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作者: 山のタル
残酷な描写あり
54.それぞれの日々・サムス編1
 大陸の中央に聳えるディヴィデ大山脈の中腹に存在する、どこの国にも属さない完全中立都市『貿易都市』。あらゆる種族と文化と物が交わる、流行の最先端を突き進む時代の中心地だ。
 
 僕の名はサムス。セレスティア様に仕える使用人の一人だ。今は訳あってセレスティア様の元を離れて、この貿易都市で仕事をしている。まあ離れているとは言っても、セレスティア様が先日貿易都市で購入された新しい家に転移陣を設置したので、いつでもセレスティア様のいる屋敷に戻ることは可能である。
 僕の他に三人、セレスティア様の元を離れて働く使用人がいる。ニーナとクワトルとティンクだ。僕達四人はセレスティア様が購入された家で生活しているが、仕事はそれぞれバラバラである。
 ニーナは、綺麗好きな性格を活かして『美化清掃員』と『宿屋従業員』二つの仕事を掛け持ちしている。特に美化清掃員の方では、沢山の部下を引き連れて目覚ましい活躍をしているとか。その証拠に、僕の職場でもその噂は度々聞こえてくる。
 クワトルとティンクはコンビを組んで“ハンター”をしている。パーティ名は『ドラゴンテール』と言う。クワトルは料理人として長年培った包丁捌きの技術を剣に応用し“剣士”として、ティンクは本来得意の物理戦を封印して“魔術師”として活動している。もちろんハンター活動は至って順調だ。むしろこの二人が揃っていて、苦労することの方が難しいだろう。
 
 一方僕は、『管理棟雑務員』という仕事をしている。管理棟雑務員とは、貿易都市のシンボルである『中央搭』の隣にある『管理棟』という建物の中で様々な裏方仕事、つまり雑務を担当する仕事のことだ。説明からも察しはつくかと思うが、三人な比べれば相当地味な仕事である。
 しかしセレスティア様の元にいた時から、屋敷の裏方仕事ばかりしていた僕にとっては、こういう仕事は慣れたものだ。
 僕は三人と違って目立った活躍をしている訳ではない。だけど着実に実績は積み上げていて、今は手広く仕事をさせてもらっている。それに管理棟雑務員は公務員職にあたる職で、貿易都市の重要施設で働く為、給料はかなり高く十分に割りの良い仕事である。
 
 
 
 僕は今、管理棟の地下にある書庫に来ていた。ここには管理棟内にある『ハンター組合』、『商人組合』、『労働組合』、『役所』の4つの施設全ての書類や資料、貴重品等の膨大な重要物を保管している巨大な書庫だ。
 何故僕がここにいるのかと言うと、ここにある膨大な資料の整理するのが今日の仕事だからである。その量が量なので、僕を含めた数十人の雑務員で数日掛けて整理する予定になっている。今日はその一日目だ。
 
「なぁ、サムス」
「なんですか?」
「俺達、今どらくらいの時間仕事した?」
 
 この書庫には時計がない。地下なので外の景色を見て時間の経過を確認することもできない。僕はとりあえず自分の勘を頼りに適当に答える。
 
「そうですね……大体一刻4時間と1時間ほどでしょうか」
「ってことは、朝の刻8時に仕事を始めたから、今は丁度昼の1時13時頃か! どうりで腹が減ってるわけだ……」
 
 僕の隣でそんなことを呟き、お腹を擦るジェスチャーで空腹ということを表現している男は“リジェン”だ。彼の言う通り今はお昼頃で、丁度お腹が空いてくる時間帯だ。朝から休憩を挟まずに手を動かしていた所為もあり、空腹感はいつもの倍増しでここにいる全員に襲い掛かっていることだろう。
 僕の身体はセレスティア様にゴーレム化を施されているので、数日は食事をしなくても特に問題無いが、周りの人はそうではない。僕とリジェンの会話に聞き耳を立てていた人達が、気にしないようにしていた空腹感を無視できなくなってお腹をグゥ~っと鳴らし、僕の顔を伺うようにチラチラと見ていた。
 
「そうですね、この辺りで休憩も兼ねてお昼に行きましょうか」
「流石サムス、話が早い!」
 
 僕は今回の仕事の責任者を任されている。その僕がそう言ったことで、全員がホッとしたように息を吐き、表情が明るくなった。
 
「では、全員切りのいいところで昼休憩にしましょう。午前中に仕事を詰め込んでしまったので、仕事の再開は夕の刻16時からにします」
 
 仕事量の采配は責任者の僕に一任されている。僕が仕事に集中しすぎて昼休憩が遅れてしまったので、昼休憩の時間を多めに取ることにした。僕は一日中休憩無しでも働けるが、他の人はそういうわけにはいかない。なにも初日から根を詰めて働く必要はないのだ。
 
 
 
 僕とリジェンは管理棟近くの飲食店に入り、適当な昼食を取っていた。時間は昼の1時13時のお昼時をとっくに過ぎており、店内は僕達以外に二組のお客がいる程度のガラガラ具合だった。
 
「さっきはありがとう、リジェン」
「なぁに、気にするな。お前に口を出すのが俺の仕事だ。お前は仕事に集中しだすと手は早いが、仕事以外の状況判断が極端に鈍るのが難点だ。誰かがサポートしてやらないと、他の奴が次々倒れちまうからな!」
 
 リジェンの言うとおり、僕の仕事スピードは雑務員の誰よりも早い。そのおかげで今まで色々な仕事を任されてきたし、今回のように責任者として仕事を回す役目もさせてもらえるようにもなった。だけど、セレスティア様の元にいた時は一人で仕事を全てこなしていたので、僕はまだ他人を動かして仕事をする感覚がよく分かっていない。
 だからさっきのようにリジェンが時間を聞いてこなければ、昼時になっていることにいつまでも気付くことなく、全員の昼休憩が無くなっていただろう。
 もしそうなっていたら仕事の評価を下げることになり、セレスティア様の計画に不備が生じる恐れがあった。それだけは絶対にあってはならない! 僕は改めて、リジェンと知り合いになって良かったと心から思った。
 
「本当に助かったよ」
「だから気にするなって。……でもそうだな、どうしても礼がしたいって言うなら、今日の昼と晩の飯代で手を打ってやってもいいぜ?」
「わかったわかった。是非奢らせてくれ」
 
 計画の為にも無駄な出費は出来る限り抑えた方がいいが、仕事の評価を下げて計画に影響が出てしまうよりかはマシだし、それで恩を返せるのなら安い出費であった。
 
「よっしゃあ! お前のその物分かりが良すぎるところ、本当に大好きだぜ!」
 
 リジェンの台詞を聞いた若い女性店員が勢い良くこちらに振り向いて、熱い眼差しで目を輝かせて僕達を見ていた。
 
「やめてくれリジェン、僕にそんな趣味はない!」
「へっ、バカ言え、俺にもそんな趣味はねぇよ!」
 
 そんな冗談をかましつつ昼食を終えた僕達は、書庫に戻って今日の分の仕事を終わらせると、そのままリジェンが行きつけだという酒場に出掛け、雑談を交じえながら二人で夜遅くまで飲み明かすことになった。
 
 
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