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作者: 結城貴美
残酷な描写あり R-15
053 宿場町
 墓を作り終わると休憩をすることになった。フォスターは日課の訓練を、コーシェルとウォルシフは仮眠をとることになった。街道から少し離れているのと樹木などの障害物がほとんどなく開けているため、何かが近づいてくればすぐにわかるのでリューナにも危険はなさそうだった。

 訓練を終わらせて先程火をつけるのに使った炎焼石バルネイトの上にフライパンを乗せ、昨日買っておいたベーコンの塊を切ってから焼いていく。ジューという焼ける音と匂いでコーシェルが起きてきた。ウォルシフは相当疲れたらしくまだ寝ている。

「良い匂いじゃのう。それ昼飯にするんか?」
「うん」
「わしらもご馳走になっても?」
「材料費くれるんならいいよ」
「しっかりしとるのう」

 フォスターの財布のひもは固い。

「私のぶん、減らない?」
「……減らないから大丈夫だよ」

 リューナが心配して聞いてきた。数日分の食材を買い込んでいたので費用さえもらえれば問題ない。
 卵も買ってあったので、一度ベーコンを皿へ取り出して目玉焼きも作る。丸いパンを半分に切り、厚切りのベーコンと目玉焼きを載せて塩を振って挟む。

「ほら、出来たよ」
「わーい、いただきます!」
「いただきます。うん、美味い。フォスターはこんなところでも料理するんじゃのう」
「食堂で働かせてもらったけどろくに料理はできなかったからな。簡単なのでもいいからやりたかったんだよ。やっと料理欲が少しだけ満たされた」
「料理欲ってもんがあるんか」

 食器洗いや提供業務が主だったため、料理は出来なかったのだ。

「食べ終わったらウォルシフを起こすかのう」
「匂いで一緒に起きるかと思ってたんだけどな」
「相当堪えたようじゃの。これで危機感持って理力を増やしてくれるとええんじゃが」

 フォスターは疑問に思って聞いた。

「まだ増やす必要あるのか? 将来の大神官はもうコーシェルで決まってるのに」
「わしに何かあったら継ぐのはコイツじゃぞ。増やしといたほうがええに決まっとる。前みたいに病気が流行ったら今度こそ町の神官が全滅するかもしれんのじゃからな」
「流行り病のときヤバかったんだっけ」
「じいちゃんだけになったからのう。その時はじいちゃんも母さんも大変じゃったと思うよ」
『あー、大変だったな。俺はまだ子どもだったが色々手伝わされたしな』

 ビスタークが昔を思い出して同意した。

「町の人で神官になりたいって人を募集すれば?」
「一応してるんじゃよ。勉強するのが嫌なのか誰も来ないがの。フォスターが神官やってくれてもええんじゃぞ?」
「……遠慮しとくよ」

 洗浄石クレアイトでフライパンと皿の汚れを取りながらフォスターは返事をした。

 その後起きてきたウォルシフに食事をさせ、皆で盾に乗った。二人はフォスターのマントの両側の裾を掴み、両側の後ろで浮いて移動した。向かいからやってくる馬車が見えると少し迂回したので少々時間はかかったが、夕方には宿泊所の集まる集落へとたどり着いた。

「ちょっと良い宿しか空いてなかった……」
「空いてただけいいじゃないか。俺たちなんか馬車が満席で帰れなくなっちゃったよ」
「港まで行くかここでもう一泊するかじゃが……明日も満席だと困るし、行くしか無いかのう」

 途中で予約がキャンセルされない限り空席は無いということだ。眼神の町アークルスへ行く目的の者ばかりなのでそれは難しいだろうと思われた。

「じゃあ錨神の町エンコルスまで一緒か」
「ちょっと良い宿ってことは、お風呂付いてるの?」
「付いてる。しかも部屋に」
「やった!」

 フォスターが出費のことを考えて苦い顔をする傍らリューナは喜んでいる。

「今回は隣の部屋じゃな」
「ちょっと高いけど二食付きの値段だしいいじゃないか」
「じゃあ部屋に一度行ったら早速夕飯にするか。昼飯少なめだったしな」
「うん!」

 おそらく足りなかったのであろう。リューナが喜んで返事をした。

『着いたばかりで様子がわかんねえから今日は鎧着けたままにしとけ』
「えー」
「? どうしたの?」
「親父が鎧着けたまま食堂行けって」
「まあしょうがないじゃろ。別の大陸や島から来た人間も多いからの」

 渋々鎧を着けたまま夕食をとることになった。席に着きリューナが言文石リーサイトでメニューを読んでいる間、フォスターは昼に出た話題を持ち出した。

「神官がいないって話だけどさあ、それなら二人とも早く結婚したほうがいいんじゃないのか?」
「ぐっ」
「それ言っちゃう?」

 コーシェルはそう言われたとたん苦い顔になり、ウォルシフはおどけることで誤魔化した。

「人の心をえぐらんでくれ。相手がいたらしとるわ!」
水の都シーウァテレスで良い出会いとかなかったのか?」
「あるわけないじゃろ。ずっと勉強してたわ。それにな、大抵の女性は背の高い男が好きなんじゃよ……」
「それだと背が高くてももてない俺はどうなるんだよ」
「まだあるわ。世界の果ての過疎地へ嫁に来てくれる人なんているわけないんじゃよ」
「出身地聞かれたことなんてないけどな」
「勇気を出して少しは女の子と交流したほうが良かったかのう……」
「俺は試験対策に必死だったからなあ……」

 二人とも遠い目をしている。

「コーシェルは今二十五歳だっけ?」
「そうじゃよ。親はこの歳のときにはとっくに結婚して三人産まれてたんじゃ。町に近い年齢の女の子がいれば良かったんじゃがのう」
「一番近い歳の女の子って言ったら姉ちゃんくらいだもんな」
「リューナは?」

 三人でリューナを見た。リューナは自分の名前が急に呼ばれてきょとんとしている。

「呼んだ?」
「……メニューを読むのに夢中で聞いてなかったな?」
「うん」
「二人の結婚相手にお前はどうかって話」

 リューナは目を丸くして叫ぶように言った。

「ええ!? やだ!」
「……わかっておったが、そうはっきり言われると傷つくのう……」
「悲しい」

 二人はうなだれている。

「え、あ、ごめんなさい。二人が嫌ってわけじゃなくて、結婚自体が嫌なだけだよ!」
「まあ、リューナちゃんはこの前まで子どもだったしのう、わしみたいなおじさんは嫌じゃろうからのう」
「数日前まで怖がられてたんだし、だいぶ懐いてくれただけで十分だよ……」
「リューナ……言い方が悪い……」

 近くにいた食堂の女性店員が話を聞いていたようで笑いを堪えているのが見えた。

「ご注文はお決まりですか?」
「あ、すみません。まだです」

 フォスターはメニューを離さないリューナを一瞥してから続けてこう言った。

「メニューの紙、もう一つ借りてもいいですか?」
「あ、はい。今持ってきますね」

 店員はすぐに持ってきてくれ、別のテーブルへ注文を聞きにいった。

「やめてください!」

 しばらくするとその店員が他の客に絡まれて叫んでいるのが聞こえてきた。見ると、二人組の男たちに腕を掴まれていた。

「ここはそういうお店じゃありません!」
「いいじゃねえか。高い金払ってんだからよ」
「ちゃんと接待しろよ」

 嫌がる店員を無理矢理引っ張っている。隣に侍らせて酒の相手をさせようというのだろう。止めさせに行こうかと思っているとコーシェルが既に近づいていた。

「おねーさん嫌がっとるんじゃからやめんか」

 店員の腕を掴んでいる男の腕を掴み店員から離した。

「あーもう、兄貴はすぐこうなんだから」

 ウォルシフが慌てて加勢に行く。フォスターも行こうかと思ったが、リューナを一人にするわけにはいかないので躊躇した。

『俺をリューナに渡せば行ってもいいぞ』

 ビスタークに許可をもらい、帯をリューナへ渡してフォスターも向かった。

「お前、俺たちに逆らって無事で済むと思うなよ?」
「ほー。どうなるんじゃ?」

 何か既視感を覚える状況だなとコーシェルは思った。

「俺たちの伯父はレプロベート商会の会長だぞ!」
「この店にも出資してるんだ。好きなように振る舞って何が悪い!」
「……」

 コーシェルは呆れて声が出なかった。この一族は馬鹿揃いなのだろうかと。

「その会長は今頃選挙の票を買収した罪で投獄されてるぜ?」

 ウォルシフは開いた口が塞がらないコーシェルの代わりに馬鹿二人へ今の眼神の町アークルスの状況を説明した。

「え?」
「な、そんなわけ……」

 馬鹿二人はオロオロし始めた。周りの客たちも加勢する。

「あー、それ本当だよ。この前の演説のとき空中に賄賂の受け渡しが映ってさ」
「あれはびっくりしたよなー」

 それを聞いた二人の顔色が青くなっていく。

「今頃は家宅捜索が入って余罪の証拠も押さえられとるんじゃないかのう」
「町に戻ったらあんたらも捕まるかもな」
「ちょうどそこに仕事の委託を受けた神衛かのえがおるからしょっぴいてもらおうかのう」

 コーシェルがちょうど近寄ってきたフォスターを見ながらそう言った。フォスターは「え、俺?」と思ったが、余計なことを言わないほうが良いと判断した。黙って二人を見下ろしただけなのだが、二人は慌てて店を出ていった。

「すまんのう、お姉さん。あいつらの酒代払わせられんかった」
「い、いえ! ありがとうございました。助かりました」
「大丈夫かな、職場的に。なんか出資してるとか言ってたろ」
「まー、もし困ったら眼神の神殿に頼ればええじゃろ。犯罪被害者扱いにしてもらえば。一筆書いとくよ」

 コーシェルはポケットから紙を取り出すとさらさらと神殿宛の依頼に自分の所属と名前を書き女性店員に渡した。

「もし店から解雇や嫌がらせなんかがあったら眼神の神官にこれを見せるとええよ」
「あ、ありがとうございます」

 店員の瞳が熱を帯びていたことにコーシェルは気が付かなかった。
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