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作者: 結城貴美
残酷な描写あり R-15
005 夢
 フォスターは夢を見ていた。
 実の父親、ビスタークが家にリューナを連れてきた時の夢だ。

 夜、雨が降っていた。この辺りは乾燥していて雨が降ることはあまり無い。雨が降るといい天気と言われるくらいだ。
 いい天気と言われるわりに外へ出るのは億劫になるようで、客はいなかった。今日はもう閉めようかと両親が言っていた時だ。ドアが急に開いて外の空気が一気に入ってきた。近所の人が来たのかと思ったが、フードを被った見慣れない男だった。
 
 その男はフードを外しながら養父母に向かってこう言った。

「俺だ」

 その男――ビスタークは濃紺の瞳とカイルくらいの長さの濃紺の髪という見た目に、顔面蒼白で口から血を流していた。鎧や服にも血と血の跡がついている。額には髪と同じ色の帯を巻き、そして右頬に切り傷のような長い痕が目立っていた。

 ビスタークは左腕にリューナを抱えていた。両親はこの日をリューナの一歳の誕生日としていたので、大体そのくらいの歳の赤子だ。おくるみに包まれていて顔しか見えない。雨に濡れて寒くなってしまったのかぐずっている。

 この店は入口の扉を開けると少し右側に奥へと向かうカウンターがあり、少し高さのある椅子が並んでいる。入口から見て左側には大きめのテーブル席が六つ並んでいる。洒落たつくりではなく、木で作った簡素な椅子とテーブルだ。

 両親は驚いてビスタークに寄っていこうとしたがカウンターの向こうの厨房側にいたので、一番近かったのは客席側にいたフォスターだった。

 幼い四歳だったフォスターは驚いて動けずにいた。ビスタークはそんな息子を見つけると言った。

「お前がフォスターか……?」

 ビスタークはフォスターを見たまま視線を外さない。フォスターは瀕死の人間の眼力に怯えた。そんな実子の様子など気にせずビスタークは続けた。

「この子を護れ」

 そう言ってリューナを抱えさせた。
 
「俺は……もう駄目みたいだ。お前に託す」

 赤ん坊を抱いたことなどなかったフォスターはあわあわしながら落とさないよう腕に必死に力を入れた。
 
「いいか、誰にも渡すなよ。外から来た奴を……誰も信じるな……」

 ビスタークは苦しそうにフォスターに話し続ける。

水の都シーウァテレスで……ストロワと落ち合うことになっている……」

 立っていられなくなったのか膝をつく。息が荒い。すごく苦しそうだ。それでもビスタークはフォスターから目を離さない。

「俺と……レリアの息子なら……それを……護る責任がある……絶対に……護れ……」

 そう言うと、ビスタークは力尽きて床へ倒れた。

 実の父親ビスタークと養父のジーニェルは歳が離れているが従兄弟同士だ。フォスターからみるとジーニェルは従兄叔父にあたる。両親は子どもに恵まれなかったのでフォスターを引き取ったのだが、それを知ったのはこの騒動があってからだった。本当の母親は産んでまもなく亡くなり、父親はその後すぐに旅立ってしまったのだ。

 両親が混乱して色々言っていたが、フォスターはよく覚えていない。
 後から、リューナの名前を尋ねたが答えなかったので両親がつけることになったと聞いたことがある。
 
 フォスターがはっきり覚えているのは、物心ついてから初めて見た父親が目の前で血を吐いて息絶えたことと、ぐずっていたリューナが腕の中でぐずるのをやめ、自分に向かって笑ったことだ。
 
 ――可愛いな、と思った。

 その後すぐ場面が暗転した。夢を見ているときによくある、急に夢が全然別のものへ変わってしまうものだ。
 
 暗闇の中離れたところで、あの神衛兵かのえへいらしき男にリューナが捕らえられているのが見えた。必死に走るが前へ進まない。少しずつしか近づけない。身体が重い。思うように動けない。
 もがいているうちに、男とリューナは転移石エイライトを使って消えてしまった。

「リューナ!!」

 フォスターは無力感と絶望に打ちひしがれた。助けてやれなかった深い後悔と苛立ちで、自分自身を完膚なきまで殴り付けたい気分に陥った。



 そこで、目が覚めた。
 フォスターが目覚めた場所は、部屋のベッドではなく自宅の店のカウンターだった。寝起きの頭で考える。昨日は確かにベッドで寝たはずだ。
 
 夢の内容を思い返す。起きたばかりで現実と夢が混ざっている。現実ではリューナは連れて行かれなかった。大丈夫だ。本当に夢で良かったと思った。
 嫌な夢を見たからか寝汗が酷い。あと頭痛も酷かった。先日殴られたところだけではない、頭全体がガンガン痛い。そしてとても気持ちが悪い。風邪でも引いたのだろうか。
 
 色々考えていたところに自宅側から店に両親が入ってきた。

「おう、起きたか」
「フォスター、おはよう」
「……おはよう」
「お前、昨日夜中にここで酒飲んでたから驚いたぞ」
「え?」

 そんな覚えはない。夜中に空腹で何か食べに来るならあるかもしれないが、下戸の自分が酒を飲むはずがない、あり得ない、とフォスターは思った。ジーニェルは続けた。

「俺が来たときには何か文句を言いながら酔いつぶれたところだった」
「……ジーニェルはなんで夜中に店へ来たのかしら?」

 ホノーラが怖い笑顔をしている。

「いや、ちょっと眠れなかったから軽く飲もうかと……」
「お店のお酒に手をつけちゃ駄目だっていつも言ってるでしょ!」

 ジーニェルは酒好きである。時々店の酒を勝手に飲んではホノーラに怒られている。いつもなら身体の大きい養父が体の小さい養母に頭が上がらないのを微笑ましく見ているところだが、今のフォスターにそんな余裕は無い。

「悪いけど、俺、具合悪いから部屋で寝直す……」
「大丈夫? わかったわ。しっかり休んで回復させなさい」

 廊下に出てドアを閉めるとホノーラによるジーニェルへの追及が再開した。

 二階の自分の部屋に向かおうと階段を重い足取りで上っていると、リューナが部屋から出てきた。

「おはよう」
「……おはよう。俺、具合悪くて昼過ぎくらいまで寝かせてもらうから 、後頼む」
「大丈夫? どうしたの?」
「……酒を飲んだらしい」
「らしい?」
「多分……また身体を使われたんだと思う」
「えっ、あの、死んだお父さんかもって言ってた?」
「……今は何も聞こえないんだけどな」

 リューナにはこの前のことを伝えていた。

 あの後気になっていたことがあった。鎧を着たとき一緒に額へ巻いた濃紺色の長い帯が取れないのだ。結び目がほどけないばかりか無理矢理頭から抜くことも出来ない。ビスタークの魂が宿っているのはこの帯ではないかと考えている。

「昼過ぎくらいに神殿に相談へ行くって誰かに伝言頼む」
「私、行ってこようか?」
「……この前のことがあるから、一人で外歩くな」
「あ、うん。大丈夫だとは思うけど……じゃあ誰かにお願いしとくね。後で部屋にお水持って行ってあげる」
「悪い、助かる」

 フォスターが部屋に戻るとリューナは洗面所で身支度を整え店へと入った。店ではジーニェルがホノーラに叱られているところだった。

「お父さん、お母さん、おはよう」
「ああ、リューナ、おはよう」
「おはよう」

 ジーニェルは助かったというような顔をした。

「さ、朝飯にしよう」

 と言ってホノーラの小言を打ち切った。

 リューナは手早く朝食を終えると、水差しに水源石シーヴァイトを入れフォスターの部屋に持っていった。
 
 水源石シーヴァイトとは水の大神シーウァテレスの神の石だ。理力を込めると一定時間澄んだ冷たい水が出てくる石でこの世界の生活必需品である。長めの形をしているのは誤飲防止のためだそうだ。大昔は小さい形だったが神官たちが事故報告を祈りにのせて訴えたおかげで、当時の大神が形状を変えてくれた、という伝説がある。

 部屋に入り水差しを小机へ置く途中で、足が何か布に触れた。床に洗濯物が放置されていたようだ。しょうがないなあ、と思いながらそっと拾い上げフォスターを起こさないよう気を付けながら部屋を出て洗濯かごへと入れに行く。

 それから伝言を誰に頼もうかと考え、カイルの家へ行くことにした。
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