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作者: O.T.I
残酷な描写あり
幕間2 『カイト』
 初めて会ったとき、その不思議な色合いの美しい髪に目を奪われた。



 その日、依頼のため訪れた森の中でこれまで見たことの無い魔物に遭遇し、しばらくの間その森の中に囚われることになってしまった。

 情報を少しでも得ようと何度か接敵するも打倒するための糸口は掴めず、時間だけが過ぎ去りとうに帰還予定は過ぎてしまった。

 だが、生き延びていれば何れ他の冒険者がやって来るはず。そう自分に言い聞かせ、パーティーの面々も鼓舞する。
 その間に件の魔物には三度接敵を敢行し、ある程度の情報は得る事ができた。

 あとは人数さえ揃えば、と考え始めたその時、斥候の一人であるザイルが人の気配を感じると言ってきた。
 待ち侘びたその情報に逸る気持ちを抑えながら合流すべく向かったその先には、何れもが強者の雰囲気を身にまとう数人のパーティーが俺たちを迎えるのだった。

 その中にその場には一見場違いとも思える一人の美しい少女がいた。
 まず目についたのは、森の薄闇の中でも光り輝くかのような金にも銀にも見える不思議な色合いの長い髪。
 次いで意思の強そうな大きな菫色の瞳。

 カティアと名乗ったその少女の美貌にしばし見惚れそうになるが、不自然にならないように何とか取繕えたと思う。


 その後、彼らと魔物を倒すための作戦を練ってそれを実行するも、打倒には至らず再度の撤退を余儀なくされる…と思われたが、彼女の特級魔法が炸裂して…
 その後は怒涛の展開だ。

 倒したと思った魔物がいた辺りから突然闇が大きく広がって俺達を飲み込もうとした。
 彼女の前に飛び出して庇おうとしたのは、自分でも思いがけない行動だった。

 そして、突如として現れた紅い結界に護られながら彼女は歌い出す。
 物悲しくも優しく美しい歌声が響くと、彼女から光が放たれて闇を包み込むように祓っていく。
 その慈母の如き神々しい表情に、今度こそ見惚れた。

 街に帰還するときには馬に同乗したが、腕の中にすっぽりと収まる小さな身体の暖かさと、髪から香る仄かな甘い匂いに、冷静でいるのが大変だった。


 無事に街まで戻り、事の次第を侯爵閣下に報告したが、不測の事態によって期日までに帰還が叶わなかった事についてはその正当性が認められ、俺達パーティーの失態とは見做されなかったのは幸いだった。

 侯爵閣下にはかなり心配をかけてしまった。
 もし俺に何かあったとしても、父は侯爵閣下を責めたりすることは無かったとは思うが、何らかのわだかまりは残してしまったかもしれない。

 そういった意味でもカティアたちには感謝してもし足りない。

 そう思っていたのだが、彼女は俺達パーティーの功績を主張して報酬は皆で折半すべきだと言ってくれた。

 当然俺はそれを辞退しようとしたが、それを遮って『お互い様』と言って晴れやかに笑う彼女にまたもや見惚れて何も言えなくなってしまった。

 侯爵閣下の言う通り、本当に『いい女』だ。

 そう、素直に伝えたら何故か気を失ってしまったのには焦ってしまった。


 翌日、剣をメンテナンスに出した後、パーティーの連中が戻って来るまでの間の暇つぶしも兼ねてギルドに訓練に向かう途中で彼女に声をかけられた。

 昨日とは異なる、年頃の女の子らしい装いにドキッとさせられた。
 一瞬誰か分からなかったなどと誤魔化したが、彼女の鈴を転がすような美しい声と、その特徴的な色合いの髪を見粉うはずもない。

 思いがけず出会ったその後は、彼女の実力に純粋な興味もあって、訓練に誘ってみることにした。

 快諾してくれた彼女とともにギルドに向かい訓練場で手合わせを行う。


 そうして始まった手合わせ。

 彼女の実力は想像以上のものだった。

 その可憐な容姿に似合わない、苛烈な攻撃。
 その細腕のどこにそんな力があるのか、受け止めた攻撃の重さに舌を巻く。

 変幻自在で息をもつかせぬ連撃は防ぐので精いっぱいで、何とか隙を見て行った反撃は意表を突いたものの、あっさりとかわされた。

 魔道具による幻惑も、最後は偉そうに指摘したが言葉ほどに余裕があったわけではない。
 ただ、彼女が放つその存在感は魔道具で完全に模倣できるような物では無かっただけだ。
 もちろん、彼女に伝えた通り僅かな差異ではあるので魔道具の有用性を否定するものではなかったが。

 そして、なんと言っても最後の一撃。
 彼女が一瞬揺れたように見え…気がついた時には間合いに入られていた。
 辛うじて防御が間に合ったものの、見事に剣が折られてしまった。
 彼女の剣も折れたので何とか引き分けに持ち込む事ができたのは俺にとっては僥倖だっただろう。
 もし、これが木剣じゃなかったら…結果は違っていたはずだ。


 溢れんばかりの才能。
 俺は、そんな彼女の横に並び立てる男でありたいと思った。
 

 その後も彼女に誘われて街を巡り、楽しいひと時を過した。


 神秘的な容姿は黙っていると近寄りがたいほどの神々しい美しさなのに、普通の女の子のように、時には少年のように、ころころと変わる表情は正に天真爛漫と言った感じで好ましく思う。

 打ち上げで酔った彼女にすり寄られたときは、取り繕う余裕も無くなってしまい、正直アネッサさんに何とかしてもらわなければどうなっていた事やら…

 打ち上げの最後には即席の音楽会となって大いに盛り上がった。

 俺の演奏に合わせて、彼女の可憐な唇から紡がれる人々を魅了する歌声。
 いつまでもこうしていたいと思ったが、楽しい時間はあっと言う間に過ぎ去った。



 ああ、この想いは何だろうか。
 いや、自問するまでもなくそれは分かっている。

 出会ったばかりの少女にこんな想いを抱く事になるなんて。
 こんなにも、その眩しい笑顔に惹かれるなんて。
 自分でも不思議だった。

 自惚れで無いのであれば、多分彼女も同じ気持ちを抱いてくれていると思う。

 だが、まだこの想いを伝えることは出来ない。
 俺の抱える厄介な問題がそれを許さない。

 もし、本気で彼女を欲するのならば…
 今まで逃げ回ってきたその問題に立ち向かわなければならないだろう。

 今はまだ、その覚悟は出来ていない。


 だが、いつの日かきっと…

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