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作者: 結城貴美
残酷な描写あり R-15
155 接触準備
 神殿内の部屋では怪しまれるだろうとのことで、家を借りることになった。設定的に、リューナを捕まえて潜伏しているということにしているからだ。

「丁度いい空き家があったんですか?」
「いや、あの子の家を借りたんだ。今は神殿に住まわせてるから留守だしね。ちゃんとお金も払うから向こうも喜んで貸してくれたよ」

 あの子、とはキナノスの店で万引きをしていたビヨシュのことである。家は外壁近くにあるので途中までリジェンダたちと共に馬車で移動し、外壁からは歩くことになった。キナノスの店とは大通りを挟んで反対側であった。家から遠い店で盗みを働いていたらしい。

 リューナはビヨシュの家までは変装している。神殿内の怪しい神衛兵かのえへいは一掃出来たとしても、外にもいるかもしれないからだ。

 ビヨシュの家は見るからに貧民街といった建物が並ぶ一角にあった。土壁剥き出しの小さな家である。ここに来るまでの間、近所の住民たちにじろじろと見られていた。薄汚れた格好をしている者が多い中、神官服は着ていないもののきちんと洗濯されている綺麗な服を着ている集団は大変目立っていた。しかも神衛兵が警備についているのだ。要人であることは一目瞭然だった。

「この辺りに神殿の出張所を作って仕事の紹介をしたりすれば少しは良くなるんじゃないかと思っているんだが、場所の確保が難しくてね。ここを売ってもらえないか、彼女に交渉してみるつもりなんだ」
「ここは女性だけで住むには危険ですからね。あの子もそれで男の子のふりをしてましたから」

 フォスターはそれを聞いて首を傾げた。

『ああ、やっぱりお前わかってなかったのか。あのガキ、女だぞ』
「ええっ!?」
「フォスター、女の子だってわからなかったの?」

 リューナも気付いていたらしい。

『足につけられて俺が動けなくしただろ。あの時に股にぶら下がってるモノが無かったからわかった』
「……」

 フォスター以外誰も聞いていなかったので反応するのはやめておいた。

「ここではかなり気を張りつめて過ごしていたんだと思います。今はかなり穏やかになりましたよ」
「あの子たちは運が良かっただけだ。他にも似たような境遇の者は多いだろう。根本的に対策するのが今後の課題だ」

 そんな話をしながらビヨシュの家に入ると、中には既にアドバロと思われる神衛兵とスヴィルがいた。アドバロは丸く大きな透明の通信石タルカイトの置かれた机の前に神衛兵の鎧を着けた状態で座っている。軽く挨拶をした後、相手の通信石タルカイトへ映り込む位置にアドバロ以外の者が入らないか、リューナを待機させる配置を確認する。その場にあった物は邪魔にならない場所へ動かした。ここに横たわるため、これからリューナを縛らなくてはならない。

「痛くならないように縛りますから」

 変装用のかつらを外した後、ティリューダが緩めに紐を胴体と手首に巻いていく。フォスターは動揺を隠せない。

「大丈夫か? 痛くないか?」
「大丈夫だよ。手加減してくれてるもん。心配しすぎ」
「では、こちらで横になってください」

 ティリューダは巻き終わるとアドバロの後ろの床へ横たわるよう指示を出した。リューナが言う通りにすると、今度は足首を縛りはじめた。

「足もですか!?」

 フォスターはずっとおろおろしている。

「足も縛っておかないと逃げられますよね。監禁するなら縛っておくと思いますけど」
「でもそこまで確認しないのでは」
「するかもしれないからやっておくんです」
「向こうにバレたらダメだなんだから、フォスターは余計なこと言わないの!」

 リューナは兄の反応を面倒に感じたのか叱るような声で言い放った。フォスターは渋々引き下がる。ティリューダは足首が終わると次はリューナの口に長い布を当て始めた。いわゆる猿轡である。

「いくらなんでも酷すぎませんか!?」
「フォスターうるさいよ……」

 ティリューダが一度猿轡を緩めてリューナが今度は呆れたように文句を言った。リューナがフォスターに口答えしたことなど殆ど無いので、フォスターは少しショックを受けていた。しかしずっと自分にべったりだった妹が一人立ちしようと反抗期になったのかと考えると、成長を喜ばなくてはな、とも思える。感慨深いような寂しいような、一言では言い表せないような気持ちになっていた。そこで肩をぽんと叩かれる。

「あんまりしつこいと妹に嫌われるぞ。俺みたいに」

 ダスタムが同情の目をフォスターへ向けている。そういえば先日妹が汚いもの扱いをしてくるという話をしていた気がする。
 そしてリューナは完全に誘拐された格好となった。見ているだけでとても可哀想な姿である。

「元々目が見えないので目隠しはしません」

 目隠しまでされたらフォスターの精神がもたなかったかもしれない。目隠しなどされてもされなくてもリューナ本人としては意味がないことなのだが見た目が大変よろしくない。リューナはフォスターのそんな気持ちには気付くことなく、まるで見えているかのようにきょろきょろと、周りを見回しているかのように目を動かしている。落ち着かないのだろう。フォスターも憐れな妹の姿に落ち着かないでいる。

『リューナのほうがお前より肝が据わってるな』

 ビスタークのからかいに対して無言を貫いたが、少し楽しげでもあるリューナを見て確かにそうかもしれないと思った。

「向こうの準備が終わりましたら耳栓をさせていただきます。あと眠らせた設定ですので目を閉じていてください。暇だと思いますが本当に眠ってしまっても構いませんので」

 ティリューダがそう言うとリューナは頷いた。この上耳栓までさせるのかと思ったが、「破壊神」という言葉がもし出たときに誤魔化すためにも必要でもあるな、と自分自身を納得させた。

 向こうの準備、とは通信するアドバロのことである。そのアドバロはリジェンダから面接のようにザイステルから質問されそうな受け答えの練習をさせられているところだった。アドバロは演技も結構上手く、操られている神衛兵っぽい感じを出せていた。

「ここまでやっておいてこんなことを言うのも悪いんだが、今ここで通信石タルカイトを使って、向こうが出てくれるとは限らないんだよ。こればかりは運だね」
「その場合はどうするんですか?」
「日を改めるしか無いだろう。そうなると大変残念だが、私は同席出来ないかもしれない」

 リジェンダは本当に残念そうに言った。タトジャが何か言いたそうな目をしている。おそらく予定が詰まっているのだろう。

 通信石タルカイトは各神衛兵から取り上げている。ただ、登録者でないと受けられないので、向こうから連絡があってもどうすることも出来ない。先方から通信があった場合は石が点滅しながら光るので、向こうが連絡を取りたがっていることはわかっていた。結構頻繁にあったそうだ。全員から通信石タルカイトを取り上げているとしたら、ここからの連絡が途絶えている状態で催促されているのではと推測していた。そのためこちらからの通信にすぐ反応するかもしれないと期待している。

「そろそろ良いでしょうか。それでは、始めてください」

 タトジャが促した。

「それではリューナさん、すみませんが」

 ティリューダがそう言いながらリューナに耳栓をした。そしてアドバロとリューナ以外の全員が通信石タルカイトに映らないよう石を挟んだ反対側へ身を寄せる。家の中が狭いのでかなりの人口密度である。

 アドバロは一度深呼吸し、通信石タルカイトに手を当てた。目を閉じて通信先の相手の顔、ザイステルの顔を思い浮かべる。先方へ繋がるしばらくの間、皆無言だった。
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