残酷な描写あり
R-15
136 未解決
風の都は水の都の対極となるような位置にある。闇の都から見ると下のほうだ。世界の果ての崖に繋がる世界で一番小さい大陸と定義されているウィブリーズ大陸の内陸部にある。
風の都は山脈の切れ目に位置しており風が吹き抜ける地形となっている。名前の通り常に風が吹いている都だ。その風を利用するため、あちこちに風車が建っていて、製粉や灌漑に利用されている。どちらも神の石に頼る町が多いなか、風の都は神の石だけに頼らないように技術開発が進められている都なのだ。空の大神の石である転移石が出なくなってからは、より一層開発が活発になっているらしい。また、風の大神の石である換気石を利用して帆船を製造している船神の町もこの大陸にある。ビスタークは寄らなかったが出産神の町もこの大陸にあるという。ホノーラが諦めるのも頷ける距離である。
都から奥、世界の果ての崖までの土地はアークルス半島がすっぽり入るほど広い場所なのだが、そこには町が一つも無い。世界の果ての崖へ繋がる山脈に囲まれた盆地で、その殆どが畑と放牧地と森になっている。山脈は「ウィブリーズ山脈」、盆地は「忘れられた盆地」と名付けられている。通常の地形は近くにある町の神の名前が付けられていることが多いが、該当する町が無かったり複数の地形に同じ神の名前を付けると混乱する場合など、少数ではあるが神の名前では無い名称の地形も存在する。
ここまで遠くへ来ると反力石の買取価格が高くなる。そのため旅費の心配があまり無くなった。都では仕事があるのでそこに滞在している間は良いのだが、そこへ行くまでの移動に費用がかかるのだ。ビスタークは陸路を徒歩で移動するため乗合馬車の運賃はかからないものの、食費、宿代と船の旅費はどうしても必要だ。金はいくらあっても困らないので日雇いの仕事があれば出来るだけやっている。
いつも通り神殿で手続きをし、まず最初にストロワ達を探したがやはりいなかった。もう試験は全て終わったはずなので都へ来る理由はあまり無い。それでも念のため以前と同じように聞き込みをしたがやはり有力な情報は得られなかった。
だがここへ来たのはストロワ達を探す為だけではない。鯵神の町が滅んだ元凶についての情報が知りたいのだ。町を滅ぼした犯人がいるのならそれはレリアの声を奪っただけでなく、あんなに身体が弱くなった原因でもあり、言うなれば最愛の妻の仇である。それがなければレリアは出産しても死ななかったかもしれないのだ。そんなことをした人間がとても憎かった。
時の都のときのように怪しまれるといけないので慎重に探った。まず神衛兵の訓練で顔馴染みを作り時間をかけて年配の神衛兵と何気ない会話を出来るようにした。そして「亡くした妻の故郷を探している」と伝える。
「ふーん。何処の町なんだ?」
「鯵神の町から逃げてきたらしいんだ。何か知らないか?」
「鯵神の町だと?」
それを聞いた神衛兵は表情を曇らせた。
「あの町の被害者なのか……」
「被害者?」
本当はある程度の話は知っているがあえて知らないふりをした。
「昔の事件だ。町が一つ無くなったんだ」
その神衛兵からはもう知っている情報も含めて色々な話を聞いた。
「船で島に到着したとき、腐り始めた死体が動き回ってるのが船の上からも見えた。全部の死体がそうだったわけじゃないが、全員の死因を調べなきゃならないから動きを止めるのが大変だったよ。さっさと燃やせば楽なんだけどな。神官から神の加護を授けてもらってから革手袋を二重にして押さえつけるんだ。腐ってるから臭いも酷かったんだが、それは神官が消臭石を使ってくれたおかげでなんとかなったよ」
ビスタークは頷きながら続く話に耳を傾ける。
「死体の全部に喉を切り裂いた傷があって全員声が出せない状態だったみたいなんだが、死因はそれじゃなかった。全員衰弱死だった。突然死んだみたいに生活してる途中で倒れた感じだったんだ。まあ、悪霊化してない死体は、だけどな。悪霊化してる奴らは死んだ場所に留まってなくてわからないからな」
神衛兵は一呼吸置いて続きを話す。
「『例の薬』ってあるだろ。あれの成分が町のあちこちで検出されたんだ。町全部が薬に汚染されていたんだろう。末期症状で死んだのはあまりいなかったようだが。町民が殺されたんだとしたら薬をばらまいた奴がやったんだろうと俺は思ってる。神の石はそれで出なくなったんだろうとも思うしな」
ただ、死因は衰弱死である。普通に考えると直接殺されたわけではない。
「日記とか残されて無いかと探したんだが本や紙のものは一つ残らず燃やされててな。何があったのか証拠を消されたようだった」
「じゃあやっぱり誰か犯人がいるんだな?」
神衛兵は頷いて続けた。
「大神官が半分悪霊化しててな、よくわからないことを言っていたんだ。どうも『子どもに気を付けろ』と言ってるんじゃないかって話だった」
「どういうことだ?」
「わからんよ。そう聞こえただけで別のことを言ってたのかも知れんしな。まあ、脱走した子どもがいたんならそのことなのかもな。全員酷い扱いを受けていたようだし、親が見せしめに殺されたりしたんじゃないか。血痕もたくさんあったしな」
レリアの両親の生存の可能性は無いと思われた。
「色々調査が終わった後、死体を一纏めにして火葬石で一斉に空へ送ったから昇り星の数が凄まじくてな。こう言うのは不謹慎なんだが、物凄く綺麗でな、その場にいた全員が見惚れていたよ。その後全ての都へ通達を出して、同じような町は無いかそれぞれの都の神衛兵と神官が視察をして回ったらしいが、他にそんな町は見つからなかったらしい。だから結局原因がわからなかったんだ」
飛翔神の町にそんな視察が入った覚えは無いが、旅人は来たことがあったので身分を隠して様子を見に来ていたのかもしれないと思った。
「未解決事件として問題視されていたが、一向に進展が無くてな。もう二十年近く経つから皆忘れてきていたんだが……。そうか、あそこから生き延びた奴もいたんだな……」
年配の神衛兵は遠い目をしてそう言っていた。
新しい情報は入ったものの、その事件の犯人や核心に迫る情報は無かった。まあ、あるのならとっくにどこかの都が解決しているのだろうが。既に目的がストロワ達を探すことよりレリアの故郷を滅ぼした犯人を探すほうへ変わってきていた。ビスタークは黙って思考を巡らせているとその神衛兵に提案された。
「航路の港町で聞いてみたらどうだ? 俺より上の年齢の船乗りなら事件の前まではどんな町だったのか知ってる奴もいるんじゃないか?」
確かにそうである。ビスタークは礼を言って早速退去手続きと旅の準備をすると風の都を後にした。まずはこの大陸の玄関口である油神の町へ引き返した。行きも通った港町である。ここの神の石である製油石で植物油を精製し船で貿易を行っている。
町に着いたときは船が停泊していなかったので町の老人達に話を聞いて回った。鯵神の町は名前の通り漁業が中心の普通ののどかな田舎町だったらしい。そこで水揚げされた鯵をここで加工し鯵の油漬けを作り商売していたそうだ。
「もうあの町の鯵は手に入らなくなったから、石に頼らずここで普通に漁をして商品を作ってるよ。俺はあの町に行ったことは無かったけどな」
生活にも支障が出ていたらしい。あの時は流行り病もあって大変だったと聞かされた。また、事件のことに関してはわからないと言われた。確かに当事者でもない一般人に聞いても有力な情報は得られないだろう。念のため年配の船乗りや光の都側の港町でも聞き込みをしたが同じような話ばかりだった。ただ、ある日積み荷のやり取りをするとき今まで喋れていた町民が喋れなくなっていたという話は聞けた。
それ以上の話は聞けず、ビスタークはまた行き先のあてが無くなってしまった。
風の都は山脈の切れ目に位置しており風が吹き抜ける地形となっている。名前の通り常に風が吹いている都だ。その風を利用するため、あちこちに風車が建っていて、製粉や灌漑に利用されている。どちらも神の石に頼る町が多いなか、風の都は神の石だけに頼らないように技術開発が進められている都なのだ。空の大神の石である転移石が出なくなってからは、より一層開発が活発になっているらしい。また、風の大神の石である換気石を利用して帆船を製造している船神の町もこの大陸にある。ビスタークは寄らなかったが出産神の町もこの大陸にあるという。ホノーラが諦めるのも頷ける距離である。
都から奥、世界の果ての崖までの土地はアークルス半島がすっぽり入るほど広い場所なのだが、そこには町が一つも無い。世界の果ての崖へ繋がる山脈に囲まれた盆地で、その殆どが畑と放牧地と森になっている。山脈は「ウィブリーズ山脈」、盆地は「忘れられた盆地」と名付けられている。通常の地形は近くにある町の神の名前が付けられていることが多いが、該当する町が無かったり複数の地形に同じ神の名前を付けると混乱する場合など、少数ではあるが神の名前では無い名称の地形も存在する。
ここまで遠くへ来ると反力石の買取価格が高くなる。そのため旅費の心配があまり無くなった。都では仕事があるのでそこに滞在している間は良いのだが、そこへ行くまでの移動に費用がかかるのだ。ビスタークは陸路を徒歩で移動するため乗合馬車の運賃はかからないものの、食費、宿代と船の旅費はどうしても必要だ。金はいくらあっても困らないので日雇いの仕事があれば出来るだけやっている。
いつも通り神殿で手続きをし、まず最初にストロワ達を探したがやはりいなかった。もう試験は全て終わったはずなので都へ来る理由はあまり無い。それでも念のため以前と同じように聞き込みをしたがやはり有力な情報は得られなかった。
だがここへ来たのはストロワ達を探す為だけではない。鯵神の町が滅んだ元凶についての情報が知りたいのだ。町を滅ぼした犯人がいるのならそれはレリアの声を奪っただけでなく、あんなに身体が弱くなった原因でもあり、言うなれば最愛の妻の仇である。それがなければレリアは出産しても死ななかったかもしれないのだ。そんなことをした人間がとても憎かった。
時の都のときのように怪しまれるといけないので慎重に探った。まず神衛兵の訓練で顔馴染みを作り時間をかけて年配の神衛兵と何気ない会話を出来るようにした。そして「亡くした妻の故郷を探している」と伝える。
「ふーん。何処の町なんだ?」
「鯵神の町から逃げてきたらしいんだ。何か知らないか?」
「鯵神の町だと?」
それを聞いた神衛兵は表情を曇らせた。
「あの町の被害者なのか……」
「被害者?」
本当はある程度の話は知っているがあえて知らないふりをした。
「昔の事件だ。町が一つ無くなったんだ」
その神衛兵からはもう知っている情報も含めて色々な話を聞いた。
「船で島に到着したとき、腐り始めた死体が動き回ってるのが船の上からも見えた。全部の死体がそうだったわけじゃないが、全員の死因を調べなきゃならないから動きを止めるのが大変だったよ。さっさと燃やせば楽なんだけどな。神官から神の加護を授けてもらってから革手袋を二重にして押さえつけるんだ。腐ってるから臭いも酷かったんだが、それは神官が消臭石を使ってくれたおかげでなんとかなったよ」
ビスタークは頷きながら続く話に耳を傾ける。
「死体の全部に喉を切り裂いた傷があって全員声が出せない状態だったみたいなんだが、死因はそれじゃなかった。全員衰弱死だった。突然死んだみたいに生活してる途中で倒れた感じだったんだ。まあ、悪霊化してない死体は、だけどな。悪霊化してる奴らは死んだ場所に留まってなくてわからないからな」
神衛兵は一呼吸置いて続きを話す。
「『例の薬』ってあるだろ。あれの成分が町のあちこちで検出されたんだ。町全部が薬に汚染されていたんだろう。末期症状で死んだのはあまりいなかったようだが。町民が殺されたんだとしたら薬をばらまいた奴がやったんだろうと俺は思ってる。神の石はそれで出なくなったんだろうとも思うしな」
ただ、死因は衰弱死である。普通に考えると直接殺されたわけではない。
「日記とか残されて無いかと探したんだが本や紙のものは一つ残らず燃やされててな。何があったのか証拠を消されたようだった」
「じゃあやっぱり誰か犯人がいるんだな?」
神衛兵は頷いて続けた。
「大神官が半分悪霊化しててな、よくわからないことを言っていたんだ。どうも『子どもに気を付けろ』と言ってるんじゃないかって話だった」
「どういうことだ?」
「わからんよ。そう聞こえただけで別のことを言ってたのかも知れんしな。まあ、脱走した子どもがいたんならそのことなのかもな。全員酷い扱いを受けていたようだし、親が見せしめに殺されたりしたんじゃないか。血痕もたくさんあったしな」
レリアの両親の生存の可能性は無いと思われた。
「色々調査が終わった後、死体を一纏めにして火葬石で一斉に空へ送ったから昇り星の数が凄まじくてな。こう言うのは不謹慎なんだが、物凄く綺麗でな、その場にいた全員が見惚れていたよ。その後全ての都へ通達を出して、同じような町は無いかそれぞれの都の神衛兵と神官が視察をして回ったらしいが、他にそんな町は見つからなかったらしい。だから結局原因がわからなかったんだ」
飛翔神の町にそんな視察が入った覚えは無いが、旅人は来たことがあったので身分を隠して様子を見に来ていたのかもしれないと思った。
「未解決事件として問題視されていたが、一向に進展が無くてな。もう二十年近く経つから皆忘れてきていたんだが……。そうか、あそこから生き延びた奴もいたんだな……」
年配の神衛兵は遠い目をしてそう言っていた。
新しい情報は入ったものの、その事件の犯人や核心に迫る情報は無かった。まあ、あるのならとっくにどこかの都が解決しているのだろうが。既に目的がストロワ達を探すことよりレリアの故郷を滅ぼした犯人を探すほうへ変わってきていた。ビスタークは黙って思考を巡らせているとその神衛兵に提案された。
「航路の港町で聞いてみたらどうだ? 俺より上の年齢の船乗りなら事件の前まではどんな町だったのか知ってる奴もいるんじゃないか?」
確かにそうである。ビスタークは礼を言って早速退去手続きと旅の準備をすると風の都を後にした。まずはこの大陸の玄関口である油神の町へ引き返した。行きも通った港町である。ここの神の石である製油石で植物油を精製し船で貿易を行っている。
町に着いたときは船が停泊していなかったので町の老人達に話を聞いて回った。鯵神の町は名前の通り漁業が中心の普通ののどかな田舎町だったらしい。そこで水揚げされた鯵をここで加工し鯵の油漬けを作り商売していたそうだ。
「もうあの町の鯵は手に入らなくなったから、石に頼らずここで普通に漁をして商品を作ってるよ。俺はあの町に行ったことは無かったけどな」
生活にも支障が出ていたらしい。あの時は流行り病もあって大変だったと聞かされた。また、事件のことに関してはわからないと言われた。確かに当事者でもない一般人に聞いても有力な情報は得られないだろう。念のため年配の船乗りや光の都側の港町でも聞き込みをしたが同じような話ばかりだった。ただ、ある日積み荷のやり取りをするとき今まで喋れていた町民が喋れなくなっていたという話は聞けた。
それ以上の話は聞けず、ビスタークはまた行き先のあてが無くなってしまった。