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残酷な描写あり
13話 平六
【これまでのあらすじ】
明治生まれの常太郎。大阪の材木商で丁稚。旦那衆に認められ単身四国へ。道中地震に遭い命を失う。先祖は徳川幕府2代将軍秀忠の時代。100石の嫡男に転生。右肩に火傷。体格の良さと前世での記憶と知識を兼ねる。寺子屋の経営を譲られる。大御所の死去に伴い、父恒興は小山を発ち、膨大作業と時を経て、体調を崩す恒興は隠居し恒太郎に家督を譲る。翌月家族に見守られ死去。正純から転生者だと指摘。師範を増やす為の育成。浪人を雇うのに50石の加増。雇ったのは陸奥国会津藩出身の佐々木国明という若者。早速、正純に報告する。家事手伝いから解放された妹詩麻が通うようになる。昼食の開始と仮眠の導入。
【宴】

弥生やよい

 手のいてる百姓ひゃくしょうを集めた。

  恒太郎「みな良く集まってくれた。田植えまでもう間もなくとせまった。昨年は水無月みなづきに集まらせてしまったが、今年は田植え前に集まってもらえたことを嬉しく思う。感謝している。今日は、これからが本番だということで英気えいきを養ってほしいと思う。あまり贅沢ぜいたくな物では無いが、酒を用意した。二樽ふたたるしかないが楽しんで欲しい」

 代替だいがわりし領地も少し増えた。今年も新たに二毛作にもうさく以上にいどめるだけ挑んでみたい。また、百姓から直接声を聴きたい。寒い時期まで土いじりをしたくないなどの声があればひかえるつもりでいる。無理に働いて身体を壊されては意味が無い。ほどほどにして土をせさせず百姓を痩せさせないようにしたい。

  恒太郎「私は、みなから見ればひよっ子。言いたいことがあれば聞かせて欲しい。より良い領地経営をして行く予定だ。みなの声を聴く時をこれからは増やしていきたく思っている。どんな些細ささいなことでも良い。教えて欲しい」

 本多家の女中カメや下男げなん彦作ヒコザと手伝いに国明がせわしなく動き回る。
 どの百姓たちも笑顔で酒をみ交わしている。踊る者もいる。
 そのうちの百姓が声を上げた。

  百姓「若様わかさまは本当に人が変わられた。一体どこでこのような知識ちしきを得たのです?」

 その一言に、百姓たちが興味持っていたようだ。国明も足を止め聞き耳を立てている。以前を知る者もそうでない者たちも興味深々だ。

 頭をかきながら困ったように口を開く。

  恒太郎「それは、父上や母上にもよく言われたものだ。雷で火傷やけどを負ったあの日から今日こんにちまで何があったのかと。みな酒がまわってるから夢物語だと思って聞いて欲しい」

 そう言うとその場にいた全ての者たちは騒ぐのをめ、恒太郎に注目した。

  恒太郎「私はね、倒れてる時に夢を見たんだ。たぶんあれは夢だと思う。私は神のような者に出会ったのだ。『死にたくなければ言うとおりにしろ』となか脅迫きょうはくされた」

 神のような者は続けて言う。

  神?「言うとおりにしなければお前は死ぬ。言うことを聞けば助けてやろう。お主に足りない知恵をさずけよう。作物の知識と学びの知識を授ける。好きに使えばよい。それでも断るか?断ればお主はこのまま死ぬことになるが」

  恒太郎「それで私は、受け入れることにしたのだ。そして今こうして皆と楽しくしていられるのだ。神という者は、損得そんとくで動かんのだな。面白いものだ。さすがは神。人知じんちを超えた存在よ」

 百姓たちは、納得する者と今一つ分からないと首をひねる者。納得した者たちは称賛しょうさんし、首をひねる者たちは酒を飲みだした。国明は後者こうしゃであり、何だったのかと拍子ひょうし抜けしそのまま動きだす。

 昨年同様、次の作物の試験をするにあたって伝える。

  恒太郎「では、ここからは今年の秋の収穫後の畑づくりについて伝える。今年は、いもを植えてみてはどうかと考えた。何と言っても腹にたまるという点では、米がれない飢饉ききんに対応できるようにしておきたい。蕎麦そばでも良いが手間があまりかからないという点で、芋だと比較的楽なんじゃないかと考えた。また、種芋からだと早いので繰り返し作るには丁度良いと考えるのだがいかがだろうか」

 ここでの芋とは、里芋を指す。
 百姓たちは、手間がかからない。飢饉への対処を直接聞くことで、試験導入しけんどうにゅうであれば良いのではないかとして全員賛成さんせいで決まった。飢饉は百姓にとって敵でもあるので、是非ぜひ導入したいところ。

 暗くなる頃には宴は終わり、百姓たちは食べ残しや余った酒を土産に家路いえじにつく。

  恒太郎「どうだったかな。時折ときおりこのような宴を開き百姓たちをねぎらいたい。特に豊作ほうさくだったときには皆と一緒に騒ぐのも良いと思うのだが。母上、私たちの暮らしは変わりませんが、百姓あっての武家でもあるので、大事にして行きたいと考えています」
  トラ「良いことです。恒興ツネオキさまも余裕が出来れば宴をしたいとおっしゃってました。分家ぶんけの本多家は、元は農民です。三代前から武士として取り立てていただき、今に至ります。正純マサズミさまの父上であられる正信マサノブ様により引き立てていただいた。三河ミカワ一向一揆いっこういっきに、正信様が参加していた時に共に戦ったのが三代前の恒吉ツネキチさまだと聞いてます。正信様が徳川に戻った際に、運よく生き残ったとして恒吉さまは武士として取り立てられたのが始まりです。一介いっかいの武士程度では、家臣を持つことも出来なかった。先代せんだいでありあなたの父である恒興さまが、ようやく知行地ちぎょうちをいただいたのです。百姓のみなをねぎらいたかったと思っていたことでしょう。それを知らずにあなたはやってのけた。母は嬉しく思います。みずから動いたのです。立派になられて母は嬉しいです」
  恒太郎「そうでしたか。そんな思いがあったのですね。私はこれからも続けていきます。春と秋にできるよう考えています。生活は豊かにはならんが、百姓あっての私たちです。いつか祭りのような宴ができるよう努力します」


【出会いと別れ】

卯月うづき 

 寺子屋に新たに子供たちが入ってくる季節。途中から入ることも可能だが、多くは春に入ってくる。経営としては、まとまって収入があるというのは助かる。昼食ひるしょくは続いている。最近では、子供たちに漬物や野菜を持たせて通わせることがあり、かゆから始まった昼食は、雑炊ぞうすいへと発展はってんした。昼食の呼び名を子供たちと考えた結果、皆食かいしょくに決まる。皆で食べるという意味から皆食。調理は、千代チヨに任せている。千代は、寺子屋を卒業し寺子屋での手伝いをするようになった。お給金きゅうきんは、毎月333もんで雇っている。
 寺子屋で学んだ読み書きや計算ができるようになり、近いうちに雑用から師範代しはんだい見習いにする予定でいる。2日ごと来てもらっている。
 卒業したのは、5人。武家と商家しょうかが2人ずつ。職人が1人。入学したのは、3人。武家・商家・農家。13人になる。勉学代は、3ヵ月毎に1000文だが、主に武家や商家であり、支払いが厳しい場合は、600文程度まで下げることは珍しくはない。農家からは、現物支給げんぶつしきゅうにしてもらっている。米や野菜や野菜の加工品かこうひんや魚の干物ひものなどでまかなうようにしている。
 
  恒太郎「子供が減って、ますます赤字になるな」

 頭を悩ます。そんなおり、卒業した商家の息子の平六ヘイロクがやってきた。

  平六「お久しぶりです。ツネ先生。今日は、お願いがありましてうかがいました」
  恒太郎「どうした。改まって」
  平六「寺子屋で出している粥や雑炊ですが、雑炊屋を始めようかと思いましてご相談に上がりました」
  恒太郎「ほう。商売になるのかね」
  平六「まだあまり知られていませんが、一部には食べてみたいという声が出ています。当家の店にもそのような話をする客がおりまして、屋台やたいで昼時に店を出そうかと話してるところです」
  恒太郎「なるほど。噂にはなっているのだな。では、しばらく寺子屋で子供たちに振る舞ってみてはどうかな。材料はこちらで用意する。今は、お千代さんに任せているが、しばらくは平六に作ってもらおう。どうだ?話はそれからでも良いだろう」
  平六「ありがとうございます」
  恒太郎「いつも粥や雑炊を食べている子供たちの意見を元に考えることとしよう。では、明日から来てくれるか」

翌日

 翌日から平六は、寺子屋の台所で用意されたおむすび4個とその日の野菜などで雑炊を作るようになった。表から入ると誰が作っているのかわかることから、裏口うらぐちから出入りするようにしている。千代はその手伝いをしている。
 平六は家の手伝いとして調理することはあったが、慣れないおむすびからの雑炊を作るというのは少々手こずっているようだ。塩加減などは、平六の舌に任せて作られる。

  平六「なんとか出来たな。大根の葉やごぼうを入れて嵩増かさまししているが、味は良い。では、千代殿お願いします」

 千代は、鍋を運び配膳はいぜんをしていく。子供たちはこの時間を楽しみにしている。皆食では、子供たちだけでなく、先生たちも手伝いの千代も一緒に食べる。

  恒太郎「ではいただきます」

 一同に食べ始める。茶碗ちゃわん1杯だからすぐに食べ終えてしまうのではあるが。子供たちは笑顔で食べている。
 今日の雑炊は、少し汁が少なめ。歯ごたえの無い大根の葉。少し硬めのごぼう。急いでかき込んだ子供の何人かがむせる。

  恒太郎「よく噛んで食べなさい。雑炊は飲み物ではありませんよ」

 ゆっくりと食べるように気を付けた子供たちからむせる子はいなくなった。
 片付けの頃には、平六は裏口から出て親の店に戻る。
 子供たちはいつも通りに休憩をし仮眠を取った。午後から真面目に勉学につとめた。
 帰りの挨拶あいさつの際に聞いた。

  恒太郎「では今日の勉学は終わる。帰る前に皆に聞きたい。今日の皆食はどうだった?美味うまかったと思う者は手をげて」

 皆食がはじまって以来このような質問はされたことが無かった。子供たちはキョロキョロと周りを見渡している。

  恒太郎「その理由は?」
  子供たち「よくわかんないけど美味しかったです」
  恒太郎「そうか。ありがとう。では、次に美味しくなかったよ。という者は手を挙げて」

 なぞ挙手きょしゅ。やはり子供たちは周りを見ている。

  恒太郎「なるほどね。その理由はあるかな?」
  子供たち「ごぼうがかたかった」
  恒太郎「そうだったね。少し硬かったよね。ありがとう」
  子供たち「ツネ先生。なんでこんな話するの?」
  恒太郎「今回は、いつもとちょっとだけ違うことをしたんだ。その感想を皆から聞きたかったんだ。時間のある者は残って話を聞かせて欲しい。どんな思いでもいいからね。答えは無いから安心してね」

 4人が残り感想を聞かせてくれた。

  子供たち「いつもより汁が少なかったからお水飲みたかった」
  子供たち「ごぼうが土のにおいがした」
  恒太郎「そうだったね。先生もそう思うよ。次回つぎはもっと美味しくしてもらえるように伝えておくね。残って教えてくれてありがとう。気を付けて帰るんだよ」

 子供たちが帰った後に平六が戻って来た。

  平六「戻りました。ツネ先生いかがでしたか?」
  恒太郎「子供たちからは美味しかったという者が三人。美味しくなかったという者が五人いた。明日は、お千代さんに作ってもらう。平六はその様子を見て覚えて欲しい。ところで、平六は味見をしながら作っているのかい?」
  平六「はいもちろん。味見はしています。なにが美味しくなかったのでしょうか」
  千代「平六さんは、味加減だけを見ているので、食材の味までは見ていないようです」

 平六は目を丸くする。イチから作ったことは無かった。雑炊だからと気を抜いていたところもある。続けて千代は言う。

  千代「ごぼうを別の鍋で煮込んでから入れるのをはぶき、さらにに鍋に入れてしまったため大根の葉の歯ざわりがなくなり溶けてしまいました。煮込む時間が増えたため雑炊の汁が抜けてしまいました。ごぼうが生煮なまにえだったので、土の臭いを感じたのでしょう。それから」

 それからと言うと

  恒太郎「お千代さん。その辺にしときましょう。あまり言うと平六に悪い」

 平六は、相当落ち込んだようだ。千代にこてんぱんにされたのだ。

  恒太郎「これで自分の調理の腕が分かったな。いい勉強になったと思えばよい。ただ、食材を美味しく食べれないのは残念ですね。お千代さんに言われた助言じょげんを元に、明日台所でお千代さんの作り方を学び明後日また作れってみてください」

 平六は井の中のかわずだったと強く知った。翌日は言われた通り、千代の調理を後ろから見ながら要点ようてんと間違いをまとめている。

 さらに翌日。この日は平六が作る番だ。平六には言ってないが最終試験としている。ダメならダメであきらめてもらうしかない。そう何度も美味しくないものを子供たちに食べさせるわけにもいかないし食材にも限度がある。
【人物紹介】
平六(慶長9年~)13歳 めしやの息子

読み6 書き7 計算6

政務56 武力31 知力42 指導力33 魅力48 統率41 運83

のほほんとして成長。思ったことを口にしてしまう素直な性格。強力な運の持ち主。行動力があり前向きな性格。この先、要所要所で登場します。お楽しみに。
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