子屋を荒そうとしたところで、暗闇に目が慣れた国明が静かに登場。
国明「そこでなにをしてる」
ドスの効いた声で、知らぬ声がしたことで賊は怯む。無人の寺子屋だと思い込んでいる賊は、慌てふためき勝手口へ逃げようとする。国明の木刀で「ぎゃっ!」「ぐはっ」1人また1人と動けなくされる。外では、笛の音が聞こえる。すき間から見える。やたらと明るい。入った時とは違いかなり明るい勝手口。戸の隙間からその灯りが見える程。勝手口が開く。町方が入って来た。
木刀片手の男が町方へ言う。
国明「遅いでは無いか。あらかた片付いた。何人か叩きのめしたところだ」
町方もまさかこんなに手際よく暗闇の中で賊を捉えているとは思わず。
町方「恒太郎さまのご家臣ですね?遅くなり申した。逃げられぬように包囲しておりました。まさか、おひとりで賊を捕まえているとは思わず。非礼をお詫びます。ご協力に感謝しております。恒太郎様は良い家臣をお持ちになられてうらやましい」
そこまで褒められると国明もそれ以上言えなくなり、ドスんとその場に座り賊たちが連行される様を見届けている。賊が出た後は、畳を元に戻す作業をしてその日は終わった。
無事に賊が捕まり、町方は小山の治安を守れたとして注目された。あまり大きな藩ではなないため江戸のように普段から事件が発生するわけではない。比較的平和な小山で、賊が捕まったとして朝から人だかりができた。
原状回復させるために、習いに来た子供たちも手伝い畳みをきれいに掃き足跡が消えるように何度もふき取った。壺は割れずに済み、子供たちの見えるところに置き、要望などを受け付ける入れ物として役立つこととなった。その要望は紙を4つ折りにして入れるのが、寺子屋流として伝わった。
町方の話によると、賊は物乞いをしている連中で、ぞうすい屋で話をしたら看板娘が壺にたくさん入れてると言っていた事から物乞い仲間で入った。という。賊たちは、文字は読めぬが、その紙に書かれている文字は馬鹿にされてると思うように見えた。それで叩きつけたそうだ。意味は分からないが、馬鹿にされてるのは文字からしておおよそ分かったそうだ。
祇園城の大手門前で、晒された賊5人。賊は後ろ手にされ首から下げてる板には
ば あ か ばあ か
それを見た野次馬たちは、なんと読むのかと声を上げ町方に聞く。
町方「これは、ばあか。と読む。入った宝だと思った壺に手を入れたら紙が一枚四つ折りされていた。これを開くと『ばあか』。この者たちが手にしたのは、『ばあか』だったのだ。だから、皆にも見えるように『ばあか』の文字を見せておる。良いか。このような軽い処分で済んだのは、寺子屋主人の本多恒太郎さまによる沙汰である。お前ら五人はニ度と盗みを働かないことだ。そこで見ているお前らもそうだ。このような辱めを受けるような事はするではないぞ」
恒太郎が事前に、捕まえて被害が少ないのであれば、見世物にするだけにとどめて欲しいと言われていた。それでは、町方の威厳が。と言うのだが、恒太郎は、どんな罪でもやり直せるようにしてやりたい。生まれたての赤ん坊が、犯罪者じゃないように、罪を犯してもやり直しができるようにしてやりたい。
その言葉に町方も渋々受け入れ、首からば・あ・か・ばあ・かの文字の書かれた板をぶら下げ辱めを受けさせるだけにした。しかし、この効果は大きく、笑いものにされるが、野次馬たちから汚い言葉で罵るという行為は最初だけだった。自分たちがいつ物乞いになるかわからないからだ。軽い刑で済んだことに、同情する者が多く居たようだ。それからしばらくは、町方の出番はほとんどなく過ごす平和な時を過ごした。
町方は、藩直下の役職なので、当然今回の件は正純の耳にも入る。正純に今回の件で、登城の命が出た。恒太郎と国明ふたりで登城する。
【褒美】
ー登城ー
正純「よく来たぞニ人とも。今回の件はなかなか面白い内容だったぞ」
恒太郎「はっ。しかし、こちらとしてはあまり面白くない内容でした」
正純「すまんすまん。だが、実に興味深いものだった。捕まえるための根回しと捕まえた後の処遇まで恒太郎の指示で進んだと聞く。なんと鮮やかなことかと感心したほどだ。今回の件で、小山の町は平和になった。それもこれも恒太郎の働きが関与している。よくやった」
主従関係以上の通じるものがあるようだ。
恒太郎「こちらに控えております国明が賊を捕まえました」
正純「そうか。良い家臣を持ったな。木刀で叩きのめしたと聞くがなぜ木刀なのだ?」
国明「この木刀は、恒太郎殿に頂いたものです。恒太郎殿と共に戦っているつもりで挑みました。相手は本職ではないため手負いはなく無事に捕まえることが出来ました。賊を捕まえるのに、血を流してはいけません。また、寺子屋が血の臭いに染まるのは控えたかったのです」
正純「そうか。そこまで気を掛けていたのか。よいぞよいぞ」
恒太郎「そうだったんですね国明。そうです。血を流せば、血の匂いが寺子屋に沁みつきます。その中で子供たちを育てるのは難しいでしょう」
正純「お主たちを見ていると羨ましく思う。美しい主従関係だと思うぞ」
恒太郎「ありがたき幸せ」
正純は、小姓に運ばせる。
正純「今回の件での褒美だ。書物を盗まれたと聞いていた。子供向けから大人向けなものまで用意した。こちらを役立てよ」
10数冊いただいた中に、庭訓往来という挿絵が多く描かれた本も入っていた。明治のころまで使われた書物。子供も大人も楽しめる1冊。この時代はまだ庶民の手に入るものではないため貴重な資料としていただくこととした。
正純「みな無事で何よりだ。この度、儂は五万五千石に加増されたのは知っておろう。よって、恒太郎にも加増したく思う。倍の三百石とする。そして、役職も与える。役職報酬としてさらに百俵を与える。寺子屋という名称をお主らしく変えてみないか?」
恒太郎「折角ですのでこれを期に、寺子屋から手習道場と呼び名を変更しようと思います」
正純「習い事を手習と呼ぶ。その道を究めんとするのが道場である。という意味か。なるほどな。うん。良い。恐らく他にない名であろう。小山藩に手習道場を増やしてほしい。大人も子供も文字の読み書きができるようにし、計算ができるようにしてもらう。まずはそうだな。北・南・東・西に配置するようにしても良いだろう。場所は好きに選べ。今より三か所手習道場を増やすのだ」
役職報酬に関しては、与えられた米俵に税は掛からないので、そのまま収入になる。100俵という収入が入り、それを手習道場の経営として使うことが出来た。
しかし、どこも寺子屋などの経営に、藩が直接指導はしていない中なぜこのようなことを進めるのか不思議に思った。
恒太郎「殿。なぜここまで手厚くされるのですか?」
正純「儂はな。先祖や親に甘えた阿呆が嫌いだ。また文字の読み書きも出来ない馬鹿も嫌いだ。そんな者と話も同じ場にいたくはない。すべての民が文字の読み書きができるようになり、高札などを見て理解できるようになれば、政治がしやすくなる。民に伝える言葉を己の目で見て読むことが出来る。読める者が伝える必要が無くなり簡素化できる。手間がひとつでも減ることで政治を進めるのが早くなるのだ。また、書物を読むという生活の一部になれば良いと考えておる。この小山から書物の町となればよいと思っている。一朝一夕ではどうにもならぬが、誰でも読み書きできる町になれば民の生活が豊かになるだろう。儂の嫌いな馬鹿や阿呆が減るのはありがたいことよ」
恒太郎「たしかに。考えることのできぬ者に仕事は出来ません。いつまでも刀や槍で働くばかりではござらん。早く豊かな国づくりにしたいものです。そのためには、手習道場を増やし生活を豊かにしとうございます。必ず殿が満足いくよう努めます。加増いただき感謝しております。国明殿のお給金を増やせます。働きに報いたいと考えてます」
国明の現在の給金は、月に金2分。今月より12朱に増やすことにした。国明が居てこその雑炊と雑炊屋、加増にもなった。国明の評価は上がった。それと同時に、国明による恒太郎と正純の関係性を知り評価を改めた。
恒太郎「ところで殿に相談なのですがよろしいでしょうか」
正純「どうした」
恒太郎「当家は、米蔵も金蔵もございません。どうすればよいでしょうか」
正純「なんだそんなことか。何でも知ってそうなお主でも知らんのか。両替商があるからそこへ行き預かってもらえばよい。手数料は取られるがな」
恒太郎「私も何度か両替商には伺いましたが、預かってくださるんですね!知りませんでした」
正純「これで解決だな」
思わぬ相談に顔がほころぶ正純であった。
千代は平六の店でことを恒太郎に伝える。寺子屋が終わり、子供たちが帰った後に皆で話をする。
恒太郎「その三十文は頂いておきなさい。良かったですね。良い勉強にもなったことでしょう。それで、例の男は現れたのですね?」
千代「はい。平六さん暑いのに顔を真っ青にして私を止めてました」
恒太郎「それは良い。周りの人たちは笑ってたでしょ?」
千代「はい。それはもう大笑いです。恥ずかしくって隠れたんですけど、頭もお尻も出てたそうです」
恒太郎「見たかったですね。お千代さんのその姿は。おもしろいですよ。きっと」
千代は顔を真っ赤にしてふてくされる。
恒太郎「では、国明殿こちらに」
国明を呼ぶ。
恒太郎「国明殿。今日からここでしばらく寝泊まりしてください。近いうちに不届き者が上がり込むでしょう。そこを国明殿が捕まえるのです。これから町方へ行き、不届き者が近いうちに来ることを伝えに行きます」
国明「わかりました。しかし、今から町方へ行くのにおひとりで行かれるのですか?」
恒太郎「お千代さんを家に送るのもあるので、お千代さんも一緒ですが」
国明「私はこのままここにいるだけで良いのですか?」
恒太郎「ええ。なるべく人が居ないようにして欲しいので、静かに過ごしてもらうことにはなりますが。すみません。面倒でしょうが少しの間耐えてください」
国明「それは良いのです。私にも働くことを許されたのですから」
恒太郎「国明殿。不届き者はこの寺子屋の畳の下に壺があると思い込んでいる。畳をはがしたところで捕まえて欲しい。それまでは息をひそめて待ってほしい」
国明「わかりました。お任せください」
恒太郎「不届き者は何人かわかりませんが、前回は四・五人いたと聞いてます。危険だと思ったら無理せず逃げてください。深追いは禁物です」
国明「わかりました。善処致します」
恒太郎と千代は、町方へ行き打ち合わせをした後、家路についた。
町方より石高の低い恒太郎ではあるが、同じ武家。話はとんとんと進み今宵より警戒を約束してもらった。町方にも誇りがある。いつまでも賊の思った通りには運ばせたくない。治安維持のためにも捕まえる気持ちは強い。寺子屋の中に家臣を控えさせているとも伝えた。間違えて捕まらないために。
準備は整った。千代がよく動いてくれた。平六には悪いことをしたとは思うが、国明の腕が鳴ると腕をぐるぐるまわす姿に期待。
賊らしきものは、初日に寺子屋周囲を見渡し帰る。2日目は、戸の開け方を探り、裏口近くから下にもぐり確認。下見までしっかりと時間をかけている。この程度では、町方は捕まえられない。声を掛けて警戒されても困る。しばらく泳がせる。3日目に、賊は動いた。表の戸は時間がかかると思い裏から仕掛けた。裏の勝手口は比較的警戒が緩い。そのため簡単に鍵を開け寺子屋に乗り込む。奥には国明が潜む。賊は警戒しながらも畳を上げ中を見回す。なかなか壺が見当たらない。すべての畳みを上げたところに小さな壺のような入れ物が見つかった。手に取り引き上げた。金の音はしない。カサカサと軽い音がする。壺の中に手を入れ取り出した。紙が1枚4つ折りにされている。開くと
ばあか
非常に単純で、それでいて頭に血が昇る。壺のような容器を地面にたたきつける。腹いせに寺子屋を荒そうとしたところで、暗闇に目が慣れた国明が静かに登場。
国明「そこでなにをしてる」
ドスの効いた声で、知らぬ声がしたことで賊は怯む。無人の寺子屋だと思い込んでいる賊は、慌てふためき勝手口へ逃げようとする。国明の木刀で「ぎゃっ!」「ぐはっ」1人また1人と動けなくされる。外では、笛の音が聞こえる。すき間から見える。やたらと明るい。入った時とは違いかなり明るい勝手口。戸の隙間からその灯りが見える程。勝手口が開く。町方が入って来た。
木刀片手の男が町方へ言う。
国明「遅いでは無いか。あらかた片付いた。何人か叩きのめしたところだ」
町方もまさかこんなに手際よく暗闇の中で賊を捉えているとは思わず。
町方「恒太郎さまのご家臣ですね?遅くなり申した。逃げられぬように包囲しておりました。まさか、おひとりで賊を捕まえているとは思わず。非礼をお詫びます。ご協力に感謝しております。恒太郎様は良い家臣をお持ちになられてうらやましい」
そこまで褒められると国明もそれ以上言えなくなり、ドスんとその場に座り賊たちが連行される様を見届けている。賊が出た後は、畳を元に戻す作業をしてその日は終わった。
無事に賊が捕まり、町方は小山の治安を守れたとして注目された。あまり大きな藩ではなないため江戸のように普段から事件が発生するわけではない。比較的平和な小山で、賊が捕まったとして朝から人だかりができた。
原状回復させるために、習いに来た子供たちも手伝い畳みをきれいに掃き足跡が消えるように何度もふき取った。壺は割れずに済み、子供たちの見えるところに置き、要望などを受け付ける入れ物として役立つこととなった。その要望は紙を4つ折りにして入れるのが、寺子屋流として伝わった。
町方の話によると、賊は物乞いをしている連中で、ぞうすい屋で話をしたら看板娘が壺にたくさん入れてると言っていた事から物乞い仲間で入った。という。賊たちは、文字は読めぬが、その紙に書かれている文字は馬鹿にされてると思うように見えた。それで叩きつけたそうだ。意味は分からないが、馬鹿にされてるのは文字からしておおよそ分かったそうだ。
祇園城の大手門前で、晒された賊5人。賊は後ろ手にされ首から下げてる板には
ば あ か ばあ か
それを見た野次馬たちは、なんと読むのかと声を上げ町方に聞く。
町方「これは、ばあか。と読む。入った宝だと思った壺に手を入れたら紙が一枚四つ折りされていた。これを開くと『ばあか』。この者たちが手にしたのは、『ばあか』だったのだ。だから、皆にも見えるように『ばあか』の文字を見せておる。良いか。このような軽い処分で済んだのは、寺子屋主人の本多恒太郎さまによる沙汰である。お前ら五人はニ度と盗みを働かないことだ。そこで見ているお前らもそうだ。このような辱めを受けるような事はするではないぞ」
恒太郎が事前に、捕まえて被害が少ないのであれば、見世物にするだけにとどめて欲しいと言われていた。それでは、町方の威厳が。と言うのだが、恒太郎は、どんな罪でもやり直せるようにしてやりたい。生まれたての赤ん坊が、犯罪者じゃないように、罪を犯してもやり直しができるようにしてやりたい。
その言葉に町方も渋々受け入れ、首からば・あ・か・ばあ・かの文字の書かれた板をぶら下げ辱めを受けさせるだけにした。しかし、この効果は大きく、笑いものにされるが、野次馬たちから汚い言葉で罵るという行為は最初だけだった。自分たちがいつ物乞いになるかわからないからだ。軽い刑で済んだことに、同情する者が多く居たようだ。それからしばらくは、町方の出番はほとんどなく過ごす平和な時を過ごした。
町方は、藩直下の役職なので、当然今回の件は正純の耳にも入る。正純に今回の件で、登城の命が出た。恒太郎と国明ふたりで登城する。
【褒美】
ー登城ー
正純「よく来たぞニ人とも。今回の件はなかなか面白い内容だったぞ」
恒太郎「はっ。しかし、こちらとしてはあまり面白くない内容でした」
正純「すまんすまん。だが、実に興味深いものだった。捕まえるための根回しと捕まえた後の処遇まで恒太郎の指示で進んだと聞く。なんと鮮やかなことかと感心したほどだ。今回の件で、小山の町は平和になった。それもこれも恒太郎の働きが関与している。よくやった」
主従関係以上の通じるものがあるようだ。
恒太郎「こちらに控えております国明が賊を捕まえました」
正純「そうか。良い家臣を持ったな。木刀で叩きのめしたと聞くがなぜ木刀なのだ?」
国明「この木刀は、恒太郎殿に頂いたものです。恒太郎殿と共に戦っているつもりで挑みました。相手は本職ではないため手負いはなく無事に捕まえることが出来ました。賊を捕まえるのに、血を流してはいけません。また、寺子屋が血の臭いに染まるのは控えたかったのです」
正純「そうか。そこまで気を掛けていたのか。よいぞよいぞ」
恒太郎「そうだったんですね国明。そうです。血を流せば、血の匂いが寺子屋に沁みつきます。その中で子供たちを育てるのは難しいでしょう」
正純「お主たちを見ていると羨ましく思う。美しい主従関係だと思うぞ」
恒太郎「ありがたき幸せ」
正純は、小姓に運ばせる。
正純「今回の件での褒美だ。書物を盗まれたと聞いていた。子供向けから大人向けなものまで用意した。こちらを役立てよ」
10数冊いただいた中に、庭訓往来という挿絵が多く描かれた本も入っていた。明治のころまで使われた書物。子供も大人も楽しめる1冊。この時代はまだ庶民の手に入るものではないため貴重な資料としていただくこととした。
正純「みな無事で何よりだ。この度、儂は五万五千石に加増されたのは知っておろう。よって、恒太郎にも加増したく思う。倍の三百石とする。そして、役職も与える。役職報酬としてさらに百俵を与える。寺子屋という名称をお主らしく変えてみないか?」
恒太郎「折角ですのでこれを期に、寺子屋から手習道場と呼び名を変更しようと思います」
正純「習い事を手習と呼ぶ。その道を究めんとするのが道場である。という意味か。なるほどな。うん。良い。恐らく他にない名であろう。小山藩に手習道場を増やしてほしい。大人も子供も文字の読み書きができるようにし、計算ができるようにしてもらう。まずはそうだな。北・南・東・西に配置するようにしても良いだろう。場所は好きに選べ。今より三か所手習道場を増やすのだ」
役職報酬に関しては、与えられた米俵に税は掛からないので、そのまま収入になる。100俵という収入が入り、それを手習道場の経営として使うことが出来た。
しかし、どこも寺子屋などの経営に、藩が直接指導はしていない中なぜこのようなことを進めるのか不思議に思った。
恒太郎「殿。なぜここまで手厚くされるのですか?」
正純「儂はな。先祖や親に甘えた阿呆が嫌いだ。また文字の読み書きも出来ない馬鹿も嫌いだ。そんな者と話も同じ場にいたくはない。すべての民が文字の読み書きができるようになり、高札などを見て理解できるようになれば、政治がしやすくなる。民に伝える言葉を己の目で見て読むことが出来る。読める者が伝える必要が無くなり簡素化できる。手間がひとつでも減ることで政治を進めるのが早くなるのだ。また、書物を読むという生活の一部になれば良いと考えておる。この小山から書物の町となればよいと思っている。一朝一夕ではどうにもならぬが、誰でも読み書きできる町になれば民の生活が豊かになるだろう。儂の嫌いな馬鹿や阿呆が減るのはありがたいことよ」
恒太郎「たしかに。考えることのできぬ者に仕事は出来ません。いつまでも刀や槍で働くばかりではござらん。早く豊かな国づくりにしたいものです。そのためには、手習道場を増やし生活を豊かにしとうございます。必ず殿が満足いくよう努めます。加増いただき感謝しております。国明殿のお給金を増やせます。働きに報いたいと考えてます」
国明の現在の給金は、月に金2分。今月より12朱に増やすことにした。国明が居てこその雑炊と雑炊屋、加増にもなった。国明の評価は上がった。それと同時に、国明による恒太郎と正純の関係性を知り評価を改めた。
恒太郎「ところで殿に相談なのですがよろしいでしょうか」
正純「どうした」
恒太郎「当家は、米蔵も金蔵もございません。どうすればよいでしょうか」
正純「なんだそんなことか。何でも知ってそうなお主でも知らんのか。両替商があるからそこへ行き預かってもらえばよい。手数料は取られるがな」
恒太郎「私も何度か両替商には伺いましたが、預かってくださるんですね!知りませんでした」
正純「これで解決だな」
思わぬ相談に顔がほころぶ正純であった。