残酷な描写あり
R-15
178 巡
次の日の朝。カイルは具合が悪そうだった。どうやら夜中にビスタークがカイルの身体で買わせたちょっと良い酒を飲んだらしい。二日酔いである。
『そこまでたくさん飲んでねえぞ』
「度数の高い酒だったんだろ」
「それもあるだろうけど、この前移動中に理力たくさん使ったから、それがしっかり回復してなかったのかもしれない……」
『じゃあ寝てろ。俺が代わるから』
移動の間、カイルの身体はビスタークが使うことになった。本人の精神は眠っているので理力は回復する。
「二日酔いの身体で動けるのか?」
「ちょっと酔っぱらった感じはあるが、俺は別に気持ち悪くねえな」
「俺の身体で酒飲んで潰れたときは動けなかったんだよな?」
「お前の体質だと酒は完全に毒みてえだからな。こいつの身体とは違う」
納得したようなしないような答えだったが特に気にすることでもない。通常通り出発することにした。
今までは町と町の間の小屋に泊まることなく進んでいたが、眼神の町と錨神の町の間は往来する人数が多く盾で移動すると目立つため、通常通り途中の宿場町へ泊まることになった。人目につかないよう少し遠回りしたのである。
前回コーシェルとウォルシフの兄弟と一緒に浄化した三体の悪霊の墓が無くなっていた。移動が速いことに気を取られそのときは気付かなかったのだが、飛翔神の町と友神の町の間に作った墓も見た覚えが無い。リジェンダが早速手を回したのだろう。遺品だけは地元へ戻れたのかもしれない。
神官兄弟と一緒に泊まった眼神の町管轄の宿場町へ到着し、早速前回泊まった宿を訪ねてみるとその扉は閉ざされていた。
「あれ、休みか?」
「ここに何か書いてあるよ。『長年のご愛顧ありがとうございました。当宿は都合により閉業致します』……だってさ」
前回泊まってから一カ月程度しか経っていない宿は閉業していた。カイルは昼食時に目覚めたので今ビスタークはフォスターの額に収まっている。
「ここってトヴィカさんが働いてたところだって?」
「ここでコーシェルに庇ってもらったのを見たよ。で、その後すぐ店辞めて追いかけたって聞いた」
「トヴィカさんが辞めて人手不足になったから、とか?」
「流石に違うだろ。この前の選挙で捕まった奴が出資してた宿だったらしいから、その関係だろ」
「そんなことより空いてるところ探そうよ。じゃないと泊まるところなくなっちゃう」
カイルとフォスターが閉業理由について推測しているところへリューナが現実問題を提示した。尤もな意見なので急いで案内所へ赴き今日の宿を確保した。
その後も順調に進み、前回より短い日程で港のある錨神の町へ到着できた。少し遠回りしたがまだ昼を少し過ぎたくらいである。移動速度が速かったのと乗合馬車と同じ時間に出発したくなかったので早く出たのだ。いつものように町の手前で盾から降り、リューナはかつらと眼鏡を着けて変装している。
「俺、海行きたい!」
カイルは海を見たことはあったが、入ったことは無いという。
「お前も水遊びがしたいのか……まあいいけど。まずは船がいつ来るのか確認が先だぞ。宿も確保しないといけないし」
「この前のお部屋が空いてるといいね」
「そうだな。そうすれば料理できるしな」
「そんなに良い部屋だったのか?」
「台所と風呂がついてるだけの普通の部屋だよ」
「三人泊まれるのか?」
「どうだろ。この前のは二人部屋だったからな」
そんな会話をしながら船の予定を確認すると三日後となっていた。
「命の都までは何日くらいかかるの?」
「んー、俺じゃわからないな。誰かに聞いてみるか」
『泳神の町までの三倍はあるな』
リューナとフォスターの疑問にビスタークが答えた。
「じゃあこの前は船に四日乗ってたから、えっと、十二日か?」
「わー……暇そうだね……」
「何か暇つぶしを用意しておかないとな」
「それなら、本買ってもいい?」
「うん、そうだな。それくらいは買いたいな。本売ってるとこ探さなきゃ」
たった四日間だった泳神の町までの航海ですら暇を持て余したので、何かしら時間を潰せるものを用意しておきたい。リューナは物語の本を、フォスターは料理の本を考えていた。
「船が来るまでだいぶ時間があるし、この町をみて回ろうよ。俺はここ初めて来たから」
カイルが提案する。
「そうだな。じゃあ宿の確保に行くか。それから買い出しだな」
「水遊びはー?」
「あー、そうだった。急がなくても大丈夫だし、買い出しは明日にするか」
「でもその前にお昼ごはんだよ。おなかすいたー」
前回と同じように宿の案内所に行き同じ宿を確保出来た。今回は三人部屋である。場所は覚えているので皆で喋りながら向かう。
「そういえば、フォスターはこの前も水遊びしなかったよね。しなくていいの?」
「俺は何かあったら怖いから鎧着てなきゃならないからな」
「そっか……ごめんね」
リューナがしゅんとしてしまった。自分のせいで、と思っているのだろう。
「リューナのせいじゃないから気にしなくていいよ。そこまで遊びたいわけじゃないし」
『右手の小手だけ着けてればいいんじゃねえか。遊びたいなら、だが』
「足つけるくらいはしてみたいけど、それなら鎧着けたままで足の部分だけ脱げばいいだろ。本当にあんな思いはもうしたくないからな」
以前船でリューナが攫われかけたことを思い出しフォスターは真面目な表情でそう呟いた。
「それにあのとき泳いだしな。鎧着たまんまで。遊泳石があったから鎧着たままでも溺れなかったんだよな、きっと」
あのとき、とは船でリューナが操られている神衛兵に襲われたときである。
『まあ命の都の訓練に参加すれば嫌ってほど泳がされるしな。石無しで』
「今から気が重いな……」
ため息をつくフォスターをよそにカイルは乗り気である。
「俺もちゃんと泳いでみたいな。泳げないかもしれないけど」
「石貸してやってもいいけど……服着たまま泳ぐつもりか? 裸になるとか言わないよな?」
「水着ってやつ売ってないかな?」
「さあ」
「被膜石ってのを使って濡れないようにしてあるらしいんだ。それも気になってて」
「泳ぐのはその実験ついでか」
「水に頭まで浸かるってどんな感じなのか試したいし」
とにかくカイルは何でも試してみたい性分である。
宿に着き、部屋に荷物を置く。格納石で持ち運びに不便はないが、調理器具などがみっちり入っている大袋を外で出すのは少し恥ずかしいのである。中身を出して石袋やタオルなどの最低限の物だけ大袋に入れた状態でベルトに付けた格納石へ仕舞った。
「じゃあごはん食べよ! 久しぶりにお魚食べたいなあ」
「そうだな」
「俺もあんまり食べたことないから食べてみたいなあ」
「じゃあこの前の網焼きの店に行ってみるか。新しく店を探すと時間かかるし」
「うん! さっき匂いがしてたからお昼もやってるはずだよ!」
フォスターとカイルは顔を見合わせた。
「匂いなんてしてたか?」
「俺、わかんなかった」
リューナは鼻が利く。食べ物の匂いとなればなおさらだ。
『そこ行くんなら今度こそ飲みてえ』
「またそれかよ。カイルと直接交渉しろよな」
ビスタークが我儘を言い出したのでフォスターは鉢巻きをカイルへ渡した。
「俺も一度は海のもの食べてみたいからさあ、夕飯のときに交代するってのはどうかな?」
『ん、それでいいぞ』
「泳いだら疲れるだろうから早く寝ればいいんだし」
『決まりだな』
カイルがにやりと口角を上げた。
「じゃあ、そのかわり……いいよね?」
『やっぱりそうなるか……』
「船の中暇そうだから色々試したい!」
『あれ以上の屈辱は無いよな……?』
「それほどのことかなあ? そもそも、消化の神様に失礼じゃない?」
排泄石は消化神の石である。
「確かに。旅の必需品だし、嫌がるなんて罰当たりだな」
「そうだよ。ありがたいと思わなきゃ」
『それ言われたら反論出来ねえじゃねえか!』
ビスタークは呆れた声で突っ込む。
『言っておくが、俺、多分理力使って疲れすぎると悪霊化するぞ』
「ええー? そうなのー?」
それを聞いてフォスターは疑問を口にする。
「幽霊になってからは理力増やせないのか?」
『さあな』
「俺に理力増やせって言うんなら自分も努力しろよな」
「じゃあ、それも検証してみよう」
『……お前、俺のこと遊び道具か何かだと思ってねえか?』
「お、思ってないよ?」
『思ってるな……』
カイルは軽く咳払いをして話を戻す。
「人形を動かすのに慣れていけば、理力も増えていくんじゃないかなあ。増やしといて損はないと思うけど」
『それはそうだが……』
カイルの暇つぶしはビスタークを構うことになりそうである。
『そこまでたくさん飲んでねえぞ』
「度数の高い酒だったんだろ」
「それもあるだろうけど、この前移動中に理力たくさん使ったから、それがしっかり回復してなかったのかもしれない……」
『じゃあ寝てろ。俺が代わるから』
移動の間、カイルの身体はビスタークが使うことになった。本人の精神は眠っているので理力は回復する。
「二日酔いの身体で動けるのか?」
「ちょっと酔っぱらった感じはあるが、俺は別に気持ち悪くねえな」
「俺の身体で酒飲んで潰れたときは動けなかったんだよな?」
「お前の体質だと酒は完全に毒みてえだからな。こいつの身体とは違う」
納得したようなしないような答えだったが特に気にすることでもない。通常通り出発することにした。
今までは町と町の間の小屋に泊まることなく進んでいたが、眼神の町と錨神の町の間は往来する人数が多く盾で移動すると目立つため、通常通り途中の宿場町へ泊まることになった。人目につかないよう少し遠回りしたのである。
前回コーシェルとウォルシフの兄弟と一緒に浄化した三体の悪霊の墓が無くなっていた。移動が速いことに気を取られそのときは気付かなかったのだが、飛翔神の町と友神の町の間に作った墓も見た覚えが無い。リジェンダが早速手を回したのだろう。遺品だけは地元へ戻れたのかもしれない。
神官兄弟と一緒に泊まった眼神の町管轄の宿場町へ到着し、早速前回泊まった宿を訪ねてみるとその扉は閉ざされていた。
「あれ、休みか?」
「ここに何か書いてあるよ。『長年のご愛顧ありがとうございました。当宿は都合により閉業致します』……だってさ」
前回泊まってから一カ月程度しか経っていない宿は閉業していた。カイルは昼食時に目覚めたので今ビスタークはフォスターの額に収まっている。
「ここってトヴィカさんが働いてたところだって?」
「ここでコーシェルに庇ってもらったのを見たよ。で、その後すぐ店辞めて追いかけたって聞いた」
「トヴィカさんが辞めて人手不足になったから、とか?」
「流石に違うだろ。この前の選挙で捕まった奴が出資してた宿だったらしいから、その関係だろ」
「そんなことより空いてるところ探そうよ。じゃないと泊まるところなくなっちゃう」
カイルとフォスターが閉業理由について推測しているところへリューナが現実問題を提示した。尤もな意見なので急いで案内所へ赴き今日の宿を確保した。
その後も順調に進み、前回より短い日程で港のある錨神の町へ到着できた。少し遠回りしたがまだ昼を少し過ぎたくらいである。移動速度が速かったのと乗合馬車と同じ時間に出発したくなかったので早く出たのだ。いつものように町の手前で盾から降り、リューナはかつらと眼鏡を着けて変装している。
「俺、海行きたい!」
カイルは海を見たことはあったが、入ったことは無いという。
「お前も水遊びがしたいのか……まあいいけど。まずは船がいつ来るのか確認が先だぞ。宿も確保しないといけないし」
「この前のお部屋が空いてるといいね」
「そうだな。そうすれば料理できるしな」
「そんなに良い部屋だったのか?」
「台所と風呂がついてるだけの普通の部屋だよ」
「三人泊まれるのか?」
「どうだろ。この前のは二人部屋だったからな」
そんな会話をしながら船の予定を確認すると三日後となっていた。
「命の都までは何日くらいかかるの?」
「んー、俺じゃわからないな。誰かに聞いてみるか」
『泳神の町までの三倍はあるな』
リューナとフォスターの疑問にビスタークが答えた。
「じゃあこの前は船に四日乗ってたから、えっと、十二日か?」
「わー……暇そうだね……」
「何か暇つぶしを用意しておかないとな」
「それなら、本買ってもいい?」
「うん、そうだな。それくらいは買いたいな。本売ってるとこ探さなきゃ」
たった四日間だった泳神の町までの航海ですら暇を持て余したので、何かしら時間を潰せるものを用意しておきたい。リューナは物語の本を、フォスターは料理の本を考えていた。
「船が来るまでだいぶ時間があるし、この町をみて回ろうよ。俺はここ初めて来たから」
カイルが提案する。
「そうだな。じゃあ宿の確保に行くか。それから買い出しだな」
「水遊びはー?」
「あー、そうだった。急がなくても大丈夫だし、買い出しは明日にするか」
「でもその前にお昼ごはんだよ。おなかすいたー」
前回と同じように宿の案内所に行き同じ宿を確保出来た。今回は三人部屋である。場所は覚えているので皆で喋りながら向かう。
「そういえば、フォスターはこの前も水遊びしなかったよね。しなくていいの?」
「俺は何かあったら怖いから鎧着てなきゃならないからな」
「そっか……ごめんね」
リューナがしゅんとしてしまった。自分のせいで、と思っているのだろう。
「リューナのせいじゃないから気にしなくていいよ。そこまで遊びたいわけじゃないし」
『右手の小手だけ着けてればいいんじゃねえか。遊びたいなら、だが』
「足つけるくらいはしてみたいけど、それなら鎧着けたままで足の部分だけ脱げばいいだろ。本当にあんな思いはもうしたくないからな」
以前船でリューナが攫われかけたことを思い出しフォスターは真面目な表情でそう呟いた。
「それにあのとき泳いだしな。鎧着たまんまで。遊泳石があったから鎧着たままでも溺れなかったんだよな、きっと」
あのとき、とは船でリューナが操られている神衛兵に襲われたときである。
『まあ命の都の訓練に参加すれば嫌ってほど泳がされるしな。石無しで』
「今から気が重いな……」
ため息をつくフォスターをよそにカイルは乗り気である。
「俺もちゃんと泳いでみたいな。泳げないかもしれないけど」
「石貸してやってもいいけど……服着たまま泳ぐつもりか? 裸になるとか言わないよな?」
「水着ってやつ売ってないかな?」
「さあ」
「被膜石ってのを使って濡れないようにしてあるらしいんだ。それも気になってて」
「泳ぐのはその実験ついでか」
「水に頭まで浸かるってどんな感じなのか試したいし」
とにかくカイルは何でも試してみたい性分である。
宿に着き、部屋に荷物を置く。格納石で持ち運びに不便はないが、調理器具などがみっちり入っている大袋を外で出すのは少し恥ずかしいのである。中身を出して石袋やタオルなどの最低限の物だけ大袋に入れた状態でベルトに付けた格納石へ仕舞った。
「じゃあごはん食べよ! 久しぶりにお魚食べたいなあ」
「そうだな」
「俺もあんまり食べたことないから食べてみたいなあ」
「じゃあこの前の網焼きの店に行ってみるか。新しく店を探すと時間かかるし」
「うん! さっき匂いがしてたからお昼もやってるはずだよ!」
フォスターとカイルは顔を見合わせた。
「匂いなんてしてたか?」
「俺、わかんなかった」
リューナは鼻が利く。食べ物の匂いとなればなおさらだ。
『そこ行くんなら今度こそ飲みてえ』
「またそれかよ。カイルと直接交渉しろよな」
ビスタークが我儘を言い出したのでフォスターは鉢巻きをカイルへ渡した。
「俺も一度は海のもの食べてみたいからさあ、夕飯のときに交代するってのはどうかな?」
『ん、それでいいぞ』
「泳いだら疲れるだろうから早く寝ればいいんだし」
『決まりだな』
カイルがにやりと口角を上げた。
「じゃあ、そのかわり……いいよね?」
『やっぱりそうなるか……』
「船の中暇そうだから色々試したい!」
『あれ以上の屈辱は無いよな……?』
「それほどのことかなあ? そもそも、消化の神様に失礼じゃない?」
排泄石は消化神の石である。
「確かに。旅の必需品だし、嫌がるなんて罰当たりだな」
「そうだよ。ありがたいと思わなきゃ」
『それ言われたら反論出来ねえじゃねえか!』
ビスタークは呆れた声で突っ込む。
『言っておくが、俺、多分理力使って疲れすぎると悪霊化するぞ』
「ええー? そうなのー?」
それを聞いてフォスターは疑問を口にする。
「幽霊になってからは理力増やせないのか?」
『さあな』
「俺に理力増やせって言うんなら自分も努力しろよな」
「じゃあ、それも検証してみよう」
『……お前、俺のこと遊び道具か何かだと思ってねえか?』
「お、思ってないよ?」
『思ってるな……』
カイルは軽く咳払いをして話を戻す。
「人形を動かすのに慣れていけば、理力も増えていくんじゃないかなあ。増やしといて損はないと思うけど」
『それはそうだが……』
カイルの暇つぶしはビスタークを構うことになりそうである。