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作者: 山のタル
残酷な描写あり
128.ムーア王国の決断
 ムーア王国の王都の中心に国王が暮らす立派な王城がある。
 八柱協議から六日後、その日、王城の中はとても慌ただしくなっていた。
 
 そして王城で最も厳粛な場所である玉座の間で、一人の兵士が膝をついて玉座に座るムーア44世にある報告をしていた。
 
「申し上げます! 斥候からの情報によりますと、軍勢は南から真っ直ぐ王都を目指しており、このままでは後一日ほどでこの王都に接近すると予想されます!」
「ご苦労。引き続き警戒に当たってくれ」
「はっ!」
 
 斥候からの情報を伝え終えた兵士は一礼すると、駆け足で持ち場へと戻って行った。
 兵士が去る姿を見送ると、玉座の間にいた全員が険しい表情で眉を顰めた。
 玉座の間にいるのはムーア44世と宰相のカンディ、財務総監のクレメント大公、王国軍に12ある騎士団の各団長が集まっていた。
 その中で最初に口を開いたのはカンディだった。
 
「さて皆、先の兵士の報告を聞いてもう分かっていると思うが、事態は我々が想定したよりも悪い方向に動いている。
 南から迫る軍勢などサピエル法国しか考えられん。そして、そのサピエル法国がこうも早く王都に迫ろうとしている事実から奴らがサピエル法国に荷担したのは明らかだ」
「……“王権派”の連中、ですね?」
 
 第一騎士団・団長のルーカスの言葉を、カンディは「そうだ」と言い肯定した。というよりも、カンディが言ったように現状から考えられる結論はそれしかなかった。
 
 何故ならサピエル法国から王都までの間には“王権派”貴族領がいくつも存在しており、それらの貴族領を突破しなければサピエル法国軍は王都にまで辿り着くことは出来ない。
 例え最短距離を通り、そこに立ちはだかった貴族軍を瞬く間に蹴散らしたとしても、王都に辿り着くには最低でも今よりあと二日は掛かる。
 それが想定されるよりも早く王都に迫ろうとしている事実から、サピエル法国から王都までの間にいる“王権派”貴族達が誰一人として、サピエル法国の進軍を足止めしなかったということは明白だった。
 
 サピエル法国軍に目前まで迫られていること、そして“王権派”貴族達の裏切りという二つの悪い現実に、頭を抱える気持ちの一同。
 しかし、その眼に悲壮感を宿している者は一人もいなかった。
 
「……とにかく今は出来る事をするしかないだろう。サピエル法国の行動の早さは我々の予想を上回っていたが想定の範囲内。そして“王権派”の連中がサピエル法国に加担する可能性も既に予測していた事であり、その準備も進めていた。
 我々はまだ完全に出し抜かれたわけではない。まだ対処のしようは十分に残されている!」
 
 カンディの言葉は気休めでしかないものだったが、重たくなった空気を晴らす発破には十分だった。
 
「当初の予定通り、第一から第三騎士団はプアボム公国へ、第四から第六騎士団は貿易都市へと急行し、増援の要請をした後にそれぞれの軍勢と合流せよ!
 そしてもう一つ、プアボム公国と貿易都市に向かう途中で“新権派”の領主達に事の詳細を報告し、領主軍の出動の要請と、避難の開始を始めるように伝えよ!
 次に第七から第十二騎士団は王都の防衛に全力を挙げ、増援到着までの時間を稼ぐのだ! 貴殿らの努力次第で王都の命運が決まると思え!」
 
 こういった命令は、本来国王自らか、王国軍を纏める第一騎士団・団長のルーカスが発するものなのだが、国王は大抵の決定権をカンディに委ねているので、カンディの命令は即ち、国王の命令と同義であった。
 そしてそれに異議を唱える者はここにはおらず、王国騎士団の団長達はカンディからの命令を受け取った。
 
「それからクレメント大公は第四騎士団と共に貿易都市へと向かっていただき、そこで現状の説明役をお任せします。プアボム公国への説明役は第一騎士団・団長のルーカスに任せる」
「分かりました!」
「了解しました!」
「……これでよろしいですか、国王陛下?」
 
 カンディからの問いに、黙って話を聞いていたムーア44世は大きく頷いて答えた。
 
「うむ、問題ない。では皆、よろしく頼むぞ!」
「「「「「「はッ!!!!!!」」」」」」
 
 
 
 それぞれが己が役割を果たすべく玉座の間を後にする中、第一騎士団・団長のルーカスだけは玉座の間に残っていた。
 
「……どうしたルーカス、早く行かぬか」
「……父上、これで本当によろしいのですか……?」
 
 ルーカスは皆の前では頷いていたが、先程のカンディの命令の内容に納得できていないようで、自分の父であるムーア44世に問いかける様にその顔を真っ直ぐ見つめていた。
 
「よいのだルーカス。今回の事態は国王として不甲斐なかった私の責任でもあるのだ。だから私はここに残りその責任の負う義務があるのだ。
 それに、こうすることは三日前の会議の後に説明しただろう? お前も納得していたではないか?」
 
 会議の後に“王権派”の貴族達が集まって話し合いをしたように、実はムーア44世も先程まで玉座の間にいたメンバーと“新権派”の貴族達を集めて話し合いを行っていたのだ。
 その中でサピエル法国が開戦よりも早く動き出した場合の対処等を事前に話し合っており、先程のカンディが下した命令もその話し合いで決めていたことを基にしたものだった。
 そしてその時は、ルーカスを含めた全員が話し合いの決定に納得していたのだ。
 
「はい。……ですが、今一度考えてくれませんか? 父上が危険な所に残るのに、同じ王族である私が王都を離れるのは……どうしても踏ん切りがつかないのです。やはり私もここに残って王族としての務めを――」
「ルーカス!」
 
 ムーア44世が珍しく大きな声を出し、ルーカスの言葉を遮った。
 初めて聞いた父親の大きな声に、ルーカスは驚いて言葉が途切れる。
 
「……お前の心配していることは流石の私も理解しているつもりだ。私はお前のその気持ちをとても嬉しく思うぞ!」
「父上……」
「お前は私に似ず優秀な子に育った。……だからこそ、だからこそだ! お前は私よりも長く生きて、ムーア王国を新しい道に導いてもらわないと困るのだ」
「――ッ!?」
 
 ムーア44世が何を言おうとしているのか、その言葉に隠れた思いをルーカスは読み取った。
 
「なに、お前なら大丈夫だ。私にカンディがいる様に、お前にはシェーンがいる。お前達二人なら、どんな困難も乗り越えられる。私には分かる。……だから私には、それだけで十分なのだよ」
「父上……!」
「さあ行くのだ、私の自慢の息子よ! 心配せずとも私達が時間を稼ぐ。その間にプアボム公国へ行き、王族の務めを……ムーア王国次期国王としての使命を果たしてくるのだ!」
「……はい! このルーカス、ムーア王国の王族として恥じない結果を必ず御覧に入れて見せます! ……だから、私が戻るまで無事でいて下さい!」
 
 ルーカスは溢れ出しそうな思いを目に力を込めて抑え込み、王族として、王国軍第一騎士団・団長としての使命を果たすべく、駆け足で玉座の間を後にして行った。
 
 振り返ることなく離れていくルーカスの背中を見送るムーア44世の潤んだ優しい瞳は、先程までの国王のものではなく父親のそれであった。
 
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