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作者: 山のタル
残酷な描写あり
28.鉱山の異変12
 魔獣が倒れ、鉱山には歓喜の声が響き渡る。
 その様子を、高台にある木の上から見下ろしている男がいた。
 
「……まさか、魔獣を倒すとは、予想外だな」
 
 周りの景色に溶け込むような迷彩柄のローブで身を包んだ男は、そう呟いて立ち上がる。
 
「でもまあ、これで旦那の実験は成功だな。魔獣が倒されたならもうここに用はない。旦那に報告しに戻るとするか」
 
 そう言って男は音を立てること無く木の枝に次々飛び移り、森の奥へと消える。
 鉱山にいる勝利に沸き立つ人達がそんな男の存在に気付く事はなかった。……ただ一人、森の奥に消えていく男の背中を見ていた少女を除いて。
 
 
 
 男が木の上を飛び移りながら森の奥に向かって進んで行くと、少し開けた場所が見えてきた。
 その場所には、男と同じ迷彩柄のローブで全身を覆った人物が倒木に座わっており、男は木の上から飛び降りるとその人物の近くに音を立てずに着地した。
 
「今戻ったぜ、旦那」
「おお、戻ったか“マター”!?」
 
 旦那と呼ばれる倒木に座っていた人物はそう言って立ち上がり、帰って来た男、“マター”を出迎えた。
 
「しかし、いつ見てもお前の技術は凄いな。移動する音も立てず、気配すら感じさせないとは」
「仕事上これくらい出来ないとやってられませんからね」
 
 マターは“旦那”と呼ぶ人物(声からして男)に軽くそう返して、男の対面の倒木に腰掛けた。
 
「それでマター、実験の様子はどうなっていた?」
「結論から言えば実験は成功です。魔獣は誕生してましたよ」
 
 マターの報告に「そうか!」と声を上げ、男は手を震わせながら喜んだ。……しかし、次のマターの言葉でその喜びは驚愕へと変化する事になった。
 
「しかし残念なことに、誕生した魔獣は先程討伐されました。それも、、です」
「な、なんだと!? ……冗談は止せマター、相手は魔獣だぞ? あれは力の大小関係なく"災害"だ。それをたった3人でなどと――」
 
 男はそこまで言うと、マターの表情を見て口を止めた。
 マターの表情は真剣そのもので、男は長年の付き合いから、マターが決して冗談を言っているわけじゃないと悟ったからだ。
 
「――本当、なんだな?」
「俺はこの目でその瞬間を見てたんですよ?
 それに、自慢じゃありませんが、俺は今まで嘘の報告をしたことがありません。長い付き合いですから、旦那は分かってくれると思ったのですがね……」
「すまんなマター。確かにお前は冗談をよく言いはするが、仕事はきちんとする男だったな」
 
 男はマターに頭を下げて、素直に謝罪した。
 でもマターは特に気にしてはいなかったので、「分かってくれればいいですよ」と男の謝罪を軽く流すだけだった。
 
「それで、魔獣を倒したというその3人は何者だ?
 お前の事前報告だと、集まっていた中で魔獣と戦えるのはマイン領主軍・元帥のヴァンザルデンぐらいだと言っていたから、一人はヴァンザルデンだと思うが、あと二人は誰なんだ?」
「いえ、ヴァンザルデンはその3人に含まれてません。奴も戦いには参加しましたが、例の3人がそれまでに殆どのダメージを魔獣に与えてからでした」
「では、その3人とは一体誰なんだ?」
「……分かりません」
「分からないとはどういう事だ?」
「言葉通りの意味ですよ。俺はその3人の事を知らないんです。
 あんな規格外な奴等が集まった中にいるなんて事前の情報には無かったですし、たとえその情報を隠していたとしても、あれ程の強さの人物なら相当名の知れた人物のはずだと思うのですが、各国の有名な実力者の誰でもありませんでしたよ」
 
 マターは男に、鉱山で何が起きたのかを詳細に説明した。
 例の3人の特徴、魔獣を圧倒した見たこともない魔術、そして一度も優勢を崩すことなく魔獣を仕留めた3人の戦いぶりを。
 
 
 
「――成る程な。では、あの突然現れた巨大な雷雲はその少女が出していたのか。……信じられんなぁ」
「まあ、信じられないのも無理ないですよ。俺だってこの目で直接見ましたが、今でも夢じゃなかったのかと思ってるぐらいですからね。……でも、これが事実です」
 
 マターは自分の見間違いでないことを、ハッキリとそう言って断言する。
 男も別にマターの言っていることを疑っているわけではない。ただ、あまりにも荒唐無稽な内容すぎて、事実として認識するのに常識が邪魔をしていただけだった。
 
「で、お前が危険視するなら、3人の内の誰だ?」
 
 男のその質問に、マターは少し考えてから答える。
 
「……大魔法を使った少女……と言いたいところですが、大剣を操り他の二人に指示を飛ばしていた妙な白い服を着た女ですかね」
「それはなぜだ?」
「少女は大魔法が使えると言っても、所詮は魔術師です。接近戦に持ち込めれば俺の方が有利ですし、魔力が切れればただの非力な少女でしかありません。
 でも、あの女はそうじゃありません。魔法陣を描いたり、鉱石の山を身の丈以上の大剣に変化させたのを見る限り、少女と同じ魔術師なのは分かりますが、魔力量は桁違いに高いのは明白です。更に、女が使った魔術は見たことも聞いたこともない物です。ハッキリ言って底が知れません。
 それに、あの大きな大剣をあれ程器用に操れるのですから、普通の大きさの剣ならもっと器用に扱えるでしょう。それこそ、人間の限界を超えた動きで……。そうなれば、接近戦でも魔術が使えないこちらが不利です。
 さらにあの戦いぶりを見ると、状況を的確に判断して指示を出せる指揮官能力もあるとみていいでしょう。そんなの、勝てる気がしませんよ」
 
 マターはそう言って両手を軽く挙げる。
 
「お前がそこまで言うとは……その女、探らせてみるとするか。今後、私の研究の邪魔者になるかもしれないしな」
「それが良いでしょう。
 でもまあ、それはさておき、魔獣は倒されてしまいましたが実験は成功したことですし、とりあえずは喜びましょうよ旦那!」
 
 マターに言われて、男は言葉に力を込めて立ち上がる。
 
「それもそうだなマター。この成功は大きな第一歩だ! 私達の野望のためのな!!」
 
 マターも男に合わせて立ち上がった。
 
「その意気ですよ旦那! じゃあそろそろ、ここともおさらばしましょうか」
「そうだな! 早速戻って実験の続きをしないとな!!」
「おじさん達もう帰るの? 、詳しく聞きたいんだけどなぁ~」
 
 ゾワッ――
 
 突然自分達に投げかけられた声に悪寒を感じたマターは、男を背後に庇うように反射的に動いて短剣を抜いて構える。
 
「誰だ!?」
 
 マターは声が聞こえた方向に向かって叫ぶ。
 そしてその声に答えるように、木の陰から一人の少女が姿を現した。
 
 
「……少女?」
「お、お前は……!?」
 
 美しいコーラルピンクの髪をなびかせマター達の前にやって来た少女は、新緑色のローブを纏い、ガントレットを着用した手で杖を握っていた。
 
 そんな少女を目にした二人は驚いていたが、その反応は真逆であった。
 男の方は、自分達に声をかけてきたのが少女だったこと。そして、こんな森の奥に少女がたった1人でいることに、疑念と奇怪さを感じていた。
 
 一方マターの方は、目の前に現れた少女を知っていた。
 だからこそ、この少女がこの場にいることに衝撃を受け、その理由を思考した。そしていつも瞬間的かつ的確に状況を判断出来るマターは、すぐに一つの仮説に辿り着き、そこから導き出された答えで自責の念にかられていた。
 
「お前……どこから聞いていた!?」
 
 マターは短剣を少女に向けながら、強い口調で問いただした。
 少女の口調から、少女がマター達の話を聞いていた事は明白であった。問題は、だった。
 マターは自分が導き出した仮説が正しいかを、その問いで確かめようとした。そして少女の答えが想定と違ったもので、「自分の仮定が正しくなかった」となることを願った。
 だが現実とはよく、「こうなってほしくない」と思えば思うほど、その方向に転がってしまうものなのだ……。
 
「ええと、『実験は成功です。魔獣は誕生してましたよ』って所からだったかな?」
 
 マターは少女の答えを聞いて、自分の仮定が正解だったことを確信し、少女に対して戦慄を覚えた。
 
 (ほぼ初めから聞かれていた……だと!? ――バカなッ!
 という事は、この少女、いや、こいつは俺の存在に最初から気付いていたんだ! 鉱山にいた時から、ずっと!!)
 
 マターは長年暗殺や密偵という仕事を専門にしていたプロだった。自分の気配を消したり、相手の気配を敏感に察知することに関して、マターは「誰よりも優れている自分の得意技術だ」と豪語出来る程、自信とプライドを持っていた。
 
 しかし、マターが少女の気配を感じ取ったのは、少女が声をかけてきてからだった。
 普段のマターであれば、足音と気配を消していようが、その敏感なセンサーで半径500メートル以内のそれらの偽装を全て見破り、気配を正確に察知することが出来ていた。
 でも、少女が隠れていた木は自分達のすぐ傍にあった。つまり、少女はマターの敏感なセンサーを回避して、すぐ近くの木の裏に隠れていた事になる。
 
 だが、目の前の少女は魔獣を倒せるほどの実力者だ。それなら、自分の知らない超高度な隠蔽魔術を使えてもおかしくない。そして魔獣を倒した後に森を調査していたら、たまたま自分達の会話を聞いてしまった。
 そうだ、きっとそうに違いない。マターはそうであってほしいと思った。それなら、こんな少女に自分が得意としていた技術で負けたことに多少ではあるが、プライドが傷つかずに納得することが出来たからだ。
 
 しかし、ここでマターに一つの疑問が湧いた。
 
 
 マターは少女がたまたま自分達を発見したのだと思っていた。だがもし最初から、少女が自分の後をつけていたのなら話は変わってくる。
 最初から後をつけていたとなれば、鉱山でマターが気配を消して様子を伺っていた時点から、少女がマターのことに気付いていたということになる。
 それはもう目の前の少女が、マターが誰よりも優れていると豪語していた技術で完全に負けていたことの証明をするようなものだ。
 
 だから、マターは少女がどこから話を聞いていたのかを確かめた。途中から聞いていたという答えを願いつつ……。
 だが、少女の返答はマターの願いをあっさりと切り捨てた。
 
 “少女に技術で完全に負けていた”。そんな事実を簡単に受け入れられる程、マターのプライドは安くはなかった。
 
「――そうか。残念だがお前はここで死んでもらう!!」
 
 マターは言い終わると同時に、ローブの中で隠し持っていたナイフを二本、目にも止まらぬ速さで少女に向かって正確に投擲した。
 
 魔術師は汎用性の高い魔術こそ驚異だが、それ以外ではあまり大したことはない。
 何故なら魔術の才能が天才的でもない限り、魔術の習得には時間が掛かる。
 その為ほとんどの魔術師は魔術の習得に時間を掛けるので、体を鍛えるということをしない。だから身体能力は戦士に比べて極端に低いのが常だ。
 瞬発力が要求される接近戦において、そんな魔術師はマターの敵ではない。
 
 それに、魔術の発動にも魔法陣を描く手間がかかるので、体を鍛える以前の問題として魔術師は瞬発的な行動に弱いという弱点がある。
 魔法陣を描かずに簡略化して魔術を発動する“魔法”もあるが、これも魔力を練る必要があるので、魔術より時間が掛からないとは言え、発動までに多少の時間を必要とする。
 
 そしてマターが投擲したナイフのスピードは、魔術師が対応できる限界を軽く超えているので、少女はそれに対応する暇もなくナイフの餌食になり、それで終わり。
 マターにとってそれはいつもの事で、魔術師相手には変わることがないはずだった。
 ……今目の前にいる少女が、ただの魔術師だったなら。
 
 ――シュパシュパッ!
 
「なっ!?」
 
 マターの“いつも”は、そこに無かった。
 
「ええと、マターさん、だったかな? いきなりこんなの投げたら危ないよ?」
 
 少女はそう言って、左手の指の間に挟んで受け止めた二本のナイフをマターにチラつかせる様にして見せる。
 
「バ、バカな……あり得るか!? 魔術師にそんなことがぁーー!!」
 
 マターは魔術師がこの攻撃に対応出来るとは思っていなかった。
 もし出来たとしても、杖で弾いて防ぐしかないと思っていた。そしてそのもしもの事も見越して、狙う場所と投げるタイミングを少しずらして投擲していた。
 目を狙った一投目が防がれたとしても、コンマ数秒ずらして心臓に投擲した二投目までは杖で防ぐことは出来ない。そして、たとえ僅かな動きで急所の直撃を躱したとしても、ナイフには暗殺用の即効性の猛毒を染み込ませているので直ぐに身動きが取れなくなり、難なく仕留めることが可能だった。
 
 それ以前に、この攻撃に反応出来るのは、最低でもマイン領主軍の双璧と謳われる二将軍レベルの戦士ぐらいじゃないと不可能だ。
 だから、いくら目の前の少女が得意技術で自分を上回っていたとしても、直接戦闘能力は魔術師である少女が自分よりも遥かに下であり、この攻撃に反応すること自体そもそも出来ないはずだった。
 
 しかし少女は攻撃に反応してみせた。それも、急所の直撃を避けたり、杖で弾いて防ぐのではなく、投擲されたナイフよりも素早く左手を動かして、指の間に二本のナイフを挟んで止めたのだ。
 
 あまりにも予想外な事態に驚愕するしかないマター。そしてマターの実力を知っている男も、マターと同様に驚愕して言葉を失っていた。
 
 驚きのあまり身体を硬直させてしまったマターだが、いくつもの修羅場を潜り抜けてきた経験から、本能的に脳をフル稼働させて冷静に状況を分析し、そして一つの結論を導き出した。
 それは目の前の少女が魔術師でありながら、最低でもマイン領主軍の二将軍を上回る身体能力を有しているという事実だった。
 つまり、近接戦闘でも魔術を使えない自分が不利で、勝ち目が無い。そして、その結論に行き着いたマターの行動は素早かった。
 
「――くっ!? 旦那、逃げるぞ!」
 
 近接戦闘では一方的に狩る対象でしかなかった魔術師を相手に、一対一で敗北を悟って逃げ出すしかないという状況に、マターのプライドが怒りの声を上げていた。
 しかしマターは、その怒りに振り回されたりはしない。マターは自分の能力に高いプライドを持っているが、それにこだわって現実から目を背けてしまうほど愚か者じゃない。
 
 マターは咄嗟に男の手を取ると、素早く踵を返して少女から逃げ出した。
 だが、それよりも早く少女が動く。
 
「逃がさないよ!」
 
 少女が杖に魔力を込めて地面を叩くと、マター達の退路を塞ぐように巨大な土の壁が出現した。
 退路を塞がれたマターは壁を回り込んで逃げようとするが、土の壁はマター達が逃げようとする方向に次々と出現し、ついにマター達は土の壁に完全に取り囲まれ閉じ込められた。
 
「捕まえた! もう逃げられないよー!!」
 
 そう言って少女は、マター達を取り囲んだ土の壁の上部を、新しい土の壁を使って蓋をする。こうしてマター達を完全に閉じ込め、何処にも逃がさない土の箱が完成した。
 
「この土は岩石より硬くて頑丈だから、簡単には壊せないよ」
 
 中からガンガンと土の壁に攻撃する音が響くが、少女は得意げに「フフンッ!」と鼻を鳴らしてそう言うと、土の箱にゆっくりと近づく。
 
「実験のこと直接聞きたかったけど、このままセレスティア様の元に持って行って、誰かに尋問してもらう方がいいよね。
 ティンクじゃあ聞いてもよく分からないかもしれないし」
 
 少女は土の箱を運ぶ為に、杖で土の箱に触れて魔術を発動させる。
 術が発動すると、土の箱はふわりと宙に浮かび上がった。そして杖と土の箱が触れている部分が、まるで接着剤でも塗ってあったかのようにピッタリくっついていた。
 浮かび上がった土の箱にはまるで重さがないようで、少女は軽々と土の箱がくっついた状態の杖を持って、鉱山に戻るため歩き出した。
 
「…………あれ?」
 
 しかし歩い出してすぐ、何か違和感を感じた少女の表情から笑みが消えた。
 
(おかしい……。土の箱の中が異様に静かだ。
 土の箱全体は“無重力魔術”で浮かせているから、箱の中も当然その影響を受けて、中に入っている物も無重力状態になって浮かび上がる。
 普通、急に身体が軽くなって宙に浮かび上がったらびっくりして騒ぎだすと思っていたけど、そのわりには中から声らしい声が聞こえない。
 それに、気配も薄い様な……)
 
「……まさか!?」
 
 ある予想が脳裏を過った少女は、すぐに魔術を解除して土の箱を地面に下ろすと、箱の上に飛び乗り天井の土を杖で叩く。すると、天井の土は普通の土へと戻って崩れ去った。
 そして中の様子を確認した少女が目にしたのは、中に閉じ込めたはずの二人の男ではなく、青い炎を上げながら燃え尽きようとしている一枚の紙と、今にも消えそうに淡く光る魔法陣だった。
 
「転移魔術のスクロール!? しまった、逃げられた!」
 
 少女は逃げた男達を追いかけようと一瞬思考したが、魔法陣もスクロールも既に消えかけており、今からの追跡は不可能だった。
 
「もぉーー!! くやしいいぃぃーーー!!!」
 
 少女に唯一出来たのは、悔しさに声を張り上げることだけであった。
 
 
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