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作者: 結城貴美
残酷な描写あり R-15
007 秘密
 神殿に着くと大神官ソレムとその娘であるニアタが待ち構えていた。婿のマフティロはいなかった。たぶん子ども達の授業をしているのだろう。

「フォスター! 待ってたわよ。あの話よね?」
「やっぱりいたのか? ビスタークが?」

 大神官たちには声が聞こえたこと、身体に乗り移られて男と戦ったらしいことを報告していた。幸い、神官達はこの滑稽な話を信じてくれた。そのため、次に声が聞こえたら神殿に来るようにと言われていたのである。

「はい、います。どうもこの額の帯にいるみたいです」
『二人とも老けたな』
「……俺にしかこの声聞こえないみたいなんですよね」

 今の声は聞こえてなくてよかった、とつくづく思った。

『これに触らせれば聞こえるんじゃねえの?』
「うーん……とりあえずこれ握ってみて下さい」

 帯の端を二人に渡す。

『聞こえるか?』
「聞こえる! 久しぶりね、ビスターク」

 他の人にも声が聞こえたことにほっとする。自分だけに聞こえる場合、自分の虚言や精神的錯乱を疑われても証明出来ないからだ。
 
「まさかまだここに居たとはの」
『火葬のとき空に魂が昇っていかなかったの見てたろ? その時点で気づけよな!』
「……ごめん、日頃の行いが悪すぎて見えない星になったのかと思ってたわ」
『ひでえ』
「お前は色々あったからのう。自暴自棄になって魂の格が下がるようなことをやらかしたと思ってたんじゃ」
 
 人は死んで火葬されると、魂が天へと昇っていき星になる。空にある星は全て人や神の魂であり、ここでは星と魂はほぼ同じ意味である。天にあるのが星で地上にあるのが魂と呼び名を分けているだけだ。
 全ての星が強く輝くのは昼。落ち着いた光になるのが夜である。魂の「格」によって輝きは変わる。良い魂はより明るく輝くのだ。火葬の際は魂が「昇り星」となり、光りながら空へと飛んでいく。
 
『十五年もほっときやがって。むしろよく思い出したな』
「……神託が、あったんじゃよ」
『それでか』
 
 フォスターは居心地が悪かった。帯は長めであるが、それでも普通に話すより距離が近いので落ち着かない。どうしようかと思っていると、察したニアタが提案してきた。

「ビスターク、ちょっと試してみたいことがあるんだけど、いい?」


 ニアタの一言で連れていかれたのは、この前リューナを攫おうとした例の男を寝かせている部屋だった。神殿真ん中の建物の五階に位置する部屋だ。

「そういや神殿に牢って無いんですか?」
「無いから外から鍵がかけられて窓に格子が付いてる部屋に入れてるのよ」
『また事件が起きたら困るから造ったほうがいいって昔から言ってるのにな』
「そんなこと言っても予算も人手もないんだからしょうがないじゃない」

 そう言いながら部屋の鍵を開けて中に入ると、あの男がベッドに寝かされていた。

「ずっと目を覚まさないのよね」
「このまま衰弱死するんじゃないかと思ってるところじゃ」
「目を覚まして急に暴れると困るから手足はベッドに拘束してるわよ。まあ剣とかは他の所に隠してあるけど、念のためね」
「薬中毒の者かもしれんしのう。あれはやっかいじゃからな」
『……まさか、俺にコイツの身体を乗っ取れってか?』

 そうビスタークが言うのを聞いたニアタがいたずらっぽく笑って言った。

「そうよ。できる?」
『できるかどうかはわからんが、やってみるさ』

 ビスタークの宿った帯がフォスターの額からするりと落ちた。

「あんなに取ろうとしても取れなかったのに……」

 やはりビスタークの意思の力で額から外せなかったようだ。このままずっと離れていて欲しいと思った。
 ニアタが男の額に帯を巻く。少し待つと男が目を開けた。

「できたぞ。拘束外してくれ」

 解放されると、男に乗り移ったビスタークはゆっくりと起き上がった。

「うーん、何だか違和感があってイマイチ動きにくいな」

 手足や頭、指などを動かして確かめる。
 表情がつくだけでだいぶ印象が変わる。無表情だったときは赤い瞳と髪は不気味な感じだったが、中身がビスタークになるとガラが悪くなった。ソレムが確認するために聞いた。

「乗り移った身体の記憶はわからんのか?」
「……わかんねえな。それができれば便利なんだけどな。こいつに憑いてる時に心の中で何を思ってるのかも分からなかったしな」

 フォスターを指差してビスタークが言った。心の中まで読まれては堪らない。少しだけ安心した。

「やっぱりお前の身体のほうが動きやすくていいな。俺に寄越せよ」
「それは俺に死ねって言ってんのか?」

 笑えない冗談である。額の帯をつけっぱなしにしておいたら、本当に徐々に身体を侵食されていくのではないかと不安に思った。
 
 落ち着いて話せる場所がいいとのことで食堂へと場所を移した。男が衰弱死しないよう身体に栄養を取らせようとの配慮でもある。死なれると何故リューナを攫おうとしたのかという動機も聞けないためだ。なお、ビスタークが酒も飲みたいと主張したがニアタにより却下された。

 二日酔いのフォスターはスープだけもらった。このスープは自宅である店で大量に作って販売しているスープベースを使って作られている。各家庭で時停石ティーマイトを使って時間を止めて保存し、それぞれの家の味付けをして調理するのだ。今回出てきたのは芋のポタージュだった。
 
「で、何か説明するって言ってたよな? 言う前に死んだからって」
「ああ」
「その男がリューナを連れて行こうとしたことと何か関係あるのか?」
 
 ビスタークは口の中に何も入っていない状態になってから話し始めた。

「俺が連れてきたガキがそのリューナなんだろ?」
「そうだよ」
「お前の妹ってことになってるみたいだが、俺の子じゃない」
「ああ、やっぱりか」

 予想していた話だった。

「なんだ、あまり驚かないな」
「まあ、うすうすわかってたよ……俺ら全然似てないしな……」

 母親が違うことはわかっていたので母親似のため自分とは似ていないだけかも、と思ってもいたが。

「ただ、リューナに何て言ったらいいか」
「言わないほうがいいだろ。血の繋がりとかそういう話じゃないからな」

 ビスタークはひと呼吸おいてから続けた。

「はっきり言っておくと、あれは人間じゃない。神の子だ」
「はあっ!?」
「なんじゃと!?」

 ソレムとニアタが大声を出して反応した。フォスターだけが話についていけなかった。今の言葉が全く理解できなかった。

「しかも破壊神のだ」

 それなのにビスタークは更に追い打ちをかけてきた。本当に意味がわからない。ただでさえ頭が痛いのにより痛くなるようなことを言わないでほしい。頭が理解を拒んでいる気がした。
 ソレムとニアタもこれには絶句していた。

「なんであんたが神殿から神の子を連れ出してるのよ!?」

 と少し間を置いてからニアタが問い詰めた。

「ちょ、ちょっと待ってくれ。話が全然見えないんですけど!」

 フォスターが大声と両手を突き出して会話の流れを断ち切った。

「なんだよ人間じゃないって。意味わかんねえよ。どういうことだよ!?」
「……そうじゃな、フォスターは知らんじゃろ」

 ソレムが長く白い口髭を動かしながら説明を始めた。
 
 神は次代の神になる子を聖堂へ降臨させ神殿に預け育てさせる。大昔、神と人が近かった時代の名残だそうだ。
 そうやって自分が守るべき存在を身近に感じることで、人間を思いやれる立派な神様に成長するのだと。神にもよるが百年から五百年くらいの間隔で出現するのだそうだ。
 そして普通なら神の力が暴走しないよう神殿で暮らしていて町から出ない。他の町へ行くことなど全くと言っていいほど無いそうだ。

「まあ絶対に秘密ってわけでもないんだけど、神殿関係者くらいしか知らないわね」
「町の奴らが知ったとしても神の子が神の世界へ行く時に記憶を消されるしな」
「此処にもいたことがあるんじゃよ」

 ニアタが一瞬だけ寂しそうな顔をした。

「で、リューナがその、神の子……? しかも破壊神って……あの、神話の戦争相手の……破壊神ルーイナダウス……?」
「ああ。まあ、そう言われて預かっただけなんだけどな」
「ビスターク、ちゃんと説明するんじゃ」
「そのつもりでここに来たんだ。どこから話すかな……」

 ビスタークはリューナを預かった時のことを話し始めた。
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