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作者: 結城貴美
残酷な描写あり R-15
179 水遊
 昼食は以前食べた鉄板焼きの店で済ませ、軽く買い物をしてから砂浜を訪れた。話していた通りカイルは水着を購入している。

「でも、どこで着替えるつもりだよ」
「え? ここだけど?」

 その言葉にフォスターが引いた。以前来たときは夕方になる頃だったので人はまばらだったが、今回はそれより早い時間なので水遊びをする家族連れや恋人たちや友人連れでそれなりに人がいる。慌ててカイルが付け加えた。

「ここで真っ裸になるわけじゃなくて! 大きいタオルを腰に巻いてから穿き替えればいいだろ」
「ああ、そういうことか」

 リューナが泳ぎたいと言い出さなくて良かったとフォスターは思う。着替える場所がないのもそうだが、警備が難しい。

「だって、全身水に浸かるの怖いし……。それにかつらと眼鏡着けたままじゃ無理じゃない?」
「そうだな」
「でもまた足だけ入るね」
「わかってる」

 そのために履いていたタイツだけ宿の部屋で脱いできている。普段見えていない生脚を目にしてカイルが挙動不審になっていた。この世界では脚を出す女性はそこまで珍しくなくそれなりにいるのだが、リューナは普段脚をさらけ出していないので、見てはいけないものを見た気になり背徳感を覚えてしまうのである。フォスターとカイルは何の言葉も交わさなかったが、宿からここへ来るまで男二人で周りから隠すように歩いてきた。

「気が済んだら交代するから」
「いや、お前と交代するのはダメだろ」
「あ、そっか。そうだね……」

 警備的にである。

「俺がフォスターと交代するよ」

 その声に振り向くとカイルは水着に着替え終わっていた。上半身裸でひざ丈のパンツのような水着を来ていた。

「んじゃ、さっさと入ってくる」
『ちょっと待て』
「親父が待てって言ってるぞ」
「へ? 親父さん? 何で?」
『準備運動しろ。足が攣るぞ』
「足が攣るから身体をほぐせって」
「え、水に浸かると足攣るの!?」

 慌ててカイルは適当に身体をほぐす。

「この前初めて足が攣ったんだよ。寝てるときに。滅茶苦茶痛くてさ、あんなのもう二度とやだ」
「ふーん。まあ、そのうち慣れる」
「他人事だと思って! お前はなったことないのか?」
「あるよ。何年も前から何度も。もう慣れた。痛いことは痛いけど、最初のときみたいな衝撃的な痛みじゃ無くなったな」
「私は一度もないなあ」

 リューナは神の子なのだからそれはそうだろう。足が攣る神の子など存在するはずがない。

「よし。こんくらいでいいかな」

 準備運動を終えたカイルが海へ走って入って行った。脚が深く浸かるにつれ段々移動が遅くなっていく。そして胸くらいの深さまで行くとフォスターたちからだいぶ離れてしまっていた。リューナが足を水に浸けてはしゃいでいるのを遠目に見ながら、カイルは意を決したように顔を水につけた。遊泳石ミューライトは持っていない。

「ぶはっ!」

 身体が沈んでしまい、カイルは慌てて顔を出した。難しい表情をしてもう一度同じことをしてみる。それを五回繰り返し、憮然とした表情を浮かべフォスターたちの方へ戻ってきた。

「ダメだ! 沈む!」
『身体に力を入れすぎてんだろ』

 ビスタークがそう言ったがフォスターにしか聞こえていない。

「親父が『身体に力を入れすぎてる』って言ってる」
「そうなの? よくわかんないから遊泳石ミューライト貸して。水中だと視界も悪いし」
『まあそれで一回感覚を掴んでみるといいかもな』

 ビスタークの言葉を伝え遊泳石ミューライトを渡すとカイルはまた胸の深さのところまで歩く。石を口に含み水へと潜った。

「すごい! 全然違う!」

 一度顔を出してフォスターたちにそう叫んだ後、カイルは再度水へ潜っていった。

「楽しそうだねぇ」

 リューナがカイルの声と水の音を聞いてそう呟いた。

「お前も泳ぎたい?」
「ううん。やってみたい気持ちはあるけど、不安が全部無くなってからじゃないとね。それより、フォスターも足だけ浸けてみたら?」
「あー、そうだなあ。あいつなかなか戻って来なさそうだし。それにこれだけ近くにいれば危険もないか」
『まあ、いいだろ。それくらいなら』

 ビスタークの許可も降りたので鎧の脛当や靴、ついでに手袋も脱ぐ。

「結構冷たいな」
「うん。気持ちいいよね」
「ほんとに足元の砂が動いてくんだな」
「うん! それをフォスターにも知って欲しかったの! 変な感じするでしょ」
「そうだな。くすぐったい」
「えへへ。えいっ!」

 リューナがにこにこしながら水をフォスターへかける。

「わっ、やめろよ。服が濡れる」
「ほとんど鎧だから大丈夫でしょ」

 リューナが一方的に水をかけるがフォスターは妹の服を濡らすのを躊躇い反撃出来ない。そこへカイルが戻ってきた。

「俺も混ぜて!」

 兄妹二人に勢いよく水をかける。

「あ! こら! リューナが濡れるだろ!」
「え? あ、ごめ」
「反撃ー!」

 カイルの謝罪をかき消すようにリューナがカイルに水をかけまくる。カイルは笑いながら全て受け入れていた。その光景を微笑ましく、しかし少しだけ寂しく思いながらフォスターは水から上がった。洗浄石クレアイトで足を綺麗にしてから靴下、靴、脛当を着けていく。全て装着したところでリューナも戻って来た。

「カイルは石無しでもう一度挑戦してくるって。これ返すって」

 遊泳石ミューライトを渡してきたのでそれと交換で洗浄石クレアイトを渡す。リューナが靴を履くため足を綺麗にしながらフォスターに尋ねる。

「今日の晩ごはんはどうするの?」
「あー、どうしようか」
「カイルはお父さんに身体貸してお昼のお店に飲みに行っちゃうから、久しぶりに二人だけだね」
「そうだったな」
「フォスターはそろそろ料理したくなってきた頃じゃない?」
「よくわかるな」
「フォスターのことなら大体わかるよ」
「じゃあ、作って食べるってことでいいか?」
「うん! 最近外で食べてばっかりだったし、いつものごはん食べたいな。買い物しないとね」
「そうだな」
「お料理お手伝いするね」
「頼むな」

 二人でしばらく会話しているとカイルが戻ってきた。

「泳げたー!」

 満足げな表情をしている。

「石使ったおかげでコツが掴めたよ……って、あれ、もう終わり?」

 リューナが既に靴を履いているのをチラチラと見ながらカイルはそう言った。

「晩飯どうするか話してたとこだ」
「まだちょっと早くない?」
「買い物と料理する時間を考えたらこんくらいでいいだろ」
「今日は料理するんだ?」
「台所があるしな。それにアレを動かしてみたいしな」
「ああ、アレね。ついに使ってくれるのか」
「前楽しみにしてるって言ってたもの?」

 リューナが口を挟む。

「そう。料理に使う小型の天火だよ」
炎焼石バルネイトを金属の箱に仕込んでみたんだ」
「お菓子が焼けるぞ」
「え、すごい!」

 天火とはオーブンのことである。目を輝かせてリューナが感激している。

「船に乗ってる間のお菓子もたくさん作っておかないとな」
「やったー! 今回はおやつたくさん用意しておこうね!」
「そうだな。この前は文句言ってたしな」
「……俺も、何かおやつになりそうなもの売ってたら買っておくよ」

 カイルはリューナに喜ばれるような行動をとりたいのである。着替えながら話しているので格好はつかないが。

「じゃあ、軽く買い物してから宿に戻るか」
「俺はさっさと帰って寝るよ。親父さんに身体貸さないとだし」
「あ、鍵一個しか無いよな……どうしようか」
『俺がこいつと一緒に戻れば寝ちまっても鍵開けてやれる』
「あー、じゃあ渡しておくよ」
「ああ、親父さん? ちょっと待って」

 カイルが着替え終わるのを待ってビスタークの宿る鉢巻きを渡す。

「そんなにすぐ寝れるのか?」
「んー、結構疲れたからいけると思う。俺、寝つき良いほうだし。水の中で動くのって体力使うんだなあ。身体が重く感じるよ」

 カイルに鍵も渡し、先に宿へ戻ってもらった。何やらビスタークと困惑したような声色で話していたが内容はわからなかった。
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