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作者: 山のタル
残酷な描写あり
126.パンドラの帰国
 緊急に開かれた八柱オクタラムナ協議から三日後、私はサピエル法国に帰国していた。
 帰国した私は真っ先に教皇に面会を求めた。
 
 私はサピエル法国の宰相という地位に就いているが、その地位は他国のそれと比べてかなり低く、教皇に会うことにも許可を取らないといけないほどである。
 地位が低くなった原因は、私の身の振り方にあった。勘違いしないで欲しいけど、私が何か悪いことをしたという訳ではない。
 サピエル法国の国教である『サピエル教』は、亜人を認めない“人間至上主義”の思想を掲げている。私は長年その思想を改める様に訴え続けてきた。しかし時の教皇達はそんな私を目の敵にし、サピエル法国内の私の地位を徐々に押し下げていったのだ。
 
 そんな状況下で私が未だに宰相という立場に就いていられるのは、貿易都市と八柱の存在が大きい。
 世界大戦前なら兎も角、『4ヵ国協力平和条約』が結ばれた現在の情勢下では、経済の中心地である貿易都市を経営する八柱に所属する私を手放せば、それはサピエル法国が経済的に孤立することを意味する。何故なら、サピエル法国内で八柱からの信頼が厚く、尚且つ八柱とサピエル法国の円滑な橋渡しをできる人物など私しかいないからだ。
 サピエル法国内での私の存在は、居れば目障りだが居なければ困るという、そんな非常に危うい立場に置かれている。
 私はそんな立場に居続けるつもりはない! サピエル法国をより良い国にする、その目的の為に私は地位を取り戻さなくてはいけない!
 しかし今の私にその力はなく、今の立場に甘んじるしか手が無いのも現実なのだ……。
 
「パンドラ様、教皇様から面会の許可が下りました。教皇様は現在神堂の祭壇で祈祷をおこなっておりますので、そちらまで来て欲しいとのことです」
「わかったわ。ありがとう」
 
 教皇に取り次いでくれた司祭に礼を言って、私は教皇の待つ神堂へと急いだ。
 
 神堂に到着すると、司祭の言っていた通り祭壇の前で片膝をついて祈祷している教皇の姿があった。
 
「教皇様、パンドラ只今戻りました」
 
 私が声をかけると教皇は祈祷を中断して立ち上がり、私の方へ振り向いた。
 
「ご苦労だったパンドラ。それで、協議の方はどうであった?」
「はい、それが――」
 
 私は八柱協議での出来事を包み隠すことなく教皇に伝えた。リチェが裏切ったこと、リチェからの情報を元にブロキュオン帝国とプアボム公国が戦争の決断を下したこと、開戦までの猶予は2週間を既に切ったことを――。
 
「そうか、リチェが裏切ったか……」
 
 私の報告に対する教皇の反応は、予想外に淡白なものだった。
 てっきり教皇親衛隊の一人であったリチェの裏切り行為に、もっと強い反応を示すと思っていたのだけど……。まるでリチェの裏切りを既に予測していたかのようだった。
 そして教皇は静かな表情で、少しばかり遠くを見る様に目を窓の外に逸らした。今、教皇の胸の中にどんな感情が存在するのか、私には全く想像すらできなかった。
 
「それでパンドラ、開戦を2週間後まで先延ばしてきたことには賛辞を贈りたいが、今までお前に隠してきたこの国の事実を知った今、お前はどうするつもりでいるのかな?」
 
 どうするつもり、か……。そんなことは八柱協議の時に既に決めている!
 
「教皇様……いえ、サピエル7世。あなたや他の前教皇達も、過去の亡霊でしかない私の小言を疎ましく思っていた事は承知しています。……ですが私は過去の亡霊らしく、信じていたのです! 初代教皇サピエル1世の意思を、いつか必ず理解してくれるその時を!
 だからどうかお願いですサピエル7世、今までサピエル法国が犯してきた罪を謝罪してください! 私も共に罪を背負いますから!!」
 
 私は頭を下げて必死に教皇に訴えかけた。
 事を穏便に解決させるには、教皇がブロキュオン帝国とプアボム公国に向かって真摯に頭を下げるしか方法はない。でも謝罪だけでは簡単に許してはもらえないだろう。きっと罪の清算を迫られる。
 ……だけど、サピエル法国に平和な未来を残すことは出来る。しかし戦争を起こせば、その未来は永遠に消え失せることになる。それだけはダメなのだ!
 
「今ならまだ間に合いますサピエル7世! 戦争だけは、戦争だけは決して起こしてはいけないのです!!」
「…………」
 
 私の必死の訴えに、教皇はただ静かに背中を向ける。その視線は祭壇の奥に祀られた、“神像”を見つめているようだった。
 
「……パンドラよ、お前の言う通りワシが謝罪をすれば、ワシは一体どうなる?」
「……犯してきた罪の大きさを考えれば、相応の処罰と清算を余儀なくされるのは明白です。ですが、サピエル法国を未来に託すことは出来ます!
 安心してくださいサピエル7世、先程も言った通り私も共に罪を背負います。私にもこの事態を招いた責任はあります。いえ寧ろ、私は止めるべき立場の人間だった。罪は私の方が重たいでしょう……」
「だったら、全ての罪をお前が背負えばよかろう?」
「それでは皇帝や四大公は納得しません! サピエル法国を統べる教皇のあなたが出ないことには、もう収まりは着かないのです!」
「ならば! 奴らの望み通り、戦を起こしてやるまでだ!!」
「――ッ!?」
 
 そう叫んだ教皇は、鋭い視線で私を睨み貫いた。
 その表情は、私が今までに見たことが無いほど鬼気迫る迫力のものだった。
 
「サピエル7世、あなたはッ……!!」
 
 私その時ハッキリと教皇の意思を理解できた。
 教皇は本気だ。本気で戦争をするつもりでいるんだ!
 
「考え直してくださいサピエル7世! そんなことをすればサピエル法国に未来はありません!!」
「……パンドラ、お前は八柱協議でワシの目標を聞いたはずだな?」
「……“神に至る”、そうリチェは言っていました。しかしその詳細までは……」
「知らなくて当然だ。誰にも話してはおらんからな。……パンドラよ、ワシらが信仰している神『サピエル神』とは何者だ?」
 
 サピエル神、サピエル教が信仰する唯一神だ。
 人間を救い導く絶対神で、その慈悲を受けれるのは人間のみ。つまり、その慈悲を受けることのできる人間こそがこの世で最も優れた存在である。とサピエル教では教えられている。
 だが真実は、全く違うものであることを私は知っている。
 
「……サピエル神は、初代教皇サピエル1世の魂を神格化した存在です」
「そうだ。死後ではあったが、人の身でありながら神へと至った偉大なるお方だ!」
「まさか、あなたの目的は!?」
「そうだ! サピエル1世の例に倣い、ワシも神に! ……いや、ワシこそが新たな神になるのだ!!
 しかもサピエル1世とは違い、ワシは実在する神として君臨することになる! するとどうなると思う? そう、信徒たちからの信仰は絶対のものになり、国はより強固な団結力を得て更に強くなるだろう!!
 そうなればブロキュオン帝国やプアボム公国など、最早恐るるに足らんわ!」
 
 教皇の瞳の中では、壮大な野望が激しい炎となって燃えていた。
 なんてことだ……。危険だ、教皇の目標はあまりにも危険すぎる!
 止めなくては! サピエル法国の未来の為、何としてもここで教皇の野望を阻止しなくては!!
 
 決意を固めた私は体内の魔力を一気に開放し、全身へとたぎらせた。
 
「……何のつもりだパンドラ?」
「サピエル7世、あなたのその目標はあまりにも危険すぎます! 私は再三言い聞かせたはずです、サピエル1世の意思とその思いを!!
 私はサピエル1世の意思を受け継いだ者として、あなたを全力で止めます! それが今の私に残された、唯一の役目です!!」
 
 私は魔法陣を展開し、教皇めがけて魔術を発動させた。魔法陣から発射された無数の『魔力弾』が教皇を襲う。
 
 魔術の中でも自分の魔力を弾丸として射出する『魔力弾』は、魔術を扱う者が一番最初に覚える初級魔術に分類される低レベルな魔術だ。しかし他の初級魔術と違って、『魔力弾』には長所がある。それは術者の技量次第で、その威力や特性を簡単に変更できることだ。
 私が発射した魔力弾は、魔力を高密度に圧縮して威力を大幅に増大させたものだ。それを私が出せる最大速度で発射した。直撃すれば大理石の分厚い壁すらも貫通する破壊力がある。それが生身の人間に当たれば、肉体など簡単に砕け散るだろう。
 更にそれを無数に発射して教皇の周辺を無差別に攻撃することで、教皇に避ける隙を与えない。
 
 魔力弾の雨が大理石の床を打ち砕き、衝撃で大量の粉塵が舞い飛んだ。
 
「はぁ、はぁ、これなら……」
 
 一気に大量の魔力を消費してしまった。しかし、教皇を相手にするならこれくらいしないといけない!
 流石に死んではいないだろうけど、行動不能にできる相当のダメージは与えられたはずである。
 
「――なんだ、お前の全力はその程度かパンドラ?」
「なッ!?」
 
 粉塵が収まって視界が開けた先に私が見たのは、攻撃前と何一つ変わらぬ姿でそこに立つ教皇の姿だった。
 
「お前の攻撃、見事なものだったぞ。サピエル1世の亡霊に囚われてさえいなければ、教皇親衛隊の座は確実だっただろうに」
「ど、どうして!? あれだけの攻撃を受けたはずなのに!?」
 
 確かに手ごたえはあった。間違いなく私の攻撃は教皇に直撃していたはずである。なのに何故!?
 
「不思議そうな顔をしておるなパンドラ? ワシにはこれがあるのを忘れたか?」
 
 そう言って教皇は手にしていた物を私に見せる。
 
「そ、それは!?」
 
 教皇が手にしていたのは、手の平いっぱいに収まっている大きな透明の球体だった。
 
「そうだ。これこそこの国の教皇が代々受け継いできた国宝、『神の涙』だ!」
 
 『神の涙』、それはサピエル法国の国宝に指定されている宝玉で、その正体は高純度の“魔鉱石”の塊だ。
 『神の涙』はサピエル法国の儀式でよく使われる物なのだが、『神の涙』には特徴的な特性がある。それは、魔力を吸収し貯蔵できるという特性だ。
 その特性を利用してサピエル法国では月に一度、信徒の魔力を『神の涙』に奉納する儀式「奉納の儀」が執り行われている。
 
「まさかそれで私の魔力弾を?!」
「その通り! 吸収したのだ!」
 
 迂闊だった……まさか『神の涙』の特性を防御に利用してくるなんて! これでは、魔術の攻撃は無効化されてしまうだけだ……。
 私は魔術の扱いは得意だが、その分物理的攻撃手段をあまり持ち合わせていない。魔術を封じられた今、教皇を止めるには明らかに力不足だ。
 
 ……どうする、このままでは勝ち目はない。一度退くべきだろうか? ……いや、ここで退いてしまったら教皇と対峙する機会はもう簡単には訪れない! 
 それになんとかしてここで教皇を押さえないと、間違いなくすぐに戦争が始まってしまう!
 
 私は再び魔力を滾らせる。
 
「ほう、この状況で逃げ出さないのか。お前はそこまで愚かではないと思っていたのだがな」
「私は何としてもあなたを止めないといけません! だからここで退くわけにはいかないのです!」
 
 そうは言ってみたものの、どうにかして違う手段を使わないと教皇が持つ『神の涙』によってまた攻撃が防がれてしまう。
 『神の涙』で防がれないためには……攻撃の手数をさらに増やしてみるか?
 
 この状況では何でも試すしかないと思い、私は魔法陣を二つ展開した。両方とも魔力弾を発射する魔法陣だが、その特性を変えてある。
 一つは先程同様に威力を上げた魔力弾。そしてもう一つは、軌道変更型の魔力弾だ。
 威力を上げた魔力弾で教皇の注意を引き、その隙に軌道変更型の魔力弾で死角から強襲する作戦だ。
 多方面から波状攻撃されれば、流石に『神の涙』でも全てを防ぐことは出来ないはずだ!
 魔力の消費が先程の比ではなくなるが、今は出し惜しみをしている場合ではない!
 
「魔法陣を二つ展開したか。何やら小細工を考えついたようだが、それでワシに勝てるとでも?」
「それはやってみないと分からないわ!」
「成る程な、自信はあるようだ。……だが、これ以上貴重な魔力を消費されるのは困るのだよ」
「それはどういう――」
 
 その時、突然全身から力が抜けて、私はその場に崩れ落ちた。
 同時に展開していた魔法陣も維持できなくなり消滅してしまう。
 
「な……なに、が……!?」
 
 突然の出来事に状況が掴めず、私はただただ混乱した。
 立ち上がろうと思って手足を動かそうとしても全く力が入らず、指の一本すら動かせないのだ。
 そんな私を見下しながら、教皇はこう言った。
 
「いやはや、お前が先程の魔術である程度魔力を消費してくれて助かったぞ」
「魔力を……消費? ……ま、まさか……!?」
 
 私はこの時、ようやく自分が置かれた今の状況を理解した。
 そうだ、サピエル法国にはこんな風に相手の行動を封じることのできる人物が一人いた!
 
「――気付くのが遅かったですねパンドラ」
 
 私の背後からそんな声が聞こえた。必死に目線を向けて見ると、一人の男が物陰から姿を現した。
 
「サジェス……!」
 
 そう、こんな芸当が出来るのはサジェスしかいない。4人いる教皇親衛隊の一人で、魔力操作の扱いに特化した男だ。
 サジェスの魔力操作は、他人の魔力すらも操ることができる強力なものだ。その気になれば相手の全身を流れる魔力の流れを乱して、動けなくすることなんて容易い。……今の私のように。
 
「お前はワシと同じ土俵に立つ強者だ、パンドラ。サジェスの力では全力のお前を行動不能にするのは無理だっただろう」
「ですが、魔力を大量に消費すれば話は別です。あなたが魔力を消耗した時点で、私の勝ちは決定したのです! ははははッ! どうですかパンドラ? 見事に罠に嵌った気分は!!」
 
 完全に私を制圧したことを確信したサジェスは、大声で高笑い本性を露わにした。
 ……なんてことだ、完全に詰んでしまった……。私は自分の責任感に囚われて、判断ミスを犯してしまった。
 あの時教皇を止めずに一目散に撤退して、貿易都市に逃げ込んで教皇打倒の戦力を整えるべきだった! ……いや、サジェスが伏兵として潜んでいた時点で、無事に逃げ切ることは難しかっただろう。
 結局は、教皇を説得してみせると言ってここに戻って来たことが、全ての間違いだったのだ。
 だがそれも、今となっては後の祭りだ……。
 
「さて、お前をただ殺すのは非常に惜しい。だからせめて、ワシの計画の役に立ってから死んでもらおうか」
 
 そう言うと教皇とサジェスは倒れている私へと近づいて来た。
 
「な、何を……」
「言っただろう? ワシは神になると。種族の次元を超える方法を、お前は知っているはずだぞ? その為にパンドラ、お前の魔力が必要なのだ!」
「まさか……!?」
 
 その瞬間、私の身体から魔力が急激に抜けていった。
 
「あ、ああ……」
 
 魔力が抜けるのに比例して、私の意識が遠のいていく。
 
(そうだ、『神の涙』とサジェスの力……。どうして私は、こんなことに今まで気付かなかったのだろうか……)
 
 この状況に陥って私はようやく、この二つの組み合わせの危険さに気付いた。
 教皇とサジェスはこのまま私の魔力を全て抜き取って殺すつもりだ。
 だけど遅すぎた……。私にはもう、抵抗する手段も力も残されていないのだから……。
 
(……ごめんなさい、ごめんなさいサピエル……。私は、あなたとの約束を守れなかった……。どうか……、許して……。こんな不甲斐ない、私を……ゆる……し……て…………)
 
 それを最後に、私の意識は二度と目覚めることはなかった。
 
 
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