残酷な描写あり
R-15
131 葬儀
葬儀の日になった。ビスタークは神衛兵のため正装は鎧姿となる。レリアに貰った鉢巻きを額につけて参加した。つけていれば喜んで出てきやすくなるのではと思ったからだ。いつ出てくるのか、そもそも本当に出てきてくれるのかとそればかり考えていた。それが虚ろな表情に見えたらしい。ニアタにとても心配された。
「心配すんな。他のことを考えていただけだ」
問題なく喪主としての挨拶や参列者への礼をこなした。その後それぞれが遺体にお別れをする際、ビスタークは一旦後ろに下がり皆の様子を見ていた。するとすぐ横に気配を感じた。
「この町に来てから一年半くらいしか過ごしてないけど、みんな悲しいと思ってくれてるのね……」
妻レリアの霊魂が約束通り出現した。
「……よかった。もう会えないのかと気が気でなかったぜ」
「ふふ。頑張って出てきたのよ」
「またずっと見てたのか?」
「ええ」
笑顔で肯定された。
「燃やさないで取っておくようなこと言ってたから焦ったわ」
「お前そばでダメって言ってたか?」
「聞こえたの?」
「なんとなく、な」
実際そう言っていたらしい。気のせいではなかったようだ。
「あの子の名前は決めてくれた?」
「ああ」
「どんな名前? 本で調べたりしてなかったみたいだけど……」
レリアに息子の名前を教えると目を丸くした。
「ビスタークって……ほんとに私のこと大好きだったのね」
「うるさい」
「……嬉しい」
レリアは少し悲しそうにも見える笑顔でそう言った。
「自分ではちょっと違和感あるけど、嬉しい。私の名前を残してくれて」
その息子は今ニアタに抱かれている。
「ちょっとあの子のところへ行ってくるわね」
「行くのは構わねえが頼むからそのまま消えてくれるなよ」
「うん」
他の人間にレリアの姿は見えないようだ。誰も反応しない。生まれたばかりの息子には母親がわかるのだろうかと思ったが、レリアが笑顔で何か語りかけたとたん息子が泣き止んだのでわかるのかもしれない。抱いているニアタにはわからないようだったが。
遺体の納められている棺に目を向ける。今はパージェの家族がお別れを言っているところだ。赤ん坊も連れてきていた。レリアが近くに寄っていったがパージェにもわからないようであった。泣いているパージェに寄り添っている。死ななければきっと良い友達として母親同士助け合っていただろうに、と思うとまた悲しくなってしまった。
ビスタークの心情を察したのかレリアが戻ってきた。
「赤ちゃんも私のことわかったみたい。私を見て、泣き止んで笑ったのよ」
「泣き止んでたのはわかった。笑ってたのか」
「うん。嬉しい」
笑顔でそう言った後、悲しそうに呟く。
「大人になるまで、そばにいてあげたかったな……」
「…………」
「あの子にも私の星を教えてあげてね」
「ああ」
輝星石はポケットに入れていた。握って空を見ると両親の星が二つ輝いて見える。親のことはもう良く覚えていない。両親の星がわからなくなっても特に何も思わないだろう。今までも気にしたことがなかったのだから。
別れの時が刻一刻と近づいてくる。今はジーニェルとホノーラが遺体にお別れを言っている。ビスタークはレリアの顔をじっと見つめた。
「なあに?」
「お前の顔を忘れないように目に焼き付けてる。もう……見れなくなるからな」
レリアは何か勘づいたように忠告する。
「……ビスタークはすぐこっちに来ちゃダメだからね」
「なんでだよ」
「私の分もあの子に親らしいことをしてあげて」
「養子に出して旅に出るのにか?」
「もちろん帰ってきたらの話。ホノーラさんたちから取り返すとかいうんじゃなくて、あの子が困ってたり悩んでたりしたら心の支えになってあげて」
「難しいことを言いやがる。俺は早くお前を追いかけたい」
「そんな悲しいこと言わないで」
今は神殿の子どもたち三人がレリアの遺体にお別れしている。そろそろ棺に蓋をする頃だ。
「しょうがないなー……数年は他の女の人に手を出さないで欲しかったけど……どうしても寂しかったら許します」
「お前が空から見てるのにそんな気になれるか」
「そうなったら見ないようにするね。星になってからもしっかり見れるのかわかんないけど」
「だからやらねえって」
棺の蓋を乗せ始めた。もうこれで本当に最後だ。下らない話をしている場合ではない。
「じゃあ、行くね。あの子と家族のこと、よろしくね」
「ああ。一昨日約束したこと、忘れるなよ」
「うん。また次の人生でも一緒よ」
「しばらくの間会えないだけだよな」
「うん」
「またな。……今まで、ありがとうな」
「私のほうこそありがとう。とても楽しかった。またね」
レリアは一緒に棺へ向かう途中で一度ビスタークへ笑顔を向け手を振りながら見えなくなっていった。
棺に蓋が乗せられた。後からきちんと釘を打つが、まずは参列者が形だけこの町の石である反力石で釘を打つ。死者への弔いの意味を持つこの辺りでの習わしである。普通は反力石に触ると理力が伝わり浮いてしまうので布越しに摘まむのだが、神官達と神殿で育ったビスタークは理力を止めることが出来るので布は使わなかった。涙を堪えながら棺の蓋の釘を打つ。釘を棺に打つのは憂鬱な作業だ。もう二度と会わないように自ら区切りをつけているように感じる。
火葬石を棺に置き、そこに松明で火をつける。一連の流れはビスタークが一人で行った。赤かった火が青くなり、熱くない炎が燃え広がる。沈黙してずっと見つめていると魂の光が現れて空へと昇っていく。魂の格が高かったようで眩しいほど明るかった。ビスタークは瞬きもせずそれをずっと見つめていた。妻の魂が明るかったことを少し誇らしく感じながら。
輝星石を握りしめていたので、昇り星が遠くなりわからなくなってからでもすぐにレリアの星を見つけることができた。町外れのほうの上空に少し紫色を帯びて輝いている。予想通り両親の星はもうわからなくなっていた。
空を見上げたままぼんやりしているとジーニェルとホノーラが近づいてきた。
「ビスターク……大丈夫か?」
「……ああ」
「いつ、出発するの?」
「準備が出来たらすぐに行くつもりだ」
話しかけられてようやくホノーラが赤ん坊を抱いていることに気がついた。息子は少しぐずっている。先ほどまで抱いていたニアタは葬儀の後片付けをソレムとマフティロへ任せて自分の子どもたちの面倒を見ていた。
「ああ、もう受け取ってたのか……」
「私たちにちゃんと育てられるかしら」
「俺が育てるよりちゃんと育つだろ」
少し不安げなホノーラに気休めを言う。ジーニェルは何か言いにくそうにしていた。
「それで、その……だな……」
ビスタークはジーニェルが何を言いたいのか察した。妻を見送ったばかりの者には言いづらかったのだろう。
「こいつの名前のことだろ? ちゃんと決めたぞ」
「そ、そうか。良かった」
「どんな名前?」
夫婦は前のめりに聞いてくる。
「フォスター」
妻レリアの旧姓である。輝星石と一緒に持ち歩いていた名前の書いてある紙を二人に渡した。ウォーリン家男子のミドルネームの頭文字は代々この世界の文字でZにあたるものだったためそれは特に考えることもなくそうしていた。ジーニェルも姓と頭文字はビスタークと同じであった。
「フォスター……。フォスターか……」
「意味は何かあるの?」
そう聞かれ返答に躊躇したがこう言っておいた。
「……レリアの親族の名前だ」
旧姓なので間違ってはいない。正直に言うのは何だか気恥ずかしかった。
「じゃあ、フォスター。今日から私がお母さんよ」
「俺がお父さんだぞ」
ぐずるのをやめたフォスターが二人を見て笑ったように見えた。それを見たビスタークは自分たちもこういう家族になれた未来があったのかもしれないと羨む思いを隠し、そっとその場を後にした。
「心配すんな。他のことを考えていただけだ」
問題なく喪主としての挨拶や参列者への礼をこなした。その後それぞれが遺体にお別れをする際、ビスタークは一旦後ろに下がり皆の様子を見ていた。するとすぐ横に気配を感じた。
「この町に来てから一年半くらいしか過ごしてないけど、みんな悲しいと思ってくれてるのね……」
妻レリアの霊魂が約束通り出現した。
「……よかった。もう会えないのかと気が気でなかったぜ」
「ふふ。頑張って出てきたのよ」
「またずっと見てたのか?」
「ええ」
笑顔で肯定された。
「燃やさないで取っておくようなこと言ってたから焦ったわ」
「お前そばでダメって言ってたか?」
「聞こえたの?」
「なんとなく、な」
実際そう言っていたらしい。気のせいではなかったようだ。
「あの子の名前は決めてくれた?」
「ああ」
「どんな名前? 本で調べたりしてなかったみたいだけど……」
レリアに息子の名前を教えると目を丸くした。
「ビスタークって……ほんとに私のこと大好きだったのね」
「うるさい」
「……嬉しい」
レリアは少し悲しそうにも見える笑顔でそう言った。
「自分ではちょっと違和感あるけど、嬉しい。私の名前を残してくれて」
その息子は今ニアタに抱かれている。
「ちょっとあの子のところへ行ってくるわね」
「行くのは構わねえが頼むからそのまま消えてくれるなよ」
「うん」
他の人間にレリアの姿は見えないようだ。誰も反応しない。生まれたばかりの息子には母親がわかるのだろうかと思ったが、レリアが笑顔で何か語りかけたとたん息子が泣き止んだのでわかるのかもしれない。抱いているニアタにはわからないようだったが。
遺体の納められている棺に目を向ける。今はパージェの家族がお別れを言っているところだ。赤ん坊も連れてきていた。レリアが近くに寄っていったがパージェにもわからないようであった。泣いているパージェに寄り添っている。死ななければきっと良い友達として母親同士助け合っていただろうに、と思うとまた悲しくなってしまった。
ビスタークの心情を察したのかレリアが戻ってきた。
「赤ちゃんも私のことわかったみたい。私を見て、泣き止んで笑ったのよ」
「泣き止んでたのはわかった。笑ってたのか」
「うん。嬉しい」
笑顔でそう言った後、悲しそうに呟く。
「大人になるまで、そばにいてあげたかったな……」
「…………」
「あの子にも私の星を教えてあげてね」
「ああ」
輝星石はポケットに入れていた。握って空を見ると両親の星が二つ輝いて見える。親のことはもう良く覚えていない。両親の星がわからなくなっても特に何も思わないだろう。今までも気にしたことがなかったのだから。
別れの時が刻一刻と近づいてくる。今はジーニェルとホノーラが遺体にお別れを言っている。ビスタークはレリアの顔をじっと見つめた。
「なあに?」
「お前の顔を忘れないように目に焼き付けてる。もう……見れなくなるからな」
レリアは何か勘づいたように忠告する。
「……ビスタークはすぐこっちに来ちゃダメだからね」
「なんでだよ」
「私の分もあの子に親らしいことをしてあげて」
「養子に出して旅に出るのにか?」
「もちろん帰ってきたらの話。ホノーラさんたちから取り返すとかいうんじゃなくて、あの子が困ってたり悩んでたりしたら心の支えになってあげて」
「難しいことを言いやがる。俺は早くお前を追いかけたい」
「そんな悲しいこと言わないで」
今は神殿の子どもたち三人がレリアの遺体にお別れしている。そろそろ棺に蓋をする頃だ。
「しょうがないなー……数年は他の女の人に手を出さないで欲しかったけど……どうしても寂しかったら許します」
「お前が空から見てるのにそんな気になれるか」
「そうなったら見ないようにするね。星になってからもしっかり見れるのかわかんないけど」
「だからやらねえって」
棺の蓋を乗せ始めた。もうこれで本当に最後だ。下らない話をしている場合ではない。
「じゃあ、行くね。あの子と家族のこと、よろしくね」
「ああ。一昨日約束したこと、忘れるなよ」
「うん。また次の人生でも一緒よ」
「しばらくの間会えないだけだよな」
「うん」
「またな。……今まで、ありがとうな」
「私のほうこそありがとう。とても楽しかった。またね」
レリアは一緒に棺へ向かう途中で一度ビスタークへ笑顔を向け手を振りながら見えなくなっていった。
棺に蓋が乗せられた。後からきちんと釘を打つが、まずは参列者が形だけこの町の石である反力石で釘を打つ。死者への弔いの意味を持つこの辺りでの習わしである。普通は反力石に触ると理力が伝わり浮いてしまうので布越しに摘まむのだが、神官達と神殿で育ったビスタークは理力を止めることが出来るので布は使わなかった。涙を堪えながら棺の蓋の釘を打つ。釘を棺に打つのは憂鬱な作業だ。もう二度と会わないように自ら区切りをつけているように感じる。
火葬石を棺に置き、そこに松明で火をつける。一連の流れはビスタークが一人で行った。赤かった火が青くなり、熱くない炎が燃え広がる。沈黙してずっと見つめていると魂の光が現れて空へと昇っていく。魂の格が高かったようで眩しいほど明るかった。ビスタークは瞬きもせずそれをずっと見つめていた。妻の魂が明るかったことを少し誇らしく感じながら。
輝星石を握りしめていたので、昇り星が遠くなりわからなくなってからでもすぐにレリアの星を見つけることができた。町外れのほうの上空に少し紫色を帯びて輝いている。予想通り両親の星はもうわからなくなっていた。
空を見上げたままぼんやりしているとジーニェルとホノーラが近づいてきた。
「ビスターク……大丈夫か?」
「……ああ」
「いつ、出発するの?」
「準備が出来たらすぐに行くつもりだ」
話しかけられてようやくホノーラが赤ん坊を抱いていることに気がついた。息子は少しぐずっている。先ほどまで抱いていたニアタは葬儀の後片付けをソレムとマフティロへ任せて自分の子どもたちの面倒を見ていた。
「ああ、もう受け取ってたのか……」
「私たちにちゃんと育てられるかしら」
「俺が育てるよりちゃんと育つだろ」
少し不安げなホノーラに気休めを言う。ジーニェルは何か言いにくそうにしていた。
「それで、その……だな……」
ビスタークはジーニェルが何を言いたいのか察した。妻を見送ったばかりの者には言いづらかったのだろう。
「こいつの名前のことだろ? ちゃんと決めたぞ」
「そ、そうか。良かった」
「どんな名前?」
夫婦は前のめりに聞いてくる。
「フォスター」
妻レリアの旧姓である。輝星石と一緒に持ち歩いていた名前の書いてある紙を二人に渡した。ウォーリン家男子のミドルネームの頭文字は代々この世界の文字でZにあたるものだったためそれは特に考えることもなくそうしていた。ジーニェルも姓と頭文字はビスタークと同じであった。
「フォスター……。フォスターか……」
「意味は何かあるの?」
そう聞かれ返答に躊躇したがこう言っておいた。
「……レリアの親族の名前だ」
旧姓なので間違ってはいない。正直に言うのは何だか気恥ずかしかった。
「じゃあ、フォスター。今日から私がお母さんよ」
「俺がお父さんだぞ」
ぐずるのをやめたフォスターが二人を見て笑ったように見えた。それを見たビスタークは自分たちもこういう家族になれた未来があったのかもしれないと羨む思いを隠し、そっとその場を後にした。