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作者: 龍崎操真
残酷な描写あり R-15
第34話 吼える炎刃
 月明かりが差し込む倉庫内で、明嗣は不敵に微笑み、かかってこいと挑発した。右手に握る真紅の大剣、炎刃クリムゾンタスクからはドッドッドッ……と待機アイドリング状態で回るエンジンの音が鳴っている。だが、すでに戦闘モードに意識へ切り替えた明嗣へ、待ったをかける者が二人。

「ちょっと待て……! お前、剣は使うなって言ってるだろ……!」

 脇腹から血を流して意識が朦朧としているアルバートに続き、見えない何かに縛られた鈴音も同じように呼びかけた。

「そうだよ! 全力で打ち込んだら壊れちゃうんでしょ!? それじゃ、チャンスは一回限りで失敗したら終わりだよ!?」

 その声の緊迫感から、状況をよく飲み込めてない澪でも、明嗣が問題を抱えている事を理解できた。しかし、当の明嗣本人は何の問題もない、と余裕の表情を浮かべていた。

「まぁ、任せとけって。面白ぇモン見してやるよ」
「へぇ……それは楽しみだ……」

 隙を伺いながら、一連のやり取りを聞いていた“切り裂きジャック”がフードの下で、良いことを聞いたとばかりに笑みを浮かべる。すると、異変を感じ取った明嗣が即座に腰を落として、肩に置いた剣を振りかぶった。だが、踏み込む間に景色へ溶け込むように消えた“切り裂きジャック”にその一太刀が届く事はない。
 どこへ消えた、と明嗣は周囲へ意識を張り巡らせた。ピン、と張った糸のような緊張感が辺りを包み込む。やがて、初めて“切り裂きジャック”と会った時のような寒気が背筋を駆け抜けた瞬間、明嗣は剣の腹を背に向けた。直後、金属がぶつかり合うガキン、という音が周囲に響く。なんと、消えた“切り裂きジャック”による死角からのナイフの攻撃を受け止めて見せたのだ。

「やっぱな……」
「よく分かったね。そこに転がっているオジサンも引っかかったんだけど。良い勘してる」
「勘じゃねぇよ。防いだんだ」

 ニッと口の端を吊り上げ、明嗣は大剣の大きさを利用してナイフを受け流す。そして、“切り裂きジャック”の体勢が崩れた所へ、左肘でエルボーを顔面に叩き込んだ。しっかりとそこにいる、と感触を確かめた明嗣は、切り上げの構えで剣先を地に着けた後、柄として接続したアクセルグリップを捻った。すると、エンジンが高回転域レッドゾーンまで吹け上がる音と共に、何かが爆発したような勢いで剣が跳ね上がる。

「っシャア!」

 暴れる剣を持ち前の膂力で制御し、明嗣は“切り裂きジャック”へ掛け声と共に剣を振った。しかし、勢い良く振り抜かれた剣は標的の肉の裂く事はなく空を切った。刃が肌に触れる前に大きくの仰け反る事で、“切り裂きジャック”は明嗣の一閃をやり過ごしたのだ。だが、明嗣は落胆する事なく距離を取ると、新しい玩具を楽しむ子供のように満足げな笑みを浮かべた。
 一方、短いながらも一連の攻防を見守っていた人質一同は呆気に取られて言葉を失っていた。

「ねぇ、どういう事? 明嗣くん、全然問題なく戦えているみたいだけど?」
「分かんないよ……。アタシは、マスターから明嗣が剣を使うと壊れるとしか聞いてないし……」

 素直な疑問を口にした澪へ返事をした鈴音が、明嗣と一番付き合いが長いアルバートへ視線を向けた。対して、血液を失って意識が朦朧としてきたアルバートは痛みに悶ながらも納得したように力を抜いた。

「なるほどな……。自分で振って壊れるなら機械にやらせてしまって、自分はサポートしようって事か……」
「どういう事?」

 剣を扱う者だからこそ鈴音は理解できないと首を傾げた。剣なのに機械? どれだけ技工を凝らした所で手で握り、振って物を断つ物は刀剣だろう。鈴音の刀や剣に対する認識とはそういう物だ。だからこそ、鈴音はアルバートの言うことがいまいち理解できないでいた。そんな鈴音に対して、アルバートは“切り裂きジャック”とにらみ合う明嗣の右手を指さした。

「秘密はあの柄だ……。バイクのアクセルでもあるあれを捻ると中にある燃料が爆発して、バカみてぇに重い一振りを繰り出せるって寸法さ。あれなら必要以上に力を込める事はねぇし、明嗣本人は暴れる剣の制御だけしてりゃ良いから壊れる心配もねぇ。だが解せねぇのは……」

 アルバートは指先を明嗣の右手から先程明嗣が剣を突き立てた地点へ移動させる。そこには剣を突き立てた際に傷ついたコンクリートの床があった。

「あの傷、剣を突き立てたにしては傷が綺麗すぎる……。コンクリってのは衝撃が加わればひび割れるモンだろ。でも、あの床の傷はヒビが少ししか入ってねぇ……。よっぽど切れ味が良いのか、あるいは……」

 なにかまだ秘密が隠されているのか。こればかりはこの場で解明するのは、おそらく無理だろう。後で本人に聞くより他ない。この戦いが終わるまでに生きていればの話だが。アルバートは痛みに耐えながらも明嗣へ呼びかけた。

「明嗣、あんま時間かけないでくれると助かる……。早く片付けてくれねぇとお迎えが来ちまう……。ツッ!」

 痛みに悶えるアルバートの呼びかけに対し、明嗣は手を上げて返事した。そして、調子を確かめるようにクリムゾンタスクのエンジンを軽く吹かす。

「って訳だ。こっからは全開フルスロットルで行くぜ!」

 明嗣は剣を肩に担ぎ、“切り裂きジャック”へ突撃する。対して、“切り裂きジャック”はナイフを指揮棒のように振り、以前戦った際に散々明嗣を苦しめたあの攻撃を繰り出す。
 背筋にゾッとするような悪寒が走り抜けるのを感じた明嗣は、生存本能に従い盾のようにクリムゾンタスクを突き出した。すると、何か細い物が複数、刀身へ当たるような衝撃を感じる。“切り裂きジャック”が明嗣の命を刈り取ろうと風の刃を飛ばしてきたのだ。やがて、衝撃が収まったのを確認した明嗣は、剣の向こうから覗き込む。すると、再び“切り裂きジャック”はその場から姿を消していた。明嗣は視線を動かし、“切り裂きジャック”の居場所を探る。やがて何を思ったか、明嗣はクリムゾンタスクのエンジンを回して右側の空間を薙ぎ払う。
 直後、ガギン!、と金属がぶつかり合う音が再び鳴り響き、同時に“切り裂きジャック”がナイフを震わせて明嗣の剣を受け止めている姿が現れた。触れ合う刃からは火花が散っている。

「だから言ってんだろ。って。お前、光が屈折するくらいの厚さの空気で鎧を作って姿を隠しているんだろ。簡単なトリックだ。人の目は光の反射によって形を捉えているからな」
「へぇ、まぐれを誤魔化して僕を怖がらせるための虚勢かと思ったけど、どうやら違うみたいだ」

 明嗣の推理を聞いた“切り裂きジャック”は感心したように頷いた。
 これは「以前に戦った事があり、“切り裂きジャック”は風に関する能力を持っている」という情報が頭にある明嗣だからこそ、看破できたトリックだ。余談だが、アルバートがいとも簡単に背後を取られたのも、この空気の鎧で姿を隠していた事による物が大きかった。

「なら、ついでに教えてくれないかな。ナイフを通して伝わって来る常に刃が動いているような感触の正体をね」
「あぁ、そういやお前の時代にはなかったよな。知らないのも当然だ。ロウソクで部屋を照らしていた時代にチェーンソーなんてモンはな」

 興味深々と言った様子でクリムゾンタスクについて尋ねる“切り裂きジャック”に対し、明嗣は挑発するようにエンジンを吹かしてニヤリと笑みを浮かべた。
 明嗣の言う通り、クリムゾンタスクにはチェーンソーのような機構が搭載されている。しかし、クリムゾンタスクは一定速度で刃を回転させるチェーンソーとは違い、アクセルグリップの開度によって刃の回転する速度が変化する特性がある。つまり、クリムゾンタスクは西洋剣の叩き切る動作を行ないながら刀のように刃全体で相手を斬る事が出来る機構を搭載した機動剣メカニカルソードなのである。
 
「俺は小さい頃から普通とは違う世界を見ていてね。そのおかげて吸血鬼の中にある“黒い”何かが見えんだよ。ついでにこの剣を使っている間は五感が鋭くなるみてぇだ。だから――」

 明嗣は種明かしをしつつ、踏み込むために脚へ力を込めた。

「お前がいくら影の中に潜んだり、景色に溶け込んで姿を隠していようと、俺は逃さねぇ……よっ!」

 明嗣は剣の重さと並外れた膂力を生かして強引に剣を押し込む。空中へ跳ね上がる“切り裂きジャック”の身体。これでは身動きが取れない。そこへ狙いすましたように響くエキゾーストノート。明嗣は歯をむき出して獰猛に笑い、全開までアクセルを開いたクリムゾンタスクで“切り裂きジャック”の首を狙う。
 しかし、かろうじてナイフで受け止めた事により“切り裂きジャック”は後方へふっ飛ばされるだけで終わった。そして、何を思ったか着地した“切り裂きジャック”は肩を震わせ始めた。

「くっ……ふふ……」

 なんだ……?

 笑いが堪えられないと言った様子で“切り裂きジャック”は全身を震わせる。やがて、もう我慢できないと言った様子で笑いだしてしまった。

「ははははは! 良いねぇ! そう来なくちゃ! でないと叩き潰す甲斐がないものさ!」

 瞬間、ビリビリと空気が震えると同時に“切り裂きジャック”の周囲へ気流がうずを巻き始めた。その光景は誰がどこからどう見ても、これはまずいと思わせるには十分なプレッシャーを放っていた。

「初めて会った時から君は何か気に入らなかった! その理由が今分かったよ! 普通とは違う癖に! まるで自分は上手くやれるって信じ切っている表情が気に入らなかったんだ!!」
「おい、鈴音! 今すぐマスターと彩城を連れて逃げろ! なんかヤバいの来んぞ!!」

 しかし、危険な液体系薬品が入っているかもしれない何かを警戒して動けない鈴音は、明嗣の呼びかけに文句を返す。

「無茶言わないでよ! アタシら、今縛られてるんだよ!? ヤバい薬入ってたら逃げるどころ話じゃなくなっちゃうの!」
「それって空気を固めた手錠じゃねぇのか!?」
「分かんないからヘタに動けないの! だから明嗣がなんとかして!」

 鈴音の返事を聞いた明嗣は、忌々しげに舌打ちした。そして、やっぱり一人の方が気楽だ、と明嗣は心の中で愚痴をこぼす。なぜなら、今のように責任重大な役目を押し付けられると非常に気が重くなる性分なのだから。これで失敗したら末代まで恨まれるんだろうな、などと考えた時には、もう何もしたくなくなる程に気分が沈む。
 だが、見捨てる事ができるかと問われたら、それは違うだろ、と明嗣は思う。今この場でしっぽを巻いて逃げ出したら、自分の命は助かるだろうが、残された者達の怨嗟の声を聞きながらこの先の時間を過ごす事になるだろう。そんな人生はまっぴら御免だ。なら、どうするか。その答えは既に、明嗣の中で決まっていた。

 仕方ねぇ……。エンジンも良い感じに温まってきてるし、あれ使うか!

 この一撃で決着を付ける、と腹を括った明嗣は、クリムゾンタスクを地面に突き立て、全開までスロットルを開いた。エンジンがうなると共に、黒い火花がクリムゾンタスクの吸排気口から吹き出す。

「そろそろ決着付けようぜ。お互いに大技構えているしな」
「良いね。そろそろ血を吸いたいと思って所なんだ」
「奇遇だな。俺も早く帰って寝たいって思ってた所だよ」

 空気が渦巻く轟音とエンジンが唸るエキゾーストサウンドが周囲に響き渡る。
 明嗣は引き抜いた剣を振りかぶながら、さらにグリップを捻り、エンジン吹かす。やがて、いつしか刀身の吸排気口から黒炎が吹き出し刀身全体を包み込んだ。そして、今まで触れていなかったブレーキレバーに指を掛けた。通常なら車体を止めるための物なのだが、剣に接続した状態の場合、このレバーは今までエンジンが温まると同時に溜まっていた熱エネルギーを吐き出す引き金トリガーとなる__!
 互いの緊張感が最高潮まで高まった瞬間、明嗣はレバーを引いて内部に溜まった熱エネルギーを吐き出す。瞬間、明嗣は爆発音と共に弾丸の如く飛び出した。対して、“切り裂きジャック”はナイフを振り、集めた風を巨大な刃の嵐として束ねた。その後、勢いに任せて真っ直ぐに突撃してくる明嗣へ風の刃をぶつける。
 このままでは真っ直ぐに突っ込む明嗣へ直撃し、明嗣はバラバラに切り刻まれてしまうだろう。だが、今更ルートを変更する事はできない。
 澪と鈴音とアルバート、人質の三人が行く末を見守る中でエキゾーストサウンドが周囲に響く。そして、明嗣の真紅の牙と“切り裂きジャック”の風がぶつかり、辺りは煙に包まれた。
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