▼詳細検索を開く
作者: 結城貴美
残酷な描写あり R-15
124 懐妊
【どうして喜んでくれないの?】
「だってお前、本当に産めるのか?」
【産めるよ!】

 レリアの妊娠が発覚してすぐ夫婦で揉めることになった。ビスタークにとっては妻の健康が第一で子どもなんぞは二の次だったからだ。レリアは手話なので周りにはビスタークが怒っている声だけが響く。

「まあまあ。今更どうにもならんことじゃろ」
「そうよ。もうお腹にいるんだから今さらよ。そんなことより、母子ともに健康に過ごせるようにすることが一番大事よ」
「……わかったよ」

 ソレムとニアタに宥められ、ビスタークは憮然とした表情をしながらも矛をおさめた。レリアは勝ち誇った表情をしている。

 女性石マレファイトを利用して避妊していたはずだったのだが、何時からそうだったのかレリアはビスタークを欺いていたらしい。何か様子がおかしかったので問い詰めると視線を反らしたのだ。妻の嘘がつけない性格を利用して追い詰めていくことで発覚した。

「はあ……もう出来ちまったもんはしょうがねえか……。頼むから、無事に産んでくれよ……」

 そう言うとレリアは笑顔になり頷いた。


 ちょうどその頃、ストロワ達から手紙が届いた。

 命の都ライヴェロスで出会った女性が他の都の試験に幾つか受かっていたので破壊神の神官に誘えないか考えているらしい。ただ、信頼出来るかどうかはまだわからないので見極めているところだという。候補の神官が情報を得て問題を起こす可能性があるかもしれないので、もしかしたら手紙を送りづらくなるかもしれないが家族はいつでもレリアの幸せを願っていると、手紙が途絶えてもそれは同じだと書かれていた。
 また、そろそろ命の都ライヴェロスの試験を突破出来そうだとも書いてあった。試験に受かり次第炎の都フィルバルネスへ向かうそうだ。

【じゃあ炎の都フィルバルネス宛に手紙を書かないとね】
「送っても大丈夫なのか?」
【それくらいは大丈夫じゃない? 宛名はお父さんにしておくから直接渡してもらえるでしょ。その候補の人の手には渡らないと思う】

 レリアは子を宿したのでそちらへは合流できないことを書き綴り、炎の都フィルバルネスの神殿宛にストロワ達への手紙を送っていた。

 それからレリアはすぐに酷い悪阻に悩まされることになった。殆ど起き上がれず嘔吐するばかりである。落ち着いた時に食欲石アティペイトの効果を使って食べることは出来るのだが何とか胃に入れても殆ど吐いてしまう。それでも何も口にしないよりかはマシらしい。それに加えて胃に刺激をあまり与えないように果汁とスープをほんの少しずつ与えて何とかしのいでいた。妊娠前にはかなり健康になっていたのだが、みるみるうちに痩せていってしまった。食欲石アティペイトが無かったらもっと酷かったのかと思うとぞっとした。

「だから、俺は反対だったんだ……」

 悲痛な表情でベッドに横たわる妻に訴えた。

【この時期さえ過ぎれば大丈夫だから、そんなに心配しないで】

 手話でそう伝え一度ビスタークの手を握ってから再度手話で話し始める。

【それより、仕事出来なくてごめんなさいってお義姉さんに伝えて】
「そんなことは気にしなくていい。ニア姉もそう言ってる」

 レリアは弱々しく笑う。

【暗い話をすると余計に具合が悪くなる気がするから楽しい話をしましょう】
「こんな時に楽しい話なんか思いつかねえよ」
【生まれてくる赤ちゃんの話はどう?】
「……俺は別に楽しみにしてねえし」

 自分が親になるなんてとても考えられなかった。最愛の妻の健康状態に問題を起こす厄介者としか思えない。レリアはそんなビスタークを弱々しく微笑みながら見ている。

【前も言ったと思うけど、私は男の子がいいなと思ってるし、そうじゃないかなと思ってるの】
「……お前がそれで気が紛れるなら話題に乗ってやるよ」

 ビスタークは軽くため息をついてから話を続けた。

「俺は男は嫌だな。俺に似た男のガキなんてクソ生意気で可愛げの無い悪ガキに決まってる」
【そんなことないわ。きっと優しい子になるわよ】

 レリアは首を傾げて聞いてきた。

【じゃあ貴方は女の子がいいの?】
「まあ息子より娘のほうがいいな。それでお前に似てくれればいい」
【貴方に似た女の子だったら?】
「げっ……考えてなかったが最悪だなそれは……」

 レリアが笑いながら手を動かす。

【きっと可愛いわ】
「……少し気分が良くなったみたいだな。ちょっとでいいから果汁でも飲んでおけ」

 酸味のある柑橘系の果汁をスプーンで口に運んでやった。一匙ずつくらいだと吐き気もあまり出ないで済むようだ。ほんの少しでも栄養を摂らせたかった。

「俺に似てる娘は嫌だがお前に似てる息子ならいいかもな」
【身体が弱くないといいけど】
「あの薬のせいなんだから遺伝はしないだろ。それより」

 ビスタークの表情が歪む。

「……子どもに痣が無いといいけどな」

 右頬を触りながら呟く夫を見てレリアも悲しそうな表情をしながら応える。

【ご両親にも痣があったの?】
「いや、覚えてない。少なくとも顔には無かったと思うが」

 ビスタークの右頬にある切り傷のような痣を見ながらレリアは話を続ける。

【こんなこと言うと気を悪くするかもしれないけど……】
「なんだ」
【私は貴方の痣、好きよ】
「はあ?」
【前も言ったけどお揃いだもの】

 自分の首の傷を触ってからそう手話で伝える。

「……俺はお前の傷が憎いけどな。これのせいで俺はお前の声を知らない。誰がこんなことしやがったんだ。相手がわかるならお前の代わりに復讐してやりたい」

 レリアはビスタークが苛立っていることを少し嬉しく思ったようで微笑んだ。

【でも、普通の家族のところに生まれて過ごしていたら貴方に会えなかったかもしれないの。だから私はこれで良かったと思ってる】
「そうかもしれないが……」

 そのせいで身体が弱くなってこうやって寝込んでいるんじゃないか、とブツブツ文句を言う。

「保護される前のことは全然覚えてないのか?」

 妻は頷いてから伝える。

【でもきっと首を絞められたりとかあったんだろうなっていうのはわかるわ。首回りが窮屈だと凄く恐ろしい感じがするもの】
闇の都ニグートスで捜査とかしてくれなかったのか?」
【何かしらはしてくれてたと思うけど、大陸内のことじゃないと思うから】
「船に乗ってたって言ってたもんな……」

 暗い話になってしまったので何か明るめの話題をと考え直し、話題をずらす。

「お前はいつからあの家族と一緒になったんだ?」

 自分の過去を人に話せるようなものではなかったため、あまりこちらから人の過去を無遠慮に聞かないようにしていたのだ。しかしそのせいで妻の人生をあまり知らない状態になってしまった。家族を懐かしむ話なら嫌な気持ちにはならないだろうと聞いてみることにした。

【お父さんは臨時で雇われている神官というような感じで闇の神殿内の孤児院で働いてたの。そこに私と姉さんがいて、兄さんは神殿内の宿舎に住んでたからよく遊びに来てて】
「殆ど最初から家族だったわけか。俺と大神官とニア姉みたいなもんだな」

 自分の状況に当てはめて納得した。

【私が寝込んでたときはこうやって家族がそばにいてくれたなあ】
「会いたいか?」
【会いたいといえば会いたいけど、かわりに貴方がいるから。もう私の家族は貴方だから】

 レリアは微笑む。

【それにもう一人増えるしね】

 そう手話で伝えてから自分のお腹を擦っている。顔色は悪いがその姿がとても美しいと思った。レリアはビスタークの手を取り自分のお腹に当てる。

【家族三人で幸せになりましょうね】

 ビスタークにはまだ親になるという感覚は無いが、体調が悪くとも幸せそうなレリアの笑顔を見て子どもがいるのも悪くないかもしれないと思い始めた。
Twitter