残酷な描写あり
R-15
132 離郷
ビスタークは葬儀の二日後、頼んでおいたマントを受け取りに行った。レリアの友人だったパージェに頼んだのだが、赤ん坊の世話で針仕事をしている余裕は無かったらしく隣の実家に頼んだと言われそこで受け取った。
神衛兵の正式なマントは表側が紺色で裏が紫がかった灰色であるが、このサイズを直したものは白に近い色でフードがついている。正式なマントは鎧の肩部分に挟むような形で装着するが、形見のマントはフードがついているので鎧の上から被る格好となる。レリアが砂漠を渡る際に使っていたもので、初めて会ったとき――行き倒れていた自分を介抱してくれ目覚めたときにこのフードを被っていたなと思い出していた。
すぐ近くにジーニェルの食堂がある。一応顔を出しておいた。息子のフォスターはすやすや眠っていた。特に問題なくやっているようだ。
「とても可愛いわよ。……ありがとう、私たちに預けてくれて」
「礼を言うのはこっちだ。俺は当分帰って来ねえから、こいつのことよろしく頼むな」
そう言って食堂を後にした。
神殿へ戻ると聖堂で祈りを捧げた。レアフィールは全部見ていたのだろう。旅の資金として大量の反力石が出現した。
「息子はそのうちジーニェル達が連れてくるよ」
本当はレリアと一緒に参拝して息子だと報告したかったのだが、妻は逝ってしまったのでその願いは叶わなかった。もう向こうの息子になったのだ、自分が紹介するべきではない、そう思っていた。
沢山出てきた反力石を有り難く受け取り旅の準備を進めていた。
「そんなに慌てて出ていかなくても……」
急いで旅の支度をするビスタークにニアタが心配そうに声をかけてきた。
「……何かしていないと潰れそうになるんだ。放っておいてくれ」
「それはわかるけど……」
その心理はニアタもレアフィールのときに経験済みである。
「私たちも家族なんだからね。あなたの帰ってくる場所はここよ」
ビスタークはニアタの気持ちを快く受け取った。
「ああ。目的を達成して気が済んだら帰ってくるよ」
「無茶しないのよ」
「わかってるよ。空からレリアも見てるしな」
必要なものを袋にまとめ、ビスタークは翌日の朝旅立った。商人の馬車に同乗させてもらえばと提案されたが歩いて行くからと断った。本当の理由は幌馬車に乗ると星が見えないからだ。輝星石は昼でも大事な人の星がわかる。勿論そんな理由は誰にも言わなかったが。
町と町の間にある途中の休憩小屋でも宿に泊まるときも、夜眠るときに一人の寂しさを感じていた。以前と同じ宿に泊まると妻の姿が脳内で再生されるのだ。三年前までは一人で寝るのが当たり前だったのに、結婚してから自分は随分と変わってしまったな、と自覚していた。
眼神の町では神衛兵達へ挨拶しに行かなかった。幸せな頃の自分で記憶を留めておいて欲しかったのだ。わざわざ不幸を報告して向こうに負の感情をもたらす必要は無い。
港の錨神の町へ着いてからストロワ達の旅路を考える。炎の都の試験がもう終わっているとしたら、残るは時の都と光の都だ。どちらもかなり遠いのだが、まだ時の都のほうが近い。まず時の都へ行き、いなかった場合に光の都を目指すほうがいいだろうと考えた。行き違うかもしれないとも考えたが、正解がわからないのに考えるだけ無駄だと切り捨てた。
ティメロス大陸行きの船に乗り込んだ。時の都のある大陸なので時の大神の名前がついている。大陸の内陸部に都があるので長い旅路だ。神衛兵になったばかりの頃、訓練に参加するため滞在したことがある。地元に帰りたくなかったのと自分の力試しをしたかったからだ。その時は炎の都から向かったので道筋は違う。知らない道を行くほうが気も紛れるので良いと思った。
途中の小島に立ち寄りながら二十日ほど船に乗り続けティメロス大陸へ到着した。この大陸は縦長で真ん中が隆起した形状をしている。時の都は大陸の中心より少し上寄りにあるが、一番近い左右両側の海は絶壁に面しているので港が造れなかった。そのため時の都は港から緩やかな坂を上った一番高く遠い場所に位置している。
時の大神の石である時停石が大量に流通していて食材の保存に全く問題が無いため、この大陸では一次産業が盛んである。以前は転移石があったので移動も問題無かったのだが、流通しなくなってからその点が不便になったという話だ。
陸路もこの世界での一か月程かけて時の都へ辿り着いた。周辺の町は農業系の町ばかりだが、時の都は職人の町である。
時の大神の石は二種類ある。一つは時停石だが、もう一つは時計石である。それを元に時計を作る工房がたくさんあるのだ。庶民向けの簡易的なもの、芸術的な装飾の施されたもの、屋外に設置するため大きく丈夫なもの、持ち歩く為に小さく精巧な造りのものなど、それぞれの工房は得意分野を持っている。職人の手作業で作られるため一つ作るだけでも時間がかかる。需要はたくさんあるため工房と職人は大勢必要なのだ。
ビスタークがここを訪れるのは二回目のため特に迷うこともなく神殿へ赴き滞在の手続きをした。早速神殿内を歩き回りストロワ達を探したがそれらしき者はどこにも見当たらなかった。受付で聞くのが一番手っ取り早いか、と考えて神殿入口の窓口で尋ねる。
「葛神の神官見習いですか……。調べますのでお時間いただきます。登録のご所属は?」
「飛翔神の町の神衛だ。訓練登録している」
「……後でお部屋に結果のご連絡をします。数日かかる場合もありますのでご了承ください」
そう言われ、訓練と仕事をしながら返事を待つことになった。そして二日後にストロワ達は今も以前にも来ていないと書かれた紙が部屋に投函されていた。それならば先に光の都の試験を受けに行っていて時の都はこれからなのだろうと考えて訓練と仕事をしながら待つことにした。行き違うよりは良いだろうと考えていた。
対人訓練を二年以上もしていないので身体が鈍っているように感じていたのと、身体を動かしていたほうが余計な感情に振り回されないと考え訓練に没頭した。以前も一度ここの訓練に参加し強い者を負かしたりしていたので、都の神衛兵の中には顔見知りの者もいた。何故ここにいるのかという問いには地元にいたくないから、と以前と同じ理由で通していた。
仕事はここも主に荷運びである。神の石は勿論のこと、作られた時計やその部品となる素材や資材をそれぞれの工房から運んだり運び入れたりする。水の都と違い地下深くへ運ぶわけではないのでそれに比べればはるかに楽である。主に屋外での仕事なので時々空を見上げて星を確認して日々を過ごした。輝星石を使いすぎたため一度消滅してしまったがそれは店で買い足した。
半年待ったがストロワ達は来ない。時間がかかりすぎではないかと思った。しかし神殿で調べてもらったのだからまだ来ていないことに間違いないだろうと思い、また一か月待った。段々と痺れを切らし、顔見知りの神衛兵に人を待っていることを酒の席で話した。
「色黒で金髪の親子の神官見習い? 俺、見たことあるぞ」
「えっ? 本当か?」
「あまり神殿で大人の親子って見かけないからな。色合いが似てて目についたんだよ」
「山吹色の髪の女もいたか?」
「色はどうだったかな……でも女は二人いたと思うぞ」
「いつ頃だ?」
「えーと……いつだったか……一年くらいか? お前が来る前だったとは思うぞ」
二人の女はエクレシアと新しい神官候補かもしれない。もう既に来ていたということか。それなら何故神殿で把握していないのか。間違えたのか、と思ったところで一つの疑念が浮かんだ。
――破壊神の神官を飛翔神の神衛が狙っていると思われたのか?
破壊神神官周辺を嗅ぎ回っているだけでも十分怪しいのに、戦争相手だった飛翔神の神衛兵が探しているとなると何か事件性を危惧されてもおかしくはない。ビスタークは自分が大きな間違いをしていたことに気がついた。
神衛兵の正式なマントは表側が紺色で裏が紫がかった灰色であるが、このサイズを直したものは白に近い色でフードがついている。正式なマントは鎧の肩部分に挟むような形で装着するが、形見のマントはフードがついているので鎧の上から被る格好となる。レリアが砂漠を渡る際に使っていたもので、初めて会ったとき――行き倒れていた自分を介抱してくれ目覚めたときにこのフードを被っていたなと思い出していた。
すぐ近くにジーニェルの食堂がある。一応顔を出しておいた。息子のフォスターはすやすや眠っていた。特に問題なくやっているようだ。
「とても可愛いわよ。……ありがとう、私たちに預けてくれて」
「礼を言うのはこっちだ。俺は当分帰って来ねえから、こいつのことよろしく頼むな」
そう言って食堂を後にした。
神殿へ戻ると聖堂で祈りを捧げた。レアフィールは全部見ていたのだろう。旅の資金として大量の反力石が出現した。
「息子はそのうちジーニェル達が連れてくるよ」
本当はレリアと一緒に参拝して息子だと報告したかったのだが、妻は逝ってしまったのでその願いは叶わなかった。もう向こうの息子になったのだ、自分が紹介するべきではない、そう思っていた。
沢山出てきた反力石を有り難く受け取り旅の準備を進めていた。
「そんなに慌てて出ていかなくても……」
急いで旅の支度をするビスタークにニアタが心配そうに声をかけてきた。
「……何かしていないと潰れそうになるんだ。放っておいてくれ」
「それはわかるけど……」
その心理はニアタもレアフィールのときに経験済みである。
「私たちも家族なんだからね。あなたの帰ってくる場所はここよ」
ビスタークはニアタの気持ちを快く受け取った。
「ああ。目的を達成して気が済んだら帰ってくるよ」
「無茶しないのよ」
「わかってるよ。空からレリアも見てるしな」
必要なものを袋にまとめ、ビスタークは翌日の朝旅立った。商人の馬車に同乗させてもらえばと提案されたが歩いて行くからと断った。本当の理由は幌馬車に乗ると星が見えないからだ。輝星石は昼でも大事な人の星がわかる。勿論そんな理由は誰にも言わなかったが。
町と町の間にある途中の休憩小屋でも宿に泊まるときも、夜眠るときに一人の寂しさを感じていた。以前と同じ宿に泊まると妻の姿が脳内で再生されるのだ。三年前までは一人で寝るのが当たり前だったのに、結婚してから自分は随分と変わってしまったな、と自覚していた。
眼神の町では神衛兵達へ挨拶しに行かなかった。幸せな頃の自分で記憶を留めておいて欲しかったのだ。わざわざ不幸を報告して向こうに負の感情をもたらす必要は無い。
港の錨神の町へ着いてからストロワ達の旅路を考える。炎の都の試験がもう終わっているとしたら、残るは時の都と光の都だ。どちらもかなり遠いのだが、まだ時の都のほうが近い。まず時の都へ行き、いなかった場合に光の都を目指すほうがいいだろうと考えた。行き違うかもしれないとも考えたが、正解がわからないのに考えるだけ無駄だと切り捨てた。
ティメロス大陸行きの船に乗り込んだ。時の都のある大陸なので時の大神の名前がついている。大陸の内陸部に都があるので長い旅路だ。神衛兵になったばかりの頃、訓練に参加するため滞在したことがある。地元に帰りたくなかったのと自分の力試しをしたかったからだ。その時は炎の都から向かったので道筋は違う。知らない道を行くほうが気も紛れるので良いと思った。
途中の小島に立ち寄りながら二十日ほど船に乗り続けティメロス大陸へ到着した。この大陸は縦長で真ん中が隆起した形状をしている。時の都は大陸の中心より少し上寄りにあるが、一番近い左右両側の海は絶壁に面しているので港が造れなかった。そのため時の都は港から緩やかな坂を上った一番高く遠い場所に位置している。
時の大神の石である時停石が大量に流通していて食材の保存に全く問題が無いため、この大陸では一次産業が盛んである。以前は転移石があったので移動も問題無かったのだが、流通しなくなってからその点が不便になったという話だ。
陸路もこの世界での一か月程かけて時の都へ辿り着いた。周辺の町は農業系の町ばかりだが、時の都は職人の町である。
時の大神の石は二種類ある。一つは時停石だが、もう一つは時計石である。それを元に時計を作る工房がたくさんあるのだ。庶民向けの簡易的なもの、芸術的な装飾の施されたもの、屋外に設置するため大きく丈夫なもの、持ち歩く為に小さく精巧な造りのものなど、それぞれの工房は得意分野を持っている。職人の手作業で作られるため一つ作るだけでも時間がかかる。需要はたくさんあるため工房と職人は大勢必要なのだ。
ビスタークがここを訪れるのは二回目のため特に迷うこともなく神殿へ赴き滞在の手続きをした。早速神殿内を歩き回りストロワ達を探したがそれらしき者はどこにも見当たらなかった。受付で聞くのが一番手っ取り早いか、と考えて神殿入口の窓口で尋ねる。
「葛神の神官見習いですか……。調べますのでお時間いただきます。登録のご所属は?」
「飛翔神の町の神衛だ。訓練登録している」
「……後でお部屋に結果のご連絡をします。数日かかる場合もありますのでご了承ください」
そう言われ、訓練と仕事をしながら返事を待つことになった。そして二日後にストロワ達は今も以前にも来ていないと書かれた紙が部屋に投函されていた。それならば先に光の都の試験を受けに行っていて時の都はこれからなのだろうと考えて訓練と仕事をしながら待つことにした。行き違うよりは良いだろうと考えていた。
対人訓練を二年以上もしていないので身体が鈍っているように感じていたのと、身体を動かしていたほうが余計な感情に振り回されないと考え訓練に没頭した。以前も一度ここの訓練に参加し強い者を負かしたりしていたので、都の神衛兵の中には顔見知りの者もいた。何故ここにいるのかという問いには地元にいたくないから、と以前と同じ理由で通していた。
仕事はここも主に荷運びである。神の石は勿論のこと、作られた時計やその部品となる素材や資材をそれぞれの工房から運んだり運び入れたりする。水の都と違い地下深くへ運ぶわけではないのでそれに比べればはるかに楽である。主に屋外での仕事なので時々空を見上げて星を確認して日々を過ごした。輝星石を使いすぎたため一度消滅してしまったがそれは店で買い足した。
半年待ったがストロワ達は来ない。時間がかかりすぎではないかと思った。しかし神殿で調べてもらったのだからまだ来ていないことに間違いないだろうと思い、また一か月待った。段々と痺れを切らし、顔見知りの神衛兵に人を待っていることを酒の席で話した。
「色黒で金髪の親子の神官見習い? 俺、見たことあるぞ」
「えっ? 本当か?」
「あまり神殿で大人の親子って見かけないからな。色合いが似てて目についたんだよ」
「山吹色の髪の女もいたか?」
「色はどうだったかな……でも女は二人いたと思うぞ」
「いつ頃だ?」
「えーと……いつだったか……一年くらいか? お前が来る前だったとは思うぞ」
二人の女はエクレシアと新しい神官候補かもしれない。もう既に来ていたということか。それなら何故神殿で把握していないのか。間違えたのか、と思ったところで一つの疑念が浮かんだ。
――破壊神の神官を飛翔神の神衛が狙っていると思われたのか?
破壊神神官周辺を嗅ぎ回っているだけでも十分怪しいのに、戦争相手だった飛翔神の神衛兵が探しているとなると何か事件性を危惧されてもおかしくはない。ビスタークは自分が大きな間違いをしていたことに気がついた。