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作者: 山のタル
残酷な描写あり
125.大工房計画3
 会議室の騒めきは、時間と共に大きくなっていく。
 私は自分の発言でこの状況が出来上がった事は分かったけど、その理由まではまだ理解できていなかった。
 答えを求めて隣にいるイワンさんの方を見るとイワンさんも私の方を見ていて、その表情は私と同じものだった。
 
 ……もしかして、カグヅチさんなら分かってるんじゃないだろうか?
 そう思ってカグヅチさんの方にチラリと視線を向けると、目線が合ったカグヅチさんは小さく首を振っていた。
 ……どうやら、相当何かやらかしたことは確実なようだ……。
 
「ミーティアさん」
「な、何かしら……?」
 
 私の事を急に名前呼びしてきたアルベリヒ。その眼は真っ直ぐに私を捉えていて、何かを決心したような覚悟を決めた目をしていた。
 一体何を言うつもりなのか……。私は咄嗟に身構えるような雰囲気を取っていた。
 
「これだけの物を用意されちゃあ、不満を言う方が傲慢ってやつだ。だから俺からはもう何も言う事はねぇ。俺はこの計画に、ミーティアさんの意向に従うと約束しよう!」
 
 アルベリヒはそう言うと、私とイワンさんに向かって深々と頭を下げた。アルベリヒの突然忠義を示すかのような態度に、私とイワンさんは只々呆気にとられて何も言葉が出てこなかった。
 
「な、何を言ってるんだアルベリヒ!?」
 
 そんな中で真っ先に反応したのは、先程まで小さく丸くなっていたヴァルカンだった。急に覇気を取り戻したように声を荒げ、ヴァルカンに突っかかりだしたのだ。
 
「それは『大工房計画』の実権を、鍛冶師でもないただの商人のミーティアに譲ると言っているようなものだぞ!?」
「俺はそのつもりで言ったんだが……、お前の耳は遠くなったのか?」
「なっ!? 正気かお前!?」
「勿論正気だ。正気の上で俺なりに考えて出した結論だ!」
 
 話の内容から当事者は私のようだが、その私を置いてけぼりにして話は進んでいった。
 かくいう私も話の流れに乗り遅れて、口を挿むタイミングを完全に失ってしまっていた。
 
「お前こそよく考えてみなヴァルカン。この鉄はあのカグヅチの所に卸されているものとほぼ同等の品質だぜ? それを使って物を作れるだけでも、鍛冶師の血が滾るってもんだ!
 ……まあ、工房の経営ばかりして実際に鉄を打った事のねぇお前には、この衝動は理解できねぇだろうがな」
 
 アルベリヒの言葉に賛同するかの如く、会議室に集まった鍛冶師の大半がコクコクと頷いていた。
 しかし、なるほど。ヴァルカンの体格が鍛冶師にしてはやけに細いと思ったら、鍛冶師じゃなくて経営者側の人だったんだ。だから生粋の鍛冶師のアルベリヒと意見が合わずに衝突していたのか。
 
「どうやら他の奴らは俺の考えに賛同してくれてるみたいだぜ。……いいかヴァルカン、少なくともお前よりはミーティアさんの方が俺たち鍛冶師の気持ちを理解してくれてるのは明らかだ! 
 だったら、大工房の経営はお前よりもミーティアさんに任せた方が、ここにいる奴らやここにいない他の鍛冶師達も納得するだろうさ!」
 
 またしても鍛冶師達はコクコクと頷いて、アルベリヒに同意の意思を示した。
 
「ぐぬぬぬ……!」
 
 周りの鍛冶師達の反応を目の当たりにして、ヴァルカンは悔しそうに歯を噛みしめる。
 ……なんだか盛り上がってる? けど、完全に私とイワンさんの事をそっちのけで話がどんどん進んでいた。
 流石に不味いのではないかと心配になって、私は隣で傍観していたイワンさんに声を掛けた。
 
「ねぇイワンさん、この計画の企画者はイワンさんのはずよね? なんだか勝手に、私が大工房の経営者になるような話になってきてるけどいいの?」
「確かにこの計画は儂が企画し、最終的に貿易都市の運営事業の一つになる予定ですぞ。しかし、その経営形態に関しては、元々彼らに決めてもらうつもりでした。これはその為の会議ですからな。彼らがそれで良いと結論を出したなら、その結論を尊重して事を運ぶつもりですぞ。……余程おかしな決定でない限りですがな。それに――」
 
 そう言うとイワンさんは私の耳元に顔を近づけ、周りに聞こえないよう声を小さくした。
 
「元々この場の全員からセレスティアさんへの信頼を得てこちらの要望を通しやすくする予定でしたから、むしろこの流れは儂等には都合がいいですぞ。ついでに言うと、セレスティアさんが経営者になれば、カグヅチの扱いをどうするかや収益の分配等も、セレスティアさんの自由に調節できるようになりますぞ。
 ここに来る途中でも言いましたが、大工房をセレスティアさんの計画の一部に組み込むのは一向に構いませんぞ。……勿論、貿易都市にも利益と恩恵をもたらしてくれる場合に限りますがな」
 
 成る程、確かにそれなら私には都合がいい。いや都合が良すぎるな。
 大工房が貿易都市の運営事業の一つになるということは、貿易都市からの支援と後ろ盾が完備されるということだ。その上で私が大工房の経営者となったなら、それこそ文字通り私の都合のいいように大工房を動かすことが出来るようになるだろう。
 一応念を押すような最後の一言はあったけど、協力者となった関係上その辺りの配慮を蔑ろにするつもりは私には更々ないので、そこは問題ない。
 
 私とイワンさんがそんなやり取りをしている間にも鍛冶師達は話を進めていて、いつの間にか私を大工房の経営者にするということが多数決で可決されていた。
 
「「「ミーティアさん、よろしくお願いします!」」」
 
 こうして私は大工房の経営者という、新しい立場を得ることになったのだった。
 
 
 
 それからも会議は続き、大工房の運営方針や役割配属などを次々と決めていった。
 基本的にイワンさんは会議を傍観するスタンスを貫き通すつもりだったので、ほとんどの最終決定は経営者になった私がすることになった。
 
 その結果大工房の運営方針は、イワンさんの当初の目的通り鍛冶師工房の協力連携体系の確立となった。
 まずはその手始めとして、大きな鍛冶場を所有しているヴァルカン工房とアルベリヒ工房を大工房計画に賛同した鍛冶師達に開放することが決定された。これは基本的に個人経営の鍛冶師達が大きな鍛冶場を利用することで大人数の作業に慣れることと、今までバラバラだった鍛冶師達の横の繋がりを強化するのが目的だ。
 ただし、これは現在戦争を間近に控えている為の一時的な処置に過ぎない。戦争が終結し情勢が落ち着き次第、貿易都市北側の『工業区画』の区画整理と現存の鍛冶工房の解体を行い、新たに巨大な鍛冶工房を建設する。そしてその巨大鍛冶工房設立こそが、『大工房計画』の最終目標になるとイワンさんは鍛冶師達に告げ、その案は満場一致で合意を得ることとなった。
 
 次に大工房の人事に関してだが、代表者は当然のごとく計画の企画者であるイワンさんとなり、経営者は先程鍛冶師達の多数決で勝手に決定された私が担当する。
 そして大工房全体を取り仕切る工房長だが、私の強い推薦でカグヅチさんが担当することになった。カグヅチさんは当初「そんな大役は俺には向かない!」と言って反対していたが、代表者のイワンさんと経営者の私と繋がりのある人物がカグヅチさんしかいないと言って説得し、最終的には渋々であったが引き受けてくれた。
 他には、在庫管理や経費管理を担当する経理をヴァルカン。工房内で鍛冶師達の指揮や育成を担当する現場監督をアルベリヒに任せることで話は纏まり、こうしてようやく『大工房計画』が始動する準備が整った。
 
「そう言えば、大工房の名前はどうするんだ?」
 
 早速計画を始動しようとした矢先、アルベリヒさんが唐突にそんなことを言った。
 
「名前?」
 
 それはあれかな? 「ヴァルカン工房」や「アルベリヒ工房」の様な名前の事かな?
 正直、私は名前を付ける必要性はあまり感じてない。でももし名前を付けるとするなら、二つの例にならえば代表者の名前から付けているから「イワン工房」、もしくは「イワン大工房」になるのかな?
 
「代表者の名前でいいだろう」
「そうだな」
「シンプルなのが一番だ」
 
 私が余計なことを考えている間に意見が纏まったようで、大工房の名前が決定したみたいだ。
 
「では工房の名前は、『ミーティアの工房』ということでよろしいですね?」
「「「異議なし!!!」」」
「……は?」
 
 イワンさんの決に鍛冶師達は満場一致で賛同していた。
 
「いやいやいやいや、イワンさん!?」
「どうかしましたかミーティアさん?」
「どうしたもこうしたも、何で私の名前が工房の名前に使われてるの!? 代表者って言うなら、『大工房計画』の企画者のイワンさんの方が妥当じゃないの!?」
 
 先程の話し合いで代表者はイワンさん、私は経営者に決まったはずだ!
 そして「代表者の名前を付けよう」という話になっていたはずなのに、それがどうして経営者の私の名前を付けることになっているのか、訳が分からない!
 しかし私の抗議に対して、イワンさんはこう答えた。
 
「確かに儂は代表者ですが、大工房の手綱を直接握っているのは経営者のミーティアさんなのですぞ。であれば、ミーティアさんの名前を工房名にするのは何もおかしなことはないですぞ。
 それに、皆はミーティアさんの名前を付けることに満場一致で賛同したのですぞ? 例えミーティアさんが反対しても多数決で勝ち目はないと思いますが?」
「そ、それは……」
 
 確かに鍛冶師達は全員、工房名に私の名前を付けることに賛同した。既に多数決で勝敗は目に見えていてこれを覆すのは不可能だ。
 でも私はあまり目立つことはしたくない。本当ならイワンさんの名前か、第二候補としてカグヅチさんの名前でもいいのではないかと思っている。
 しかし経営者の権限で無理やりそんなことをしようものなら、折角始動し始めようとしている計画の士気に関わることにもなりかねないし……うむむむ~……。
 
「……はぁ、分かったわ。皆がいいならそれでいいわよもう」
 
 結局悩んだ末、いい解決策が浮かばずに私は折れた。こうして大工房の名前は「ミーティアの工房」と名付けられることになったのだった。
 
 
 
 大工房の名前が決まったその後、開戦まで時間が無いので早速計画を始動させた。
 まずはヴァルカンの工房とアルベリヒの工房でそれぞれ製作する武器防具の数と種類を決め、その為に必要な素材の量を計算し、製作を担当する鍛冶師達の振り分けを行った。
 それが決まると今度は、それぞれの工房に必要な素材を運び込む段取りを整えた。
 
 そうして決めることを全て決めた私達は、会議を終えて解散しようとした。その瞬間――
 
「し、失礼します!」
 
 突然会議室の扉を勢いよく開いて、一人の兵士が飛び込んできた。兵士の息はとても荒く、顔からも汗が噴き出していた。余程急いでここまで走って来たのが簡単に窺える。
 兵士が身に着けている鎧はブロキュオン帝国軍の物だったので、おそらくこの兵士はブロキュオン帝国軍の伝令なのだろう。
 
「一体何事ですかな!?」
「た、大変ですイワン様! サピエル法国が……」
 
 息を荒くしていた兵士は一息だとそこまでしか喋れず、呼吸音が聞こえるくらい大きく息を吸い込んで一度呼吸を整えた。そして衝撃の一言を会議室に投下した。
 
「サピエル法国がムーア王国に進軍を開始しました!!」
 
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