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作者: 結城貴美
残酷な描写あり R-15
123 運動
 しばらくは穏やかな日々が続いた。レリアは体力がついてきたおかげで寝込むことが以前より少なくなっていた。新たにしつらえた神官服を纏い、飛翔神の神官として仕事をしていた。

 何か大事な物が壊れたときに物の時間を一日前の姿に戻す時修石リペダイトという神の石を使うことがある。しかしかなりの理力を使うのでそれは神官が町民から依頼を受けて行っている。レリアは体力こそ無いものの理力はかなりあった。大抵は一番理力の高いマフティロが請け負うが子どもの授業など他の仕事がある場合はレリアが時修石リペダイトを使う仕事をするようになった。

 依頼先までは護衛という名目でビスタークがついて行った。倒れることを危惧してである。過保護だと言われたりからかわれたりしたが、本当に倒れるところを見たことがあるのでそんなことは気にしなかった。

 レリアが外に出るのはこの仕事のときとジーニェルの店に行くときくらいだったため、顔を全く合わさない町民もいた。普段は執務室に籠り会計などの書類業務をしているので滅多に町民の目に触れないのだ。祈祷集会のときには一応顔を出していたのだが、町民が一斉に集まるのでそれに紛れてわからなかったようだ。そういう町民からは幻の存在という扱いをされていた。「ビスタークは結婚したらしいが嫁を見たことがない。本当にその嫁は存在するのか?」と言われることもあった。ただ「ビスタークは結婚してから雰囲気が変わった。接しやすくなった」と町民から評価されていたようだ。


 しばらく町で過ごした頃、待っていた物が届いた。

「レリアさん宛に手紙が来てるわよ」

 ニアタに渡された手紙は予想通りストロワ達からのものだった。書かれている住所は命の都ライヴェロスとなっている。レリアは大変に喜んで仕事を終え自室に戻ってからゆっくり読んでいた。

 ビスタークもレリアが読み終わった後に読ませてもらった。三人分の手紙が入っていて読むのに時間がかかったが、全員がレリアの体調と飛翔神の町リフェイオスで上手くやっていけているかという心配の内容だった。キナノスはそれに加えてビスタークが浮気をしていないかという心配もしていた。レリアが返事を書くというのでそんなことはしていないと書いておいてくれと頼んだ。

 手紙によると命の都ライヴェロスの試験は一筋縄ではいかないそうだ。命の都ライヴェロスに攻撃された過去を踏まえ、住民への避難指示の仕方や訓練、必要な物資の確保、怪我人の救助や手当てなど一連の流れを想定して動くことを求められるのだという。実習形式の試験が多いらしく、レリアが一緒に神官見習いとして来ていたら体力が持たなかったかもしれないと書かれていた。

【やっぱりこの町に住み着いて正解だったわ】
「結果論だろ……」
【まだ嫌な思いもしてないし、向こうに合流しなくても大丈夫よね?】
「俺はいつ出て行ってもいいんだけどな」

 レリアは少し考えてから手話で再度話し始める。

【貴方がつらい思いをしているなら家族のところへ行くけど、つらいの?】
「別にそういうわけじゃ……」

 本当に今のところ嫌な思いはしていないのだが、ビスタークはこう言われて素直に「つらい」と言える男ではなかった。そしてそれはレリアにもわかっているはずで、町から出ていくとビスタークが言い出さないようにわざと聞いているのかと感じた。

「お前、うちの町のこと気に入ったのか?」

 そう言うとレリアはにっこり笑って頷いた。

【神殿の皆さん優しいし】
「お前はあまり外に出ないもんな」
【外に行ったときも嫌な思いしたことないし】
「俺が見張ってるからな」
【そうね】

 なにか含んだような笑みを浮かべている。自分がビスタークに愛されている自信があるような笑顔であった。

【じゃあ向こうへ送る手紙を書くわね。「こっちで幸せに暮らしているから当分そちらへは合流しません」って】
「そうだな。お前の体力のこともあるから『当分』だな。いつ嫌な目に合うかわからねえしな」
【きっと大丈夫よ】
「根拠の無い自信だな」
【今まで何事もなく暮らしていけてるのが根拠よ】
「まあ、幸せならいいけどよ、何かあったら我慢するなよ」
【はい】

 ビスタークの気遣いが嬉しいのか柔らかい笑顔を浮かべて頷いた。それから何かねだるような素振りを見せてからビスタークへ伝えてくる。

【じゃあそろそろ赤ちゃんのこと考えてもいい?】
「それは考えないでくれ」

 即答した。何故そんなに子どもが欲しいのか本気でわからなかった。睨むような目でレリアを見るが全然気にしていないようだ。元々そうだったのか段々そうなっていったのかわからないが意外と性格が図太い。

【だって私、体力だいぶついたと思わない?】
「確かに前よりは良くなったが、それでも普通の奴よりひ弱なことにはかわりないだろ」
【じゃあもっと頑張るね】

 手話でそう言われ、それには同意する。

「まあ丈夫になるのは良いことだ」
【そうしたら赤ちゃん作るの許してくれるよね?】
「それは別だ」

 明らかにがっかりした表情である。ビスタークは少しため息をついてから話して聞かせる。

「あのな、レリア」

 少し真剣な声色にレリアが視線を合わせてくる。

「お前が子どもを産んでもしものことがあったら、俺は……」

 最悪のことを想像して、言葉に詰まってしまった。そんなことがあってたまるか、そうさせないために言うのだ、そう思いながら言葉を続ける。

「俺は……その子どもを許せないと思う」

 妻は悲しそうでいて怒ったようでもある表情を浮かべている。

【勝手に私が死ぬ想像して悲しくならないで】
「すまん。でも本当に心配なんだ」
【そう簡単には死なないつもりよ。なんで赤ちゃん産んだら死ぬって決めつけてるの】
「ガキを産むって大変なんだぞ。お前は人の出産してるところを見たことあるのか?」
【話は聞いてるわ】

 ビスタークはニアタの出産を二度経験している。真横で見ていたわけではないが、部屋の外で叫び声を聞いていた。出産というのは命懸けなのだと思い知った。そんな大変なことを身体の弱い愛する妻にさせたくなかった。ビスタークがそんな不安を抱いているのをよそにレリアは楽しそうに手話で話している。

【男の子だったら貴方に似て格好良くなると思うの。貴方の子どもの頃がどんな姿をしていたのかそれで想像できるし、私は男の子がいいな】
「作らねえって言ってるだろ」
【作る行為はするくせに】
「う……」

 もっともな指摘だった。ビスタークが次の言葉を言えずにいるとレリアが気にせず続ける。

【真面目な話、私の体質じゃ赤ちゃん出来にくいと思ってるの】
「ああ……まあ、そうかもな」

 レリアは幼少期の「例の薬」の摂取で身体が弱い。さらに生理不順だったのでビスタークは納得した。

【だからもう避妊やめたくて】

 生理の際に経血を吸い取る女性石マレファイトは避妊具としても利用できる。便宜上「神の石」とされているが柔らかいのだ。

「いや、だから万が一があったら俺が後悔するから……」
【大丈夫。そう簡単に死んだりしないから】
「その自信はどこから来るんだ」

 話がずっと平行線である。

【鍛える】
「は?」
【貴方の訓練に付き合って私も運動して身体を鍛える】
「……お前は腕立て伏せの姿勢すらろくに出来ねえじゃねえか」

 確かにそうなのでレリアは難しい表情をした。

【じゃあ貴方の訓練している間、ずっと歩くことにする】

 日常生活に支障が出る程度の筋力しかないレリアには訓練で行っているような運動はまず無理だろうということで、ビスタークが訓練している間、訓練場を含めた神殿内を歩くことになった。そのおかげか前より食べる量も増えていき健康と言えるくらいにはなってきた。

 レリアの妊娠が発覚したのはそれから半年経ってからだった。
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