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残酷な描写あり
10話 粥
【これまでのあらすじ】

 明治生まれの常太郎。大阪の材木商で丁稚生活。旦那衆に認められ単身四国へ。道中地震に遭い命を失う。常太郎の先祖は徳川幕府2代将軍徳川秀忠の時代。僅か100石の分家の嫡男として転生。右肩に火傷を負う。体格の良さと前世での記憶と知識を兼ね備える。知識と人柄から寺子屋の経営を譲られる。大御所の死去に伴い、父恒興は小山を発つ。恒興は慣れぬ作業と膨大な刻を経て、体調を崩しやすくなり恒興は隠居し恒太郎に家督を譲る。翌月家族に見守られ死去。正純から転生者だと指摘。新たな使命は、師範を増やすための育成。浪人を雇うのに50石の加増。雇ったのは陸奥国会津藩出身の佐々木国明という若者。
【家臣】
 屋敷へ戻り早速報告ほうこくする。

  恒太郎「ただいま戻りました。母上、今日より新しく家臣になった国明殿です。さ、挨拶あいさつを」
  国明「お初にお目にかかります。佐々木国明ササキクニアキと言います。歳は二十一。よろしくお願いいたします」
  トラ「そうですか。恒太郎さんより六つ年上ですか。恒太郎さんはまだ世間をよく知りません。ですので、いろいろと恒太郎さんに教えて差し上げてくださいね」

 母は嬉しそうに口元を抑える。

  トラ「部屋は、離れにあります。布団は今お持ちしますね」
  国明「わかりました。布団は渡して下されば、自分で運びます」
  トラ「カメ。布団の場所を教えて差し上げて」
  カメ「はい。奥様。こちらです。国明さまは、武芸ぶげいが得意なお方ですか?」

 一女中が、武士に対してかるがる々しく声を掛けたものでは無いのだが、長年仕ながねんつかえているためか少し出しゃばったフシが見られる。良く言えば、親しみ深い人物ともいえる。

  国明「よくわかりましたね。どちらかと言えば、武芸ぶげいハゲんでいました。布団はこれですね?よいしょ」
  トラ「カメ。部屋を案内して。終わったらこちらに来るよう伝えてください」
  カメ「はい。こちらです。部屋へご案内します」

 暗い中、部屋へ案内する。あかりは無く月明かりで進む。

  カメ「きゃっ」

 なにかにつまづいたようだ。転びそうになったカメを国明が助けた。国明は咄嗟とっさに、布団を投げ捨て、カメを助けた。カメは無事ケガなく助かった。

  国明「大丈夫ですか?おケガはありませんか?」
  カメ「はい」
  カメ[ヤダ。初めて殿方とのがたに抱きかかえられたわ]
  国明「良かった」
  カメ「それより、布団は?どうされたのです?」
  国明「あ。そうですね。すみません。汚してしまいましたが、ひとまず明日朝にはたけば落とせるでしょう。今夜は軽く叩いて寝ます」
  カメ「申し訳ありませんでした。私が転びさえしなければ」
  国明「なーに。仕方ありません。暗いのですから。それより先ほど躓いたのは、木片もくへんのようですが、薪能たきぎですかね」
  カメ「なるほど。それなら、彦作ヒコザが落としたのでしょう。明日とっちめてやる」

 2人は再び屋敷に戻る。

  トラ「カメ大丈夫だった?国明さまどうしたのです?汚れてるではないですか。今、恒太郎さんが風呂に入ってるので一緒に入ってきてはどうですか?その間に、寝間着ねまぎを用意しておきます。着物の汚れは、明日までにはかわきますよね?カメ」
  カメ「はい。すぐにでも」

 トラは、良い兄が出来たと思い一緒に風呂に入れることにした。一方いっぽう、カメは家人かじん以外の男性の着物を持っていたためどことなく微笑ニヤついてるように見えた。

  国明「失礼します。一緒に入れとのことで」
  恒太郎「どうぞ。一緒に入りましょう」

 初日から共に風呂に入る仲になった。

  国明「その火傷あとはどうされたのです?」
  恒太郎「見えますよね。普段、着物で見えないようにしているので。この火傷は子供の頃釣りをしてる時に落雷で腕が上がらなくなりました。ですので、刀が扱えないのは不便ふべんなことです。もしよければ、私の片腕かたうでになってもらえませんか?おそわれることはそう無いとは思いますが、国明殿が守っていただけると助かります」
  国明「ようやく私の腕が役立つのですね。これは稽古けいこおろそかにしてはいけないという暗示あんじですね。分かりました。本来の私の出番です」
  恒太郎「頼もしいですが、そのようなことは今のところ無いので安心してください。けものに襲われた時は、石などで応戦おうせんしてますので」

 獣に刀は通用しない。だが、今後何があるか分からない。腕の立つ用心棒ようじんぼうを安く雇えたのであれば助かる。まぁ襲われないように注意するだけではあるのだが。

  カメ「お湯加減はいかがですか?」
  国明「少し熱くしていただけますか?」

 カメは国明の声を聴き熱が入る。

  国明「あの。もう。大丈夫です」

 カメは聞こえてるのか

  国明「ホント。もう。もうだいじょうぶ」
  恒太郎「おカメさん、もう十分ですよ。ありがとうございます」

 さすがに、当主の声はわかりその場を離れた。

  恒太郎「いつもはこんな感じじゃないんですけどね。どうしたんですかね」
  国明「少しのぼせそうなので先に出ます」
  恒太郎「また一緒に入りましょ」

 湯船ゆぶねから出るときに足が引っかかる。

  国明「うわっ!」

 咄嗟とっさに恒太郎の身を入れ胸に倒れこむ。

  恒太郎「あぅ」
  国明「そういうつもりでは!」
  恒太郎「あっはい。わかってます。ちょっと歯が軽く胸に当たったので」
  国明「お怪我は!?」
  恒太郎「少し胸が痛いです」
  国明「冷やさねば!」
  恒太郎「いえ。そういう意味では。大丈夫です。それより国明殿はお怪我はどうですか?」
  国明「はい。殿が。守ってくださったので」

 2人で入れる広さでは無いため、のぼせてしまったようだ。湯につかり一息つき、温まってから風呂から出る。まだ胸がドキドキしている。湯がいつもより熱く感じた。

  トラ「こちら娘の詩麻シマです。ご挨拶なさい」
  詩麻「はじめまして。詩麻といいます。あにのいもうとです。よろしくおねがいします」
  トラ「詩麻もこうして手伝ってるんですよ。国明さんよく似合ってます。夫が使ってたものです。少したけが短いですが、明日直しておきますね。今日はそれで勘弁かんべんしてください」
  国明「何から何までありがとうございます」
  恒太郎「では、夕食を皆で囲むとするか。我が家では、皆と話ながら食事をする。国明殿も気軽に話されよ」

 家の説明などを食べながら話す。元々農民の出だったことやいつ家督かとくを継いだのかなど出来る限り話した。女子供が一緒に食事をするというのは、武家にしては珍しいというかあり得ない。元農民だったというだけのことはある。分けへだてなく皆で食事をし会話を楽しむ。武家としてはあり得ない食事だった。

  恒太郎「詩麻もそろそろ寺子屋に通っても良い頃合いでは無いか?母上。次回から連れて行きたく思います。いかがでしょうか」
  トラ「そうですね。いつまでも幼いままでは嫁に出せませんからね。結婚ごえんが遠ざかってしまいます。明日から三人で通ってください。詩麻。いいですか。ただ勉強するのではなく、色々と気を回しながら接するのですよ。これまで教えてきたことをしなさい。いいですね?」
  詩麻「わかりました。あにうえよろしくおねがいします。あと、くにあきさまよろしくおねがいします。あにうえといっしょにかよえてうれしいな」
  恒太郎「母上それと、明日よりおむすびをひとつ多くお願いします。私と国明殿に持たせてください」
  トラ「どうしました?ひとつずつ多くですか?そんなに食べれますか?」
  恒太郎「いいえ。寺子屋の子供たちに食べさせます。かゆにすれば全員に振る舞えます。おむすび二個ずつであれば足りるでしょう。子供たちと食事を囲もうと思います。せっかく、身分の分けへだてが無いのですから皆と一緒に食べとうございます」
  トラ「そうですか。それは面白いですね。わかりました。あしたは三つずつ包みます。カメもいいですね?これからは三つずつですよ」

 母の気持ちとしてさらにひとつずつ増やし3つずつとなった。食べごたえのある量になりそうだ。

  カメ「はい。恒太郎さまはいつも面白いことをお考えになる」
  恒太郎「いえ、この案は国明殿の考えです。その案に乗っかっただけのことです。国明殿は面白いことを考えてくださる」

 カメはどこかほこらしげに話を聞く。

  国明「いえ。たまたま思ったことを言っただけです。それをんでいただいたのは恒太郎さま。すぐに行動に移されて心強さを感じます」
  恒太郎「はしはいくつか余ってませんか?余っていれば、明日持って行きとうございます。私たちが使うのもそうですが、忘れた子に貸すことが出来ますので」
  カメ「客人きゃくじん用ですので。今は余分よぶんなものはございません」
  恒太郎「そうですか。では、また買い足しておきます」

 楽しい会話は、あっという間に過ぎ、部屋に戻り眠りに着いた。

 翌朝、聞き慣れぬ音がする。

ブン ブン ブン

 早く起きた国明が刀を振っている。まだ、太陽はのぼっていない。薄暗うすぐらい中鍛錬たんれんハゲんでいる。久しぶりに満足のいく風呂と食事を得、より一層元気になったようだ。

  恒太郎「国明殿は気合が入ってるようですな。ですが、刀は危険ですので、こちらの木刀ぼくとうを使ってくだされ。私が以前使っていたものです。腕が上がらなくなり木刀さえ振れていません。このまま布団叩きに使っても良いのですが、せっかくなので国明殿が稽古けいこに使って下されば木刀も喜ぶでしょう」
  国明「ありがたく頂戴ちょうだい致します」
  恒太郎「我が家はせまい。満足に刀を振ることもできないくらい狭い。カメやまだ幼い詩麻もいます。満足に鍛錬させれず申し訳ないが、木刀で鍛錬してくだされ」
  国明「いえ。いつも刀で鍛錬してたもので。ありがとうございます」
  恒太郎「ちょっとついて来てもらってもいいですか?」

 着物を正しついて行く。そこは畑だった。まだ如月きさらぎ下旬で畑は準備期間ではあるが、草むしりが行き届いている。

  恒太郎「当家はまだまだ小さいので、畑仕事もしながら寺子屋で教えてもいます。これを私ひとりでは難しかったのです。もちろん、百姓の方々もいますが、人手はひとりでも多い方が良い。国明殿は少しずつで良いので、覚えていただけると助かります」
  国明「なるほど。経験が無いので、わからないですが、教えていただき覚えて行きます」
  恒太郎「ありがとう。ここで作った米や根菜こんさいは、私たちも手伝ってできたものです。昨晩さくばん食べたものはここで採れたものです。米一粒まで大事に食べたいですね」
  国明「そうですか。体力だけはあるので、手伝わせてもらいます」

 が昇り高くなる頃には、家に戻り朝食を食べ、報告のための準備をする。布団を干すのに、木刀で叩く。汚れはだいぶ落ちたようだが、カメに後で取り込んでもらうよう頼む。

 恒太郎は国明を連れ、祇園ギオン城へ向かう。正純に挨拶に行くためだ。正純は新たな師範代を雇えと指示をしていた。浪人を雇うことにしたことで、50石の加増を受けている。本来なら家臣を増やしたくらいで報告しなくても良いのだが、気にかけて加増をしていただいた手前、報告する義務ぎむはあるだろう。


【新たな門出かどで

 ふたりは城へ向かい正純に報告をするため登城とじょうする。
 本格的に寒い季節の如月。火鉢ひばちの前とはいえ、障子しょうじが開いている。それだけでも寒さが身にみる。ようやく、正純と謁見えっけんできる。
 二人は平伏へいふくし待つ。

  正純「待たせたな。おもてを上げよ。ん?見かけぬ顔だな」
  恒太郎「はっ!こちらは、我が家臣になりました佐々木国明殿でございます」
  国明「お初にお目にかかります。私は、陸奥ムツの国会津アイズ藩にて仕えていた佐々木国明と申します。この度は、本多恒太郎様に召し上げていただき感謝しております。昨晩より屋敷の離れに住まわせていただいております」
  正純「ほう。良い顔だ。歳はいくつだ」
  国明「はっ!二十一なりました」
  正純「そうか。恒太郎より年上だな。しかし、なかなか良い男を見つけたな。どうやって見つけた」
  恒太郎「張り紙に待遇面を大きく書き出したところ子供たちが集まる前に来ました」
  正純「ははは。そうか。待遇面を大きくか。面白いことをするな」
  恒太郎「そうです。誰でも待遇面が大事です。いくら綺麗事きれいごとを書きつづっても人は集まりにくいでしょう。浪人相手だとわかるように、待遇面を前面ぜんめんに押し出しました」
  正純「それで、お主は納得なっとくしたのか?」
  国明「もちろんです。待遇面を前面に押し出す主人は正直だと思いたずねました。間違いございません」
  正純「本人が納得しているならそれでよい」
  恒太郎「本当に良い人材に出会えました。まさかこんなに早く見つかるとは思わなかったので渡りに船でした。それもこれも後押あとおしをしていただいた正純様のお陰にございます」
  正純「役に立てたか。今後の方針ほうしんがあれば聞かせてくれ」
  恒太郎「はい。明日より、昼に子供たちと一緒に食事をします。今はまだ、余裕が無いので、かゆだけになりますが、いつか安定して食事がとれるようにします。また、あとひとり寺子屋から師範代を見つけます。家のあとを継がせないのであれば、寺子屋の師範代になって欲しいと頼んでみようかと思います。徐々に拡大かくだいさせていきたく思います」
  正純「なぜ、子供たちと食を囲むのだ?」
  恒太郎「それは、大人の私だけが食べていることが多く、食べずに寝て腹を鳴らす子供がいます。時々、声を掛けおむすびを分けていましたが、平等びょうどうに分けることが出来ませんでした。子供たちが喜んで食べる姿は、何にもかえれません。寺子屋に行く楽しみは皆で食を囲むことでも良いと考えてます。そのための第一歩です」
  正純「ふぅん。なるほど。それは面白い。やってみなさい。粥だけではさみしかろう。寺子屋に米を一俵いっぴょう送るか?」
  恒太郎「いつもありがとうございます。しかし、加増かぞうを受けたばかりです。まだ余裕はあります。出来るところまでやってみようかと思います。もっと良い働きをいたします。その時はお願いいたします」
  正純「ハハハハ。ふははは。面白い。なんでもありがたく頂戴ちょうだいする者は多くても断るとは珍しい。フハハハハ。正直者しょうじきものだな。国明よ!仕える先を間違えたのではないか?」
  国明「いいえ。大変頼もしく思います。私も気合が入ります。これから本多恒太郎様を支えて参ります」
  恒太郎「うむ!わかったぞ。そういってくれると助かる。迷惑かけるだろうけどよろしく頼む」

 2人の若者をみて頼もしくもあり、えりを正す気持ちになった。すがすが々しい若者に、思うところがあるが今はだまって静観せいかんしていることと心に思うのであった。
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