残酷な描写あり
R-15
130 息子
レリアの霊と会話が出来たことでビスタークは普段の自分を取り戻せた。すぐそばで妻が自分を心配して見ている、そう思うと恥ずかしい行動は出来なかった。
それからは必要なことを淡々とこなした。完成した棺に妻の遺体ともう使わない彼女の服も一緒に燃やすため入れた。旅でレリアが身に纏っていたフード付きのマントだけは入れずに残しておいた。
次の日にレリアの遺品のマントを仕立て直してもらうためパージェ夫婦の作業場となっている家へと向かった。
「あ……ビスターク……」
パージェもその夫のクワインもレリアが亡くなったことを既に知っており、ビスタークに何と声をかけたらいいかわからない様子だった。ビスタークはそんなことに構わず持っていたマントを突き出した。
「これを俺に合わせて仕立て直してほしい」
「え? あ、はい」
パージェは戸惑いながら受け取った。マントの長さとビスタークの身長を確認しながら尋ねる。
「折り目をほどいて作り直しても少し長さが足りなくなるけど、それでもいい?」
「構わない。長さより首回りや頭のほうを合わせてくれ」
長さを測っている間、パージェはビスタークを気遣うように色々とレリアの生前の話をしてくれた。
「そうか……仲良くしてくれてありがとうな」
測り終えてからそう言うとパージェが泣き始めてしまった。昨日泣いていなかったらここで一緒に泣いてしまったかもしれない。みっともないところを見られなくて良かったと思いながら夫のクワインに慰めてやれよと目配せして作業場を後にした。
斜向かいにはジーニェル夫婦の食堂があるので顔を出した。
「ビスターク……」
ジーニェルとホノーラは仕込みの最中だった。ビスタークの顔を見るなりパージェと同じような反応をされた。
「レリアからの手紙、読んだか?」
出来るだけ感情を抑えて聞いたつもりだが、妻の名前を出したときに少し声が震えてしまった気がする。
「あ、うん。読んだわ。読んだけど……」
「お前はそれでいいのか?」
息子を養子に出すことについて夫婦は戸惑っていた。
「ああ。レリアに頼まれたことがあって、そのために旅に出るつもりだ。俺には育てられねえと思うしな。駄目か?」
そう聞くと困惑したような表情でホノーラが答える。
「ダメじゃないけど……本当に、いいの?」
「むしろ、頼みたい。ニア姉に頼もうかとも思ったんだが、もう三人いるしな。レリアも同じようなことを手紙に書いてたんだろ?」
「でもこういうことはもっと良く考えたほうがだな……」
「考えた結果だ。俺だと突然息子に危害を加えるおそれがあるからな」
それを聞き、はっとしたような顔をしてジーニェルとホノーラは黙ってしまった。何と言っていいのか言葉が出ない様子である。幼少期の事件のことを思い出したのかもしれないと思った。
「じゃあ、そういうことだからよろしくな」
「ちょ、ちょっと待て!」
「もう、いいだろ」
ジーニェルが出ていこうとしたビスタークを慌てて引き留める。
「名前! 名前はビスタークが考えるのよね?」
「そ、そうだ。それくらいはしてやれ。お前の息子なんだぞ!」
「ああ……俺は別にお前らに考えてもらってもいいんだが」
「ダメ! レリアさんだってそうして欲しいはずよ」
ホノーラに言い当てられてしまった。レリアからの手紙にも書かれていたのかもしれない。子どもにつける名前などすぐには思い付かない。気が重かった。
「……わかった。旅に出るまでには考える」
そう二人に告げて食堂を後にした。
神殿に戻ると赤ん坊の泣き声が聞こえた。そういえば何処に寝かせているのかも知らなかったな、と思い泣き声の出所を探した。そこはソレムの部屋だった。反対方向からソレムが早足でやってくるのが見えた。
「大神官が赤ん坊の面倒を見てるのか?」
「ちょっとだけじゃよ。二人ともやることがあるからその間だけじゃ。わしだって子育て経験があるし、孫の面倒をみたこともあるしのう」
ソレムは吸い口のついた陶器と蓋をされた瓶に入ったおそらく山羊乳と思われるものを持っていた。
「もう二年くらい早ければニアタの乳をあげられたんじゃがのう」
「マフティロから苦情が来そうだけどな」
ウォルシフの授乳が終わってから二年経っているのでもうニアタの母乳は出なくなっている。一度沸かして冷まし適温にした山羊乳は時停石を使って温度を保ってある。それを吸い口のついた陶器に入れ、傾けすぎないよう気を付けながら赤ん坊にやった。それを見ながらソレムに報告する。
「……こいつはジーニェルたちのところへ養子に出すことにした」
「なんじゃと?」
「レリアがもう話をつけてた。俺もさっき頼んできた」
ソレムは驚いたもののすぐに理解したようだった。
「お前はそれでいいんかの?」
「ああ。俺はレリアに頼まれたことがあるから、葬儀が終わったらまた旅に出る」
「……そうか……また行くんじゃな……」
何かを思うようにしんみりとした声をソレムが出したところでビスタークは息子を指差した。
「だから、俺にそれやらせてくれないか」
「……そうじゃな。それがいいじゃろ」
吸い口を赤ん坊の口から外すととたんに泣き出した。ソレムは泣かせたままビスタークへと渡す。
「悪い悪い。今やるから」
見よう見まねで山羊乳を与えた。与えると泣き止んだ。出来るだけ本人に吸わせるように平行を保ち吸う様子を見ながら呟く。
「お前も、本当の親がいなくなるんだな……」
「ビスターク……」
自分の子どもの頃を思い出して呟くとソレムが同情したように名前を呼んだ。誤魔化すように話題を振る。
「こいつの名前を考えてやらなきゃいけねえんだ。何か良いのないか?」
「うーむ……嫁さんとの縁のあるものとかはどうじゃ。親族の名前は知らんのか?」
「あいつの父親や兄貴の名前にするのは俺が混乱しそうだ」
「他にも世話になった人や先祖の名前とかはわからんのか?」
「……わかんねえな」
「じゃあ神話の本や自分の家系図から探すんじゃな」
「……そうだな」
飲ませ終わったところへちょうどニアタがノックして入ってきた。
「あら、ビスタークが父親っぽいことしてる」
「うるせえ」
「飲み終わったならげっぷさせなきゃ。できる?」
「出来ない」
「じゃあ貸して」
縦抱きにし肩へ赤ん坊の顔を乗せる。背中を擦りとんとん、と軽く叩くと噯気が出た。慣れたものだな、と思っているとニアタに聞かれた。
「棺に入れるお花を咲かせないとならないんだけど……ビスタークが用意する?」
「あー……そうするかな」
「咲花石と種の場所はわかるわよね?」
「ああ」
咲花石とは種や球根が一つあれば一定区画を花畑にできるという神の石である。神殿の物置に葬儀用として常備してあるのだ。ニアタの許可を得ているので物置から石と種を取り、神殿横の崖沿いの空き地で使った。大きな花弁の白い花が一帯に咲いた。レリアの紫の髪色には白い花が似合うと思ったので白い花と書かれている種を選んだのだ。花を刈り取り持ってきた籠に入れ、レリアの棺の周りに納めた。時停石があるので遺体と花は綺麗なままだ。
「このまま燃やさずにずっとここに置いておこうか……」
それをしてはいけないことはわかっているが、つい口から未練が出てしまった。そばで妻が駄目と言っている気がする。そんなことをすればレリアの霊魂が疲れ果て、悪霊になってしまう。悪霊になると魂がずっと苦しむと言われている。苦しい思いはさせたくない。首を振って今の呟きを自身で否定した。
気分を変えるために空気を入れ換えようと窓を開けた。外から入ってきた風が机の上に置きっぱなしとなっていた筆談の紙の束を捲る。それをもう一度手にとって読み始めた。昨日読んだときには感情が昂って泣いてしまったが、今日はもう落ち着いて読むことが出来た。そして読み返しているうちに息子へ付ける名前を決めていた。
それからは必要なことを淡々とこなした。完成した棺に妻の遺体ともう使わない彼女の服も一緒に燃やすため入れた。旅でレリアが身に纏っていたフード付きのマントだけは入れずに残しておいた。
次の日にレリアの遺品のマントを仕立て直してもらうためパージェ夫婦の作業場となっている家へと向かった。
「あ……ビスターク……」
パージェもその夫のクワインもレリアが亡くなったことを既に知っており、ビスタークに何と声をかけたらいいかわからない様子だった。ビスタークはそんなことに構わず持っていたマントを突き出した。
「これを俺に合わせて仕立て直してほしい」
「え? あ、はい」
パージェは戸惑いながら受け取った。マントの長さとビスタークの身長を確認しながら尋ねる。
「折り目をほどいて作り直しても少し長さが足りなくなるけど、それでもいい?」
「構わない。長さより首回りや頭のほうを合わせてくれ」
長さを測っている間、パージェはビスタークを気遣うように色々とレリアの生前の話をしてくれた。
「そうか……仲良くしてくれてありがとうな」
測り終えてからそう言うとパージェが泣き始めてしまった。昨日泣いていなかったらここで一緒に泣いてしまったかもしれない。みっともないところを見られなくて良かったと思いながら夫のクワインに慰めてやれよと目配せして作業場を後にした。
斜向かいにはジーニェル夫婦の食堂があるので顔を出した。
「ビスターク……」
ジーニェルとホノーラは仕込みの最中だった。ビスタークの顔を見るなりパージェと同じような反応をされた。
「レリアからの手紙、読んだか?」
出来るだけ感情を抑えて聞いたつもりだが、妻の名前を出したときに少し声が震えてしまった気がする。
「あ、うん。読んだわ。読んだけど……」
「お前はそれでいいのか?」
息子を養子に出すことについて夫婦は戸惑っていた。
「ああ。レリアに頼まれたことがあって、そのために旅に出るつもりだ。俺には育てられねえと思うしな。駄目か?」
そう聞くと困惑したような表情でホノーラが答える。
「ダメじゃないけど……本当に、いいの?」
「むしろ、頼みたい。ニア姉に頼もうかとも思ったんだが、もう三人いるしな。レリアも同じようなことを手紙に書いてたんだろ?」
「でもこういうことはもっと良く考えたほうがだな……」
「考えた結果だ。俺だと突然息子に危害を加えるおそれがあるからな」
それを聞き、はっとしたような顔をしてジーニェルとホノーラは黙ってしまった。何と言っていいのか言葉が出ない様子である。幼少期の事件のことを思い出したのかもしれないと思った。
「じゃあ、そういうことだからよろしくな」
「ちょ、ちょっと待て!」
「もう、いいだろ」
ジーニェルが出ていこうとしたビスタークを慌てて引き留める。
「名前! 名前はビスタークが考えるのよね?」
「そ、そうだ。それくらいはしてやれ。お前の息子なんだぞ!」
「ああ……俺は別にお前らに考えてもらってもいいんだが」
「ダメ! レリアさんだってそうして欲しいはずよ」
ホノーラに言い当てられてしまった。レリアからの手紙にも書かれていたのかもしれない。子どもにつける名前などすぐには思い付かない。気が重かった。
「……わかった。旅に出るまでには考える」
そう二人に告げて食堂を後にした。
神殿に戻ると赤ん坊の泣き声が聞こえた。そういえば何処に寝かせているのかも知らなかったな、と思い泣き声の出所を探した。そこはソレムの部屋だった。反対方向からソレムが早足でやってくるのが見えた。
「大神官が赤ん坊の面倒を見てるのか?」
「ちょっとだけじゃよ。二人ともやることがあるからその間だけじゃ。わしだって子育て経験があるし、孫の面倒をみたこともあるしのう」
ソレムは吸い口のついた陶器と蓋をされた瓶に入ったおそらく山羊乳と思われるものを持っていた。
「もう二年くらい早ければニアタの乳をあげられたんじゃがのう」
「マフティロから苦情が来そうだけどな」
ウォルシフの授乳が終わってから二年経っているのでもうニアタの母乳は出なくなっている。一度沸かして冷まし適温にした山羊乳は時停石を使って温度を保ってある。それを吸い口のついた陶器に入れ、傾けすぎないよう気を付けながら赤ん坊にやった。それを見ながらソレムに報告する。
「……こいつはジーニェルたちのところへ養子に出すことにした」
「なんじゃと?」
「レリアがもう話をつけてた。俺もさっき頼んできた」
ソレムは驚いたもののすぐに理解したようだった。
「お前はそれでいいんかの?」
「ああ。俺はレリアに頼まれたことがあるから、葬儀が終わったらまた旅に出る」
「……そうか……また行くんじゃな……」
何かを思うようにしんみりとした声をソレムが出したところでビスタークは息子を指差した。
「だから、俺にそれやらせてくれないか」
「……そうじゃな。それがいいじゃろ」
吸い口を赤ん坊の口から外すととたんに泣き出した。ソレムは泣かせたままビスタークへと渡す。
「悪い悪い。今やるから」
見よう見まねで山羊乳を与えた。与えると泣き止んだ。出来るだけ本人に吸わせるように平行を保ち吸う様子を見ながら呟く。
「お前も、本当の親がいなくなるんだな……」
「ビスターク……」
自分の子どもの頃を思い出して呟くとソレムが同情したように名前を呼んだ。誤魔化すように話題を振る。
「こいつの名前を考えてやらなきゃいけねえんだ。何か良いのないか?」
「うーむ……嫁さんとの縁のあるものとかはどうじゃ。親族の名前は知らんのか?」
「あいつの父親や兄貴の名前にするのは俺が混乱しそうだ」
「他にも世話になった人や先祖の名前とかはわからんのか?」
「……わかんねえな」
「じゃあ神話の本や自分の家系図から探すんじゃな」
「……そうだな」
飲ませ終わったところへちょうどニアタがノックして入ってきた。
「あら、ビスタークが父親っぽいことしてる」
「うるせえ」
「飲み終わったならげっぷさせなきゃ。できる?」
「出来ない」
「じゃあ貸して」
縦抱きにし肩へ赤ん坊の顔を乗せる。背中を擦りとんとん、と軽く叩くと噯気が出た。慣れたものだな、と思っているとニアタに聞かれた。
「棺に入れるお花を咲かせないとならないんだけど……ビスタークが用意する?」
「あー……そうするかな」
「咲花石と種の場所はわかるわよね?」
「ああ」
咲花石とは種や球根が一つあれば一定区画を花畑にできるという神の石である。神殿の物置に葬儀用として常備してあるのだ。ニアタの許可を得ているので物置から石と種を取り、神殿横の崖沿いの空き地で使った。大きな花弁の白い花が一帯に咲いた。レリアの紫の髪色には白い花が似合うと思ったので白い花と書かれている種を選んだのだ。花を刈り取り持ってきた籠に入れ、レリアの棺の周りに納めた。時停石があるので遺体と花は綺麗なままだ。
「このまま燃やさずにずっとここに置いておこうか……」
それをしてはいけないことはわかっているが、つい口から未練が出てしまった。そばで妻が駄目と言っている気がする。そんなことをすればレリアの霊魂が疲れ果て、悪霊になってしまう。悪霊になると魂がずっと苦しむと言われている。苦しい思いはさせたくない。首を振って今の呟きを自身で否定した。
気分を変えるために空気を入れ換えようと窓を開けた。外から入ってきた風が机の上に置きっぱなしとなっていた筆談の紙の束を捲る。それをもう一度手にとって読み始めた。昨日読んだときには感情が昂って泣いてしまったが、今日はもう落ち着いて読むことが出来た。そして読み返しているうちに息子へ付ける名前を決めていた。