残酷な描写あり
R-15
122 日常
前より体力がついていたからなのか、次の日にはレリアの熱が下がり、さらに次の日には起き上がれるようになった。それでも動けるようになった当日の運動は神殿の周りを散歩させる程度に留めておいた。本当は町を歩いて案内したかったのだが、もう少し体力がついてからにしようと思った。
そのかわり反力石で空高く浮き上がり、町の全容を説明した。レリアは最初こそ怖がっていたものの、慣れてからは楽しんでいた。
【なんだか懐かしい気がするわ】
「え?」
【貴方の故郷だからそんな気持ちになるのかしらね】
本当に懐かしんでいるかのような表情だった。
「そういうもんかね。俺のほうは懐かしいとも思ってねえんだけどな」
自分の幼少期に住んでいた家も見えるので少し気持ちが沈んでいる。懐かしいとは思えなかった。逆にレリアが育った場所を見たらそういう気持ちになれるのだろうか。そんなことを考えているとレリアがビスタークの感情を読み取ってしまったらしく悲しそうな表情をさせてしまった。もうすっかり吹っ切れたと思っていたのだが、まだ完全には癒えていないのだと思い知らされた。
誤魔化すように今後の話をする。
「あそこに従兄がやってる食堂があるんだ。もう少し体力がついたら紹介がてら食事しに行こう」
そう言うと笑顔で頷いた。
レリアにとって厳しいのは神殿前にある階段だ。町を見てまわる場合、最後の一番体力が残っていないときに上り階段が待っている。まあいざとなればビスタークが抱えればいいのだが、体力向上という目的があるので自力で楽に上れるくらいにはなって欲しかったのだ。そのくらい体力がつけば寝込むことも少なくなるかもしれないと考えていた。
現状では夫婦生活もままならないのだ。行為の翌日は立ち上がれなくなってしまう。そんな状態で子どもが欲しいなどとよく言えるものだと思う。レリアがそんな状態のためビスタークは子どもが欲しいなどと思っていない。今この場に存在していない子どもよりレリアのほうがずっと大事であった。
元気になったので仕事をさせてほしいとレリアが神官達に伝えた。寝込んでいて迷惑をかけっぱなしなのが申し訳ないのだという。
「病み上がりなんだからそんなこと気にしなくてもいいのに……」
そう言われてからレリアは一枚の紙を差し出した。ニアタとマフティロがそれを確認すると驚いている。
「うちの町所属で神官登録したの!?」
「えっ!?」
ビスタークも初耳であった。紙をニアタから奪い取り確認する。
「お前……」
水の都でレリアだけ手続きに時間がかかっていたのはこのせいだったのかと思った。これは確信犯に違いない、ビスタークは妻と目を合わせて軽く睨んだ。するとレリアは舌を少し出していたずらっぽく笑った。
「お前なあ……家族と一緒に行くつもりなかっただろ。最初からずっとここで暮らすつもりだったのか?」
コクンと頷いた。
【だって絶対みんなに反対されるし】
「そりゃそうだ。家族と離れるのはお前だって寂しがってたろ」
【それでも落ち着いて新婚生活したかったから。赤ちゃんも欲しいし】
「だから、それは……」
ビスタークはニアタ達の前なので手話に切り替えた。
【抱いた次の日に起き上がれないようじゃ子どもなんか産めないって言ってるだろ】
【頑張って体力つけるようにしてるし、実際前よりかは良くなってるでしょ?】
今までも何度も同じやり取りをしているのだが、堂々巡りをしている。そこでマフティロが口を挟んだ。
「えっと……二人に言っておきたいんだが……。僕は、手話わかるからね?」
ビスタークとレリアの動きが止まった。レリアはみるみるうちに顔が赤くなっていく。手話での会話の内容を全く理解していないニアタが呑気に言う。
「そうなんだ。やっぱり大神官候補だったから?」
「うん。勉強したよ」
「やっぱりそういうところはすごいわね」
最愛の妻ニアタに褒められデレデレしていたが、ビスタークの呆れた眼差しに気付いて軽く咳払いしてから本題に入った。
「体力が無くてもできる仕事というと、書類仕事になると思うけど、それでいいのかな?」
【はい。ここでの仕事の流れを教えていただければ大体のことはできると思います。あとは理力を使うものでしたらお役に立てるかと】
レリアはマフティロに手話で返答した。それを見てビスタークは苛立っていた。二人だけだった世界に余計なものが入り込んできたように感じたからだ。勿論レリアにそんなことは言わなかったが。
そしてレリアは育児に忙しいニアタのかわりに書類仕事を任されることになった。
従兄のジーニェルの店へ行くことが出来たのは三日後であった。
「おー、ビスターク! いつ来るかと待ってたんだぞ」
「いらっしゃい。まあ! 噂に聞いてた通り、綺麗なお嫁さんねー!」
食堂兼酒場の店を昼時に訪れるとジーニェルとホノーラの夫婦が歓迎してくれた。二人とも神殿に来てビスタークには会っていたのだが、その時はレリアが寝込んでいたため会うのはこれが初めてであった。
気を遣ってくれたのか店は貸切となっていた。直接耳に入っては来ないが、口が利けないことを揶揄する声もあったらしいので配慮してくれたのだろう。レリアは人前に出るときは首の傷を隠すためにずっとビスタークが贈ったスカーフを巻いていた。口が利けない理由は町の人間にはずっと隠し通した。何を言われるかわからなかったからだ。
神殿の家族や従兄夫婦はレリアが喋れない理由を突っ込んで聞いたりはしなかった。食事をしながら馴れ初めのことや旅の話など、レリアの手話をビスタークが通訳しながら話をした。
「お前、明るくなったな」
「ホントね、私もそう思うわ」
「ああ、自分でもそう思う。レリアのおかげだ」
そう言われてレリアは嬉しそうだった。
「子どもは考えてるの?」
「俺はいらねえ」
ホノーラに聞かれてビスタークは即答した。レリアが手話で文句を言っているが通訳しなかった。しかし表情でホノーラは察したらしい。
「レリアさんは赤ちゃん欲しいみたいだけど?」
「こいつの体力を考えてくれよ。子ども産むなんて無理だろ」
レリアは不満げな表情を隠さない。
「まあ、欲しくても出来ない場合もあるけどね。うちみたいに」
ホノーラは重い話をさらっと言ってのけた。何と言うべきか言葉が見つからない。どうしようかと思っているとホノーラは全く気にしない様子で話を続けた。
「まだ三十代だし、諦めたわけじゃないわよ」
「前から言ってるけど旅に出ようか? 出産神の町へ巡礼に行けば確実に子どもが授かるって話じゃないか」
ジーニェルがそう提案した。
「うーん……かなり遠いし、絶対そこまでして欲しいってわけでも無いのよ。自然に任せるわ」
レリアが反応する。
【出産神の町は以前行ったことがあります。当時は結婚なんて考えていませんでしたから自分には関係無いと思っていました。今なら行きたいですね】
風の都の近くにあり、神官の巡礼のついでに見聞を広めるためにもと寄ったのだという。レリアは行ったことがあるそうだ、と言うに留めた。
「神の石を買えばいいわけじゃないみたいだからね」
「眼神の町みたいに一人一人聖堂で祈るんだろ。相当な順番待ちになりそうだな」
「そうらしいわね。だからまあ行くのは無理なのよ」
おそらくホノーラは強がっている。自分達の子どもを切望しているが出産神の町が遠いから諦めたのだろう。かなりの日数をかけて辿り着いてもそこから何日待たされるのかもわからない。無念を感じる。
そんなに自分の子どもが欲しいもんかね、とその場にいる三人を見てビスタークは不思議に思っていた。
そのかわり反力石で空高く浮き上がり、町の全容を説明した。レリアは最初こそ怖がっていたものの、慣れてからは楽しんでいた。
【なんだか懐かしい気がするわ】
「え?」
【貴方の故郷だからそんな気持ちになるのかしらね】
本当に懐かしんでいるかのような表情だった。
「そういうもんかね。俺のほうは懐かしいとも思ってねえんだけどな」
自分の幼少期に住んでいた家も見えるので少し気持ちが沈んでいる。懐かしいとは思えなかった。逆にレリアが育った場所を見たらそういう気持ちになれるのだろうか。そんなことを考えているとレリアがビスタークの感情を読み取ってしまったらしく悲しそうな表情をさせてしまった。もうすっかり吹っ切れたと思っていたのだが、まだ完全には癒えていないのだと思い知らされた。
誤魔化すように今後の話をする。
「あそこに従兄がやってる食堂があるんだ。もう少し体力がついたら紹介がてら食事しに行こう」
そう言うと笑顔で頷いた。
レリアにとって厳しいのは神殿前にある階段だ。町を見てまわる場合、最後の一番体力が残っていないときに上り階段が待っている。まあいざとなればビスタークが抱えればいいのだが、体力向上という目的があるので自力で楽に上れるくらいにはなって欲しかったのだ。そのくらい体力がつけば寝込むことも少なくなるかもしれないと考えていた。
現状では夫婦生活もままならないのだ。行為の翌日は立ち上がれなくなってしまう。そんな状態で子どもが欲しいなどとよく言えるものだと思う。レリアがそんな状態のためビスタークは子どもが欲しいなどと思っていない。今この場に存在していない子どもよりレリアのほうがずっと大事であった。
元気になったので仕事をさせてほしいとレリアが神官達に伝えた。寝込んでいて迷惑をかけっぱなしなのが申し訳ないのだという。
「病み上がりなんだからそんなこと気にしなくてもいいのに……」
そう言われてからレリアは一枚の紙を差し出した。ニアタとマフティロがそれを確認すると驚いている。
「うちの町所属で神官登録したの!?」
「えっ!?」
ビスタークも初耳であった。紙をニアタから奪い取り確認する。
「お前……」
水の都でレリアだけ手続きに時間がかかっていたのはこのせいだったのかと思った。これは確信犯に違いない、ビスタークは妻と目を合わせて軽く睨んだ。するとレリアは舌を少し出していたずらっぽく笑った。
「お前なあ……家族と一緒に行くつもりなかっただろ。最初からずっとここで暮らすつもりだったのか?」
コクンと頷いた。
【だって絶対みんなに反対されるし】
「そりゃそうだ。家族と離れるのはお前だって寂しがってたろ」
【それでも落ち着いて新婚生活したかったから。赤ちゃんも欲しいし】
「だから、それは……」
ビスタークはニアタ達の前なので手話に切り替えた。
【抱いた次の日に起き上がれないようじゃ子どもなんか産めないって言ってるだろ】
【頑張って体力つけるようにしてるし、実際前よりかは良くなってるでしょ?】
今までも何度も同じやり取りをしているのだが、堂々巡りをしている。そこでマフティロが口を挟んだ。
「えっと……二人に言っておきたいんだが……。僕は、手話わかるからね?」
ビスタークとレリアの動きが止まった。レリアはみるみるうちに顔が赤くなっていく。手話での会話の内容を全く理解していないニアタが呑気に言う。
「そうなんだ。やっぱり大神官候補だったから?」
「うん。勉強したよ」
「やっぱりそういうところはすごいわね」
最愛の妻ニアタに褒められデレデレしていたが、ビスタークの呆れた眼差しに気付いて軽く咳払いしてから本題に入った。
「体力が無くてもできる仕事というと、書類仕事になると思うけど、それでいいのかな?」
【はい。ここでの仕事の流れを教えていただければ大体のことはできると思います。あとは理力を使うものでしたらお役に立てるかと】
レリアはマフティロに手話で返答した。それを見てビスタークは苛立っていた。二人だけだった世界に余計なものが入り込んできたように感じたからだ。勿論レリアにそんなことは言わなかったが。
そしてレリアは育児に忙しいニアタのかわりに書類仕事を任されることになった。
従兄のジーニェルの店へ行くことが出来たのは三日後であった。
「おー、ビスターク! いつ来るかと待ってたんだぞ」
「いらっしゃい。まあ! 噂に聞いてた通り、綺麗なお嫁さんねー!」
食堂兼酒場の店を昼時に訪れるとジーニェルとホノーラの夫婦が歓迎してくれた。二人とも神殿に来てビスタークには会っていたのだが、その時はレリアが寝込んでいたため会うのはこれが初めてであった。
気を遣ってくれたのか店は貸切となっていた。直接耳に入っては来ないが、口が利けないことを揶揄する声もあったらしいので配慮してくれたのだろう。レリアは人前に出るときは首の傷を隠すためにずっとビスタークが贈ったスカーフを巻いていた。口が利けない理由は町の人間にはずっと隠し通した。何を言われるかわからなかったからだ。
神殿の家族や従兄夫婦はレリアが喋れない理由を突っ込んで聞いたりはしなかった。食事をしながら馴れ初めのことや旅の話など、レリアの手話をビスタークが通訳しながら話をした。
「お前、明るくなったな」
「ホントね、私もそう思うわ」
「ああ、自分でもそう思う。レリアのおかげだ」
そう言われてレリアは嬉しそうだった。
「子どもは考えてるの?」
「俺はいらねえ」
ホノーラに聞かれてビスタークは即答した。レリアが手話で文句を言っているが通訳しなかった。しかし表情でホノーラは察したらしい。
「レリアさんは赤ちゃん欲しいみたいだけど?」
「こいつの体力を考えてくれよ。子ども産むなんて無理だろ」
レリアは不満げな表情を隠さない。
「まあ、欲しくても出来ない場合もあるけどね。うちみたいに」
ホノーラは重い話をさらっと言ってのけた。何と言うべきか言葉が見つからない。どうしようかと思っているとホノーラは全く気にしない様子で話を続けた。
「まだ三十代だし、諦めたわけじゃないわよ」
「前から言ってるけど旅に出ようか? 出産神の町へ巡礼に行けば確実に子どもが授かるって話じゃないか」
ジーニェルがそう提案した。
「うーん……かなり遠いし、絶対そこまでして欲しいってわけでも無いのよ。自然に任せるわ」
レリアが反応する。
【出産神の町は以前行ったことがあります。当時は結婚なんて考えていませんでしたから自分には関係無いと思っていました。今なら行きたいですね】
風の都の近くにあり、神官の巡礼のついでに見聞を広めるためにもと寄ったのだという。レリアは行ったことがあるそうだ、と言うに留めた。
「神の石を買えばいいわけじゃないみたいだからね」
「眼神の町みたいに一人一人聖堂で祈るんだろ。相当な順番待ちになりそうだな」
「そうらしいわね。だからまあ行くのは無理なのよ」
おそらくホノーラは強がっている。自分達の子どもを切望しているが出産神の町が遠いから諦めたのだろう。かなりの日数をかけて辿り着いてもそこから何日待たされるのかもわからない。無念を感じる。
そんなに自分の子どもが欲しいもんかね、とその場にいる三人を見てビスタークは不思議に思っていた。