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作者: 山のタル
残酷な描写あり
127.王権派の裏切り
 緊急に開かれた八柱オクタラムナ協議から四日後、“王権派”の貴族達は再びドウェイン・ハッセ大公の屋敷の談話室に集合していた。
 
「さて、どうしたものか……」
 
 ため息交じりにそう頭を悩ませているのは、この屋敷の主であるハッセ大公だ。そしてハッセ大公の悩んでいることは、この場に集まった“王権派”全員に共通している悩みでもあった。
 
 彼らが頭を悩ましている原因は、昨日の会議で決定した内容にある。
 昨日王都で開かれた会議では、八柱協議を終えて貿易都市から戻ってきたカンディから話を聞いて、ブロキュオン帝国とプアボム公国の宣戦布告に対してムーア王国はどうするべきかを話し合った。
 と言っても八柱協議の時点でカンディが、ブロキュオン帝国とプアボム公国の正当性を認めて『国内通過の許可と物資提供の協力』を決めていたので、話し合われたのはそれぞれの貴族達がどう協力するかということだけであった。
 
 そしてその会議で、“王権派”の対抗勢力である “新権派”の貴族達は、カンディが決めた協力に加えて『軍事支援』の協力も主張して、ブロキュオン帝国とプアボム公国への協力に積極的な姿勢を示した。
 一方で“王権派”の貴族達は協力自体には賛同の意思を示したが、“王権派”貴族達の領地がサピエル法国に最も近く、戦争が始まれば自分達の領地が戦場になる可能性が高いことを理由に、一度領地に戻って十分に検討させてほしいと主張したのだ。
 
 そして今、こうして“王権派”貴族が集まり、その検討会が開かれているのである。
 
「そういえば、クランツ公爵とウルマン伯爵がいないみたいだが、どうしたのだ?」
 
 集まった面子の中に“王権派”の中でも新進気鋭しんしんきえいの若い二人の姿が見えないことにハッセ大公が疑問を呟くと、事情を知っていたノウエル伯爵が嫌味交じりに答えた。
 
「何やら奴らの領地で問題が起きたそうで、その対応の為に領地に戻ると言っていましたぞ。そういった問題を起こさないように事前に手を回せないからそんなことになるんだ! 全く情けない連中だ!!」
「まあそう言うなノウエル伯爵。彼等はまだ領主になったばかりの若輩者じゃくはいものなのだ。そういった領地のトラブルを乗り越える経験も彼等には必要だろう」
 
 ノウエル伯爵はクランツ公爵とウルマン伯爵の事を嫌っている。その理由はとても単純で、自分よりも若く領主となり徐々にその優秀な手腕を振るい成果を出しつつあることに嫉妬しているだけなのだ。
 ハッセ大公もノウエル伯爵の嫉妬心を理解しつつも、優秀なクランツ公爵とウルマン伯爵を手放すのは惜しいと思っているのでこうして擁護ようごしているのである。
 自分よりも爵位が上であり、“王権派”の纏め役も務めて立場も上のハッセ大公に間に入られては、ウルマン伯爵もそれ以上何かを言うことは出来ず、大人しく引き下がった。
 
「それよりも今はこちらの話が優先だ。今回の戦争でブロキュオン帝国とプアボム公国に協力することは国王陛下が既に決定していることであり、“王権派”である我々がその決定に口を挿む余裕はない。……そこで問題になるのが、我々が本当に協力するべきかどうかだ……」
 
 ハッセ大公の言っていることは普通に考えればおかしいことだ。
 何故なら“王権派”が思想としているのは、『王>貴族>平民』の“階級絶対主義”なのである。つまり“王権派”にとって王の決定は絶対であり、協力することを王が決定している時点で、“王権派”の貴族達には『協力しない』という選択肢は存在しないはずなのである。
 
 それにも関わらずハッセ大公が“王権派”の貴族達が協力するべきかどうかで悩んでいるのには理由があった。
 それは、ブロキュオン帝国とプアボム公国に宣戦布告をされた国がサピエル法国だったことである。
 実は“王権派”の貴族達は全員ムーア王国の南側の領地を治めており、隣国のサピエル法国とは昔から癒着関係があったのだ。
 そして“王権派”の貴族達とサピエル法国の間で、長い間密かに執り行われていた取引があった。それは『人身売買』だ。
 商品として扱われていたのは『亜人』で、“王権派”の貴族達がサピエル法国に密かに売っていたのである。そして更に、売った亜人達は失踪者として処理していたのだ。
 
 つまり“王権派”の貴族達は、サピエル法国がブロキュオン帝国の民を工作活動でさらっていたことを最初から知っており、尚且つ自分達も自国の亜人を売ってサピエル法国の計画に協力していたのである。
 
「昨日の会議では議題に上がらなかったものの、サピエル法国の裏事情が露呈ろていした今、我々が裏でサピエル法国と繋がっていたこともバレた可能性が高い……」
「しかしハッセ大公、もしバレていたのなら昨日の会議の時点でカンディが必ずその事を聞き出そうとしてくるはずです! それが無かったということは、まだ我々とサピエル法国との関係はバレていないのでは?」
 
 ノウエル伯爵の言う通り、もしバレていたのならカンディがそのことを必ず指摘してくるだろう。しかしそれが無かったということは、まだバレていない可能性は十分にあった。
 しかしハッセ大公はその先に起こりえる事態も予想しており、慎重な姿勢を崩さなかった。
 
「ノウエル伯爵の言いたいことは分かる。……しかしだ、例え今はバレていなくとも、我々がブロキュオン帝国やプアボム公国に協力してサピエル法国が滅ぶようなことになれば、おそらく戦後処理の時に我々とサピエル法国との繋がりが表に出てくることになるだろう。
 そうなればどちらにせよ、我々はサピエル法国の計画に加担していた罪をとがめられ、処罰を受けることになるだろう……」
「そんな……ではどうすれば……?」
「今は連絡役であるマッシュバーン侯爵からの連絡を待つしかない……」
 
 マッシュバーン侯爵の領地はサピエル法国と隣接しており、その立地条件からマッシュバーン侯爵はサピエル法国との連絡役を任されていた。
 どう動くべきかの判断が難しい現状で、“王権派”の面々はサピエル法国がどう動くのかを判断の材料にするつもりで、マッシュバーン侯爵が情報を持ってくるまで静かに待つことにした。
 
 そして長い静寂が数刻続いた後、マッシュバーン侯爵が待ちに待った情報を持って談話室にやって来た。
 
「待っていたぞマッシュバーン侯爵。それで、サピエル法国はなんと?」
「はいそれが、『我等サピエル神の威光に反逆するというなら、神の名の下に断罪するのみだ!』とのことでした……」
 
 マッシュバーン侯爵が持って来た情報は、サピエル法国がブロキュオン帝国とプアボム公国の宣戦布告に対して徹底抗戦の構えを示すものだった。
 
「更に、『2週間後まで待つ気はない! 我等は既に準備を済ませている。進軍の際、“王権派”の方々の領地を通ることになるが、抵抗するなら反逆者と同罪と見なす! よく考えられよ』……とのことでした」
 
 マッシュバーン侯爵からもたらされた情報を聞いて、ハッセ大公と他の貴族達は更に頭を悩ませることになった。
 
(……サピエル法国が和解の意思を示せば、まだ望みはあった。だが戦争の意思を示したなら、我々に取れる選択肢は最早一つしか残されていない……。だがしかし、その選択肢も結局は賭けになるか……)
 
 他に選択肢が無いかと悩んではみたものの、サピエル法国が徹底抗戦の意思を示したことで、結局ハッセ大公達“王権派”が辿る道は一つに絞られていた。
 ハッセ大公は決意を固め、集まった貴族達に自らの決断を伝えた。
 
「……皆、こうなれば我々の取るべき道は一つだけだ……。サピエル法国に協力し、王都に攻め入るぞ!」
 
 ハッセ大公の言葉に、会議室にざわめきが走った。
 
「ハ、ハッセ大公、それはムーア王国を裏切るということですか!?」
 
 このマッシュバーン侯爵の言葉に、ハッセ大公は首を振って返した。
 
「いや、そうではない。何故ならこれは、国王陛下を“新権派”の連中の私利私欲的思惑からお救いするための行動であり、ムーア王国に対する我々の忠誠心と大義を示す『正義』の戦いになるからだ!」
 
 “王権派”がブロキュオン帝国とプアボム公国の宣戦布告に協力すればサピエル法国は容赦なく襲ってくると明言しており、更に地理的関係から“王権派”の貴族達が一番初めにサピエル法国と対戦することになるのは明白だ。
 更に言うと、サピエル法国は「開戦期限まで待つ気はない」と意志表明しており、すぐにでも進軍を開始してくるだろう。今から急いでその旨を王都に伝えて増援を要請しても、高い確率で開戦までに増援は間に合わない。
 そうなれば、例え確率はかなり小さいものの“王権派”の軍勢だけでサピエル法国軍を押し返せたとしても、相当の被害は免れないだろう。
 
 そしてもし、奇跡的に増援が間に合ってサピエル法国に勝てたとしても、戦後処理で“王権派”とサピエル法国との繋がりが露呈することになり処断されるのは間違いない。
 つまりどちらにしても“王権派”に待つ未来は、先の無い真っ暗と言えるだろう。
 
 しかしサピエル法国に協力して、サピエル法国が戦争に勝利すればどうなるだろうか?
 国王を“新権派”の思惑から救出するという名目を掲げて戦争に参加していれば、“新権派”の貴族達を都合よく追い出すことができる。更に目の上のたん瘤であったカンディも「“新権派”の貴族達と共謀し、王国を意のままに操ろうと画策していた!」と言い処分すれば、あの優柔不断の国王を実質的に“王権派”の傀儡かいらいにすることが出来るようになる。
 勿論敗北すればサピエル法国に味方した『反逆罪』で処断されるだろうが、“王権派”が生き残るのにはこの言い訳じみた苦しい主張を押し切るしかないのである。
 
「よいか、我々“王権派”が生き残るには、どのみちこの方法しか残っておらん! 貴殿達も腹をくくるのだ!!」
 
 ハッセ大公の主張に反論しようにも、誰もハッセ大公よりいい案を思いつけなかった。
 そして窮地に立たされていた“王権派”の面々は僅かな希望にすがりつくように、一人、また一人とハッセ大公の案に賛同していったのだった。
 
「決まりだな……。マッシュバーン侯爵はサピエル法国に我々の意思を伝えてほしい。それと、この場にいないクランツ公爵とウルマン伯爵には私が直接伝えておく」
「しかしハッセ大公、奴らは何やら我々と違う目的で“王権派”に所属したという噂がありますが、今回は事態が事態だけに素直に言う事を聞くでしょうか?」
「ノウエル伯爵の懸念は分かるが、理由はどうあれ奴らも“王権派”に所属している時点で一蓮托生いちれんたくしょうだ。心配せずとも私がしっかりと説得するから安心しろ。
 では、各自すぐに領地に戻り、急いで出撃の用意を進めるのだ!」
「「「「「はい!!!!!」」」」」
 
 
 
 そして翌日、電撃的な速さで出撃して来たサピエル法国軍と合流した“王権派”は、王都に向かって進撃を開始した。
 
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