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残酷な描写あり
6話 師範 ~元服~
 寺子屋主人である|幸綱《ユキツナ》により師範代として教える側に回り助けてほしいと言われる。父の|恒興《ツネオキ》と相談し許可をもらう。
師範代見習しはんだいみならい】

 師範代しはんだいになるということで、予定より早く元服げんぷくさせることとした。

  恒興「次回から太郎は、寺子屋師範代になる。いつまでも幼名ようみょうのままでは良くないからな。元服するとしよう。当家は代々名前の前にツネが付いていた。わしもその一人だ。嫡男ちゃくなんのお前にも付けてもらうぞ。恒康ツネヤスなんてどうだろうか。戦の無い時代になる。健康で平和な時代を願ってどうだろうか」
  太郎「恐れ入ります。私はこの幼名が好きです。ツネを付けて常太郎ツネタロウはいかがでしょうか。太郎は坂東太郎ばんどうたろうと言います。力強い名前で私は大好きです。どうか。常太郎ではいかがでしょうか。常に強い男としては」
  恒興「儂は幼名に願いを込めたんだ。強い子になって欲しくてな。そうか。太郎も知ってたか。うむむむむ。太郎が幼名を好きだと言ってくれて父は嬉しいぞ。ヨシ。ツネタロウで生きよ。ただし、恒太郎ツネタロウとしてだがな。我が本多ホンダ家を盛り立ててくれ。期待しておるぞ」
  太郎「ははー。ありがたき幸せ」



 無事元服した太郎は元の名前の恒太郎に戻る。常ではなく代々伝わる恒ではあるが。翌日から先生として仕事することになった。
 「先生こんにちはー」子供たちの声がする。初日なので、恒太郎は幸綱ユキツナ補助ほじょとして手伝うことになった。

  千代チヨ「若さま。席に座らないんですか?」

 不思議そうにこちらを見ている。

  恒太郎「今日から幸綱様の補助をすることになった」
  千代「すごーい。復帰ふっき一日で先生に。大出世だいしゅっせだね!」

 千代は嬉しそうに喜んでくれた。こんなに喜んでもらって胸が熱くなる。

  恒太郎「始める前に先生は元服しました。名前は恒太郎です」

 子供たちは、嬉しそうに「ツネ先生」と呼びあった。
 恒太郎は、子供たち1人1人に目を向け褒めていく。


弥生やよい

 幸綱は困った顔をしながらため息をつく。恒太郎を呼びだした。

  幸綱「恒太郎さん。急な話で申し訳ありませんが、私は、仕官しかん先が見つかり今後寺子屋の主人が出来なくなります。もしよろしければ、恒太郎さんにあといでいただきたいのですが。いかがですか?」
  恒太郎「もったいないお言葉。私なぞでよければ。跡を継がせていただきたく思います」
  幸綱「良いのですか?お父上に相談しなくても」
  恒太郎「はい。父からは『元服したのだ。お前の好きなようにしなさい』と言っていただきました」
  幸綱「そうだったんですね。良い返事をいただけて感謝します。あらたに探すのが難しかったので助かります。子供たちも恒太郎さんになついてますし適任てきにんだと思ってました」

 父に引き受けたむねを伝えた。

  恒興「恒太郎よ。自分で選び決めたか。とても良いことだ。もう十四になり元服したのだ。自分で決めるのは当然の事だ。私はほこりに思うぞ。しっかりつとめなさい」
  トラ「恒太郎さん。あなたは人当ひとあたりが良いので、きっと親御おやごさんからも信頼しんらいされるでしょう。ツラく苦しい思いをすることがあるかもしれませんが、乗りえなさい」
  詩麻シマ「おにいちゃん。たのしそうでわたしもうれしい」
  トラ「こらっ!詩麻。もう九歳なんですからいつまでもお兄ちゃんと呼ばずに兄上あにうえと呼びなさいと何度。。」

 妹詩麻は嬉しくなるとつい「お兄ちゃん」と呼んでしまうようだ。


大御所逝去おおごしょせいきょ
卯月うづき

  恒興「正月に倒れてしまわれた大御所おおごしょ様がご逝去せいきょされた。これより江戸にまいる。大御所様の側近そっきん正純マサズミ様からは、来なくて良いと言われているが、なにか手伝えるかもしれん。家の事は恒太郎が代理をせよ。トラたちを助けよ」

 大御所とは初代将軍しょだいしょうぐん徳川家康トクガワイエヤスのことをす。一線いっせんから退(ひ)いた後も政策せいさくに口をはさむ。二元政治にげんせいじが行われていた。これにより混乱した日ノひのもと一枚岩いちまいいわにすることができた。恒興は江戸の本多屋敷へ向かった。

 寺子屋師範しはんとなり、子供たちの親に挨拶あいさつをすることとなった。

  恒太郎「本日より寺子屋師範の本多恒太郎と言います。先代せんだい板橋幸綱イタバシユキツナ様より引き継ぎました。若輩者じゃくはいものですがよろしくお願いいたします。親御さまの皆様には、安心してまかされるようつとめます」
  親たち「随分ずいぶんと若いな。大丈夫か?」
  親たち「ウチの子供たちと変わらんぞ」
  親たち「いや、うちのせがれから聞いてるのは、めてくれて嬉しかったと言ってたな」
  親たち「そうだな。うちの娘もよろこんでいたぞ」
  親たち「かと言って他に寺子屋もないし贅沢ぜいたくは言えん」

 親御さんたちの評判ひょうばんは、賛否両論さんぴりょうろん。これから評価を上げて行けば良いと考えた。

  恒太郎「そろばんは持って来たか?無い人は手をげなさい」
 
 しぶしぶ手を挙げる子供たちに

  恒太郎「めているのではありません。無いものは仕方ありません」

 そろばんの無い子供には、自分のをしたり手のいた人からりるように指示しじ

  子供「先生。ぼくの家は百姓だから計算は必要ないと思います」
  恒太郎「なるほどそうだな。確かに必要ないように思うよな。それでも、計算が出来るようになると頭の中でそろばんをはじくようになり、かんたんな計算なら頭の中だけでできるんだぞ。買い物に出てもぼったくられないでむんだ。悪いやつは、百姓だから子供だからわからないだろうとっ掛けてくるのもいる。どうせなら値引ねびいて安く買いたいと思わんか?いたんでいても通常つうじょう価格ねだん販売うろうとする者に対し、値引ねび交渉こうしょうするのに計算ができるようになったら便利べんりだぞ」

 子供たちに、なぜ計算が必要なのか。なぜ、商人でも無いのにそろばんを習わないといけないのか。その使い方を知ることで、子供たちは値切ねぎりという言葉を聞いて俄然がぜんやる気が出た。
 こうして、勉強する意味などを知ることで、読み書きや簡単な計算まで教えていることで、恒太郎の評価は上がっていく。その評判ひょうばんむかえに来た親たちと話すことで高まった。

  子供の親「ツネ先生。勉強が嫌いな息子でしたが、先生のお陰で勉強が楽しいようです。ありがとうございます」
  恒太郎「それはよかった。お役に立てて嬉しいです」

 通う子供たちは、成績せいせきが上がり親たちの評価が高くなる。親の職業みぶんは色々あり、武家の子供だけでなく、商人・百姓。穢多非人えたひにんと職に関係なく通えるのが寺子屋だ。
 穢多えたとは、動物の解体かいたいをし、皮やほねなどを加工かこうなどをする職業。鎌倉かまくら時代頃から存在そんざいする。鎌倉時代の頃は職業として身分みぶんが高くされていたが、室町時代になるとけがれた職業とし、人以下の職業となり身分となった。住む場所がかぎられるなど不遇ふぐうな立場であった。
 非人ひにんとは、芸能げいのうの職業が主。のちの歌舞伎かぶきもこの職業であり身分である。人であらずから付けられたさげすまされた言葉。
 恒太郎が武家の子供ということもあり、武家からの信頼はあつく、商人からは計算の仕方しかた言葉遣ことばづかいなどを教わることが出来たと喜んでいる。百姓は、季節の作物さくもつあつかい方を教わることが出来た。親たちの金銭きんせん的なところをいくらかし引いてもらえることからの評判はうなぎ上り。何と言っても武家の子供でありながら人当たりの良さが人気の秘訣ひけつ
 親たちは、話すのが楽しみになってもいた。それと同時に、人脈じんみゃくにもなるとして、初めての人脈づくりを喜んでいた。人はどことどこがつながっているか分からない。人間としても成長していた。

 千代は遠目とおめに、恒太郎がどこか少し遠く感じるようになった。



【チチモドル】
皐月さつき

 父が江戸より戻って来た。少しやつれたのかより一層いっそう細くなったように見える。江戸で何があったのだろうか。

  恒太郎「父上お早いお戻りでなによりです」

 丁稚でっちの頃のような言い回しをしてしまう。母トラと妹詩麻は心配そうな顔で迎えた。カメはせわしなく動く。

  恒興「師範としての風格ふうかくが出てきたな。家は変わりないか?」
  恒太郎「ありがとうございます。変わりありません」
  恒興「そうか、わしの代わりによくやってくれた」
  恒太郎「ところで父上。少しやつれたように見えます。激務げきむだったのですか」
  恒興「まぁそんなところだ。儂は、やりを振り回すのは得意とくいだが、帳簿ちょうぼを付けるのが得意でな。休む間もなく大御所様がくなられたこともあってか、食事ものどを通らなくてな」
  恒太郎「そうでしたか」
  トラ「大変でしたね。茶漬ちゃづけけだけでもされますと少しは違いますよ。お食べになりますか?」

 女中カメは、茶漬けと梅干うめぼしを出した。

  恒興「ふぅ。家に帰ったからか気が楽だ。ところで、恒太郎は師範になったことで顔つきが良くなったな。良い顔だ」
  恒太郎「ありがとうございます。最近は、親御さんからの評判も良くなり話をすることが増えました。成績がよくなりもっと学びたいと言う子供たちが増えてます。いつか、その子たちの手伝いができるようになるといいなと思ってます」

 父と母は恒太郎の成長を喜んだ。



 その日の夜。とこで夢を見た。あの男が出てきた。

  大男「よう!久しぶりだな恒太郎(笑)元服したんだってな。大人の男だな(笑)」

 どうもおかしな感じだがいつも以上におかしい。

  恒太郎「まぁな。いや待て。お前が出てきたってことは、私はまた死ぬのか?」
  大男「いやいや、死なんよ。ただ、めでたいから出てきただけだ」
  恒太郎「その時その時のふしぶし々で出て来るんか?変わってるな」
  大男「何ていうか。。。気分次第きぶんしだい?って奴?そんな感じ。ハハハハ。まぁでも元服してからが本番だ。これから色々あるぞ。楽しみにしとけよ。へっへっへ。おっと、何があるって言いてえんだろ?おーしえませーん。これからのイロイロを楽しみにしてなさい。困った時は私を思い出しなさい。夢枕ゆめまくらに立つから」
  恒太郎「立たなくていい」
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