残酷な描写あり
平六の雑炊
【これまでのあらすじ】
明治生まれの常太郎。大阪の材木商で丁稚。旦那衆に認められ単身四国へ。道中地震に遭い命を失う。先祖は徳川幕府2代将軍秀忠の時代。100石の嫡男に転生。右肩に火傷。体格の良さと前世での記憶と知識を兼ねる。寺子屋の経営を譲られる。大御所の死去に伴い、父恒興は小山を発ち、膨大作業と時を経て、体調を崩す恒興は隠居し恒太郎に家督を譲る。翌月家族に見守られ死去。正純から転生者だと指摘。師範を増やす為の育成。浪人を雇うのに50石の加増。雇ったのは陸奥国会津藩出身の佐々木国明という若者。早速、正純に報告する。家事手伝いから解放された妹詩麻が通うようになる。昼食の開始と仮眠の導入。
明治生まれの常太郎。大阪の材木商で丁稚。旦那衆に認められ単身四国へ。道中地震に遭い命を失う。先祖は徳川幕府2代将軍秀忠の時代。100石の嫡男に転生。右肩に火傷。体格の良さと前世での記憶と知識を兼ねる。寺子屋の経営を譲られる。大御所の死去に伴い、父恒興は小山を発ち、膨大作業と時を経て、体調を崩す恒興は隠居し恒太郎に家督を譲る。翌月家族に見守られ死去。正純から転生者だと指摘。師範を増やす為の育成。浪人を雇うのに50石の加増。雇ったのは陸奥国会津藩出身の佐々木国明という若者。早速、正純に報告する。家事手伝いから解放された妹詩麻が通うようになる。昼食の開始と仮眠の導入。
翌日ー
平六は再び雑炊を作ることとした。今回準備された食材は、大根・川エビの干したもの・のり。のりは、高級品だが行商人から売れ残りを安く仕入れた。今日の日の為に用意した。川エビの干したものは、地元のもの。これらを使って、雑炊を作る。
大根は葉付きのものをどのように使うのか楽しみである。
平六は、火の通りにくいものから別の鍋でゆでる。大根は嵩増しに使えるので大変ありがたい食材。火が通りやすいように、一口大に切る。また、葉をザクザクと切っていく。土鍋の方には、川エビの干したものを入れ煮込む。煮た大根を土鍋に移し、香りの付いたままの鍋に塩を入れ、大根の葉を入れる。鍋には火を少しだけ入れすぐに火から離し余熱のまま蓋をして浸す。時折、葉を確かめる。土鍋におむすびを2個ずつ入れる。葉が柔らかくなったところで鍋から出し水につけ冷やし絞る。塩を水で薄くしたものを葉にかけて出来上がり。味見は食材1つ1つにしており、雑炊も塩味で作った。出汁にした川エビの干したものは、そのまま雑炊に使った。のりは、軽く両面を火で炙った。
千代に土鍋を持って行く前に、のりを手渡しこう付け加えた。
平六「茶碗によそった後に、のりをその場で手でぐしゃぐしゃぐしゃと細かくしてください。その細かくなったのりを茶碗の上に掛けてあげてください。あと最後にお浸しがあるので取りに来てください」
千代は土鍋を運び台所へ戻りお浸しを皿に入れて運ぶ。皿は4つに分け、皆で突く。
千代「食べる前にこちらを見てください」
子供たちが一斉に千代を見る。千代の両手にはのりが1枚ずつ持っている。子供たちは一斉にオオオオと声を上げる。
千代「最後にこののりをこう!からのこうします」
千代の両手ののりが2枚重ねられ半分に折られ破いていく。部屋にのりの良い香りが広がる。子供たちはその香りと演出に翻弄されザワつく。千代はひとりひとりの茶碗にのりを振りかけていく。目の前に広がる黒いのりと雑炊。今まで嗅いだことのない良い香りがする。
恒太郎「皆早く食べたいだろう。待たせたな。ではいただこう」
子供たちは今まで見たことのない雑炊が出てきた。しかも内陸にある小山藩ではのりは貴重。のりを食べたことのない子供もいる。しかもパリパリの状態ののりはさらに貴重。のり自体には味付けはされていないが、のりの香りを楽しみながらの皆食。子供たちはいつも以上に笑顔で食べている。
子供たち「すごく美味しいね」
子供たち「あー前歯にのり付いてるよー」
子供たち「あははは!お歯黒だー」
子供たち「大根がたくさん入ってて美味しい」
恒太郎「おかわりはあるから取りに来いよ」
子供たち「はーい」
子供たちは一斉に返事をする。どうやら今日の皆食はいつになく美味しいようだ。
恒太郎「このお浸し美味しいな。シャキシャキしていて」
子供たちもその声に、お浸しにも手を伸ばす。雑炊の上で軽くぽんぽんとした後に口にする。いつもは漬物がおかずになっていたが、お浸しは初めてだった。
子供たち「ほんとだ。このおひたしも甘くて美味しいよ」
千代も国明も頷いて食べる。
恒太郎はその場で、挙手をさせた。すると全員が美味しいと挙手をした。理由を尋ねる程でもない。皆が口々に美味しいと言っている。与えられた食材で美味しい雑炊を作ってくれたとして、裏口にいるであろう平六を呼ぶ。
恒太郎「今日の皆食を作ってくれたのは、弥生までこの寺子屋にいた平六が作ってくれた。材料は私たちで用意したものを上手に使ってくれた。皆も美味しいと声が上がっていたな。作ってくれた平六に皆からも伝えて欲しい」
子供たち「平六お兄ちゃん雑炊とても美味しかったよ。初めてのりを食べたんだ。こんないい香りするんだね」
子供たち「お浸しも美味しかったよ。大根の香りがあって美味しかった」
喜びの声があちこちから聞こえる。大賑わいだ。
恒太郎「うん。これは美味かった。前回の失敗を踏まえ美味しく出来上がっていたぞ。お千代さんはどうですか?」
千代「一昨日とはまったく別の人が作ったようでとても美味しかったです。材料の入れる順番を守りおむすびを最後に入れたので、汁が吸われずにすみました。お浸しにもこまめに頃合いを見ながらの調理。ベチャベチャにならずに美味しくなりました。川エビの出汁が雑炊にありこちらも香りが良かったですね。のりの演出は平六さんによるものです」
国明「私からもいいですか。千代殿ののりの演出はこれから食べる人への配慮としてはとても面白いものでした。平六さん。のりはそのままですか?」
平六「一度火で両面を炙っています」
国明「なるほど。どうりでのりの香りが強いんですね。寺子屋が満たされる感じがとても面白く初めての感覚でした」
平六は喜び胸をなでおろした。
子供たちは、おかわりをして腹いっぱいに満たした。
恒太郎「では、平六さん。後片付けも全部してから八つの頃にでも戻ってきてください。今日はどうもありがとうございました」
子供たちは仮眠をとり午後からの勉学に励み1日の勉学は終わる。その頃平六が裏口からやってくる。
恒太郎「平六さんはそのまま待っててください。皆さんお疲れさまでした。皆食が賑わい午後からの勉学にも力が入りましたね。平六さんに後で感謝の言葉を伝えてから帰ってくださいね」
子供たちは口々に感謝の言葉を伝え帰っていく。その声は、家に戻ってからも親に話しより一層雑炊のことが噂として広まっていった。
恒太郎「平六さんお待たせしました。では、本題に入りましょうか。店を出したいと言われましたね。店に出すのは許可します。しかし、雑炊だけを販売してください。雑炊屋として販売してください。出来立ての熱々を頬張れるようにしてください。暖簾は、こちらで用意します。販売をする際には必ずこの暖簾を出してくださいね。1杯あたり1文寺子屋へ支払ってください。1杯の額はこちらでは決めんが、なるべく多くの人に食べてもらえるように考えてください。今回食材が最初とは違いましたよね。あのように、日替わりで違う食材を1つは入れるようにして下さい。お客さんを呼び込む掛け声は、暖簾にあるもので声掛けしてください。声掛けは必ずして下さい」
一度にいくつものお願いをされた。契約書をあらかじめ用意していたので、その場で契約を完了させた。
恒太郎「それから、国明さんに集金に行かせようかと考えてます」
平六「それには及びません。こちらから毎日お支払いに伺います」
恒太郎「そうですかそれは助かります。国明さんも先生ですからね。使いっ走りには使えませんよね。国明さんすみませんでした」
国明「いえ」
恒太郎「では、寺子屋は今日はこれで終わります。平六さん来週また来てください。それまでは、新しい雑炊を準備していてくださいね」
平六の雑炊屋が成功すれば、寺子屋の収入が増える。赤字解消へまさに渡りに船。平六に感謝。
寺子屋の雑炊
翌週ー
平六が寺子屋が終わる頃に足を運んだ。
平六「ツネ先生。来ました。お土産に雑炊を作ってきましたので少し冷えてますが口にして下さい」
というと、恒太郎・国明・千代が口にする。少し冷えているため汁を吸い気味だが、まだしゃぶしゃぶしてる。しっかりと出汁を取っていて美味しい。具は少ないがコリコリとしていて歯触りも楽しい。
恒太郎「また腕を上げましたね。良いことです。では、今日お呼びしたのは他でもありません。先日染物屋にて暖簾を作ってもらいました。こちらをお渡しします。大事にして下さいね。また、先日一杯一文を支払うようにと伝えましたが、文月から支払ってください。それまでに地盤を固めてくださいね。期待してますよ」
恒太郎は先行投資として暖簾を作り平六への褒美とした。暖簾には
寺子屋のぞうすい
恒太郎「契約するときにも言いましたが、暖簾に書いてある通りに呼びかけるんですよ。『てらこやのぞうすい』と必ず言いなさい。興味のあるお客さんは、寺子屋で作る雑炊に興味があるんだ。だからこそ『寺子屋の』はとても重要なんだ。呼びかけるときには必ず節を付けて歌うように呼び掛けるんですよ。そうすることで、人は気になるからね。ただ、周りに歌う人が多い時は、節を付けずに呼びかける。時と場合で呼びかけは変えるんです。やっていけばそのうちわかります。平六流の呼びかけを作ってくださいね」
細かく丁寧に販売方法を考えて伝える。前世の頃の記憶が役に立っている。
平六「わかりました。懇切丁寧に教えていただき感謝します。また、三月の猶予にも感謝します。暖簾まで作っていただき嬉しく思います。恒太郎先生に出会えて幸せです。それから、千代さん。至らぬ点を教えていただきありがとうございました。あの後、父から叱られました。『何を見てたんだ』と見ていたつもりですが、理解してなかったのでしょう。本当に恥ずかしい限りです。父から指導していただきました」
恒太郎「失敗から学ぶことはあります。これからも失敗を恐れず前に進んでください。楽しみにしてますよ」
千代「平六さん。その節は失礼なことを言いました。申し訳ありません。今日の雑炊も大変美味しかったです」
それから寺子屋のぞうすいは人気になる。半刻ほどで売り切れると聞く。徐々に、作る量を増やしている。屋台を増やすとも聞いている。わずか2ヵ月でこの人気。平六は良いところに目を付けた。軽くあっさりと食べられるということで、立ち食い屋として人気を集めているようだ。小山の城下町に雑炊屋が増えるのは間違いないだろう。
ー葉月ー
平六がやって来た。
平六「先生お久しぶりです。今日の分の支払いです。五十八文でした」
葉月の初日から58杯売れたという。昼の時間としてはよく売れた方だ。まだまだ知名度が低いこの時期にすでに、寺子屋の土鍋7杯分も売れた。
平六「先生。今年の夏は暑いですね。アツアツの雑炊では売上が伸びないのではないかと危惧してます。冷ました雑炊を販売してはどうかと考えてます。先生どう思われますか?」
恒太郎「私はアツアツを販売しなさいと言いました。これはどういう意味か分かりますか?」
平六「時期がまだ寒いころだったからでは?」
恒太郎「いいえ違います。腹を下す恐れがあるからなのです。そのまま冷やしてしまうとね。そうなると、寺子屋の雑炊はたちまち人気を失います。悪いうわさが流れてしまうのです。その場ですぐに腹を下さなくても結果は同じ。それを防ぐためにもアツアツの雑炊を出すのです」
平六「そうだったのですね。分かりました。このままアツアツで出し続けます」
恒太郎「理解していただきありがとうございます。それでもどうしてもという時は、氷水に鍋ごと入れて急速に冷やします。提供する際にも器の中に氷を入れるとさらに良いでしょう。しかしそれをするとなると?」
平六「赤字になるということですね?」
恒太郎「そうです。夏場に氷を手に入れるのはあまりにも難しい。なので、現実的なことではないので、アツアツのまま売るようにしてください」
平六「ありがとうございます。相談して良かったです。またこれからも相談させてください」
ー葉月 大暑ー
平六が汗を流しながらやってくる。寺子屋も暑くてかなわない。茶の代わりに井戸水一度沸かし冷ました水を差し出す。出された水を一気飲みして一息ついた。
平六「生き返ります。今日の分です。四十六文」
恒太郎「ありがとうございます。どうですか?繁盛してますか?」
平六「おかげさまで繁盛してます。この暑い時期にでもアツアツの雑炊を食べてくださるお客様が多くて助かってます。先生。最近、こんなことを言われたんです。『冷たい雑炊は売らないのか?』と、しかし、先生に事前に教わっていたためそのことを伝えるとだから夏でも鍋を食べるのかと納得して下さりました。また、それらが伝わりアツアツの雑炊なら食べるぞと喜んで新しいお客さんを連れてきてくださる常連さんも出来ました」
汗一杯になりながら感謝の言葉を口にする。
平六「お陰で今のところまだ腹を下したという話は聞きません」
恒太郎「それは良かった。平六さん。ありがとうございます。もしよろしければ、明日の午後からの勉学に少しだけ参加してはもらえませんか?」
突然の依頼が来たことに驚く。
平六「へ?いや、店を閉まった後になりますので、僅かな時間で良ければ可能ですが」
恒太郎「四半刻も居なくて良いのです。子供たちに、伝えて欲しいのです。夏は腹を下しやすい季節だと」
平六「話はわかりますが、私では無く先生が教えた方が良いのでは?」
恒太郎「断られた時は私が話すつもりですが、せっかく寺子屋を卒業しアツアツの雑炊を売っている人物がいるのですから先ほど話された経験談を子供たちに伝えて欲しいのです。私から話すよりもより一層注目が集まり記憶に残りやすくなります。もしよかったらで結構なので、手伝ってはいただけませんか?」
座り直し正座で深く頭を下げる。
平六「ありがとうございます。受けさせていただきます。ひとりでも多くの人たちに夏は腹を下しやすい季節なんだと知ってもらいたいです」
恒太郎「ありがとうございます。明日お待ちしてますね」
寺子屋に新たな学びのカタチが出来た。
平六は再び雑炊を作ることとした。今回準備された食材は、大根・川エビの干したもの・のり。のりは、高級品だが行商人から売れ残りを安く仕入れた。今日の日の為に用意した。川エビの干したものは、地元のもの。これらを使って、雑炊を作る。
大根は葉付きのものをどのように使うのか楽しみである。
平六は、火の通りにくいものから別の鍋でゆでる。大根は嵩増しに使えるので大変ありがたい食材。火が通りやすいように、一口大に切る。また、葉をザクザクと切っていく。土鍋の方には、川エビの干したものを入れ煮込む。煮た大根を土鍋に移し、香りの付いたままの鍋に塩を入れ、大根の葉を入れる。鍋には火を少しだけ入れすぐに火から離し余熱のまま蓋をして浸す。時折、葉を確かめる。土鍋におむすびを2個ずつ入れる。葉が柔らかくなったところで鍋から出し水につけ冷やし絞る。塩を水で薄くしたものを葉にかけて出来上がり。味見は食材1つ1つにしており、雑炊も塩味で作った。出汁にした川エビの干したものは、そのまま雑炊に使った。のりは、軽く両面を火で炙った。
千代に土鍋を持って行く前に、のりを手渡しこう付け加えた。
平六「茶碗によそった後に、のりをその場で手でぐしゃぐしゃぐしゃと細かくしてください。その細かくなったのりを茶碗の上に掛けてあげてください。あと最後にお浸しがあるので取りに来てください」
千代は土鍋を運び台所へ戻りお浸しを皿に入れて運ぶ。皿は4つに分け、皆で突く。
千代「食べる前にこちらを見てください」
子供たちが一斉に千代を見る。千代の両手にはのりが1枚ずつ持っている。子供たちは一斉にオオオオと声を上げる。
千代「最後にこののりをこう!からのこうします」
千代の両手ののりが2枚重ねられ半分に折られ破いていく。部屋にのりの良い香りが広がる。子供たちはその香りと演出に翻弄されザワつく。千代はひとりひとりの茶碗にのりを振りかけていく。目の前に広がる黒いのりと雑炊。今まで嗅いだことのない良い香りがする。
恒太郎「皆早く食べたいだろう。待たせたな。ではいただこう」
子供たちは今まで見たことのない雑炊が出てきた。しかも内陸にある小山藩ではのりは貴重。のりを食べたことのない子供もいる。しかもパリパリの状態ののりはさらに貴重。のり自体には味付けはされていないが、のりの香りを楽しみながらの皆食。子供たちはいつも以上に笑顔で食べている。
子供たち「すごく美味しいね」
子供たち「あー前歯にのり付いてるよー」
子供たち「あははは!お歯黒だー」
子供たち「大根がたくさん入ってて美味しい」
恒太郎「おかわりはあるから取りに来いよ」
子供たち「はーい」
子供たちは一斉に返事をする。どうやら今日の皆食はいつになく美味しいようだ。
恒太郎「このお浸し美味しいな。シャキシャキしていて」
子供たちもその声に、お浸しにも手を伸ばす。雑炊の上で軽くぽんぽんとした後に口にする。いつもは漬物がおかずになっていたが、お浸しは初めてだった。
子供たち「ほんとだ。このおひたしも甘くて美味しいよ」
千代も国明も頷いて食べる。
恒太郎はその場で、挙手をさせた。すると全員が美味しいと挙手をした。理由を尋ねる程でもない。皆が口々に美味しいと言っている。与えられた食材で美味しい雑炊を作ってくれたとして、裏口にいるであろう平六を呼ぶ。
恒太郎「今日の皆食を作ってくれたのは、弥生までこの寺子屋にいた平六が作ってくれた。材料は私たちで用意したものを上手に使ってくれた。皆も美味しいと声が上がっていたな。作ってくれた平六に皆からも伝えて欲しい」
子供たち「平六お兄ちゃん雑炊とても美味しかったよ。初めてのりを食べたんだ。こんないい香りするんだね」
子供たち「お浸しも美味しかったよ。大根の香りがあって美味しかった」
喜びの声があちこちから聞こえる。大賑わいだ。
恒太郎「うん。これは美味かった。前回の失敗を踏まえ美味しく出来上がっていたぞ。お千代さんはどうですか?」
千代「一昨日とはまったく別の人が作ったようでとても美味しかったです。材料の入れる順番を守りおむすびを最後に入れたので、汁が吸われずにすみました。お浸しにもこまめに頃合いを見ながらの調理。ベチャベチャにならずに美味しくなりました。川エビの出汁が雑炊にありこちらも香りが良かったですね。のりの演出は平六さんによるものです」
国明「私からもいいですか。千代殿ののりの演出はこれから食べる人への配慮としてはとても面白いものでした。平六さん。のりはそのままですか?」
平六「一度火で両面を炙っています」
国明「なるほど。どうりでのりの香りが強いんですね。寺子屋が満たされる感じがとても面白く初めての感覚でした」
平六は喜び胸をなでおろした。
子供たちは、おかわりをして腹いっぱいに満たした。
恒太郎「では、平六さん。後片付けも全部してから八つの頃にでも戻ってきてください。今日はどうもありがとうございました」
子供たちは仮眠をとり午後からの勉学に励み1日の勉学は終わる。その頃平六が裏口からやってくる。
恒太郎「平六さんはそのまま待っててください。皆さんお疲れさまでした。皆食が賑わい午後からの勉学にも力が入りましたね。平六さんに後で感謝の言葉を伝えてから帰ってくださいね」
子供たちは口々に感謝の言葉を伝え帰っていく。その声は、家に戻ってからも親に話しより一層雑炊のことが噂として広まっていった。
恒太郎「平六さんお待たせしました。では、本題に入りましょうか。店を出したいと言われましたね。店に出すのは許可します。しかし、雑炊だけを販売してください。雑炊屋として販売してください。出来立ての熱々を頬張れるようにしてください。暖簾は、こちらで用意します。販売をする際には必ずこの暖簾を出してくださいね。1杯あたり1文寺子屋へ支払ってください。1杯の額はこちらでは決めんが、なるべく多くの人に食べてもらえるように考えてください。今回食材が最初とは違いましたよね。あのように、日替わりで違う食材を1つは入れるようにして下さい。お客さんを呼び込む掛け声は、暖簾にあるもので声掛けしてください。声掛けは必ずして下さい」
一度にいくつものお願いをされた。契約書をあらかじめ用意していたので、その場で契約を完了させた。
恒太郎「それから、国明さんに集金に行かせようかと考えてます」
平六「それには及びません。こちらから毎日お支払いに伺います」
恒太郎「そうですかそれは助かります。国明さんも先生ですからね。使いっ走りには使えませんよね。国明さんすみませんでした」
国明「いえ」
恒太郎「では、寺子屋は今日はこれで終わります。平六さん来週また来てください。それまでは、新しい雑炊を準備していてくださいね」
平六の雑炊屋が成功すれば、寺子屋の収入が増える。赤字解消へまさに渡りに船。平六に感謝。
寺子屋の雑炊
翌週ー
平六が寺子屋が終わる頃に足を運んだ。
平六「ツネ先生。来ました。お土産に雑炊を作ってきましたので少し冷えてますが口にして下さい」
というと、恒太郎・国明・千代が口にする。少し冷えているため汁を吸い気味だが、まだしゃぶしゃぶしてる。しっかりと出汁を取っていて美味しい。具は少ないがコリコリとしていて歯触りも楽しい。
恒太郎「また腕を上げましたね。良いことです。では、今日お呼びしたのは他でもありません。先日染物屋にて暖簾を作ってもらいました。こちらをお渡しします。大事にして下さいね。また、先日一杯一文を支払うようにと伝えましたが、文月から支払ってください。それまでに地盤を固めてくださいね。期待してますよ」
恒太郎は先行投資として暖簾を作り平六への褒美とした。暖簾には
寺子屋のぞうすい
恒太郎「契約するときにも言いましたが、暖簾に書いてある通りに呼びかけるんですよ。『てらこやのぞうすい』と必ず言いなさい。興味のあるお客さんは、寺子屋で作る雑炊に興味があるんだ。だからこそ『寺子屋の』はとても重要なんだ。呼びかけるときには必ず節を付けて歌うように呼び掛けるんですよ。そうすることで、人は気になるからね。ただ、周りに歌う人が多い時は、節を付けずに呼びかける。時と場合で呼びかけは変えるんです。やっていけばそのうちわかります。平六流の呼びかけを作ってくださいね」
細かく丁寧に販売方法を考えて伝える。前世の頃の記憶が役に立っている。
平六「わかりました。懇切丁寧に教えていただき感謝します。また、三月の猶予にも感謝します。暖簾まで作っていただき嬉しく思います。恒太郎先生に出会えて幸せです。それから、千代さん。至らぬ点を教えていただきありがとうございました。あの後、父から叱られました。『何を見てたんだ』と見ていたつもりですが、理解してなかったのでしょう。本当に恥ずかしい限りです。父から指導していただきました」
恒太郎「失敗から学ぶことはあります。これからも失敗を恐れず前に進んでください。楽しみにしてますよ」
千代「平六さん。その節は失礼なことを言いました。申し訳ありません。今日の雑炊も大変美味しかったです」
それから寺子屋のぞうすいは人気になる。半刻ほどで売り切れると聞く。徐々に、作る量を増やしている。屋台を増やすとも聞いている。わずか2ヵ月でこの人気。平六は良いところに目を付けた。軽くあっさりと食べられるということで、立ち食い屋として人気を集めているようだ。小山の城下町に雑炊屋が増えるのは間違いないだろう。
ー葉月ー
平六がやって来た。
平六「先生お久しぶりです。今日の分の支払いです。五十八文でした」
葉月の初日から58杯売れたという。昼の時間としてはよく売れた方だ。まだまだ知名度が低いこの時期にすでに、寺子屋の土鍋7杯分も売れた。
平六「先生。今年の夏は暑いですね。アツアツの雑炊では売上が伸びないのではないかと危惧してます。冷ました雑炊を販売してはどうかと考えてます。先生どう思われますか?」
恒太郎「私はアツアツを販売しなさいと言いました。これはどういう意味か分かりますか?」
平六「時期がまだ寒いころだったからでは?」
恒太郎「いいえ違います。腹を下す恐れがあるからなのです。そのまま冷やしてしまうとね。そうなると、寺子屋の雑炊はたちまち人気を失います。悪いうわさが流れてしまうのです。その場ですぐに腹を下さなくても結果は同じ。それを防ぐためにもアツアツの雑炊を出すのです」
平六「そうだったのですね。分かりました。このままアツアツで出し続けます」
恒太郎「理解していただきありがとうございます。それでもどうしてもという時は、氷水に鍋ごと入れて急速に冷やします。提供する際にも器の中に氷を入れるとさらに良いでしょう。しかしそれをするとなると?」
平六「赤字になるということですね?」
恒太郎「そうです。夏場に氷を手に入れるのはあまりにも難しい。なので、現実的なことではないので、アツアツのまま売るようにしてください」
平六「ありがとうございます。相談して良かったです。またこれからも相談させてください」
ー葉月 大暑ー
平六が汗を流しながらやってくる。寺子屋も暑くてかなわない。茶の代わりに井戸水一度沸かし冷ました水を差し出す。出された水を一気飲みして一息ついた。
平六「生き返ります。今日の分です。四十六文」
恒太郎「ありがとうございます。どうですか?繁盛してますか?」
平六「おかげさまで繁盛してます。この暑い時期にでもアツアツの雑炊を食べてくださるお客様が多くて助かってます。先生。最近、こんなことを言われたんです。『冷たい雑炊は売らないのか?』と、しかし、先生に事前に教わっていたためそのことを伝えるとだから夏でも鍋を食べるのかと納得して下さりました。また、それらが伝わりアツアツの雑炊なら食べるぞと喜んで新しいお客さんを連れてきてくださる常連さんも出来ました」
汗一杯になりながら感謝の言葉を口にする。
平六「お陰で今のところまだ腹を下したという話は聞きません」
恒太郎「それは良かった。平六さん。ありがとうございます。もしよろしければ、明日の午後からの勉学に少しだけ参加してはもらえませんか?」
突然の依頼が来たことに驚く。
平六「へ?いや、店を閉まった後になりますので、僅かな時間で良ければ可能ですが」
恒太郎「四半刻も居なくて良いのです。子供たちに、伝えて欲しいのです。夏は腹を下しやすい季節だと」
平六「話はわかりますが、私では無く先生が教えた方が良いのでは?」
恒太郎「断られた時は私が話すつもりですが、せっかく寺子屋を卒業しアツアツの雑炊を売っている人物がいるのですから先ほど話された経験談を子供たちに伝えて欲しいのです。私から話すよりもより一層注目が集まり記憶に残りやすくなります。もしよかったらで結構なので、手伝ってはいただけませんか?」
座り直し正座で深く頭を下げる。
平六「ありがとうございます。受けさせていただきます。ひとりでも多くの人たちに夏は腹を下しやすい季節なんだと知ってもらいたいです」
恒太郎「ありがとうございます。明日お待ちしてますね」
寺子屋に新たな学びのカタチが出来た。