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作者: 山のタル
残酷な描写あり
幕間2-1.対策会議1
「調査報告を」
「はッ!」
 
 魔獣騒動から数日後、ストール伯爵邸の会議室で鉱山内部の調査報告会議がおこなわれた。
 セレスティア達三人は既に屋敷へと帰っていたので、会議室には前回の会議からセレスティア・クワトル・ティンクの三人を抜いた7人全員と、マイン領主軍の双璧と謳われる二人の将軍が加わっており、合わせて9人の面子が顔を揃えていた。
 
「では、手元の調査報告書を見てください」
 
 各々がヴェスパの説明に合わせて、手元に配られた調査報告書に目を通していく。
 
「まず消息不明になっていた鉱夫達や、その捜索に向かった捜索隊、鉱山内部の調査に向かった偵察隊ですが、鉱山内部を隈なく捜索してもいたる所に血や戦いの跡があるだけで、誰一人として死体すら発見できませんでした。
 このことから、鉱山内部にいた人達は全員魔獣に襲われ死亡。その後、魔獣に捕食されたことは間違いないでしょう」
「……やはりか。想定していた事とはいえ、こうもハッキリ言われると流石に堪えるものだな……」
 
 ストール伯爵が呟いた言葉に答える者はおらず、会議室は沈黙に包まれた。だがそれは、会議室にいる全員がストール伯爵と同じ気持ちであることの証明でもあった。
 ストール伯爵もこの沈黙の意味をしっかり理解しており、皆が同じ気持ちでいてくれた事実に胸が沁みた。
 
「……消息不明者に関しては、以上です。
 次ですが、鉱山の奥で魔獣が根城にしていたと思われる大きな空間が、昨日発見されました」
「それについては、俺から話をしましょう」
 
 そう言って、ヨッヘリントがヴェスパから説明を引き継ぐ。
 
「昨日、鉱山を調査していた部隊からの報告によると、鉱山の奥にが掘ったと思われる大きな空間を発見したそうです。
 ……次のページを見てください」
 
 報告書のページをめくると、そこには発見されたという大きな空間の詳細が事細かに記されていた。
 
「まずこの空間があった場所ですが、地盤が安定していないので危険という理由で立ち入りが禁止されている通路の先にありました。調査部隊が足を踏み入れた時、既に通路の壁や天井の所々がボロボロに崩れており、いつ崩落しても不思議じゃなかったそうです。
 そして通路の奥は行き止まりになっていたはずなのですが、そこに真下に向かって垂直に掘られた巨大な縦穴を発見したそうです。
 穴の深さはおおよそ10メートル、穴の底には無造作に掘られた大きな空間が広がっていて、魔素濃度が高いことが確認されました。
 また、垂直の穴の壁面には何かを挿したような穴が無数にあり、検証の結果、魔獣の足跡に間違いないそうです。
 垂直に掘られた穴の大きさや、その下にある空間の広さから、魔獣が地面を掘って作ったとみて、ほぼ間違いないでしょう」
 
 更にヨッヘリントは、報告書の内容を補足するように詳しく説明をしていった。
 魔獣が作った空間の魔素濃度が高かったのは、魔獣から溢れた物ではなく、空間の壁から漏れ出ていたこと。
 それが原因で、鉱山内部の魔素濃度が上昇していたこと。
 その濃い魔素を求めて魔獣が鉱山にやって来て、縦穴を掘ったと推測されること。
 壁から漏れ出る豊富な魔素のお陰で、魔獣が鉱山から出て来なかったこと等を。
 
 そして一通りの説明を終えると、今後の対策として縦穴とその下の空間の全てを埋めて魔素が漏れ出ないようにすること。そこに通じる通路を完全閉鎖して、誰も近付けないようにする二つの対策作業案を提案した。
 魔獣という脅威を改めて思い知らせれた会議室にいる面々が、この対策案を否定する訳がなく全員賛成で可決され、この調査報告会議が終わり次第実行されることになった。
 そしてこの対策作業の責任者は鉱夫長のボノオロスが担当する事になり、ヨッヘリントはその作業人数を集めるためにハンター達に依頼を出す事で話が纏まった。
 
「報告は以上になります。なお、現在も鉱山の調査や復旧作業は進めていますので、何かあればその都度対策を協議したと思います」
 
 ヴェスパの締めで調査報告会議は終了した。……しかし、本番の会議はこれからであった。
 
「……それじゃあ次に、私から皆に重大案件を伝えるわ」
 
 トーンを落としたマイン公爵の声で場の空気が一気に張りつめる。
 これから話す重大案件がどれほど重要か、それだけで簡単にうかがい知ることができる。
 
「これから伝える案件は秘密裏にする必要があるから口頭のみで伝えるわ。そして、この事はこの場に居る者以外には決して他言しないように……」
 
 マイン公爵のその前置きで場の空気は更に緊張感を増し、会議室にいる面々は黙って息を飲む。
 
「案件というは今回出現した魔獣についてよ。単刀直入に言えば、今回の事態は“偶発的なもの”ではなく“人為的に起こされたもの”というのが分かったわ」
「「「「なッ――!!!!????」」」」
 
 極限まで張りつめた空気は最高の起爆剤となって、落とされた爆弾の威力を何倍にも高めた。だが、その結果引き起こされたのは驚愕と質疑の嵐ではなく、ただの沈黙であった。
 これは、この会議室にいる全員がマイン公爵の事を信頼している証拠である。マイン公爵は何の証拠や根拠も無く、突拍子な話をする人じゃないというのを全員が分かっている。だからマイン公爵の発言に一瞬驚愕したが、根拠があっての事だとすぐに理解して全員が沈黙で答え、マイン公爵の次の説明を待っているのだ。
 
「その証拠として、鉱山で魔獣との戦闘を繰り広げている我々の様子を、高台の森の中から見ていた男がいたわ。その男は魔獣が倒れた後、すぐに森の奥に姿を消したそうよ」
「そのような者があの場にいたのですか!?」
「全く気付かなかった……」
「無理もない。俺達は全員魔獣の方に意識が向いていた。その状況で、高台の森の中にいた人物に気付けというのが無茶な話だ」
 
 ヴァンザルデンの言う通り、災害と呼ばれる魔獣を前にしたあの状況で、他に注意を向けろというのがそもそも無茶な話であった。
 
「しかし、それだけで今回の件が人為的に起こされたとは判断できないのではないですか?
 皆さん知っているとは思いますが、鉱山周辺の森は有用な資源が少なく手付かずになっている深い森です。その為、森に立ち入る人など殆んどおりません。
 しかし、ゼロではありません。その男が何者で、何故そこに居たのかは分かりませんが、たまたまその場に居合わせただけの無関係の人である可能性もあるのでは?」
 
 ストール伯爵の発言も尤もだ。いくら立ち入る人が少ない森といっても、全く人が立ち入らないわけではない。
 その男が、あの時たまたま居合わせただけの可能性もゼロじゃないのだ。
 だがその可能性は、次のマイン公爵の発言でゼロとなった。
 
「ストール伯爵の意見も一理あるけど、今回に限ってそれは無いわ。
 何故なら私が聞いた報告だと、その男が森の奥にいた仲間と思われる男と合流した時、『実験は成功。魔獣は誕生した』と言っていたそうよ」
「なんですって!?」
 
 マイン公爵のこの発言に、会議室が流石に騒がしくなった。
 
「それは本当なんですか!?」
「ええ、間違いなくそう言っていたそうよ」
 
 マイン公爵のハッキリとしたその言葉に、ストール伯爵は頭を抱えた。
 
(マイン公爵の話が本当なら……、いや、マイン公爵の顔を見れば分かる。マイン公爵が言ってることは全て本当だ。
 マイン公爵の言う二人の男が今回の事件を引き起こした元凶で、その二人は『魔獣は誕生していた』と言っていた。という事は、今回の事件は狙って起こされた計画的な犯行で、私やマイン公爵に対する明らかな敵対行為だ!
 そうなると問題なのが、二人の男が“何処に属する”人物かだ。この二人がマイン公爵領の人間なら“反乱”、マイン公爵以外の四大公の領地の人間なら“内戦”が起きてもおかしくない。
 しかし最悪なのが、プアボム公国以外の他国の人間だった場合だ。今回の件は明らかな敵対行為にあたるから、実質『4ヵ国平和条約』を破ったことになる。そうなったら“戦争”だ!?
 下手をすれば関係ない国も参加して、再び世界戦争が繰り返される可能性だって……)
 
 想定される最悪の事態に表情が暗くなるストール伯爵。そしてこの会議室にいるメンバーで、その最悪の事態を想像できない者はおらず、会議室の空気が一気に重たくなった。
 
「一つ、いいでしょうか?」
 
 そんな空気の中、ヨッヘリントが手を挙げる。
 
「何かしら?」
「マイン公爵様、貴女のことは信頼できる人物だと思っていますし、今の話も嘘を言っている様子が無いのは、ここにいる全員が分かっています。だからこそ、一つだけ、どうしても確かめておきたいことがあります。
 ……その情報は、どうやって手に入れたのですか?」
 
 ヨッヘリントの質問に、会議室にいた全員が「えっ?」という表情を浮かべた。
 
「どういうことだ、ヨッヘリント?」
 
 ストール伯爵は今のヨッヘリントの質問の意味が解らないといった様子で尋ねる。
 
「簡単なことですよ伯爵様。まず魔獣と戦っていた時、俺達が魔獣以外に注意を向ける余裕がなかったのは、あの場にいた者なら理解できるはずだ。
 ……なら一体誰が、高台の森の中に隠れて様子を見てる男に気付いたのですか?
 それに、その男は魔獣が倒れてすぐに森の奥に姿を消したという話です。そんな男が仲間と思われる男に言った言葉なんて、どうやって聞くことができたのですか?
 ……マイン公爵様、その辺の詳しい説明を是非ともお願いしたい。ここにいる全員が納得できるように」
 
 
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