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作者: 山のタル
残酷な描写あり
53.それぞれの日々・ニーナ編4
 私の目の前には、部下達に捕らえられ、逃げられないように縄で縛り上げた老人が正座していた。
 正直言うと、私自らこの落書き犯に今すぐ制裁を加えたいところだったが、犯人が老人である事、そして周りに沢山の野次馬の目があったので、下手に手を出すことが出来ずにいた。ここまでの流れをずっと見ていた野次馬達はこの老人が落書き犯だと分かっているだろうが、動けなくした老人相手に制裁を加えれば、絵面的にこちらが老人虐待で非難される可能性があった。今はフロンが警備隊を呼びに行っているので、私はそれまでに老人から詳しい事情を聞くことにした。
 
「――さて、事情を説明していただけますわね?」
「……」
「おい、じいさん! ニーナさんが質問してるんだぞ!? なんとか言え!」
「……わしは悪いことはしたとは思っとらん。それより、早く縄を解かんか!」
「てめぇ! 自分が何をしたか理解してねぇようだなぁ!?」
 
 怒り心頭の部下達が老人に突っかかり始めた。
 
「止めなさいあなた達!」
「「はいっ、ニーナさん!」」
 
 まったく……あれじゃゴロツキと変わらないわ。まあ部下達は元々その筋の人間だったから、まだその感覚が抜けていないのは仕方ない。ここは私が手本を見せるとしましょう。
 
「おじいさん、私達はあなたが何故小屋に落書きをしたのか、その理由を教えてほしいだけなのです。――説明していただけますわね?」
「…………」
 
 黙り、か……。このおじいさん、登場したときに聞いてもないことをべらべらと勝手に喋ってくれていたから口は軽いと思っていたけど、どうやらあれは感情的になって一時的に饒舌になっていただけのようだ。
 ……仕方ない、別のアプローチをしてみよう。
 
「……そうですか、話したくないなら仕方ありませんわね。……共犯者であるおじいさんのお仲間に尋ねることにしますわ」
「なっ!?」
 
 おじいさんは明らかに動揺した様子を見せる。
 
「な、何を言う! 今回のことはわしが一人でやったことじゃ! 共犯者などおらん!」
 
 おじいさんは大声でそう主張するが、共犯者がいることは既におじいさん自らが証言していた。
 
「あら? おじいさんさっき言ってましたよね? 『あれはが魂を込めて仕上げた傑作』、だって」
「あっ……」
 
 おじいさんは『しまった!』と思ったようだが、もう遅い。何故なら、私や部下達、そして周りにいる野次馬達はおじいさんの言葉をしっかり聞いていたし、何よりさっきのおじいさんの反応を見て全員が、あの落書きはおじいさんを含めた複数人の犯行であると確信したからだ。
 おじいさんはそ~っと周りを見渡して、全員が疑いの目で自分を見ていることに気付いて、もう言い逃れはできないと悟り、素直に語り始めた。
 
 話を纏めるとこういうことらしい。
 おじいさんは『グラン』という名前で、貿易都市北側の『工業区画』にあるアトリエで芸術家として二人の芸術家仲間と一緒に暮らしていた。
 グランさん達はアトリエで作った作品を売ったり、時たま芸術教室などを開いて生計を立てていたそうだが、売り上げ不振と生徒数減少が重なり生活が厳しくなったそうだ。
 そこで、その状況を打開するために、建物に落書きをして自分達の芸術を宣伝する作戦を思い付いて行動に移した。と言うことらしい。
 
「なるほど、グランさん達の事情は理解しましたわ」
「じゃ、じゃあ……!」
「今私の部下が警備隊の人を呼びに行っているので、後は到着次第引き渡しをするだけですわね」
「なんでじゃあ!?」
 
 突然グランさんが私の言葉にツッコミを入れる。何かおかしな事を言ったかしら?
 
「今の流れは、わしを見逃す流れじゃろうが!?」
 
 ……一体何を言っているのかしら?
 
「そんなに甘い話があるわけ無いですわ。依頼を受けた正式な仕事で描いたというなら話は別ですが、グランさん達は無許可で公共施設に手を加えた『器物損傷』の罪に該当する可能性がありますので、見逃すなんて選択肢は初めからありませんわ」
「で、では何故、わしから事情を聞き出したりしたのじゃ?」
「それは単に、私が事の真相を知りたかっただけですわ。警備隊に連行された後では聞き出すことは出来ませんから」
「そ、そんなぁ~……」
 
 勝手に抱いた希望が虚像だったことを悟り、グランさんは激しく項垂れた。まあ、自業自得だから同情する気もないですわ。
 その後、フロンが連れて来た警備隊によって、グランさんは連行された。私はその時警備隊の人に、グランさんから聞き出した事を簡単に説明しておいた。これで他の仲間二人も直に捕まり、相応の処罰が下されることになるでしょう。
 
「さあみんな、まだ仕事は残っていますわよ! さっさと片付けを済ませて、持ち場に戻りましょう!」
 
 
 ◆     ◆
 
 
 数日後――
 仕事場に到着した私は作業着に着替えると、足早に廊下を進んで庭に出る。普段は広々として殺風景極まれりな庭だけれど、今日は沢山の人で溢れている。赤・青・緑・黄・紫色のストライプが入った制服を着た美化清掃員、全員がこの場に集まっていた。私はその中から第4部隊の列を見つけてその先頭に並ぶ。
 何故美化清掃員が全員集まっているかと言うと、今日はこれから定例集会があるからだ。美化清掃員の定例集会は一ヶ月に一度行われ、その際は基本的に全員出席が義務付けられている。
 集会と言っても話す内容は業務的な話を一時間以上も聞かされるだけで、これといって面白みがあるわけではないし、ためになる話が飛び出すわけでもない。正直、私にとっては退屈な時間だ。長い時間じーっと突っ立って話に耳を傾けている暇があるなら、その時間で仕事をして体を動かしているほうがよっぽどマシである。
 しかしそう思ってみても、こうやって集会に出席するのも仕事の内に入るので、リーダの私が欠席する訳にはいかない。「これも全てセレスティア様の事を思えばこそ……!」そう心に言い聞かせ、いつも我慢している。
 
 そんな心の葛藤と格闘している内に、話が終わったようだった。その証拠に、いつも話が終わった時に漏れる安堵のため息が、周りから聴こえてきた。私もその例に漏れず、ついため息が出てしまう。
 そしてこの後は、いつものように「解散!」の号令と共に、蜘蛛の子を散らすように皆がそれぞれの仕事に戻るのだ。「やっと仕事に戻れる……」とそう思ったが、今日は様子が違っていた。
 
「えー、次に全員に紹介しておく人物がいる。――どうそ、前へ」
 
 美化清掃員重役のその言葉で、三人の人物が壇上に姿を表した。
 
「あ、あいつは!?」
「ニーナさん、あれって……!?」
 
 現れた人物を見て部下達が動揺している。それは私も同様だった。何故なら、現れた三人の内の一人は最近出会った人物で、それなりに印象強く記憶に残っていたからだ。
 私はポツリとその人物の名前を呟いた。
 
「……グラン、さん?」
 
 壇上に上がった三人は、顔には皺、髪には白髪が混じった老人達だった。他の二人は知らない人だが、グランさんを見間違えたりはしない。グランさんは以前ごみ集積小屋に落書きをした張本人で、その存在は私達“第4部隊”の記憶に、『罪人』としてしっかりと焼き付いているからだ。
 しかしグランさんは今、警備隊に連行されて何かしらの処罰を受けているはずだ。それが何故ここにいるのか、その理由が解らない。
 
「あのじいさん、何でここに!?」
「あんなことをしておいて、よくも俺達の前に出てこれるな!」
「どういう風の吹き回しなんだ……」
 
 集会中のため、大きな声を出せずにヒソヒソ声になっているが、部下達はかなり混乱していた。
 
「ニーナさん、これは一体どういうことでしょうか?」
 
 フロンが混乱した様子でそう聞いてくるが、私にも検討は付いていなかったので答えようが無かった。
 
「えー、こちらの三人は芸術家で、私の隣から“グラン”さん、“ドーファ”さん、“ザース”さんという。皆には、以前第4部隊の管轄にあるごみ集積小屋に落書きをした三人、と言えば分かりやすいだろう」
 
「ああ~、あの例の」「第4部隊の逆鱗に触れた愚か者か……」「何でそいつらがここに?」「処罰を受けてるんじゃなかったのか?」と周りがさっき私達がしていたのを繰り返す様にざわざわし始めた。
 
「彼等は本来処罰を受ける立場なのだが、実は彼等がごみ集積小屋に描いたあの落書きの評判が意外と良くて、今ちょっとした噂になっているのだ。それを知った貿易都市の上層部が、彼等の芸術で人寄せをする計画を立案された。そこで彼等の今回の罪を特別に不問とし、その代わりに数ヵ月の監視付きで貿易都市への奉仕活動、つまり彼等は、これから無償でいくつかの公共施設に芸術を施すことになった。
 なのでこれからは、彼等が仕事で描いた作品は消さないように各員十分に注意してほしい。無論、無許可で描かれた落書きがあれば、今まで通りの対処で構わない。彼等が仕事で描いた芸術と建物は、順次リストアップして掲示板に掲載するので各員しっかりと目を通しておくように!
 では今回の集会は以上、解散!」 
 
 ざわめきを残して周りの人達が解散していく中で、私達第4部隊の面々は半ば放心状態で動けずにいた。
 ……もう一度状況を整理してみよう。話の通りならグランさん達三人は建物に芸術を施す行為を、貿易都市の上層部から正式に認めたという事らしい。そしてそれは、前の様に無断で描かれた“落書き”ではなく、正式な仕事を受けて描いた“芸術”となることを意味している。
 ……その時私は、グランさんに言った言葉を思い出した。
 
(依頼を受けたで描いたというなら話は別ですが、――)
 
 ……そう、正式な仕事ならいいのだ。それは許可をしっかりと得ているので、私達がとやかく言える問題ではないからだ……。
 
「……なんだか、してやられた気分ですわね」
 
 その後しばらくの間もやもやした気持ちを残したまま、私達第4部隊は日に日に増えていくグランさん達の芸術作品を複雑な気分で眺めるしかなかった。
 
 
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