残酷な描写あり
27.鉱山の異変11
「セレスティア殿、この度はありがとうございました!」
そう言って対面に座っているオリヴィエは頭を下げた。
魔獣を討伐した私達は、事後処理を他の人達に任せて鉱山警備隊駐屯地の応接間に来ていた。
私とオリヴィエはテーブルを挟んで向かい合う様に座り、私の後ろにはクワトル、オリヴィエの後ろにはマイン領主軍・元帥のヴァンザルデンさんとマイン領主軍・参謀長のカールステンさんがそれぞれ立っていた。
「そんなに改まって言わなくてもいいわよ。オリヴィエにはいつもお世話になってるから、今回はそのお返しよ」
「いえ、たとえセレスティア殿がそう思っていても、今回の件に関してはしっかりお礼をしないと私の気が収まらないのです。……本当にありがとうございました!」
私の言葉に首を振ってそう言ったオリヴィエは、再びお礼の言葉と共に頭を下げる。
「だから気にしないで……ってこれを言ったら堂々巡りになるわね。お礼はちゃんと受け取るから頭を上げて。それと、その『殿』付けもいい加減止めてよ。私を知らない人達の前で、私が軽く見られないようにそう呼んでくれていたのは分かるけど、今この場では必要ないでしょう?」
「……気付かれてましたか。やはりセレスティアさんは何でもお見通しですね」
「そりゃ、いつもと違う呼び方で呼ばれたら誰でも気付くわよ」
オリヴィエは「それもですね」と呟くと、ようやく堅苦しい口調を崩してくれた。
「正直、今回はセレスティアさんがいなかったらと思うとゾッとしますよ。魔獣の姿を見たのは初めてでしたが、まさかあれ程の化け物とは……完全に私の見立てが甘かったことを痛感しました」
そう言ってオリヴィエは下を向いてしまう。どうやら相当落ち込んでいるようだ。
「でも、もしもの事を思って私を呼んだんでしょ? 結果的に正しかったんじゃないかしら?」
「まあ、結果論で言えばそうですね。でも、当初立てていた作戦を実行していたら一体どれほどの被害が出た事やら。……多少の被害は想定していましたが、あの魔獣の強さとしぶとさを見る限りでは、下手をしたらあの場にいた全員、私も含めて全滅だったでしょう。だから、今回セレスティアさんが新しく作戦を立てて先頭に立って戦ってくれて本当に感謝してます。おかげで死者どころか負傷者もゼロ。無駄に兵士やハンター達を死なせずに済みました!」
そう言ってほほ笑むオリヴィエは、本当に安堵した様子だった。魔獣という未知の脅威に晒されて、今まで張りつめていた緊張が一気に解けたからだろう。
……ただ、格闘家みたいな風貌でその顔をされても違和感しか感じない事は黙っておこう。
「……セレスティアさん、今私の顔を見て失礼なこと考えたでしょう?」
何この子、心読めるの?
「そ、そんなことないわよ! 魔獣倒せて良かったな~、って思っただけよ!」
私の説明を疑うような眼つきでオリヴィエが睨んでくる。しかし、すぐに諦めた様子でため息を吐いて「まあ、別に今更だからいいですけど」と呟いて表情を元に戻し、オリヴィエはここに集まった本題を切り出した。
「それで、作戦会議の時に言っていた報酬の件ですけど、何が欲しいのですか? あの口ぶりですと、既に決まっているんですよね?」
そう、私達がこの応接室に集まった理由は、作戦会議の時に言った報酬の件を話し合う為だ。
……だがその前に、確認することがある。
「決まっているけど、その前にいいかしら? 何故ヴァンザルデンさんとカールステンさんもこの場に居るの?」
私は個人的にと言ったので、てっきりオリヴィエだけだと思っていたが、何故か二人もこの場に同席していた。
「セレスティアさんの言う報酬が、あまり人に知られたくない物だというのは何となく理解してます。それが何かは分かりませんが、それを用意したり秘密を守るにも私だけでは対応しきれないこともあるかもしれません。この二人は私が最も信頼する人物で、尚且つ私の領内での発言力はかなり高いです。なので二人にもそこの所を協力してもらおうかと」
「要するに、私達はこの件に関する協力者とでもお考え下さい」
成る程、オリヴィエの言うことも一理ある。
たしかに秘密を守る者は少ない事に越したことは無いが、少なすぎてはバレそうになった時のフォローがしにくくなるのも事実。
ならば協力者、それもオリヴィエに対する忠誠が高く信用が置けて、発言力のある人物がいた方が良いかもしれない。
「それもそうね。分かったわ、報酬自体はそこまで大した物じゃないけど、それに関することは絶対に秘密にしてね」
「わかりました!」
「わかったぜ!」
ヴァンザルデンさんとカールステンさんの二人にも協力してもらうことになったことだし、私は改めて報酬の件を話し始める。
「で、報酬なんだけど、さっき言った通り別に大したものじゃないわ。私の『商人証明書』が欲しいの」
「しょ、商人証明書……ですか? ……えっ? セレスティアさん、研究者止めて商人になるんですか!?」
私の言った事が信じられないと言わんばかりに、オリヴィエはテーブルに身を乗り出して訊ねてくる。
ちょっ――!? そんな迫力で迫られたら怖いわよ!?
「お、落ち着いてオリヴィエ!? 止めないわよ! ちゃんと理由があるの。それもちゃんと話すから落ち着いて!」
「す、すいません……」
オリヴィエを落ち着かせて、私は事情を説明する。
屋敷の資金が底を尽きそうになって、研究を続けるのが難しくなっていること。
研究資金を稼ぐために、貿易都市へ稼ぎに行くことになったこと。
貿易都市で正体を隠すために、偽名を使って商人と名乗ったこと。
その時に怪しまれた可能性があること。
それを誤魔化す為に、『商人証明書』があった方がいいという結論に至ったことを話した。
もちろんヴァンザルデンさんやカールステンさんが居たので、私の研究内容や錬金術の事、ミューダの事は話していない。私とクワトルとティンクの関係も脚色して話している。
ただし、オリヴィエは私が研究している内容も、錬金術も、ミューダの事も、私とクワトルとティンクの関係も全て知っている。なので、私が隠そうとしてることは分かっているし理解もしてくれているから、そこをあえてツッコミはしない。
錬金術は魔獣と戦う時に多くの人に見られてしまったが、あれは私の考えた新しい形態の魔術という事にして誤魔化している。……まあ、ある意味嘘ではないんだけどね。
因みに、ティンクが私と同じ術が使えるのは私の弟子だからという事にしている。
これも別に嘘は言っていない。ティンクは使用人だが、訳あって私とミューダが魔術と錬金術を教えているし、ある意味弟子の様なものだ。
そしてクワトルの方は、私の屋敷を守っていた護衛の一人という事にしている。
知り合いの剣士の息子や、修行の旅をしていてたまたま知り合った剣士とか別の設定も考えたが、全てを嘘にするよりも嘘に若干の真実を混ぜる方が自然になると思ったのでこの設定にした。
これなら作戦会議の時に言った、「二人とも知り合い」や「二人の腕を見込んでハンターになることを私が勧めた」という言葉の説明にも違和感が無いはずだ。
私の説明を聞いてオリヴィエは納得した様子だったが、何故か手で頭を押さえながらこう言った。
「セレスティアさん、なんで貿易都市に行く前に、私に一言相談してくれなかったのですか? そしたら『商人証明書』なんて直ぐ発行して、こんな面倒な事にならなかったかもしれないのに! それに、セレスティアさんには私の家系は昔からお世話になっているんです。資金援助ぐらい、いくらでもしますよ?」
「ぐっ……前者に関しては、あの時は正直そこまで考えが回らなかった私が悪かったわ……。でも、後者に関してはオリヴィエの先祖の時から言ってるけど、断るわ。理由は言わなくても解るでしょう?」
「……それは承知しています。ですが、セレスティアさんが断ると解っていても、マイン公爵家が代々受けた恩を考えれば、それくらいはしてもいいのではないかと思うのです」
オリヴィエはそう言うが、これだけはどうしても断らなければならないのだ。
そもそも私とミューダの研究は、私達の知識欲を満たす為にやっているもので、誰かからお金を貰ってする類のものじゃない。
だから研究の資金が無くなれば、誰かに頼るのではなく、自分達でそれを何とかしないといけない……いや、なんとかする必要があるのだ。
それに資金援助と言っても、そのお金はマイン領の領地資金だし、何より領地資金の大半は領民から集めた税だ。
領民から税として貰っているお金である以上、そのお金はマイン領の為に使わなければいけない。だから、少なくともマイン領の領民じゃない私達に使って良いお金じゃないのだ。これに関してはミューダも私と同じ考えで、私の意見に同意してくれている。
そしてこの話は、オリヴィエの先祖の時から言い続けていることなので、オリヴィエも当然私の考えを理解している。だからオリヴィエは、大きな恩を返せなくて心にモヤモヤが残っていたとしても、この話にこれ以上食い下がって来たりはしなかった。
「はいはい、この話はお終い! ……で、『商人証明書』の件だけど、用意してくれるの?」
「それはもちろん用意します。ついでに私のサインもつけましょう。これで商人組合だけではなく、四大公の一人であるマイン公爵家が直々に身元を証明しているという証になるので、ミーティアという商人を疑うことは誰もしないでしょう。もし少しでも疑えば、それはマイン公爵家を直接敵に回す事と同義に捉えられてもおかしくはないですからね!」
そう言ってオリヴィエはニタッと口角を上げた黒い笑みを作る。
なんだか権力者の裏事情が少し垣間見えた気がしたけど、ともかく私は身分を証明するのに完璧な証明書を貰えることになった。
やっとこれで、堂々と貿易都市を歩けるようになりそうだった。
「そう言えば先程からずっと気になっていたのですが、ティンクちゃんはどこに行ったのですか?」
報酬の話を終えたところで、オリヴィエは思い出したようにそう聞いてきた。
「ああ、ティンクなら魔獣を倒した後、気になる事があったみたいで『調べに行く』って言ってたわ。多分すぐに帰ってくると思うわよ」
「気になる事、ですか?」
「ええ。私も詳しくは聞いてないけど、魔獣を倒したすぐ後に私の所にやって来て『気になることがあるから、調べてきますね!』ってそれだけ言ってすぐに走ってどこかに行っちゃったわ」
「まあ、ティンクは人一倍感覚が鋭いですから、私達に気付かない何かに気付いたのかもしれません」
「そうだとしても、ティンクちゃん一人でだいじょ……大丈夫か。ティンクちゃんだもんね」
「そうそう。むしろ一人だけの方があの子も動きやすいでしょう?」
「確かにそうですね」
私達3人がそんな会話をして納得し合う中、ヴァンザルデンさんとカールステンさんは会話の意味が理解できずにお互いに顔を見合わせていた。
そして噂をすればなんとやら。扉をノックする音と共にティンクが帰って来た。
「セレスティア様、ただ今戻りました!」
「お帰りティンク。動き詰めで疲れたでしょう? とりあえずこっちに座りなさい」
「お茶を用意させましょう」
オリヴィエはそう言って手を叩き、外で待機していた侍女にお茶を持ってこさせる。
数分後もしないうちに、侍女はティーセットを運んできて、ティンクの前にお茶が入ったカップを置く。そして私とオリヴィエのカップに新しいお茶を注ぐと、そのまま一礼して部屋を出て行った。
「それで早速だけど、ティンクは一体何を調べに行っていたのかしら?」
喉が渇いていたようで、出されたお茶を一口で飲み干すティンク。
そしてカップを置いたティンクの口から、この場にいる全員が吃驚する言葉が飛び出すことになった。
「えっとね……魔獣と戦ってる時、ずっと森の中からティンク達を見てる人がいたから、何をしてたのか確かめに行ったの」
そう言って対面に座っているオリヴィエは頭を下げた。
魔獣を討伐した私達は、事後処理を他の人達に任せて鉱山警備隊駐屯地の応接間に来ていた。
私とオリヴィエはテーブルを挟んで向かい合う様に座り、私の後ろにはクワトル、オリヴィエの後ろにはマイン領主軍・元帥のヴァンザルデンさんとマイン領主軍・参謀長のカールステンさんがそれぞれ立っていた。
「そんなに改まって言わなくてもいいわよ。オリヴィエにはいつもお世話になってるから、今回はそのお返しよ」
「いえ、たとえセレスティア殿がそう思っていても、今回の件に関してはしっかりお礼をしないと私の気が収まらないのです。……本当にありがとうございました!」
私の言葉に首を振ってそう言ったオリヴィエは、再びお礼の言葉と共に頭を下げる。
「だから気にしないで……ってこれを言ったら堂々巡りになるわね。お礼はちゃんと受け取るから頭を上げて。それと、その『殿』付けもいい加減止めてよ。私を知らない人達の前で、私が軽く見られないようにそう呼んでくれていたのは分かるけど、今この場では必要ないでしょう?」
「……気付かれてましたか。やはりセレスティアさんは何でもお見通しですね」
「そりゃ、いつもと違う呼び方で呼ばれたら誰でも気付くわよ」
オリヴィエは「それもですね」と呟くと、ようやく堅苦しい口調を崩してくれた。
「正直、今回はセレスティアさんがいなかったらと思うとゾッとしますよ。魔獣の姿を見たのは初めてでしたが、まさかあれ程の化け物とは……完全に私の見立てが甘かったことを痛感しました」
そう言ってオリヴィエは下を向いてしまう。どうやら相当落ち込んでいるようだ。
「でも、もしもの事を思って私を呼んだんでしょ? 結果的に正しかったんじゃないかしら?」
「まあ、結果論で言えばそうですね。でも、当初立てていた作戦を実行していたら一体どれほどの被害が出た事やら。……多少の被害は想定していましたが、あの魔獣の強さとしぶとさを見る限りでは、下手をしたらあの場にいた全員、私も含めて全滅だったでしょう。だから、今回セレスティアさんが新しく作戦を立てて先頭に立って戦ってくれて本当に感謝してます。おかげで死者どころか負傷者もゼロ。無駄に兵士やハンター達を死なせずに済みました!」
そう言ってほほ笑むオリヴィエは、本当に安堵した様子だった。魔獣という未知の脅威に晒されて、今まで張りつめていた緊張が一気に解けたからだろう。
……ただ、格闘家みたいな風貌でその顔をされても違和感しか感じない事は黙っておこう。
「……セレスティアさん、今私の顔を見て失礼なこと考えたでしょう?」
何この子、心読めるの?
「そ、そんなことないわよ! 魔獣倒せて良かったな~、って思っただけよ!」
私の説明を疑うような眼つきでオリヴィエが睨んでくる。しかし、すぐに諦めた様子でため息を吐いて「まあ、別に今更だからいいですけど」と呟いて表情を元に戻し、オリヴィエはここに集まった本題を切り出した。
「それで、作戦会議の時に言っていた報酬の件ですけど、何が欲しいのですか? あの口ぶりですと、既に決まっているんですよね?」
そう、私達がこの応接室に集まった理由は、作戦会議の時に言った報酬の件を話し合う為だ。
……だがその前に、確認することがある。
「決まっているけど、その前にいいかしら? 何故ヴァンザルデンさんとカールステンさんもこの場に居るの?」
私は個人的にと言ったので、てっきりオリヴィエだけだと思っていたが、何故か二人もこの場に同席していた。
「セレスティアさんの言う報酬が、あまり人に知られたくない物だというのは何となく理解してます。それが何かは分かりませんが、それを用意したり秘密を守るにも私だけでは対応しきれないこともあるかもしれません。この二人は私が最も信頼する人物で、尚且つ私の領内での発言力はかなり高いです。なので二人にもそこの所を協力してもらおうかと」
「要するに、私達はこの件に関する協力者とでもお考え下さい」
成る程、オリヴィエの言うことも一理ある。
たしかに秘密を守る者は少ない事に越したことは無いが、少なすぎてはバレそうになった時のフォローがしにくくなるのも事実。
ならば協力者、それもオリヴィエに対する忠誠が高く信用が置けて、発言力のある人物がいた方が良いかもしれない。
「それもそうね。分かったわ、報酬自体はそこまで大した物じゃないけど、それに関することは絶対に秘密にしてね」
「わかりました!」
「わかったぜ!」
ヴァンザルデンさんとカールステンさんの二人にも協力してもらうことになったことだし、私は改めて報酬の件を話し始める。
「で、報酬なんだけど、さっき言った通り別に大したものじゃないわ。私の『商人証明書』が欲しいの」
「しょ、商人証明書……ですか? ……えっ? セレスティアさん、研究者止めて商人になるんですか!?」
私の言った事が信じられないと言わんばかりに、オリヴィエはテーブルに身を乗り出して訊ねてくる。
ちょっ――!? そんな迫力で迫られたら怖いわよ!?
「お、落ち着いてオリヴィエ!? 止めないわよ! ちゃんと理由があるの。それもちゃんと話すから落ち着いて!」
「す、すいません……」
オリヴィエを落ち着かせて、私は事情を説明する。
屋敷の資金が底を尽きそうになって、研究を続けるのが難しくなっていること。
研究資金を稼ぐために、貿易都市へ稼ぎに行くことになったこと。
貿易都市で正体を隠すために、偽名を使って商人と名乗ったこと。
その時に怪しまれた可能性があること。
それを誤魔化す為に、『商人証明書』があった方がいいという結論に至ったことを話した。
もちろんヴァンザルデンさんやカールステンさんが居たので、私の研究内容や錬金術の事、ミューダの事は話していない。私とクワトルとティンクの関係も脚色して話している。
ただし、オリヴィエは私が研究している内容も、錬金術も、ミューダの事も、私とクワトルとティンクの関係も全て知っている。なので、私が隠そうとしてることは分かっているし理解もしてくれているから、そこをあえてツッコミはしない。
錬金術は魔獣と戦う時に多くの人に見られてしまったが、あれは私の考えた新しい形態の魔術という事にして誤魔化している。……まあ、ある意味嘘ではないんだけどね。
因みに、ティンクが私と同じ術が使えるのは私の弟子だからという事にしている。
これも別に嘘は言っていない。ティンクは使用人だが、訳あって私とミューダが魔術と錬金術を教えているし、ある意味弟子の様なものだ。
そしてクワトルの方は、私の屋敷を守っていた護衛の一人という事にしている。
知り合いの剣士の息子や、修行の旅をしていてたまたま知り合った剣士とか別の設定も考えたが、全てを嘘にするよりも嘘に若干の真実を混ぜる方が自然になると思ったのでこの設定にした。
これなら作戦会議の時に言った、「二人とも知り合い」や「二人の腕を見込んでハンターになることを私が勧めた」という言葉の説明にも違和感が無いはずだ。
私の説明を聞いてオリヴィエは納得した様子だったが、何故か手で頭を押さえながらこう言った。
「セレスティアさん、なんで貿易都市に行く前に、私に一言相談してくれなかったのですか? そしたら『商人証明書』なんて直ぐ発行して、こんな面倒な事にならなかったかもしれないのに! それに、セレスティアさんには私の家系は昔からお世話になっているんです。資金援助ぐらい、いくらでもしますよ?」
「ぐっ……前者に関しては、あの時は正直そこまで考えが回らなかった私が悪かったわ……。でも、後者に関してはオリヴィエの先祖の時から言ってるけど、断るわ。理由は言わなくても解るでしょう?」
「……それは承知しています。ですが、セレスティアさんが断ると解っていても、マイン公爵家が代々受けた恩を考えれば、それくらいはしてもいいのではないかと思うのです」
オリヴィエはそう言うが、これだけはどうしても断らなければならないのだ。
そもそも私とミューダの研究は、私達の知識欲を満たす為にやっているもので、誰かからお金を貰ってする類のものじゃない。
だから研究の資金が無くなれば、誰かに頼るのではなく、自分達でそれを何とかしないといけない……いや、なんとかする必要があるのだ。
それに資金援助と言っても、そのお金はマイン領の領地資金だし、何より領地資金の大半は領民から集めた税だ。
領民から税として貰っているお金である以上、そのお金はマイン領の為に使わなければいけない。だから、少なくともマイン領の領民じゃない私達に使って良いお金じゃないのだ。これに関してはミューダも私と同じ考えで、私の意見に同意してくれている。
そしてこの話は、オリヴィエの先祖の時から言い続けていることなので、オリヴィエも当然私の考えを理解している。だからオリヴィエは、大きな恩を返せなくて心にモヤモヤが残っていたとしても、この話にこれ以上食い下がって来たりはしなかった。
「はいはい、この話はお終い! ……で、『商人証明書』の件だけど、用意してくれるの?」
「それはもちろん用意します。ついでに私のサインもつけましょう。これで商人組合だけではなく、四大公の一人であるマイン公爵家が直々に身元を証明しているという証になるので、ミーティアという商人を疑うことは誰もしないでしょう。もし少しでも疑えば、それはマイン公爵家を直接敵に回す事と同義に捉えられてもおかしくはないですからね!」
そう言ってオリヴィエはニタッと口角を上げた黒い笑みを作る。
なんだか権力者の裏事情が少し垣間見えた気がしたけど、ともかく私は身分を証明するのに完璧な証明書を貰えることになった。
やっとこれで、堂々と貿易都市を歩けるようになりそうだった。
「そう言えば先程からずっと気になっていたのですが、ティンクちゃんはどこに行ったのですか?」
報酬の話を終えたところで、オリヴィエは思い出したようにそう聞いてきた。
「ああ、ティンクなら魔獣を倒した後、気になる事があったみたいで『調べに行く』って言ってたわ。多分すぐに帰ってくると思うわよ」
「気になる事、ですか?」
「ええ。私も詳しくは聞いてないけど、魔獣を倒したすぐ後に私の所にやって来て『気になることがあるから、調べてきますね!』ってそれだけ言ってすぐに走ってどこかに行っちゃったわ」
「まあ、ティンクは人一倍感覚が鋭いですから、私達に気付かない何かに気付いたのかもしれません」
「そうだとしても、ティンクちゃん一人でだいじょ……大丈夫か。ティンクちゃんだもんね」
「そうそう。むしろ一人だけの方があの子も動きやすいでしょう?」
「確かにそうですね」
私達3人がそんな会話をして納得し合う中、ヴァンザルデンさんとカールステンさんは会話の意味が理解できずにお互いに顔を見合わせていた。
そして噂をすればなんとやら。扉をノックする音と共にティンクが帰って来た。
「セレスティア様、ただ今戻りました!」
「お帰りティンク。動き詰めで疲れたでしょう? とりあえずこっちに座りなさい」
「お茶を用意させましょう」
オリヴィエはそう言って手を叩き、外で待機していた侍女にお茶を持ってこさせる。
数分後もしないうちに、侍女はティーセットを運んできて、ティンクの前にお茶が入ったカップを置く。そして私とオリヴィエのカップに新しいお茶を注ぐと、そのまま一礼して部屋を出て行った。
「それで早速だけど、ティンクは一体何を調べに行っていたのかしら?」
喉が渇いていたようで、出されたお茶を一口で飲み干すティンク。
そしてカップを置いたティンクの口から、この場にいる全員が吃驚する言葉が飛び出すことになった。
「えっとね……魔獣と戦ってる時、ずっと森の中からティンク達を見てる人がいたから、何をしてたのか確かめに行ったの」