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作者: 結城貴美
残酷な描写あり R-15
177 道中
 ビスタークは排泄石ディガイトで出来ている人形を自由に動かすことが出来た。しかし理力を使うと疲れることに加え何より本人が大変嫌がったので、結局いつものようにフォスターの額に収まることとなった。まあ実際のところ動けたとしても、小さい人型では特に出来ることがないので実用的ではなかった。それでもカイルはこれを基本にして何か開発出来ないかとぶつぶつ言いながら考えていた。ビスタークは迷惑がっていたが。

 リューナが起きた後は朝市に出かけた。朝食もここで済ませる。カリカリに焼いた長いパンを使ったサンドウィッチを出店で購入した。長い方を半分に切られ、厚切りのハムとチーズにトマトと玉ねぎが挟んであり、マスタードでピリ辛に味付けされている。皆で歩きながら食べ、これからの旅のために必要な食料品の買い出しをした。カイルはビスタークにかなり文句を言われながら少し高めの酒を買わされていた。

 その後、カイルの付き合いで友神の町フリアンスの神殿に寄り鎧などの装備品を納品しに行く。カイルの家業にとってこの町の神殿はお得意様なのである。神衛兵かのえへいの装備品は父親のクワインとカイル、神官服の仕立てや直しは母親のパージェが請け負っているのだ。リューナはまた友達が出来るかもしれないからと神殿に寄付をして友情石フリアイトが欲しいとフォスターにねだり神官から受け取っていた。

 カイルは兄妹が離れている間にこっそりと友神の神官に石の効果を小声で質問していた。

「あの、すみません。友情石フリアイトのことでお聞きしたいんですけど……」
「はい、なんでしょう」
「ええと、友情石フリアイトを渡した相手とは友達のままで結婚出来ない、なんてことはないですよね?」
「そんな話は聞いたことがないので、大丈夫だと思いますよ!」

 神官はものすごく良い笑顔で答えてくれた。カイルがちらちらとリューナを見ていたので見透かされていたようだ。地元にいる間は友情石の片割れをベルトから下げていたのだが、旅に出てからは無くすのが怖く小物入れにしまっている。


 用事が終わるとまた盾に乗って次の眼神の町アークルスへ向かう。盾の操縦は理力的にいえばリューナに任せるのが一番なのだが、盲目のため補助が必要である。そしてカイルは自分の具合が悪くなったこともあり、リューナにずっと理力を使わせたら彼女まで具合が悪くなるのではと心配していた。神の子なのでそんな心配の必要は無いのだがカイルはそれを知らない。それに一人は反力石リーペイトでずっと浮いていなければならないので、それにも理力が必要である。そのため交代制となった。

 眼神の町アークルスも一日で辿り着き、宿を確保するとカイルはここでも神殿へ納品しに向かう。フォスターとリューナもついていった。この眼神の町アークルスに怪しい者がいなかったか確認するためだ。ここの神の石「眼力石アークライト」で眼鏡を作る巡礼者たちの受け入れは別の場所のため、神殿内は特に混雑していない。初めて足を踏み入れたはずなのにフォスターは懐かしさを感じた。ビスタークの過去で見ていたからだ。

 各町の神殿には水の都シーウァテレスからザイステルと操られている神衛兵について通達されている。フォスターが神官に確認していると、そばにいた五十歳くらいの神衛兵から話しかけられた。

「君、飛翔神の神衛?」
「あ、はい、ええと……まだ見習いですが」
「やっぱりそうか。もしかして……父親はビスタークだったりする?」
「はい」

 フォスターは何か言われるかもしれないとは思っていた。歳はとっていたが、この神衛兵の顔もビスタークの過去で見た覚えがあったからだ。確か、子どもだったビスタークを夜の店に誘った神衛兵である。

『俺がまだここにいることは言うな』

 先にビスタークから釘を刺された。言うつもりなどなかったので以前決めた肯定の合図として自分の髪の毛に触れた。

「ご両親のことは聞いているよ。二人とも俺より若かったのに残念だ。君は、二人の分まで長生きするんだよ」
「……はい。ありがとうございます」

 寂しそうな表情だった。きっとずっと気にかけてくれていたのだろう。

「面倒事に巻き込まれてるんだって?」
「あ、はい」
「今のところうちの町に怪しいのはいないみたいだけど、気をつけるんだよ」

 心遣いが有難かった。礼を伝えるとその神衛兵は去っていった。

 周りを見回したが、元隊長のトーリッドの姿は見かけなかった。以前、引退していると言っていたので滅多にここには来ないのだろう。ビスタークが何かの言葉を発することは無かった。


 神殿の隣は大きな公園である。フォスターはそれを横目にカイルへ教える。

「ここでコーシェルたちが盾を乗り回してたんだよ」
「それウォルシフから聞いた。子どもたちが寄ってきて大人気だったらしいな」
「そうらしい。お前はやるなよ。俺たち目立つのは困るから」
「うん。でも嬉しいな。俺の作ったものがこんなに評判いいなんて」

 そこでリューナが照れくさそうにもじもじしながら口を挟んだ。

「盾もそうだけど、シャワーもすぐ作ってくれたし、すごく旅の役に立ってるよ……ありがとう、カイル」

 そう言われたカイルは感極まったような表情になった。

「本当に嬉しい……リューナにそんなこと言ってもらえる日が来るなんて思わなかった。シャワーは真似して作っただけだけど。水の大神官からも盾は褒められたし、自信がついたよ!」
「うん。自信持っていいと思う。また、役に立つもの作ってね」
「……なんか俺、泣きそう」

 リューナに微笑まれながらそう言われたカイルの瞳が潤んでいる。

「良かったな、認められて。それにまだ他にも作ったものがあるよな」
「そうなの?」
「うん。また今度使うときになったら見せるね。フォスターに頼まれたものなんだ」
「そうなんだ! 楽しみにしてるね」

 妹と幼馴染も少しずつ馴染んでいるようで、兄としてもひと安心である。


 宿は以前泊まったところだ。併設の食堂へ行くと最初に接客した店員が顔を覚えてくれていて、店長のクタイバたちへ教えに行ってくれた。

「おう! 帰ってきたのか!」
「はい。一度戻って、再度別のところへ出かけるところです」

 クタイバは後ろにいる変装したリューナを見て首を傾げる。

「あれ? 嬢ちゃんは?」
「……色々ありまして、変装してるんです。あれが本人ですよ」
「あー……嬢ちゃん、可愛いもんな。変な奴に目をつけられたとかか?」
「まあ、そんな感じです」

 クタイバが想像しているのとは違うが嘘はついていない。リューナは自分のことを言われたことに気づいてクタイバの声が聞こえた方向にぺこりと一礼した。

「……治りそうか?」

 クタイバは声を潜めてリューナの目について訊いてきた。

「……多分、何とかなると思います」

 先日リジェンダから聞いた、人間として生きていけるかもしれない希望の話を思い浮かべ、フォスターは少し口角を上げてそう答えた。

「そうか。良くなるといいな」
「ありがとうございます」
「まあ、とりあえず食べてけ! また嬢ちゃんはいっぱい食うんだろ? 注文した分はみんな大盛りにしてやるよ」
「わーい! ありがとうございます、店長さん!」

 リューナは大盛りと聞いたとたん元気に話に入ってきた。

 パプリカの肉詰め、じゃがいもと玉ねぎとベーコンのグラタン、挽肉にゆで卵が埋め込まれた四角いパイ包み焼きを切ってソースがかけられた料理を注文すると、それらは全部大盛りで提供された。加えて前菜としてハムとパセリのゼリー寄せをサービスとして無料で出してもらった。リューナが大喜びで食べているところをカイルは幸せそうに眺め、自分の分を少し分けてやっていた。

 その後リューナの風呂に少し困ったが、家族連れの中年の主婦に頼んで一緒に入ってもらうことで解決した。
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