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作者: 結城貴美
残酷な描写あり R-15
134 孤児院
 ビスタークはレリアが子どもの頃世話になっていたという神殿内の孤児院へ行ってみるつもりだった。闇の都ニグートスへ着いたのは夕方だったので迷惑を考え翌日に教えてもらった孤児院へ向かった。神殿内というより神殿の敷地内の独立した建物が孤児院だった。怪しまれないよう一目で神衛兵かのえへいだということがわかるように鎧姿である。

 孤児院の敷地に入ると早速好奇心旺盛のわんぱくな男の子が興味を持って近づいてきた。

「神衛見習いさんだ! 何か用?」
「あー……ここで昔から働いてる人がいたら呼んでくれないか? 聞きたいことがあるんだ」
「じゃあ院長先生呼んでくるよ。待ってて」
「ありがとうな。助かるよ」

 もうとっくに見習いでは無いが訂正するのも面倒である。男の子はすぐに老人一歩手前くらいの年齢に見える白髪交じりの赤紫髪の女性を連れてきた。この女性がこの孤児院の院長なのだろう。

「お待たせしました。あまりお見かけしない鎧ですね。神衛の見習いの方が何のご用でしょうか?」

 怪しまれている。普通の服よりはマシだと思って鎧を着けてきたのだが、と思ったがそもそも人が訪れないのかもしれない。一礼してきちんと挨拶する。

「突然訪問して申し訳ありません。以前こちらでお世話になっていたレリアという女性と結婚したビスタークと申します」
「えっ!?」

 院長らしき女性が驚いている。

「レリアって……あの……口が利けなかった……喉に傷のある……?」
「そうです」
「あらあらあら、まあまあまあ! 懐かしいわ! レリアは?」
「……一年くらい前に息子を産んで、それが原因で……亡くなりました」
「あ……。そう……そうだったの……」

 院長らしき女性は一度高揚した声を上げたが不幸を聞いて表情が沈んでしまった。相手を悲しませてしまったことを申し訳なく思っていると、それを察してくれたのか悲痛な表情が出ているのを見たからか院長らしき女性はビスタークへの警戒を解いたようだ。

「良かったら、中でゆっくりお話ししません? あの子のこと、もっと教えてくださらない?」

 孤児院院長のディオファとじっくり会話する機会を得た。

 孤児院は木造で屋根は枯れた草のようなもので出来ていた。分厚く重ねられ覆われている。この大陸の町のあちこちにあったがじっくり見るのは初めてだった。珍しいので見回しているとディオファに説明された。

「この辺りの庶民の家は大体木造で屋根は木か草で出来てるのよ。珍しいかしら?」
「はい。雨漏りしないんですか?」
「それがねえ、何重にもなってるからか全然漏れないのよ。うまく流れてくれるみたい」

 そう言いながら靴を脱ぐように言われた。この辺りの習慣で家に入る前には靴を脱ぐらしい。靴は鎧の一部でもあるので脱ぐのに少し手間取った。そして家で履くための中履きを用意された。なんだか不格好だ。すぐ傍の部屋で席を勧められたが椅子は無くクッションが床板の上に置かれていた。どうやらここに座れということらしい。まずディオファが座ってみせた。

「外から来た皆さんには驚かれるんですけど、ここには椅子がなくてこれが普通なんです。神殿には色んな場所から人が来られるから他の文化に合わせて椅子がありますけどね。楽な格好で座ってください」
「……はい」

 戸惑いながら胡座をかくような格好で座った。闇の都ニグートスでの礼儀作法など知らないし、向こうもそれはわかっているようだったので言われた通りにした。麦茶という冷たい飲み物を年長の子どもが持ってきてくれてそばに置いていった。

「えっと……つまり貴方はレリアの旦那さんってことよね?」
「はい」
「いつ結婚したのかしら?」
「三年以上は経ったと思います」
「その頃は元気だったのかしら?」
「身体は弱かったですが、気持ちのほうは元気でしたよ。いつも笑顔で大人しいかと思えば意外と気が強くて……」

 ビスタークはレリアと出逢って交際していた頃のことを話して聞かせた。ディオファは穏やかな笑みを浮かべて時折頷きながら聞き入っていた。

「そう……良かったわ。あの子は本当に身体が弱くて、いつ亡くなってもおかしくない状態だったの。幸せになれたのね」

 ディオファによると、レリアが保護された頃は「例の薬」の効果が抜けるまで神殿の医務室にいたが、医療行為が必要無くなってからこの孤児院へ来たのだそうだ。既にここで育てられていたエクレシアが姉として面倒をみて可愛がっていたのだという。口が利けないのでここで懸命に文字を覚えさせたらしい。

「ここには何歳くらいまでお世話になってたんですか?」
「神官の試験勉強を始めた頃だから……十二歳くらいだったかしら」
「それでエクレシアと一緒に養子に?」
「ええ。二人とも地頭が良かったから、当時ここで働いてたストロワの地元の神官候補として養子になったの」

 ストロワが破壊神の大神官だということをディオファが知っているのかわからないので慎重に話を続ける。

「そのストロワ氏を探しているところなんですが、何かご存知ありませんか?」
「あら? 地元の町に帰ったんじゃないの?」
「いえ、色々と複雑な事情があって旅をしているようなんです」

 反応からおそらく知らないのではないかと思った。当たり障りのないよう詳細はぼかしておくことにした。

「ここであの子たちが神官の試験に合格してからは会ってないわ」
「そうですか……」
「ここには事情のある子しかいないし、きっとストロワにも人に言えない事情があるんでしょうね」

 外で遊んでいる子どもたちを眺めながらディオファは言った。ここは外側の壁に当たる部分は殆どが戸で、今は全て開いており外が良く見えて解放感がある。家守石オーサイトがあれば建物の中に虫も入ってこないので快適だ。
 ビスタークも外で遊ぶ子どもたちを見る。十年前まではああやってレリアも遊んでいたのだろうか、と考えてから身体が弱いから遊ぶとしたら家の中だろうな、と頭の中で訂正する。同じ部屋の隅で絵本を読んでいる女の子がいる。おそらくあんな感じだったのだろうと想いを巡らせる。

「レリアもあんな感じだったわ」
「そうだろうなと思いました」
「本もよく読んでいたけどね。身体が弱いことに加えて喋れなかったから一人になりたがってたのをエクレシアとキナノスがよく構っていて。室内でも遊べるように自分たちで双六を作ったりしてね、一緒に遊んでいたわ」

 レリアが飛翔神の町リフェイオスで「懐かしい感じがする」と言っていたことを思い出す。こんな気持ちになっていたのではないだろうか。

「そういえば……結婚するときレリアから子どもの頃に読んだ本に載っていたという神の名前を贈られたんです。何の本かわかりませんか」
「あらー? いいわねえ、そういう話!」
「……からかうのはやめて下さい」

 そんな恥ずかしい思いをするために聞いたわけではない。表情に出ていたためかディオファはすぐに恋愛話へ持っていくのをやめた。

「うーん……ここにも絵本くらいはあるけど、そんな神様の名前が載ってるとは思えないわ。あの子は神殿の図書館から色々と借りてきていたから、そちらじゃないかしら?」
「やっぱりそうですか」

 神殿の図書館には沢山の蔵書がある。そう簡単には見つからないだろう。別に必ず知りたいわけでもない。ただ、レリアの足跡を追いたいだけなのだ。どうせストロワの居場所はわからないし、この旅は急ぐわけでもない。今までは足取りを追えていたから急いだが、レリアの死を伝えるのも気が重い。伝えなければ彼等の中では元気なままなのだから。

 色々とレリアの生前の話を交わした後でディオファはこう言った。

「もしもストロワ達がここを訪ねてくることがあったら貴方のことを伝えるわ。探してたわよって」
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
「またいらしてね」
「はい」

 レリアの話をすることが出来てビスタークは少し心の傷が癒やされたような気がした。
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