残酷な描写あり
R-15
135 闇
闇の都は「都」とは名ばかりな感じの周りを田畑に囲まれた農業主体のあまり大きくない町である。
それでも神官や神衛兵の見習いはそれぞれ試験と訓練を見習いとして受けに来るので、巡礼を受け入れる神殿はそれなりに大きい造りだ。闇の大神の石である闇源石はあまり需要が無いこともあり神の石運びの仕事は無く、宿泊費がわりの仕事は殆どが農作業である。農作業は朝からの仕事のため、それに合わせて神衛兵の訓練は昼以降となっている。
昼食を食べてからの訓練となるので胃の中のものを吐き出したりしないよう少し時間を置いてからとなる。聞き込みは主にその時間に行った。前日の訓練の時に年配の神衛兵に目星をつけておいたのだ。ストロワのことはもう既に聞いたので、今度はレリアが幼少時に保護されたときのことを聞いてまわった。もう二十年近く前のことである。若者――神衛兵見習いに聞いても知るはずがない。何人か当たると訓練のときに指導していた神衛兵が当時のことを覚えていた。
「ああ……あの時の子どもか。酷くボロボロでガリガリに痩せてるのに凶暴だったから大変だったんだ。噛みついたり引っ掻いたりな。男なのか女なのかもわからなかったくらいみすぼらしくてな。すぐに死ぬんじゃないかと思っていたが、大人になれたんだな。もう亡くなったんなら良かったなって言っていいかわからないが……」
レリアから聞いていた通り「暴れて大変だった」らしい。あの体力の無かったレリアが凶暴なところなど想像出来なかった。その神衛兵はレリアが保護された後、何かがおかしいと闇の都で問題視されたのでその後の調査も行ったそうだ。
「その子が乗っていた船の航路に鯵神の町がある島があってな。もうその町は無いんだが……」
神衛兵は少し気まずそうに言い淀んでいる。神の町が無くなったとはどういうことか。何があったのか気になって続きを聞いた。
「……全滅してたんだ。その町の人間全員が死んでいた」
「えっ!?」
「その子を保護して少し経ってからその島に神衛と神官たちで向かったんだがな、上陸してみたら人が何人も倒れてたんだ。しかも悪霊化している者もいて死体が動き回っててな。あの光景は恐ろしかったよ……」
「な、何で……」
「詳しいことはわからなかった。死体の全部にあの子と同じような喉の傷があったんだが、死因はそれとは関係ないらしい」
想像していたよりずっと大きな事件で言葉が出ない。レリアからそんな話は聞いていないのでおそらく知らなかったのではないかと思う。子どもにそんな残酷な事実は教えられなかったのかもしれない。ストロワは知っていたのだろうか。
「死体はまとまった場所ではなく、それぞれが生活していたような場所で見つかった。仕事の途中、買い物の途中みたいにな。子どもだけは首輪をつけられて逃げられないようまとまって部屋に入れられ繋がれたまま死んでいた」
レリアが「首回りが窮屈だと凄く恐ろしい感じがする」と言っていたのはそれか。人質にでも取られていて、そこから両親が何とかして逃がしたのかと考える。
「四つの都の中間地点でな、うちの都は神衛も神官も他の都より少なくて捜査とか検証とかそういったことは他の都に任せたから、俺は原因を良く知らない。悪霊を浄化するだけでうちの神官はかなり疲弊してたしな。ただ、それぞれが急に倒れたような感じで死んでいたという話だ。あと、神の石もとっくに出なくなっていたらしい」
「そうですか……。じゃあもうその鯵神の町跡に行っても何もわからないんですかね?」
「そもそも、もうそこに寄る船が無いよ」
確かに町が無くなって補給と商売が出来ないなら、船が寄ることも無いだろう。それにストロワ達がそこへ行くとも思えない。その後の調査結果は気になるがこの都で調査していないのなら他の都へ行かないとこれ以上のことはわからないだろう。しかしレリアの生まれた町がわかっただけでも収穫であった。
都の図書館にも行ってみた。鯵神の町の事件のことを調べるのではなく、レリアがビスタークへ付けたという神の名前が書かれているという子どもの頃読んだ本を探すためである。何日も通って子どもが好きそうな本と神についての本を読み漁り、ついにその話を見つけた。
大昔、人と仲の良かったザインという名前の神様がいた。とても気さくで普通の人間と変わらず一緒に暮らしていた。人間と一線を引き交流をしない神も多かったので人々からはとても人気があって慕われていた。他の神からは異端とされていたという。人間の娘と恋仲にもなったが、戦争があって引き裂かれたためその恋は叶わなかった――そんな内容が民話集に書かれていた。何の神なのかは書かれていなかった。
人気があるなど自分とは縁遠い話だな、とビスタークは苦笑した。レリアはそんな名前をなんで覚えていて自分に付けたのかよくわからなかった。
その民話集には他にも「空に近づき過ぎて理力が尽きて死んだ人間の話」「格差のある男女が結婚して子を成したが引き裂かれて流産し、双方が死んでから並んで星となって想いが成就した話」「罪を犯した神が死ぬことも出来ず今も罪を償い続けている話」等が書かれていた。
「空に近づき過ぎて」という話は聞いたことがある。飛翔神の町で語り継がれていることだ。反力石の効果で空高く浮かぶことが出来るが、空中で理力が尽きると落下して死んでしまうので注意するように、という戒めの話である。
田畑に囲まれ農作業をする暮らしは悪くなかった。レリアと生まれた息子とここで穏やかに暮らすという、もう絶対に叶うことの無い想像をしてしまう。次に生まれてくる時は健康な身体に生まれてたくさんの子どもたちに囲まれて一緒に長生きするとレリアと約束した。まだ死んでもいないのに次の人生でのことを期待してしまう。
この世界では死ぬと人の魂が星になり、その星がまた地上に降りると生まれ変わる。人が転生することは紛れもない事実なのだ。ただ、記憶は無くなってしまう。再度レリアに会えるのかとは思うが、今の人生で巡り会えたことも奇跡に近かった。
神衛兵の巡礼をしに飛翔神の町から真っ直ぐ水の都へ向かっていたら出逢えなかった。
砂漠で行き倒れていなければ出逢えなかった。
レリアが鰯神の町から脱出出来なければ出逢えなかった。
ストロワが破壊神神官候補として引き取らなかったら出逢えなかった。
一つでも違っていたらあの幸せは無かった。亡くしてしまった悲しみは大きいが、レリアと出逢えていなかったらきっと今も満たされない人生を送っていたに違いない、そう思った。
だからきっと次も出逢える。見つけてみせる。別れる際そう約束した。妻も同じように思っているはずである。
農作業と神衛兵の訓練をすると身体が疲れるので、よく食べてよく眠る健康的な生活がおくれていた。眠るときは次の人生の幸せな家族の妄想をするとよく眠れた。眠るのは好きだった。たまに夢の中に妻が出てきてくれるからだ。本当にレリアの霊なのか自分の脳内記憶のせいなのかはわからないがずっと夢を見ていたくなってしまう。そんな気持ちになると夢の中で妻に怒られてしまうのだが。
闇の都での目的をほぼ達成したのでやることが無くなってしまった。次はどうしようかと考える。やはり鯵神の町の事件を調べたという都へ行くのが良いか、と思う。四つの都の中心地点の島――闇の都、時の都、光の都、風の都の四つの都から見て真ん中辺り――に鯵神の町はあったという話である。
時の都は一度警戒されてしまったようなので聞き込みをしづらい。光の都は問題無いと思うが既に一度行っている。そう考えて一度も行ったことの無い風の都へ行くことにした。
それでも神官や神衛兵の見習いはそれぞれ試験と訓練を見習いとして受けに来るので、巡礼を受け入れる神殿はそれなりに大きい造りだ。闇の大神の石である闇源石はあまり需要が無いこともあり神の石運びの仕事は無く、宿泊費がわりの仕事は殆どが農作業である。農作業は朝からの仕事のため、それに合わせて神衛兵の訓練は昼以降となっている。
昼食を食べてからの訓練となるので胃の中のものを吐き出したりしないよう少し時間を置いてからとなる。聞き込みは主にその時間に行った。前日の訓練の時に年配の神衛兵に目星をつけておいたのだ。ストロワのことはもう既に聞いたので、今度はレリアが幼少時に保護されたときのことを聞いてまわった。もう二十年近く前のことである。若者――神衛兵見習いに聞いても知るはずがない。何人か当たると訓練のときに指導していた神衛兵が当時のことを覚えていた。
「ああ……あの時の子どもか。酷くボロボロでガリガリに痩せてるのに凶暴だったから大変だったんだ。噛みついたり引っ掻いたりな。男なのか女なのかもわからなかったくらいみすぼらしくてな。すぐに死ぬんじゃないかと思っていたが、大人になれたんだな。もう亡くなったんなら良かったなって言っていいかわからないが……」
レリアから聞いていた通り「暴れて大変だった」らしい。あの体力の無かったレリアが凶暴なところなど想像出来なかった。その神衛兵はレリアが保護された後、何かがおかしいと闇の都で問題視されたのでその後の調査も行ったそうだ。
「その子が乗っていた船の航路に鯵神の町がある島があってな。もうその町は無いんだが……」
神衛兵は少し気まずそうに言い淀んでいる。神の町が無くなったとはどういうことか。何があったのか気になって続きを聞いた。
「……全滅してたんだ。その町の人間全員が死んでいた」
「えっ!?」
「その子を保護して少し経ってからその島に神衛と神官たちで向かったんだがな、上陸してみたら人が何人も倒れてたんだ。しかも悪霊化している者もいて死体が動き回っててな。あの光景は恐ろしかったよ……」
「な、何で……」
「詳しいことはわからなかった。死体の全部にあの子と同じような喉の傷があったんだが、死因はそれとは関係ないらしい」
想像していたよりずっと大きな事件で言葉が出ない。レリアからそんな話は聞いていないのでおそらく知らなかったのではないかと思う。子どもにそんな残酷な事実は教えられなかったのかもしれない。ストロワは知っていたのだろうか。
「死体はまとまった場所ではなく、それぞれが生活していたような場所で見つかった。仕事の途中、買い物の途中みたいにな。子どもだけは首輪をつけられて逃げられないようまとまって部屋に入れられ繋がれたまま死んでいた」
レリアが「首回りが窮屈だと凄く恐ろしい感じがする」と言っていたのはそれか。人質にでも取られていて、そこから両親が何とかして逃がしたのかと考える。
「四つの都の中間地点でな、うちの都は神衛も神官も他の都より少なくて捜査とか検証とかそういったことは他の都に任せたから、俺は原因を良く知らない。悪霊を浄化するだけでうちの神官はかなり疲弊してたしな。ただ、それぞれが急に倒れたような感じで死んでいたという話だ。あと、神の石もとっくに出なくなっていたらしい」
「そうですか……。じゃあもうその鯵神の町跡に行っても何もわからないんですかね?」
「そもそも、もうそこに寄る船が無いよ」
確かに町が無くなって補給と商売が出来ないなら、船が寄ることも無いだろう。それにストロワ達がそこへ行くとも思えない。その後の調査結果は気になるがこの都で調査していないのなら他の都へ行かないとこれ以上のことはわからないだろう。しかしレリアの生まれた町がわかっただけでも収穫であった。
都の図書館にも行ってみた。鯵神の町の事件のことを調べるのではなく、レリアがビスタークへ付けたという神の名前が書かれているという子どもの頃読んだ本を探すためである。何日も通って子どもが好きそうな本と神についての本を読み漁り、ついにその話を見つけた。
大昔、人と仲の良かったザインという名前の神様がいた。とても気さくで普通の人間と変わらず一緒に暮らしていた。人間と一線を引き交流をしない神も多かったので人々からはとても人気があって慕われていた。他の神からは異端とされていたという。人間の娘と恋仲にもなったが、戦争があって引き裂かれたためその恋は叶わなかった――そんな内容が民話集に書かれていた。何の神なのかは書かれていなかった。
人気があるなど自分とは縁遠い話だな、とビスタークは苦笑した。レリアはそんな名前をなんで覚えていて自分に付けたのかよくわからなかった。
その民話集には他にも「空に近づき過ぎて理力が尽きて死んだ人間の話」「格差のある男女が結婚して子を成したが引き裂かれて流産し、双方が死んでから並んで星となって想いが成就した話」「罪を犯した神が死ぬことも出来ず今も罪を償い続けている話」等が書かれていた。
「空に近づき過ぎて」という話は聞いたことがある。飛翔神の町で語り継がれていることだ。反力石の効果で空高く浮かぶことが出来るが、空中で理力が尽きると落下して死んでしまうので注意するように、という戒めの話である。
田畑に囲まれ農作業をする暮らしは悪くなかった。レリアと生まれた息子とここで穏やかに暮らすという、もう絶対に叶うことの無い想像をしてしまう。次に生まれてくる時は健康な身体に生まれてたくさんの子どもたちに囲まれて一緒に長生きするとレリアと約束した。まだ死んでもいないのに次の人生でのことを期待してしまう。
この世界では死ぬと人の魂が星になり、その星がまた地上に降りると生まれ変わる。人が転生することは紛れもない事実なのだ。ただ、記憶は無くなってしまう。再度レリアに会えるのかとは思うが、今の人生で巡り会えたことも奇跡に近かった。
神衛兵の巡礼をしに飛翔神の町から真っ直ぐ水の都へ向かっていたら出逢えなかった。
砂漠で行き倒れていなければ出逢えなかった。
レリアが鰯神の町から脱出出来なければ出逢えなかった。
ストロワが破壊神神官候補として引き取らなかったら出逢えなかった。
一つでも違っていたらあの幸せは無かった。亡くしてしまった悲しみは大きいが、レリアと出逢えていなかったらきっと今も満たされない人生を送っていたに違いない、そう思った。
だからきっと次も出逢える。見つけてみせる。別れる際そう約束した。妻も同じように思っているはずである。
農作業と神衛兵の訓練をすると身体が疲れるので、よく食べてよく眠る健康的な生活がおくれていた。眠るときは次の人生の幸せな家族の妄想をするとよく眠れた。眠るのは好きだった。たまに夢の中に妻が出てきてくれるからだ。本当にレリアの霊なのか自分の脳内記憶のせいなのかはわからないがずっと夢を見ていたくなってしまう。そんな気持ちになると夢の中で妻に怒られてしまうのだが。
闇の都での目的をほぼ達成したのでやることが無くなってしまった。次はどうしようかと考える。やはり鯵神の町の事件を調べたという都へ行くのが良いか、と思う。四つの都の中心地点の島――闇の都、時の都、光の都、風の都の四つの都から見て真ん中辺り――に鯵神の町はあったという話である。
時の都は一度警戒されてしまったようなので聞き込みをしづらい。光の都は問題無いと思うが既に一度行っている。そう考えて一度も行ったことの無い風の都へ行くことにした。