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作者: 結城貴美
残酷な描写あり R-15
052 浄化
 コーシェルとウォルシフは一度悪霊の浄化を試してみたいと、途中までフォスター達についてくることになった。まず神殿に挨拶と頼まれていた仕事の引き継ぎをしてから出発した。昔世話になったという元隊長に挨拶しなくていいのかとビスタークへ尋ねたが『死んでるのに挨拶も何も無いだろ』と本人が言うのでやめておいた。

 フォスター達も食堂の主人であるクタイバに改めてお礼と別れの挨拶をした。リューナは昨日のうちに友達となったヨマリーへ友情石フリアイトの片割れを渡してお別れを済ませてきたようだった。

 眼神の町アークルスと港である錨神の町エンコルスの間には眼神の町アークルス管轄の宿泊所集落がある。町と町の間にあるいつもの簡易的な宿泊小屋の規模が大きくなった形だ。あまりに訪れる人及び帰る人々が多いため、船で移動する人数の倍くらいの部屋数が確保されているのである。そこまで神官兄弟たちと一緒に行動することとなった。

「俺らは盾に乗って行くけど、そっちはどうするんだ? 馬でも借りるのか?」
「その盾に掴まって移動しようと思ってるけど? なあ兄貴?」
「わしもそのつもりじゃよ」
「えっ、どういうこと? これ以上乗れないと思うぞ?」

 盾の面積的に四人は無理だろうと思った。

反力石リーペイトで浮きながら掴まってれば一緒に移動できるだろ?」
「えっ? ……それ端から見たら物凄く変じゃないか?」

 想像してみた。フォスターとリューナが真ん中で両脇にコーシェルとウォルシフが片手で掴まって浮いているところを。変だ。異様である。なんだあれ? と指を指されるに違いない。

「まあ……それはそうじゃのう」
「俺たち目立つのは困るんだよ」
「この盾だけで十分目立つよ。ここと港町の間は移動する人が多いし」
「うーん……」

 それならば馬車を使ったほうがいいだろうか、でもお金がかかるしな……などと考えているとビスタークが話しかけてきた。

『街道を使わずに少し遠回りすればいいじゃねえか』
「遠回りか。街道を遠目に見えるくらいの位置で平行に進めば道には迷わないか」
「それだと悪霊出る?」

 ウォルシフとコーシェルが帯を掴みながら話す。

『出てきたとしても距離があってわからないかもな』
「浄化したいんじゃからそれは困るのう」
「じゃあ、途中まで徒歩で悪霊が出て浄化が終わってから盾に乗るのはどうかな? そうすれば港へ行く人は俺たちを追い越して行くし、向かいから来る馬車が見えたら少し離れればいいだろ?」

 というウォルシフの案が採用された。

 馬車移動には金がかかるので徒歩移動する人もいる。ただ、眼神の町アークルスへ来るような人々はある程度金に余裕を持った者たちなのもあってあまり徒歩で移動する人はいない。四人はあまり急がずに歩き始めた。

「悪霊って夜にしか出ないんだと思ってた」

 フォスターがそう言うとウォルシフがふざけて答える。

「そんなことないよ。そこにいるのも昼夜関係ないだろ」

 ビスタークの帯を指差した。

『悪霊じゃねえって言ってんだろ。しつこいぞお前』

 そう文句を言ってから改めて説明する。

『あいつら動きが遅いだろ。俺たちが止まってる時じゃないと追い付けねえんだよ』
「あー、だから夜にしか出会わなかったのか」

 とりとめのない話をしながら半刻ほど歩いていると遠くの土が動いているように見えた。それはゆっくりとこちらへ近づいてくるように見える。

「あれか?」
「まだわからんのう」
「最初は俺からやっていい?」
「ええよ」
「待ってらんないからちょっと行ってくる」

 ウォルシフはそう言って走って行ってしまった。仕方ないので皆で歩いて追いかける。

「まだそうと決まったわけじゃないぞー」
「……たぶん、悪霊だと思うよ」

 フォスターが注意してすぐにリューナが肯定した。

「なんでそう思うんじゃ?」
「うん……なんかね、普通じゃない感じがするの」
「見えないとそういうのがわかるんかのう」

 本当に悪霊の白骨だったらしく、ウォルシフが立ち止まる。何か取り出して準備をしながら悪霊を待っているようだった。

「俺たち浄化ってよく知らないんだけど、どうやってすんの?」
「あー、ウォルシフがこれからやるじゃろ。早く行こう」

 三人はウォルシフに駆け寄っていった。もちろんリューナの手をひいて。

 ウォルシフは反力石リーペイトがたくさん連なった腕輪のような物を持っていた。

「ああやって地元の神の石をたくさん使ってな、死者が星になれるように神様にお祈りするんじゃよ」
「身体浮かないのか?」
「神官見習いは都で理力を止める訓練もするんじゃよ。まあ、家でもさせられたがの」

 ウォルシフが腕輪を握ったまま神へ祈るために手を組み何やら呟いている。神へ悪霊を浄化するようお願いするには言葉にする必要があるらしい。反力石リーペイトの腕輪が光り始めた。そして白骨の悪霊へ向かって腕輪を突き出した。

「空へ還れ!」

 そう言うと反力石リーペイトから光が放たれ白骨を包み込む。そのとたん白骨はきらきらと光りながら灰になった。魂が光りながら昇り星となって空へと上がって行ったが、昼間のため明るいのかそうでもないのかよくわからなかった。

「すげえ理力持っていかれた……」

 浄化の終わったウォルシフは額から目の辺りに手を当てて俯いている。とても疲労の色が濃いように思えた。しかしすぐ姿勢を伸ばし手を組み神へ感謝を祈った。それから手を合わせて死者へも祈ったので一緒に皆で同じように祈りを捧げた。

「まだいる……」

 リューナがそう呟いた。

「本当か? どこだ?」
「あっちのほう」
「うわ、近くまで来とる。じゃあ今度はわしがやるよ」

 コーシェルはリューナが示した方向へ近づいていったが、妹はフォスターの袖を引っ張ってまた他の存在を知らせてきた。
 
「あっちにもいるみたい」
「えっ、んー……あれかな。遠いな」
「俺、もう無理……」

 ウォルシフはへばっている。さっき姿勢を正したのは虚勢をはっていただけのようだ。

「まだ遠いし、コーシェルを待ってからにするか」

 コーシェルも同じように反力石リーペイトの腕輪を握り何かを呟いた後腕輪を突き出した。

「星になるが良い」

 言葉は何でも良いようだ。同じく光りながら灰になり、明るさのよくわからない星が空へと昇っていく。両手を合わせて祈りながら、葬儀を夜に行う理由がよくわかるな、と思った。

「確かに理力の消費が激しいのう。神の加護をもらうよりずっと消費量が多い」

 コーシェルはそう言っているがウォルシフより余裕があるようだ。

「神の加護って?」
「知らんか? 悪霊から身を守ってもらえるよう神様にお願いするんじゃ。悪霊がその場にいなくても加護はもらえるからの。そっちは講義中に実践済みじゃよ」

 そうなのか、と思った後で現在の状態を伝える。

「もう一体いるみたいなんだけど、どうする? ウォルシフは無理だってさ」
「んー……」

 コーシェルは少し考えて言った。

「出来なくは無いが、この後反力石リーペイトで浮きながら移動すると考えるとやめといたほうがいいかのう」
「じゃああれは俺が燃やしとくよ。リューナのことよろしく」
「わかった」

 白骨へ近づきながら呟く。

「親父は一体何人殺したんだ……」

 気軽に殺人をしているように思えてならなかった。

『仕方なかったんだよ。向こうは俺を殺す気でいたし、赤ん坊抱えて手加減なんか出来なかったしな』
「……」

 そうなのかもしれないが納得いかなかった。

 白骨の悪霊退治はこれで三回目だ。もう慣れたように頭蓋骨の上から地面へ叩きつけるように剣圧を与えてバラバラにし、腰骨や関節を砕いていった。そして頭蓋骨の上に火葬石カンドライトを載せ、薪が無かったので炎焼石バルネイトで直接火を着けた。

「熱っ」

 炎焼石バルネイトは手で持って火を着けるのには向いていない。例えるなら持った皿から火が出てくるようなものだ。必ず手が火傷する。

「無茶するのう。紙でも使えばよかったのに」
「一瞬だけだから平気だよ。舐めときゃ治る。それよりほら、祈らないと」

 火葬石カンドライトの青白い炎に包まれ魂が昇っていった。


 後には三種類の剣、盾、鎧が残った。

「じゃあ墓を作るか。ここなら人通りが多いから、何処の鎧なのか知ってる人が通るかもしれないし」
「お前いつもこんなことしてんの?」
「いつもって言ってもこれでやっと三回目だよ」

 簡易的な墓を作りながら三人は喋っていた。リューナは後ろで聞いているだけだ。

火葬石カンドライト持っとるとは思わんかったのう」
「浄化より絶対こっちのほうが楽だよな」

 ウォルシフはとても疲れた様子で羨ましそうに言う。

『身体が無い悪霊だったら燃やせねえんだから浄化は必要だぞ』
「親父が身体が無い悪霊は燃やせないから浄化は必要だって言ってる」
「まあ確かにそうじゃな」
「でも滅多にいないんだろ?」

 コーシェルが弟をたしなめる。

「じいちゃんが昔身体の無い悪霊を浄化したって言っとったし、対処できるようにしとかんと出てきたとき町に被害が出るからの。情けないこと言わずにもっと勉強して理力を増やすんじゃ」
『お前もだ』

 コーシェルとビスタークに勉強しろと言われた二人は嫌な顔をして返事はしなかった。
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