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作者: 結城貴美
残酷な描写あり R-15
051 裏話
 フォスター達は仕事を終えた後、出してもらった賄いを厨房で食べた。リューナの食べっぷりに店員たちは驚いていたが、美味しそうに食べるので残っていた料理をあれもこれもと出してもらいリューナは大喜びだった。その後、部屋に戻ってからコーシェルとウォルシフがやってきて先程の騒動のことを最初から説明してくれた。

 二人は眼神の神官達から候補者のマイゼル周辺を探るよう頼まれていた。顔が知られていない別の町の人間だから警戒されないだろうという理由で頼まれたようだ。この食堂にいたのは息子のジェルクがよく来るから張っていたのだという。

「普通は他の町の奴なんかに頼まないと思うんだけどな」
「あんなのがもし町長になったら神の石が降臨しなくなるんじゃということでの。そうなったら大変なことになるから、誰でもいいから協力して欲しいっちゅうことじゃった」

 コーシェルはそこで問いかける。

「さて問題じゃ。ここの眼力石アークライトが出なくなったらどうなると思う?」
「え? ……まあ、目の悪い人達が困るだろうな。眼鏡関係の仕事も無くなるな」
「それももちろんあるがの、それだけじゃないんじゃ」
「他にはどんな困ることがあると思う?」

 ウォルシフが再度聞いてきたので今度はリューナが答えた。

「うーん……ここに来る人がいなくなっちゃうよね?」

 コーシェルが頷きながら説明する。

「そうじゃ。そうなるとな、宿の経営が成り立たなくなるんじゃ。もちろん食堂を利用する客も一気に減る。そうすると食材を扱ってる商会も農業などの仕事も収入が減る。つまり、一気に路頭に迷う人たちが出るんじゃ」
「この町だけじゃなく、半島全体に影響が出るんだよ」
「原因がはっきりしてるんだし、町長を即クビにすればいいんじゃないのか?」

 フォスターが疑問を呈した。

「そう簡単にはいかないんじゃよ。他の原因が無いかしっかり調査をした後で不信任投票をしなきゃならんから、最低でも半年くらいはかかるじゃろう」
「『大神官が眼力石アークライトを隠してる!』って言いがかりをつけられるかもしれないしな」
「そんなことあるの?」
「あるんじゃよ、これが」
「昔、他の町であったことなんだよ。神官の歴史の講義で教わるんだ」
「へえ……」

 ちゃんと勉強してきたんだな、と兄妹は感心した。他にも経済学や経営学など町の運営に関することを勉強してきたらしい。

「と、まあそういうわけで一週間くらい前からここに足止めされてたんじゃよ」

 この世界の一週間は十大神にちなみ十日である。曜日も十大神に合わせている。なお、一ヶ月は四十日あり、一年は十ヶ月である。

「一週間も? 宿代は向こうが持ってくれるのか?」

 フォスターは最近金勘定に敏感である。

「お前たちと会うまでは神殿の宿舎を借りてたんだよ。向こうの食事に飽きたのと、ここの食堂をあのバカ息子がよく使うって聞いて移動してきたんだ」

 お前たちと会うとは思わなかったけどな、とウォルシフが付け足した。

「あの何か変な形の透明な石は神殿から借りたのか?」
「そうじゃよ。あの石は記録石アルチヴァイトという物での、記録神アルチヴェスの石なんじゃ。悪用されんように色々制限があるがの」
「丸い部分に映した物をそのまま投影できるんだよ。しかも編集もできるんだ」
「編集が特に理力を凄く使うからわしはもうクタクタじゃよ。座ってもええか?」

 そう言いながらコーシェルはフォスターの使っているベッドに腰掛けた。

「理力たくさん使うと疲れるもんな。あ、それで何かやることがあるって言ってたのか」
「今すぐ寝たいのに無理矢理風呂に連れてかれたしのう」

 そういえばウォルシフに引き摺られて風呂まで来ていたな、とフォスターは思い返した。

「で、ここで張ってたらバカ息子が女の子を連れとったから何か撮れるかと思ったんじゃが、大したのが撮れなくての」
「その後に来た遊び相手の男に酔っぱらいながら会話してくれたおかげで結婚詐欺まがいのことをしてるのがわかったのさ」
「後先考えないバカで助かったわい」

 神官兄弟の話によると、ジェルクはバカ息子と呼ばれているように親が金持ちの為幼い頃から何でもわがまま放題だった。自分に逆らう者は親に甘えて排除してもらい、遊ぶ金も全て親からせしめていた。特に母親が一人息子であるジェルクに甘く、息子が全て正しい、周りが悪い、と本人に刷り込んでいたそうだ。
 候補者であるマイゼル本人はガードが固いため、息子のほうなら何か情報が漏れるのではないかとの話で狙っていたらしい。

 サーリィと呼ばれていた彼女の父親はこの町で一番大きなアプザルミーク商会の会長だそうだ。眼鏡のフレームを扱っており、それで大きな財産を築いてきた一族だという。複数の腕の良い職人達に出資し作成してもらい、それを販売する。先祖が始めた商売だがこれまでずっと順調に経営してきていた。眼鏡の町なのだから当然ではある。商会の歴史が長いため信用もあり高級品から庶民的なものまで幅広く独占販売している。それが一部から妬みの的となっていて、その妬んでいる者達がジェルクの父親を対立候補へ担ぎ上げたのだそうだ。

「候補者の父親のほうには神衛かのえの元隊長が護衛してたから、侵入捜査とかしてたのかと思った」
「お、よく知っとるな」
「親父が昔世話になったらしい」
「捕まったのか?」
『違う!』

 ビスタークが言ったウォルシフに抗議したがフォスターにしか聞こえていない。

「元隊長さんは囮役じゃよ」
「そんなの向こうが警戒するに決まってるだろ。前の神衛隊長だって知ってるだろうし。別の目立たないところに人を送り込んでるよ」
「たっかい料理を出す店とかにな」
「そこにこの石を仕込んでおいたのか」
「イイ画が撮れて神官たちが喜んでおったよ」
「神官がそんなことして喜んでていいのかよ」

 一歩間違えれば悪いのは神官側である。ただ悪用できないよう制限がある、と言っていたのでこういう場合はおそらく大丈夫なのだろう。そう納得することにした。

 ふと、また疑問に思ったことを聞く。

「アイツ、何か自己紹介してたよな?」
「おー、あれは言いがかりつけられた時に誘導がうまくいったんじゃよ」
「言いがかり?」
「盾借りて公園で乗ってたら子どもたちが寄って来てさ。それで乗せてあげてたら急に割り込んで『売れ』って言ってきた」
た?」

 フォスターが訝しげに聞き返す。

「行列になっちゃった」

 ウォルシフが軽く笑いながら肩をすくめる。

「何してんだよ……」
「お前らが目立ったわけじゃないんだからよかろ?」

 確かに自分たちが目立ったわけではないが何か釈然としない。

「編集前のやつ見るか?」

 そう言いながらコーシェルは記録石アルチヴァイトに理力を流し、本人だけが見えている操作用の画像をいじって公園での様子を宙に映した。ジェルクの後ろでウォルシフが子どもを盾に乗せ、他の子が待っているのが見える。

「子どもの遊び道具になってる……」
「そんなことより五億って言ったよ!?」
「……売っちゃダメだよ、リューナちゃん」
「それ、町の財産じゃからな?」

 思わぬ金額を耳にして少し興奮したリューナをコーシェルとウォルシフがたしなめる。

「ということは、剣も鎧も高いの?」
「売っちゃダメだからね!」
「う、売らないよ? ちょっと気になったの!」

 それだけお金があったら良いところに泊まれて美味しいものが食べられるのになあ、とリューナがぶつぶつと呟いている。

「あー、自己紹介してるな。これかあ」
「協力を頼んであるって、お金で票を集めてるって言ってるようなものじゃないの?」
「こういうとこがバカで助かったんじゃよ」
「確かにバカっぽいな」

 最後に「チビ!」と吐き捨てて去っていくジェルクが映った。

「……だいぶ個人的な感情が入ってる気がする」
「そりゃそうじゃよ! お前たちだってムカついてたじゃろ?」
「それはまあ、そうだけど」

 コーシェルに「チビ」は禁句である。
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