残酷な描写あり
第五幕 9 『雷閃』
手合わせを終えた私達は歩み寄って握手を交わし、これまでの互いの非礼を詫びる。
「完敗です、参りました。…これまでの非礼、お詫びいたします。申し訳ありませんでした」
「こっちこそ…失礼な事を言って申し訳ありませんでした」
私もさんざん煽ったからね。
でも、これで私の実力は認めてくれたでしょ。
「どうですか、これで分かったでしょう?あなたが職務に忠実で真面目なのは理解できますが、見た目で侮るようなことはしてはいけません」
「はい、身に沁みて分かりました。しかし…こんなにも可憐なお嬢様が、まさかあれほど腕前をお持ちとは夢にも思いませんでしたよ。それに、まだまだ本気ではなかったようで…」
「それはそうでしょうね、彼女はAランク冒険者…いえ、確かSランクも検討されてるらしいですね。あなたたちも『星光の歌姫』の名は聞いたことがあるでしょう?」
ふぁっ!?
そこでその名が出てきますか…
「えっ!?あの、ブレゼンタムの英雄…?」
周りでそれを聞いてた人たちからも驚きの声があがり、ざわつき始める。
(…あの、天から降り注ぐ雷の魔法で万の軍勢を屠ったと言う…?)
(…あの、一度歌えば万の軍勢を死をも恐れぬ狂戦士にすると言う…?)
(おれは死の縁からも蘇らせて戦線に復帰させたって聞いたぞ)
何だか微妙に噂が誇張されてるなぁ…
敵も味方も万の軍勢じゃなかったよ。
っていうか、狂戦士になんかしてないよ!?
「そのような方にあんな暴言を…自分の思い上がりが恥ずかしいです」
「いえ、見た目小娘なのは確かですからね。真剣に鍛錬してるところに水を差すような真似をされれば、不愉快と思うのは…まあ、理解できます」
「…恐縮です」
「さて、では私とも手合わせをお願いいたします」
ちょっと予定外の事はあったけど、約束通りリュシアンさんとの手合わせを行うことになった。
「はい、お願いします!」
私は、今度は剣ではなく長刀…は無いのでなるべく形が近いグレイブを借りる。
今度武具店で新調したほうが良いね。
リュシアンさんの武器はと言うと…
「リュシアンさんは槍ですか」
「はい、これが私の得意武器です」
「リュシアン様は王国一の槍の使い手と言われていて、『雷閃』の異名で呼ばれてるのですわよ」
ルシェーラが嬉しそうに説明してくれる。
『雷閃』…私のよりはいいなぁ…
しかし、槍か…
同じ長柄武器だけど、斬撃主体のグレイブと刺突主体の槍ではかなりの違いがある。
間合いも一見似ているように見えるが、有効な攻撃の間合いは槍の方が広いように思う。
加えて、その攻撃の軌道は最短距離を走るため速度が速く、打点が小さいので視認もしづらい。
更に、私って槍の使い手との対戦経験があまりないんだよねぇ…
これはなかなか厄介そうだ。
でも、訓練としては貴重な経験だね。
「そう言うカティアさんも、剣ではなく…グレイブですか?」
「はい、それ程差があるわけではありませんが、こちらの方が得意なんです」
「そうですか…私の槍と対戦するならば、そちらのほうが合ってるかもしれませんね。では、始めましょうか。…ラスティン、すみませんが開始の合図をお願いできますか?」
「はい、お任せください。準備はよろしいですかね?……では、始め!!」
ラスティンさんの合図によって、いよいよ始まった対戦。
カイトたちだけでなく、訓練していた他の兵士の皆さんも私達を囲んで見学を始めた。
…結局邪魔になっちゃったかなぁ?
まあ、今は目の前のリュシアンさんに集中だ。
私は身体を左前の半身にしてグレイブは相手の鳩尾に狙いを定めるようにして中段に構える。
対するリュシアンさんも同じように中段の構えだ。
剣でもそうだけど、この中段の構えは攻防のバランスに優れた最も基本的な構えだろう。
構えを維持しながら、リュシアンさんの周りを回るように動く。
リュシアンさんも私の動きに合わせて常に正対するように位置取りをする。
「また静かな立ち上がりですわね」
「そうだな。お互い間合が特に重要な武器だからな。慎重に測ってるのだろう」
カイトの解説の通りだね。
どの武器も間合が重要なのは変わらないが、長柄武器は特に適切な距離を保つことが重要になってくる。
ただ、一見ぐるぐるしてるだけに見えるが、さっきから視線や細かなフェイントによる牽制での攻防は行われている。
そして、その均衡を破ったのはリュシアンさんが先だった。
「シッ!」
ひゅっ!
短い呼気とともに、鋭い一撃が繰り出される!
やはり打点が小さく視認しづらいが、身体を捻って最小限の動きで躱す。
槍は私の脇腹を掠めるように通り過ぎ、すぐさま手元に引き戻される。
先ずは小手調べって感じの単発の攻撃だね。
だが、この攻撃を皮切りに本格的な攻防が始まった。
私はお返しとばかりに、一歩踏み出しながら足元を薙ぎ払うように斬撃を見舞うが、リュシアンさんは軽く後方に跳び退ってこれを躱す。
私が更にそのまま切り上げようとすると、前がかりになったところを狙ってくる。
無理に攻撃を通そうとせずに一旦下がって間合いをとる…
ぞくっ!
その瞬間、ディザール様と対戦したときと同じあの悪寒が背筋を駆け巡った!
ボシュッ!!
直感に従ってサイドステップで避けると、間一髪左腕のすぐ脇を衝撃が抜けていった…!
あっぶな〜っ!?
ディザール様みたいに攻撃の出どころがまったく見えなかった訳じゃないけど、殆ど勘で避けないと間に合わなかったよ!
速さだけでなく威力も相当なものだ。
掠めてもいなかった筈なのに、衝撃波を受けたのか腕がビリビリするよ…
「流石ですね、あれを避けますか」
「いや〜、殆どまぐれでしたよ。直感に従わなければやられてました」
「ご謙遜を。強者の戦いになればなるほど、その直感が重要になるというものです」
それはそうかもしれない。
経験に基づく戦闘勘というのは馬鹿にできるものではない。
力が拮抗してる者同士だとより重要な要素なのかもしれない。
それにしても、あれがリュシアンさんの本気の攻撃か…
スピードはティダ兄に匹敵するかも。
なるほど、『雷閃』の名は伊達じゃないね。
「じゃあ、私もギアを上げますよ…!」
そう言うやいなや『閃疾歩』で一足飛びに間合いを詰めてグレイブを振るう!
ビュオッ!!
「!!くっ!?」
ガッ!!
立てた槍に阻まれるが、すかさず両手の位置を入れ替えて八相の構えに切り替え面を打つ!
しかし、それも身体を捻って躱される…が、まだまだ!
グレイブを引き戻す勢いで反転、そのまま逆中段の構えに切り替えながら突きを放つ!
よし!
殺った!
いや!?
まさかその体勢から!?
面を躱したときにリュシアンさんは体勢を崩していた筈だが、それもお構いなしに突きを放ってきている!!
くっ!!
避けきれない!
そして、両者の突きは互いの急所をめがけて……
「……相打ち、ですか」
「…そうですね」
私のグレイブの切っ先はリュシアンさんの喉元にピタっと止められ…逆にリュシアンさんの槍の穂先は私の胸…心臓の位置で止められていた。
タイミングも完全に同時だったので、相打ちという事だ。
「いや〜、あそこから反撃してくるとは…完全に入ったと思ったのに、相打ちに持ってかれるとは思いませんでした」
「いえ、それこそ捨て身にならなければ一方的にやられていたのはこちらですね。最初の神速の踏み込みからの連続攻撃は圧巻でした」
お互いの健闘を称え、握手を交わすと、周りで見ていたギャラリーから盛大な拍手が巻き起こる。
「リュシアン様!カティアさん!凄かったですわ!」
「ああ、二人とも見事な戦いだった」
「ママ〜!かっこよかったの!」
ルシェーラ、カイト、ミーティアからも称賛の声がかかる。
まあ、引き分けになったのは少し悔しい気もするけど、いいところを見せられたということで良かったかな?
「完敗です、参りました。…これまでの非礼、お詫びいたします。申し訳ありませんでした」
「こっちこそ…失礼な事を言って申し訳ありませんでした」
私もさんざん煽ったからね。
でも、これで私の実力は認めてくれたでしょ。
「どうですか、これで分かったでしょう?あなたが職務に忠実で真面目なのは理解できますが、見た目で侮るようなことはしてはいけません」
「はい、身に沁みて分かりました。しかし…こんなにも可憐なお嬢様が、まさかあれほど腕前をお持ちとは夢にも思いませんでしたよ。それに、まだまだ本気ではなかったようで…」
「それはそうでしょうね、彼女はAランク冒険者…いえ、確かSランクも検討されてるらしいですね。あなたたちも『星光の歌姫』の名は聞いたことがあるでしょう?」
ふぁっ!?
そこでその名が出てきますか…
「えっ!?あの、ブレゼンタムの英雄…?」
周りでそれを聞いてた人たちからも驚きの声があがり、ざわつき始める。
(…あの、天から降り注ぐ雷の魔法で万の軍勢を屠ったと言う…?)
(…あの、一度歌えば万の軍勢を死をも恐れぬ狂戦士にすると言う…?)
(おれは死の縁からも蘇らせて戦線に復帰させたって聞いたぞ)
何だか微妙に噂が誇張されてるなぁ…
敵も味方も万の軍勢じゃなかったよ。
っていうか、狂戦士になんかしてないよ!?
「そのような方にあんな暴言を…自分の思い上がりが恥ずかしいです」
「いえ、見た目小娘なのは確かですからね。真剣に鍛錬してるところに水を差すような真似をされれば、不愉快と思うのは…まあ、理解できます」
「…恐縮です」
「さて、では私とも手合わせをお願いいたします」
ちょっと予定外の事はあったけど、約束通りリュシアンさんとの手合わせを行うことになった。
「はい、お願いします!」
私は、今度は剣ではなく長刀…は無いのでなるべく形が近いグレイブを借りる。
今度武具店で新調したほうが良いね。
リュシアンさんの武器はと言うと…
「リュシアンさんは槍ですか」
「はい、これが私の得意武器です」
「リュシアン様は王国一の槍の使い手と言われていて、『雷閃』の異名で呼ばれてるのですわよ」
ルシェーラが嬉しそうに説明してくれる。
『雷閃』…私のよりはいいなぁ…
しかし、槍か…
同じ長柄武器だけど、斬撃主体のグレイブと刺突主体の槍ではかなりの違いがある。
間合いも一見似ているように見えるが、有効な攻撃の間合いは槍の方が広いように思う。
加えて、その攻撃の軌道は最短距離を走るため速度が速く、打点が小さいので視認もしづらい。
更に、私って槍の使い手との対戦経験があまりないんだよねぇ…
これはなかなか厄介そうだ。
でも、訓練としては貴重な経験だね。
「そう言うカティアさんも、剣ではなく…グレイブですか?」
「はい、それ程差があるわけではありませんが、こちらの方が得意なんです」
「そうですか…私の槍と対戦するならば、そちらのほうが合ってるかもしれませんね。では、始めましょうか。…ラスティン、すみませんが開始の合図をお願いできますか?」
「はい、お任せください。準備はよろしいですかね?……では、始め!!」
ラスティンさんの合図によって、いよいよ始まった対戦。
カイトたちだけでなく、訓練していた他の兵士の皆さんも私達を囲んで見学を始めた。
…結局邪魔になっちゃったかなぁ?
まあ、今は目の前のリュシアンさんに集中だ。
私は身体を左前の半身にしてグレイブは相手の鳩尾に狙いを定めるようにして中段に構える。
対するリュシアンさんも同じように中段の構えだ。
剣でもそうだけど、この中段の構えは攻防のバランスに優れた最も基本的な構えだろう。
構えを維持しながら、リュシアンさんの周りを回るように動く。
リュシアンさんも私の動きに合わせて常に正対するように位置取りをする。
「また静かな立ち上がりですわね」
「そうだな。お互い間合が特に重要な武器だからな。慎重に測ってるのだろう」
カイトの解説の通りだね。
どの武器も間合が重要なのは変わらないが、長柄武器は特に適切な距離を保つことが重要になってくる。
ただ、一見ぐるぐるしてるだけに見えるが、さっきから視線や細かなフェイントによる牽制での攻防は行われている。
そして、その均衡を破ったのはリュシアンさんが先だった。
「シッ!」
ひゅっ!
短い呼気とともに、鋭い一撃が繰り出される!
やはり打点が小さく視認しづらいが、身体を捻って最小限の動きで躱す。
槍は私の脇腹を掠めるように通り過ぎ、すぐさま手元に引き戻される。
先ずは小手調べって感じの単発の攻撃だね。
だが、この攻撃を皮切りに本格的な攻防が始まった。
私はお返しとばかりに、一歩踏み出しながら足元を薙ぎ払うように斬撃を見舞うが、リュシアンさんは軽く後方に跳び退ってこれを躱す。
私が更にそのまま切り上げようとすると、前がかりになったところを狙ってくる。
無理に攻撃を通そうとせずに一旦下がって間合いをとる…
ぞくっ!
その瞬間、ディザール様と対戦したときと同じあの悪寒が背筋を駆け巡った!
ボシュッ!!
直感に従ってサイドステップで避けると、間一髪左腕のすぐ脇を衝撃が抜けていった…!
あっぶな〜っ!?
ディザール様みたいに攻撃の出どころがまったく見えなかった訳じゃないけど、殆ど勘で避けないと間に合わなかったよ!
速さだけでなく威力も相当なものだ。
掠めてもいなかった筈なのに、衝撃波を受けたのか腕がビリビリするよ…
「流石ですね、あれを避けますか」
「いや〜、殆どまぐれでしたよ。直感に従わなければやられてました」
「ご謙遜を。強者の戦いになればなるほど、その直感が重要になるというものです」
それはそうかもしれない。
経験に基づく戦闘勘というのは馬鹿にできるものではない。
力が拮抗してる者同士だとより重要な要素なのかもしれない。
それにしても、あれがリュシアンさんの本気の攻撃か…
スピードはティダ兄に匹敵するかも。
なるほど、『雷閃』の名は伊達じゃないね。
「じゃあ、私もギアを上げますよ…!」
そう言うやいなや『閃疾歩』で一足飛びに間合いを詰めてグレイブを振るう!
ビュオッ!!
「!!くっ!?」
ガッ!!
立てた槍に阻まれるが、すかさず両手の位置を入れ替えて八相の構えに切り替え面を打つ!
しかし、それも身体を捻って躱される…が、まだまだ!
グレイブを引き戻す勢いで反転、そのまま逆中段の構えに切り替えながら突きを放つ!
よし!
殺った!
いや!?
まさかその体勢から!?
面を躱したときにリュシアンさんは体勢を崩していた筈だが、それもお構いなしに突きを放ってきている!!
くっ!!
避けきれない!
そして、両者の突きは互いの急所をめがけて……
「……相打ち、ですか」
「…そうですね」
私のグレイブの切っ先はリュシアンさんの喉元にピタっと止められ…逆にリュシアンさんの槍の穂先は私の胸…心臓の位置で止められていた。
タイミングも完全に同時だったので、相打ちという事だ。
「いや〜、あそこから反撃してくるとは…完全に入ったと思ったのに、相打ちに持ってかれるとは思いませんでした」
「いえ、それこそ捨て身にならなければ一方的にやられていたのはこちらですね。最初の神速の踏み込みからの連続攻撃は圧巻でした」
お互いの健闘を称え、握手を交わすと、周りで見ていたギャラリーから盛大な拍手が巻き起こる。
「リュシアン様!カティアさん!凄かったですわ!」
「ああ、二人とも見事な戦いだった」
「ママ〜!かっこよかったの!」
ルシェーラ、カイト、ミーティアからも称賛の声がかかる。
まあ、引き分けになったのは少し悔しい気もするけど、いいところを見せられたということで良かったかな?