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作者: 結城貴美
残酷な描写あり R-15
006 父親
 リューナは斜向かいのカイルの家を訪ねた。フォスターに一人で外に行くなと言われたが、これだけ近くなら大丈夫だろうと思っていた。
 
 フォスターの友達であるカイルとは気まずい関係だが、カイルの母親パージェや年の離れた妹メイシーと弟テックとは仲が良い。子ども達は神殿へ勉強しに行くため伝言は二人に頼もうと思っていた。神殿の一部は学校として使われているのである。
 
 表通りの玄関は作業場用の出入口なので裏側の勝手口へ行き扉をノックする。

「あれ? リューナじゃないか、おはよう。どうしたの?」
「おはようございます。パージェさん。メイシーとテックにお願いしたいことがあって」
「おはよーリューナ姉ちゃん! どうしたの?」

 メイシーとテックが同時に勢いよく近づいて来た。

「フォスターが具合悪くてお昼過ぎくらいまで動けないって言ってるの。神殿の人たちの誰でもいいから、午後にフォスターが相談に行くって伝えてくれる?」
「わかった! じゃあ行ってくるね!」
「ありがとう。よろしくね」

 メイシーとテックは元気に学校へと飛び出していった。

「ちょうどいいや。服の仮縫いしたからちょっと合わせていい?」
「はい、お願いします」

 カイルの家は色々な道具を作る仕事をしているが、パージェは服を作る仕事をしている。パージェの実家はここの家の隣で、代々服を作っている。父方も母方両方物づくりに特化した一家である。
 
 パージェにとって被服は趣味である。小さい子の服は実の子を参考に作れるが、大きい女の子は周りにリューナくらいしかいないのでモデルにしているのだ。男の子だとつまらないらしい。リューナとしても楽しいので大歓迎であった。

「……リューナ、また育った?」
「太ったってことですか!?」
「そうじゃなくて、胸がね……これじゃキツイなあ。もう少し余裕を持たせないと」

 隣の作業場にいるカイルが聞き耳を立てていたことを二人は知らない。

「そうだ。ちょっと聞きたいことがあるんですけど」
「ん? なに?」
「お父さん……あの、死んじゃったほうの。どんな人だったのかなって。パージェさん歳近いですよね?」
「ああ……まあ、向こうが二歳上だったかな? 私はあまり関わったことなかったから、よく知らないんだよね。子どもの頃みんなと一緒に遊んだり、ちょっとだけ勉強をみてもらったことがあるくらいかな」
「えっ勉強を? そうなんだ……」
「神殿で育ったからか意外と勉強はできたんだよね。ただ、常に無愛想で不機嫌な感じでね、怖くてあまり関わらなかったんだよね。皆が言うように口説かれたことなんかは無かったけど。まあそれはクワインがガードしてくれてたのもあるけど」

 パージェはいつも隙あらばのろけてくる。夫婦仲が良くて何よりだ。
 
「神殿の人たちには心を許してる感じだったね。大神官と、ニアタさんと……あれ? もう一人いたような気がするけど誰だったっけ……? マフティロさんはあの頃まだいなかったし」
「神殿に住んでたんだよね?」
「そうそう。両親が亡くなって引き取られたって聞いてるよ」

 パージェが思い出したように続ける。

「そうだ、レリアさんなら妊婦友達としてよく話したよ。向こうは口がきけなかったから私が一方的に喋ってたんだけど」
「フォスターのお母さんだよね?」
「うん。レリアさんはすごく大切にされてたよ。体が弱かったからね……。フォスター産んだ何日か後に亡くなっちゃったし。……あ、そういえば」

 もうひとつ思い出したように続けた。

「レリアさんが亡くなった後、ビスタークがフードのついたマントを持ってきて自分用に直してくれって来てたね。私はカイルが産まれて少ししか経ってなくてまだ仕事できる状態じゃなかったから、隣の母さんに任せたけど。あれレリアさんの遺品だったんじゃないかなあ」

 今まで聞いていた悪評とは違う話を聞いて、リューナは少しほっとした。



 フォスターが起きたのは水の刻半ば――昼を過ぎた頃だった。頭はまだ痛いが、動けなくなるほどではない。
 リューナが用意してくれた水を飲んで再度着替える。さっき放置した洗濯物は回収してくれたようだ。一階に下り洗面所へ行き身支度を整えながら、食欲は無いから何も食べずに神殿へ行くかなどと考えを巡らせていた。すると、こんな体調になった元凶が話しかけてきた。

『おい、聞こえるか?』

 フォスターは少しげんなりとした気持ちになった。

「やっぱりまだいるんだ……」
『なんだよ、父さんが助けてやったってのに嫌そうだな』
「あの時は助かったけど、自分の身体を勝手に使われて、酷い体調にされて、気分良いわけないだろ。このクソ親父」
『誰がクソ親父だゴラァ!!』

 額に巻いている帯が頭を締め付けてきた。

「痛いいたいイタい! 殴られたとこ締めるな! やめろ!」
『あ、悪い』

 まさか頭を締め付けることができるとは思わなかった。自分は父親に呪われてしまったのでは無いか。悪霊なら神官に浄化してもらい天に魂を還すべきであると思った。

「どうしたのフォスター? そんな大声出すほど具合悪いなら寝ててもいいのよ?」

 店に通じるドアからホノーラが顔を出した。変だと思われているに違いない。

「大丈夫! 大丈夫だから気にしないで」
「……」

 疑念の眼差しを向けられながら店のカウンターを経由し外に出ようとする。ホノーラ以外誰もいなかった。

「あれ? 父さんとリューナは?」
「畑に行ってるわよ」
「代わりに行ってくれたのか」

 ジーニェルは可愛い娘と二人で出かけられることが嬉しかったに違いない。一人で外に出ないように言っておいたので父親を誘ったのだろう。父さんの喜んでる顔が目に浮かぶようだ、とフォスターは思った。
 土に埋めてある土の大神グローテアスの養土石グーライトは理力を流さないと土の養分を保ってくれない。一日に一回は理力を補充しておくのである。雨を降らせる降雨石ライネイトも使っておきたかったので気遣いが有り難かった。
 
「じゃあ俺は神殿に行ってくるよ」
「ご飯食べなくていいの?」
「食欲無いからいいや」
「そう。じゃあ行ってらっしゃい。無理しないでね」

 フォスターは急いで外に出た。ビスタークに話しかけられると面倒なことになりそうなので家から早く出たかったのだ。
 
『なんだ、ジーニェルいないのか。息子が世話になってるって挨拶でもしようと思ったのに』
「なんで急に出てきていきなり父親面してるんだよ」
『そりゃあ俺お前の父親だし。ちょっと父親らしいことをしてみたくなったんだよ』
「まだお前のこと話してないんだよ……なんか悪いしな」

 育ての両親の前で実の両親の話をするのは真剣なものでない限り禁句な気がした。今は真剣な状況ではないと思っている。

『なんでお前は俺のことを「クソ親父」だの「お前」だの言うんだ? ジーニェルのことは「父さん」って呼ぶくせに』
「今まで接点なかったじゃないかよ。俺が産まれた後ほっといて旅に出て、育ててもいないくせに父親面すんな」
 
 フォスターは周りに人がいないことを確かめてから答えた。一人で会話する変人に思われるのはもう御免だ。

『なるほど。反抗期だな』

 よくわからないが納得したようだ。
 
『で、神殿行くんだよな?』
「お前がまた出てきたら連れて来るようにって言われてる。俺としては悪い霊を天に還すよう浄化をお願いしたい」
『……色々と言っておかないとならないことがある。全員まとめて説明したほうが面倒が無くていい』
「何を?」
『だからまとめて説明するって。詳しく言う前に死んじまったからな』

 ――何だろう。リューナがこの前攫われそうになったことと関係あるのか?

 とフォスターは思った。
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