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作者: 山のタル
残酷な描写あり
26.鉱山の異変10
 魔獣の攻撃からクワトルを守ってくれたのは、マイン領主軍の最高階級である『元帥』の地位を与えられた獣人の男性、“ヴァンザルデン”だった。
 
「ヴァンザルデン殿、助かりました」
「なぁに気にするな。必要があればお前達を援護するのが俺の任務だからな」
 
 クワトルとヴァンザルデンさんは、そのまま私の近くまで後退して、魔獣との距離を取る。
 
「ヴァンザルデンさん、クワトルを助けてくれてありがとう」
 
 私がお礼を言うと、ヴァンザルデンさんは「気にするな」と答え返す。
 
「こいつ……いや、クワトルにも言ったが俺は俺の任務をこなしただけだ」
 
 それだけ言って、ヴァンザルデンさんはすぐに目線を魔獣の方へと向ける。
 魔獣は三本の脚を失ってバランスが取れずに、上手く立ち上がれないでいた。……だが、それも脚が回復するまでの間だ。
 そして既に、魔獣は脚の再生を始めていた。
 
「再生が始まったな。今のうちに攻撃するか?」
「それは止めた方がいいわね」
 
 私だって本当ならヴァンザルデンさんの言うように、魔獣が再生しているこの隙に攻撃したい。
 だが、残念ながら魔獣が再生をしている時は魔力で全身を覆い、その魔力が見えないバリアのようになるので攻撃が魔獣に届かないのだ。
 更にそのバリアは、触れた物の魔力を吸収する特性を持っている。つまり、魔力が込められた魔術や魔法はもちろん、生物が触れば体内の魔力を吸収され奪われてしまうというわけだ。
 
 私が魔獣の再生の特徴を教えると、ヴァンザルデンさんは明らかに顔をしかめて「厄介だな……」と呟いた。
 
「でもその間、魔獣は動けない。今のうちに対策を練りましょう」
 
 私の提案に全員が頷き、対策を話し合う。
 
「まず確認だけど、ヴァンザルデンさんがここに来たということは、作戦通り援護をお願いしてもいいのよね?」
「ああ。本来なら待機してた他の奴等も連れて来れれば良かったが、魔獣の強さを見る限り、あいつ等が来ても足手まといにしかならないから、後方に下がらした。だから悪いが、手を貸せるのは俺1人だけだ」
「それでも十分よ。丁度魔獣を抑え込める手数が欲しかったしね」
「そりゃ良かった。……で、どうだ? 魔獣は倒せそうか?」
「倒せると思うけど――」
 
 ヴァンザルデンさんの質問に答えようとして、私は魔獣の様子を見て言葉を詰まらせた。
 そこには、斬り落とされた脚を再生させている魔獣の姿があった。……だが、どこか変だ。
 斬り落とした脚は、左右四本ずつある脚の右前二本と左前一本の合計三本だ。しかし、再生している脚は右の一本だけだった。
 魔獣の再生能力は損傷した全てを同時に再生出来る程に強力なので、再生箇所が一部だけなのはおかしい……。
 
「……まさか」
 
 その時、私の頭にふと、ある考えがよぎった。
 
「……なる程、そういう事ね。……それならあの不自然な再生の仕方にも納得いくわ」
「どうしたんだ?」
 
 一人納得した表情で小さく笑っている私を、不思議そうな者を見る目でヴァンザルデンさんが見ていた。
 
「ああ、ごめんなさい。倒せるかどうかだったわね。ええ、間違いなく倒せるわ!」
 
 そう断言して、私は魔獣を指差しながら説明する。
 
「あれを見て。魔獣の再生能力は普通なら損傷箇所が複数あっても、全てを同時に再生させる事が可能よ。それなのに、魔獣は脚を一本しか再生できていないわ。
 その事から考えられるのは、魔獣の魔力量が尽きかけていて、失った他の二本の脚を再生する余裕がないという事よ」
「という事は……」
「そう、恐らく魔獣はもう再生能力を使えない。つまり、次に魔獣を行動不能にすることが出来たら、私達の勝ちよ!」
 
 私の説明に三人は「おお!」と声を上げる。この戦いに終わりが見えた事で、表情も明るいものに変化した。
 
「で、あればどう攻める? こういった時、追い詰められた相手は何をするか分かったもんじゃないぞ?」
 
 妙に実感が籠った感じでヴァンザルデンさんはそう言った。
 軍の最高階級を与えられるだけあって、ヴァンザルデンさんは戦闘の場数が私達と比べるまでもなく多い。きっとそんな状況を何度も経験したことがあるのだろう。
 
 確かにヴァンザルデンさんの言うことは一理ある。「天敵に追い詰められた動物が逆に噛み付き、天敵を返り討ちにした」という逸話もあるほどだ。
 私はその辺りも考慮して、この後の作戦案を話す。
 
「まずはさっきと同じく、クワトルは前に出て魔獣の注意を引きつけて、私達の方に魔獣を近づかせないようにして。出来れば、隙を伺いつつ攻撃を加えて、魔獣の動きを封じてくれると助かるわ。
 そして、ヴァンザルデンさんもクワトルと同じように動いてほしいのだけれど、大丈夫かしら?」
「ああ、問題ない。動きを封じるってのは、要はさっきみたいに脚を切断すりゃいいんだろ?」
「ええ、それで十分よ。でも、魔獣も後が無いから何をしてくるか分からないわ。十分注意してね。
 私も大剣を飛ばして二人をサポートするから、出し惜しみ無しの全力でやっちゃって!」
「お任せ下さい!」
「了解だ!」
「ティンクは魔獣の動きを封じたら私が合図を送るから、そのタイミングに合わせて魔獣に雷を叩き落としてやりなさい! ――特大のやつをね!!」
「まかせてー!」
 
 ティンクは私の指示に元気よく返事をして、直ぐに術の準備に取り掛かった。
 
「ティンクは術の準備に入ったから、クワトルとヴァンザルデンさんは絶対に魔獣をティンクに近づけさせないようにしてね!」
 
 作戦を三人に伝え終えた丁度その時、魔獣も再生を終えたようで「グゥゥゥ」と低い唸り声を上げて立ち上がった。
 
「行くわよ、作戦開始!」
 
 私の合図と共に、クワトルとヴァンザルデンさんが同時に飛び出して、魔獣との距離を縮めていく。
 魔獣は近づく二人に向けて、槍の様に先が尖った硬く粘着性のある糸を何十本も射出して応戦する。
 だが二人は、その攻撃を身体を捻ったり、しゃがんだり、ジャンプしたりしながら、器用に糸の雨の隙間を潜り抜けていく。
 そんな動きをしながらも二人が駆けるスピードが衰えることは無く、魔獣との距離をどんどん詰めていった。
 
 ……凄いわね。
 クワトルは私の錬金術でゴーレム化を施しているので、身体能力は人間の限界を遥かに凌駕している。速度を落とさずに、大量に向かって来る糸の僅かな隙間を縫うように駆けるなんて簡単、だと思う。……私はやったことないから分からないけどね。
 私が驚いたのは、そんなクワトルに引けを取らず、同じように駆け抜けているヴァンザルデンさんの方だ。
 ヴァンザルデンさんの種族は獣人だ。獣人は種族的な違いから、基本的に身体能力は人間よりも高い。
 だがそれでも、私のゴーレム化で限界突破しているクワトルには劣るはずだと思っていた。しかし、ヴァンザルデンさんの動きは明らかにクワトルと同等レベルなのだ。
 普通の獣人ならクワトルと同じ動きが出来るとは到底思えないので、単にヴァンザルデンさんが超人なのだろう。もしくは、強化魔術で身体能力を底上げしているのか。……これは、後で本人に聞いてみたいわね。
 
 私がそんなことを考えている間にも、クワトルとヴァンザルデンさんは止まることなく、ついに魔獣に肉薄するほどまで近付いた。
 魔獣もそこまで迫られると、糸攻撃は隙が多く分が悪いと思ったのか、脚での攻撃に切り替えた。
 
 ヒュンッ!
 
 速い。
 魔獣の脚の動きは、再生する前よりも明らかに速度が出ている。並みの人なら反応出来るかも難しい速度で、クワトルとヴァンザルデンさんに鋭い脚が突き出された。
 ……だがそれは、並みの人だったらの話だ。
 クワトルはゴーレム化によって、その並みレベルを遥かに超えている。そして、クワトルと同等の動きが出来るヴァンザルデンさんも、勿論並ではない。
 二人はいとも簡単に魔獣の攻撃をかわすと、クワトルは右に、ヴァンザルデンさんは左にそれぞれ回り込む。
 魔獣は別々に動いた二人に合わせて、薙ぎ払う様に脚で攻撃する。
 しかし二人はこれも簡単に躱すと、お返しと言わんばかりに剣を振るい、薙ぎ払う様に襲ってきた脚の関節を正確に狙って斬り飛ばした。
 
「グウウウウウゥゥゥゥゥ!!!!!!!」
 
 脚を失い、苦痛にも怒りにも聞こえる様な声を上げる魔獣。
 クワトルとヴァンザルデンさんは脚を斬り落としても止まることなく、追撃して魔獣に斬りかかる。
 だが、魔獣もこれ以上やられまいと大きくジャンプして、二人の挟撃を躱した。そして魔獣は上空から二人に向けて、ネット状になった糸を発射して反撃する。
 まずい……あのネットはティンクの攻撃を防いだのと同じだ。捕まったら動けなくなる。
 二人は回避しようとするが、大きく広範囲に広がったネットは二人の身体能力をもってしても回避するのは困難だ。
 
「させない!」
 
 私は咄嗟に大剣を一本飛ばして、二人と糸の間に滑り込ませると、大剣で糸を全て絡み取った。
 糸を絡み取った大剣は、全体を糸で包まれてしまい、剣として使い物にならなくなったが、二人を守るためだったので仕方ない。
 私は残った三本の大剣の内、二本の大剣を飛ばして空中にいる魔獣に叩き付けた。
 空中で魔獣は上手く身動きが取れる訳がなく、私の大剣を避けれずに直撃する。その勢いで魔獣は地面に思いっきり叩き付けられるように落下して、土煙が高く舞い上がった。
 
「グ、グゥゥゥ……」
 
 大剣の攻撃をまともに受け、そのまま地面に叩き付けられたのだ。いくら魔獣でもダメージが小さい訳がなかった。
 魔獣は苦しそうに立ち上がろうとするが、クワトルとヴァンザルデンさんがすぐに追撃して態勢を立て直す隙を与えない。
 
「はぁあああ!!」
「おりゃぁああああ!!」
 
 クワトルは右から、ヴァンザルデンさんは左から魔獣に斬りかかり、クワトルは右前の脚を、ヴァンザルデンさんは左後ろの脚を切断した。
 六本あった脚はこれでもう二本しかない。あれでは大きな体を支えることは不可能だ。再生能力ももう使えないので、これで魔獣は完全に立ち上がることが出来なくなった。
 
「二人とも離れなさい!」
 
 動けなくなった今が好機!
 私は魔獣にトドメを刺すために二人を下がらせ、温存していた四本目の大剣を魔獣に向けて飛ばす。
 
「さて、こんな大きな虫の標本を作るなら、“針”もその分大きくないとね!」
 
 私はそう言うと、大剣で魔獣の腹部を貫いた。
 
「グウウウウウウウ!!!???」
 
 魔獣の腹部に刺さった大剣は、腹部の上から下を鋭く貫通して、地面にまで突き刺さっていた。
 魔獣は大剣から逃れようと暴れるが、身体を支えるに十分な脚も無く、立ち上がることも出来ない状態で、身体を貫通して地面にまで突き刺さっている大剣から逃れることは不可能だった。
 
「ティンク、今よ!」
「はい!」
 
 私の言葉を合図に、ティンクが術を発動させる。
 ティンクが空に向けて杖を掲げると、どす黒い雲が上空に出現して空を覆っていく。
 黒い雲は渦を巻きながら、その大きさを急速に拡大していく。鉱山の上空、鉱山周辺の森、その森の外、そしてついには太陽の光さえ遮ってしまい、辺りは昼間にもかかわらず、月明かりの無い真夜中の様相と化していた。
 
 バチバチ――
 ゴロゴロ――
 
 巨大化した黒雲から雷鳴が鳴り始め、その間隔は次第に短く、そして多くなっていく。
 雷鳴と共に光る稲光が暗闇を一瞬だけ照らすその様は、この異様な景色をさらに妖しく彩っていた。
 
 ゴロゴロ、ゴロゴロ、バチバチ、ゴロゴロ、バチバチ、ゴロゴロゴロ――
 
「クワトル、ヴァンザルデンさん、私の後ろに隠れて!」
 
 私は臨界点に向かいつつある雷雲を見て、クワトルとヴァンザルデンさんに私の背後に隠れるように指示を飛ばす。
 二人は指示通りに私の背後に移動し、私は残った二本の大剣を目の前の地面に垂直に深く突き刺して、ティンクの攻撃に備える。
 そして私が備え終えた丁度そのタイミングで、雷雲に溜まったエネルギーがついに臨界点を突破した。
 
「いっけーーー!!」
 
 ティンクの掛け声に合わせて、枷が外れたエネルギーが雷雲から飛び出し、空気を切り裂く爆音と共に地上に落ちた。
 
 ピシャァーーー!!
 ドーーーーン!!
 
「グゥオオオォォォォォォォォーーー!!??」
 
 雷は魔獣に突き刺さっている大きな避雷針大剣に向かって、一直線に落ちた。
 大剣は鉄と銅の合金『銅鉄合金』で出来ている。銅鉄合金は銅と鉄の特性を併せ持つ合金だ。そして銅が持つ特性の一つに、高い電気伝導率がある。
 電気伝導率とは、物質中の電気の通りやすさの事だ。銅はその電気伝導率が高いため、電気を良く通す金属である。
 その銅と同じ高い電気伝導率を持つ銅鉄合金に落ちた雷は、刀身を伝って魔獣の体内に侵入し、凄まじいエネルギーで魔獣の身体を内側から破壊しつくしていく。
 
 更に雷は一発だけでは終わらない。雷雲に貯め込まれたエネルギーはまだまだ残っており、行き場を失ったエネルギーが指向性を持って雨のように次々と落ちて来る。
 
 5発目……
 10発目……
 20発目……
 ……まだまだ終わらない。
 
 雷の巨大なエネルギーが生み出す高温により、魔獣に突き刺さった大剣と魔獣の甲殻は既に溶解し始めていた。
 そして時々、的を外れた雷が魔獣ではなく私達の方に飛んで来る。
 だがその流れ弾は、私が事前に目の前に突き刺していた二本の大剣が避雷針となって受け止めてくれているので、私達に雷が落ちることは無い。
 
 22発目……。溜まったエネルギーが少なくなり、雷鳴の数もそれに合わせて少なくなっていく。
 25発目……。雷雲が縮小していき、太陽が再び顔を現した。
 28発目……。雷雲は更に縮小し、雲の厚さも薄くなる。
 31発目……。雷雲の縮小に合わせて渦が消え、空が明るくなる。
 33発目……。これを最後に雷雲はエネルギーを全て使い切り、完全に消滅した。
 
 ティンクの術は終わった。
 雷が落ちた場所に残ったのは、甲殻が溶解して原形を留めることが出来ずに息絶えた魔獣と、同じく溶解して残骸となった一本の大剣だった。
 そして、私とティンクが展開していた魔力蓄変換陣は、魔獣が息絶えたことで取り込む魔素が無くなり、自動的に消滅した。
 
 こうして、魔獣は討伐された。犠牲者を誰一人も出さないという、前代未聞の歴史的快挙を成し遂げて。
 
 
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