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作者: 龍崎操真
残酷な描写あり R-15
第33話 覚醒の産声
 “切り裂きジャック”に捕まったアルバートと鈴音の二人は、倉庫の一角に縛り付けられていた。ご丁寧に二体の手下の吸血鬼まで見張りとして置かれている。

「グッ……クソッ……。血が止まらねぇ……!」

 アルバートは刺された脇腹を一瞥し、痛みに喘いだ。血で赤黒く染まったワイシャツからは、今もポタポタと血が流れ落ちていた。呻くアルバートの隣で鈴音がおそるおそる声をかける。

「マスター、大丈夫?」
「今はな……。だが、早くなんとかしないと洒落にならねぇ……!」

 急いで止血しないと、アルバートは出血多量であの世行きコースだ。だが、動かそうと腕に力を入れると、筋肉が強ばるだけで動く事はない。まるで動かし方を忘れてしまったようだった。

 なんで動かないの!? 魔眼対策だってしっかりやってるのに!

 ゴソゴソと身をよじる鈴音だが、ビクともしない身体に対して焦燥を覚えた。半吸血鬼の明嗣と違い、魔眼に対して抵抗力のない人間である鈴音とアルバートは、専用の眼鏡をかけたり、コンタクトレンズを着ける事で吸血鬼の魔眼対策を施している。そのはずなのだが、現在の二人は、“切り裂きジャックの”「君たちにはここで大人しくしてもらうよ」の一言で簡単に身体の力が抜け、即座に手が後ろに回り、足はピッタリと閉じられて縛られてしまった。
 未だかつてない事態に鈴音はパニックを起こしそうだった。心臓が早鐘を打つようにドクドクと脈打つ感覚が身体を支配していく。どうしたら良いのか分からず、思考がどんどん絡まっていく。
 暴走する思考の勢いに任せて鈴音は脱出する手筈てはずを考える。
 まず、自分の手と足を縛る物。これはなにか圧迫する物だというのは感じられた。しかし、感じるだけで“何で縛っているのか”、が鈴音には分からない。なぜなら、のだから。
 肌に触れている感触から、何か弾力のある物だというのは分かる。同時に何かが流れている感触から液体の入ったバッグのような物なのも理解できる。だが、いくら暗がりの室内とはいえ、月明かりが差し込んでいるにも関わらず、のだ。
 まるで文字通り、空気に溶け込んでいる、としか表現できなかった。これでは、袖の中に仕込んだクナイで切る事もできない。何かの液体薬品だったら、下手に手を出すと事態を悪化させかねないからだ。
 その上、上手くこの拘束から抜け出せたとしても、見張りの問題も残っている。吸血鬼は標的へ噛みつき、血を取り込ませる事により仲間を増やす。“切り裂きジャック”の仲間があの二体だけとは限らないので、下手に騒ぎを起こす訳にいかない。“切り裂きジャック”と共に増援がやってきたら、それでジ・エンドなのだ。とはいえ、このままでは刺されて脇腹から血を流すアルバートが命が危ない。

 どうしよう……! どうしよう……!

 多くはない。が、決して無視する事はできない大きな二つの問題に、どんどん鈴音の中で首が締まっていく感覚が大きくなっていく。
 幸い、クナイは太もものレッグポーチの中にもある。こうなったら、元気な自分が一か八かの賭けに出るか、と覚悟を決めた時だ。幼少期より練習させられた縄抜けを実行しようとした鈴音の耳に、自分と同じくらいだと思わせる少女の声が飛び込んできた。

「誰かいるんですか?」

 向こうも拘束されているのか、ズルズルと自分の身体を引きずりながら近づいてくる音がする。やがて、姿を現した声の主は鈴音の姿を見るなり、驚きの声を上げた。

「え、鈴音ちゃん!?」
「澪!? ここにいたの!?」

 なんと、声の主は“切り裂きジャック”に拉致された澪だった。まさかここで鈴音と会うと夢にも思わなかった澪は、もう一度同じ質問をする。

「そんな事は良いの! それより鈴音も捕まっちゃったの? っていうか、その隣にいる人って……」

 血を流して苦悶の表情を浮かべるアルバートを目にした澪は、その様子に顔を青くした。

「ヘルシングさん……!? その血、どうしたの!?」
「おう……澪ちゃんか……。いやぁ……ちょっとドジ踏んじまってこの通りだ……。助けに来たってのに情けねぇ……ッ!」

 傷が痛むのかアルバートは息を切らしながら挨拶を返す。だが、澪は首を振った。

「喋っちゃダメですよ! どうしよう……! 手当てしないといけないのにあたし、縛られちゃってるよ……!」
「実はアタシもそうなんだよね……」
「そんな……どうしよう……。このままだと死んじゃう……!」

 鈴音の状態を目にした澪はパニックを起こした声を上げた。そんな澪を前にだんだん落ち着いてきた鈴音。おそらく、ここの状況については、先にいた澪の方が幾分詳しいはずだ。クールダウンしてきた鈴音は、澪へ見張りの数などの情報を尋ねる。

「澪、落ち着いて。それはアタシだって分かってる」
「なら、早くなんとかしないと……!」
「うん。だからアタシ達より先にいた澪に教えて欲しいの。ここにいる吸血鬼って外で見張っている二人だけ?」
「え……なんで吸血鬼の事……。鈴音ちゃん、まさか……」

 鈴音の言葉で勘付いた澪は、確認するように鈴音を見つめる。すると、鈴音は頷いて見せた。

「まぁ、この状態で落ち着いているのはそういう事なの。だから教えて。この倉庫にいる“切り裂きジャック”の手下は外にいる二人だけ?」

 鈴音の質問に澪は思い出すために視線を伏せた。やがて、視線を上げて鈴音と目を合わせた澪は、口を開いた。

「たぶん、まだいると思う。だって、ここに連れてこられた時、他にも十人くらい人がいたから。しかもその人達、元気そうに見えるけどすっごく肌が白かったよ」

 聞くんじゃなかった……。

 最悪、と心の中でこぼした鈴音は次の質問に移った。

「じゃ、次。アタシ達の手を縛っているこれ、何でできているとか分かる?」
「分かんないよ……。なんか、絶対に割れない風船って感じ……。鈴音ちゃんは何か分からないの?」
「残念だけどアタシも分かんない……。澪、これ以上何かするのは危険かも。塩酸みたいな液体の薬品が中に入ってたらヤバいから」

 この一言で澪は石のように固まって動かなくなってしまった。それに伴い、鈴音も大人しく捕まっている事にした。さすがに死角からの一撃をナイフ一本で止めて見せた“切り裂きジャック”に加えて、十人も同時に相手するのは自殺行為に等しい。
 だから、置いていかれた明嗣が助けに来る事を大人しく祈っているしかないのだ。だが、悠長に構えていてもいられないのも事実だ。このまま放っておけばアルバートが手遅れになってしまうのだから。見張りの吸血鬼をなんとかできない以上、縛られたままアルバートを手当てする手段を考えなければならない。
 鈴音は周囲を見回すと、新たに問題があることに気が付いた。それは……。

 傷を塞ぐのに使えそうな物がない……!?

 どこを見ても釘を打ち付ける事でしっかり密閉された木箱ばかりで、縛られた状態で手当てに使用できそうな物が見当たらないのだ。これではアルバートの手当てができない。さらに、悪い事という物は時として嵐がやってくるように立て続けに起こる場合もあるのだ。
 突如、倉庫の扉が開いた。

「本当にいたぞ……。女が二人と死にかけのオッサンが一人。交代した奴が話していた通りだ」
「どうする? お前どっちにする?」

 入ってくるなり、無遠慮にそんな感想を漏らす男が二人入ってきた。それを見た鈴音は思わず声を上げた。

「ちょっと! アンタたちいったいなんなの!?」

 だが、鈴音の質問に二人が答えず一人が指を指した。
 
「じゃあ、オレこの気の強そうな方にするか」
「オッケー。じゃあ、おれはビビっている気の弱そうな方にするわ」

 のんきに品定めをした後、鈴音の方にすると答えた吸血鬼が用件を口にした。

「オレらさ、最近ちょっと血を吸えてなくてイラついているんだよね。んで、丁度いいところにお前らがやってきたって訳。俺らの事知っているみたいだし、ここまで言えばもう分かるよな?」

 鈴音と澪は背中が粟立ち、ゾッと寒気が走るのを感じた。どっちにするか選ぶという会話、血を吸えなくてイラついているからやってきたという文句。間違いなく、自分達に見張りの番が来た事にかこつけて、鈴音と澪から血を吸い取りにやってきたのだ。

「そ、そんな事したらあの人が黙っていないでしょ……」

 澪がおそるおそる“切り裂きジャック”が許さない事をチラつかせた。今の自分は食料兼明嗣を呼ぶための餌である事を理解しているからこそ切れるカードだ。しかし、当の二人は、これは傑作だとばかりに笑いだした。

「あんなボロコート、オレら全員で囲めば良いさ! ちょっと超能力を持っているからってオレらは10人だぜ? 勝てるわきゃねぇよ! むしろ何人か死んでくれた方が分け前も増えるしなぁ!」

 そして、高笑いを終えた吸血鬼の二人は、獣じみた視線を鈴音と澪へ向けた。

「まぁ、その前に? やっぱり味見はしときたいよなぁ?」
「最近は男の血ばっかりでつまんなかったしな……。役得ぐらいはなきゃ割に合わないよな」

 どうやら、澪が使ったなけなしの切り札は不発だったようだ。下卑た笑みを浮かべた吸血鬼が縛り付けの乙女二名へ迫る。このままでは傷一つ無い首筋が血で汚されてしまう。標的となった鈴音と澪は、自然と身を寄せるようにして、部屋の隅へ移動する形で後退した。だが、そこから先は逃げ場がない終点。もう下がる事はできない。
 この時、澪は必死にある人物へ助けを求めていた。

 明嗣くん……!

 澪は目を閉じて必死に念じた。
 初めて会った日の夜のように、突然明嗣が颯爽と現れて助けてくれないかな。物語のようにピンチになったヒロインを助けに来るヒーローのように現れて欲しい。そんな奇跡に縋りたくなるような心境だった。
 やがて、そんな澪の願いが通じたのか、いきなり吸血鬼達が何か異変を感じたのか足を止めた。

「なぁ、何か聞こえないか?」
「アン?」

 吸血鬼が口にした言葉で思わず澪は耳を澄ませてみた。すると、たしかに『……ォオン……』と狼の遠吠えのような音が微かに聞こえてくる。そして、その音はだんだんと近付いて来る。ブォン!とはっきりと聞こえるようになったその音で、この場にいる全員が理解する。先程から聞こえてくるこの音の正体は、エンジンが唸るエキゾーストノートだ。やがて、高回転域レッドゾーンに至ったエンジンの回転する音がすぐそこにまでやってくると同時に、扉が吹き飛んだ。

「な――」

 何だ、と言う前に二人の吸血鬼の身体が炎に包まれた。同時に一台の大型バイクが飛び込んでくる。

「うあああっととと!?」

 突如現れたライダーはバイクのクラッチを切って三回程軽く吹かしながら、その場でタイヤ痕でドーナツ模様を描く。その後、完全停止したバイクに跨った状態でほっと息を吐いた。

「お前、かなりの荒馬だな。こりゃしばらく苦労しそうだぜ……」

 ぼやきつつ、龍のイラストが描かれた燃料タンクを撫でるそのライダーを目にした澪は、信じられないと言いたげに見つめていた。一方、ライダーの方は澪と視線が合うと目を丸くした。

「吸血鬼が入っていくのを見つけて突撃してみたら、いきなり当たりを引いたみてぇだな。怪我ねぇか、彩城」

 ヘルメットを用意出来なかったのか、目を守るためのバイザー代わりに着けた防塵ゴーグルを外す様子を目にした澪は思わず声を震わせた。

「本当に助けに来てくれた……!」
「遅いよ! もっと早く来てよ、明嗣!」

 今までどこで油を売っていた、と本気で怒る鈴音に対して、大型バイクを駆って乱入してきたライダー、明嗣はニヤリと笑って答える。

「悪ぃ悪ぃ。これでも急いで飛ばして来たんだ。それに、ヒーローは遅れてやってくるって言うだろ?」
「そんな冗談言ってる場合!? おかげでマスターが今ヤバい状態なんだよ!?」
「はぁ!? なんでそんな事に……つか、拉致られた彩城はともかく、なんで揃いも揃って全員縛られてんだよ!?」

 やっと状況を把握した明嗣は、驚愕の声を上げた。すると、話す体力すら惜しむように黙り込んでいたアルバートが口を開いた。

「よぉ……。それ、無事手懐ける事ができたんだな……」
「マスター、どうしたんだよその怪我……!? 何があ――ッ!」

 突如、明嗣は言葉を切って懐から白銀の大型自動拳銃オートマチック・マグナム、ホワイトディスペルを抜き、背後へ向けた。銃口が狙う先では、ボロボロの黒いロングコートを着た吸血鬼、“切り裂きジャック”と10名もいたその手下の残り8名が勢揃いしていた。

「やぁ、来てくれたんだね。待ってたよ」
 
 歓迎の言葉を送る“切り裂きジャック”。対して、明嗣は顔に笑みを張り付けたまま、殺気を乗せた視線と共に冷徹に睨む。

「よぉ、久しぶり。さっきの礼しに来たぜ、殺人鬼シリアルキラー
「ははは。やっぱり君は期待を裏切らないね。餌をぶら下げておけばいずれくるだろうと思ってたよ。それじゃあ――」

 もう人質は用済み。好きにしていいと合図をしようした瞬間だった。突如、10発の銃声が鳴り響く。同時に、頭部が吹き飛んだ8体の死体と何かに阻まれて潰れてしまった銀灰色の塊が“切り裂きジャック”の前に浮かんでいた。
 明嗣は右手に握るホワイトディスペルと共に、いつの間にか抜いていた黒鉄の大型自動拳銃オートマチック・マグナム、ブラックゴスペルの銃口から立ち上る煙を振り払うように回した。

「コイツでも貫通けねぇか……。やっぱ銃じゃダメみてぇだな……」
「そう。だから、さっさとしっぽ巻いて僕から逃げられるかどうかを心配した方が良いんじゃない?」

 舌打ちして悔しがる明嗣に対し、“切り裂きジャック”は勝ち誇るように呼びかけた。その後、アルバートも明嗣へ逃げるよう促す。

「だから銃じゃ無理だって言ってるだろ……!! 殺されちまうぞ……!!」

 敵だった吸血鬼から預かった息子とはいえ、本当の息子同然に手塩を掛けて育てた弟子だ。親心や愛着は嫌でも湧くもの物だ。目の前で死なせるなんて事は許せるはずがない。
 だが、明嗣は想定内だと言わんばかりに不敵な笑みを浮かべて見せた。

「仕方ねぇ。まぁ、このための秘密兵器を用意したんだしな。にちょうどいい相手だろ」

 明嗣は両手の銃の撃鉄を戻して、二丁ともホルスターへ戻してしまった。その後、乗ってきたバイクのキーを操作すると、アクセルグリップへ手を伸ばす。

「そういや、バイクには『ブラッククリムゾン』って名前をつけたけど、これには名前をつけてなかったな」

 アクセルを開くのと逆方向にグリップを捻ると、ブレーキレバーと共にアクセルグリップが回った。そして、引き抜くの同時にバイクの側面が開き、中から何かが飛び出してくる。

「なんて名前が良いかな……」

 明嗣は引き抜いたアクセルグリップを飛び出してきた何かに接続しながら、どういう名前が良いかと考えた。そして、アクセルグリップを繋げた事により出来上がった真紅の大剣を見つめ、にふさわしい名前を口にした。

「よし、決めた。今からコイツの名前は炎刃クリムゾンタスクだ」

 名前が決まった事で満足した明嗣は、名付けたばかりの紅の牙クリムゾンタスクを地面に突き立てると、柄となったアクセルグリップを思いっきり捻った。
 すると、エンジンが一気に吹け上がる音と共に、ドクンと心臓が跳ね上がる感覚が身体中を駆け巡る。
 一連の様子を見守っていたアルバート、鈴音、澪の三人は各々に驚きの声を上げた。

「おい……お前、まさか……!?」
「嘘……何あれ!?」
「え、何? あれってなんなの?」

 そして、同じく様子を見ていた“切り裂きジャック”はそれがなんだ、と言わんばかりに鼻を鳴らした。

「へぇ……君、剣を持っていたんだ。でも切れ味はあんまり良いようには見えないなぁ……」
「なら、確かめてみっか?」

 身体中にエネルギーが駆け巡る感覚を感じつつ、明嗣は突き刺した剣を引き抜くと肩に担いだ。そして左手の指でかかってこいと挑発する。

「俺の牙とお前のナイフ、どっちがよく切れるか。互いの身体を使って勝負といこうぜ!」
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