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作者: 山のタル
残酷な描写あり
55.それぞれの日々・サムス編2
「なぁ、サムス」
「なんですか?」
「書庫の整理を始めてから今日で4日目だけどさ、進捗状況はどうなんだ?」
 
 いつもの飲食店で昼休憩をしていると、突然リジェンがそんな質問を投げてきた。
 
「そうですね、今で大体2~3割が終わったところだと思いますよ」
 
 僕の回答を聞いて、リジェンは明らかに表情を暗くする。
 
「マジかよ……」
「まあ、書庫の中には膨大な資料が保管されていますから、時間が掛かるのは仕方ないですよ。でも実は、これでもペースは早い方ですよ」
「えっ……?」
「僕がこの仕事を引き受けた時、どれくらいの時間が掛かるのか聞きましたが、前回は2ヶ月程度掛かったそうです。そう考えれば、このペースは異常と言ってもいいでしょうね」
 
 僕の言葉を聞いたリジェンは少し考える仕草をし、ポンッと手を叩くと、妙に納得がいった表情で口を開いた。
 
「――ああ、確かに異常だ。誰も仕事をサボって無いからな」
 
 ……それが普通では? そう思ったが、リジェンが言うには違うらしい。
 
「いいかサムス、仕事っていうのはな、休憩無しではできないんだよ。誰もがお前の様に集中力が長続きするわけじゃない。というより、むしろお前だけ異常だ。
 大抵の奴は、2時間以上集中し続けることは困難なんだ。だから、疲れた精神をほぐす為に定期的にサボる必要があるんだよ」
 
 リジェンの言うことも尤もだった。僕の身体はゴーレム化の影響で疲れにくい。数十年もそんな状態で過ごしてきた僕はそれが普通といつの間にか勘違いしていたみたいで、リジェンの説明を聞き自分の認識がいつの間にか変わっていたことを再認識した。
 しかし、ここで一つ疑問が浮かぶ。
 
「……ちょっと待ってください。それだと何で全員がサボらずに仕事を続けられているのですか?」
「……お前、まさか無自覚だったのか?」
 
 呆れたものを見るような目で、リジェンは僕のことを見る。
「何の事ですか?」と返すと、リジェンは大きなため息を一つ吐いて、丁寧に説明してくれた。
 
「サムス、お前はな、仕事の分配が上手いんだ。効率的と言った方がいいかもしれない。一人一人に任せる仕事は多すぎず少なすぎずの適量を渡しているし、それが終われば少しパターンの違った仕事を渡して作業的にさせないようにしている。そうすることで仕事に飽きを作らず、モチベーションを維持させているんだ。
 そしてもう一つは、私語を禁止してないことだ。集中で張った精神を解すにはサボるのが一番効果的だが、実は誰かと会話するだけでもその効果がある。頭の固い連中は『黙々と仕事をしている方が効率が良い』と勘違いして、仕事中の私語を禁止したりしてるそうだが、それをすると必ず仕事の後半で疲れた精神を休めようと本能が無理矢理働いて、眠気を引き起こす。そんな状態で仕事をし続けたら、効率が悪くなるのは目に見えてる。
 お前は仕事中でも私語は禁止してないし、話題を振られたら手を動かしながらでも気楽に答えてくれるだろ? 責任者のお前がそうしてるお陰で、周りは気楽に私語をすることが出来て精神をほぐせてるんだ。ついでに言うと、それで仕事の雰囲気も良くなるから、皆楽しそうに仕事に取り組めているのも大きな点だろう。
 その結果、誰もサボることなく、異常なペースで仕事が出来ているって訳だ」
 
 リジェンはそれがまるで凄い事のように話しているが、やはり僕は凄いとは思えなかった。だってそれは僕にとって当たり前のことだからだ。
 僕がセレスティア様の屋敷にいた時は、雑務的な仕事は僕に一任されており、僕はその時、数体のゴーレムに仕事を手伝わせていた。ゴーレムは指示が無いと動かないため、僕は昔から手を動かしながら効率的に指示を出すということに慣れていた。そして仕事中の私語を禁止していないのも、そんな環境で仕事をしたことがなかったから、特に禁止する必要性を感じていないだけだ。
 
「それって、普通じゃないのか?」
「……お前、やっぱりすげぇわ。そういうところも、大好きだぜ!」
 
 ガタッ――
 
「……だから、僕にそんな趣味は無い」
「奇遇だな、俺もだ!」
 
 若い女性店員の視線が突き刺さる中、僕達は昼食を食べ終え、足早に書庫へと戻った。
 
 
 
 その夕方――
 
「おい、サムス! ちょっといいか?」
 
 何やら慌てた様子でリジェンが声を掛けてきた。
 その様子から何かあったと察した僕は、仕事の手を止めて話を聞くことにした。
 
「今、資料の整理をしてたらこんな物が出てきたんだが……ちょっと見てくれないか?」
 
 リジェンはそう言って、一枚の古びた羊皮紙を僕の目の前に広げる。羊皮紙にはミミズがのたうち回った様な、荒々しく汚い、走り書きの文字が書いてあった。僕は目を凝らして、その文章を解読する。
 
「ええと、『悪魔の本に気を付けろ! 耳を傾けるな! 決して触れるな! もし触れてしまえば、触れた者に不幸が訪れることになる!』……。リジェン、これは……?」
「俺にも分からない。昔の人のいたずらの可能性もあるが……、この書庫にはいろんな物が保管されているからな。そんな類いの本が本当に封印されていても、なんら不思議じゃない」
 
 リジェンの言う通りだ。この書庫には資料以外にも膨大な量の物が保管されて、その全貌を知っている人はいないと言われている。僕達が今やっている資料の整理も、全体からみればほんの一部にすぎない。その中に羊皮紙に書かれているような、“曰く付き”だったり、“危険”な物が封印・保管されている可能性は十分にあった。
 
「確証がある訳じゃないが、仮にそんな危険そうな本が実在したとして、それが何処にあるか分からない以上、万が一にも事故が起こらないように全員に注意を促した方がいいと思う」
「……それに賛成です。それじゃあリジェンは全員にこの事を伝えてくれますか? 僕はこれを上層部に持って行って、対処を促してきます」
「わかった!」
 
 リジェンはすぐさま全員を集めると、怪しい物に近付かないようにと注意喚起をしてくれた。
 僕はその間に、古びた羊皮紙と白紙の紙を持って書庫を出る。書庫を出てすぐ、僕は周りに人目が無いことを確認して、魔術を一つ発動させる。
 
「……“転写”!」
 
 “転写”は、紙に書かれた文章等を他の紙に写し取る魔術だ。
 術が発動すると、古びた羊皮紙に書かれている文字が分裂して浮かび上がり、白紙の紙に吸い込まれるように落ちていく。そして白紙だった紙には、羊皮紙に書かれている文章と寸分の違いも無い文章が刻まれた。
 
「……これでよし!」
 
 転写した紙を丸めて懐にしまい、僕は改めて羊皮紙を上層部に持って行くために歩き出した。
 
 
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