Exspetioa2.10.1
今日の休息の時間も、シスター・アザレアと「花の修道女たちを正すための規則」について考えました。今日話題にしたのは、シスター・アザレアが最も「乱れ」とお考えになっていらっしゃるエスについてでした。
「エスは廃止すべき。これがすべての乱れの原因よ。私がいた西の修道院でも、ここまで堂々とエスであることをひけらかしていた花の修道女は少なかったわ」
以前マザーとお話しした際、神様は、エスについて気にしていらっしゃらないと教えていただき、その旨をシスター・アザレアにお伝えしたのですが、
「神の広い御心に甘んじて、花の修道女たちの神への愛が薄れることになってはいけないわ。私たちは、神のために咲いている。自分のためではない。あなたが神の楽園をつくる中心になろうと、私たち全員が神を満たす環境をつくる。そのことには変わりない。神の楽園をつくるのは、私たち花の修道女すべてなの」
とぴしゃりとおっしゃられました。
「エスと蟲とは密接なつながりがある。私たちの心はとても脆い。余計な感情に心を動かし、少しでも渇きが生じれば、そこにつけいられ、この修道院全体が危険に侵されるわ」
「ですが……エスは皆さんにとって幸せのひとつです。それを奪われることで、心が渇いてしまうこともあるのではないでしょうか……」
「私たちは神に生をいただいた身。この世界に咲いているだけで幸福な存在。余計な娯楽で味をしめているにすぎない。その余計な欲望を節制し、生があることがどれほどありがたく素晴らしいことかを考え自覚すれば、渇きは生じないはずよ」
「それはその通りなのですが……。あの、エスを廃止するのではなく、エスになるための指輪を渡している、『ラジアータ』とお話するのではだめでしょうか」
私は、シスター・ルドベキアとしたように、どなたかのお部屋に張って、手紙を運んでいらっしゃる方にお声がけさせていただこうと思っていたのです。以前、シスター・ルドベキアに危険だと言われて止められましたが、私は、蟲騒動を止めるにはやっぱりそれが一番だと考えていましたし、頑張るつもりでいました。
シスター・アザレアは、冷たいため息を吐き捨てました。
「無意味だわ」
「では、エスの皆さんに指輪をつけるのを我慢していただくのはいかがでしょう」
「あなたは私の話を理解できないのね。それでは神を愛する心を正すという根本的な問題の解決にはつながらない。それに、そのことはマザーや騎士たちの仕事。私たちがすべきことではないわ」
私がしゅんとすると、シスター・アザレアは 私を冷たく見下ろしたままおっしゃいました。
「自覚がないようだからはっきりと言うわ。花の修道女たちの規律と心を乱した元凶は、あなたよ。あなたは、『神の花嫁』となる存在でありながら、罪女ニゲラを引き入れた挙句、罪女ニゲラとみだらに過ごした。あなたの乱れた行動が周りに広まったせいで、花の修道女たちが自分勝手に過ごしはじめて、彼女たちの心がひどく穢れてしまったのよ」
「そんな、穢れてなんていません!」
思わず、語気が強くなってしまいました。シスター・アザレアも少し驚いたのでしょう、表情は変わりませんでしたが、すぐに反論はされませんでした。私は、言葉を続けました。
「皆さんの心は、美しいです。自分の心に素直であることも、誰かの素敵なところをみつけて受け入れるところも、困っている人の気持ちを考え、幸せを願い、手を差し伸べるところも。勇気をもって、恐れず動くところも。そして、自分の幸せを求めて咲いているところも……。皆さんのそういう心を、私は、美しいと思います」
「それらの何が美しいというの。神のためにならない美しさなんて、美しさとは呼ばない。私たち花の修道女が美しく咲くのは、神のため。自分の幸せを求めて咲くなんて、一番、神のためとは程遠い在り方よ」
「私は、自分が幸せになることは、神様のためになると思います。自分のために何かを行動することは、自分自身の幸せにつながります。そして幸せは、自分の心を美しくすると私は思います。私たち自身が幸せになれば、この世界は幸せな場所になります。神様もきっと、幸せな気持ちになってくださいます」
「そんなものはあなたの妄想よ。自分の幸せを求める心は、衝突を生み、互いの心を壊し、神の楽園をも壊す。何よりも、醜い心よ。あなたは、マザーから何を学んできたの? 神を満たすのは、神に対する唯一絶対の愛だけ。そして、神のみを愛し、神の孤独を満たし、神の楽園をつくることが、私たち花の修道女たちの使命であり、神が望むこと。神の求める、正しい美しさ。そう教えていただいたはずよ。あなたは逃げようとしているだけ。節制なさい。自分の心を、気持ちを、考えを。神のみを愛し、神のための行いをしなさい。神からいただいた時間はすべて、神のために使いなさい。私たちのすべては、神のためにある。私たちが咲いているのは、自分のためでも、花の修道女のためでもない。神のためなの。エスを広め、乱れた心を広めたことを償い、正しい美しさを花の修道女たちに広める心づもりでありなさい」
私は、なんとも言えずうつむいてしまいました。シスター・アザレアが立ち上がりました。悲しそうなため息の音が聞こえました。
「――神の楽園を、つくらなければならないのに……」
シスター・アザレアは、そう小さくつぶやくと、物思いにふけるように、遠くを眺めました。やさしい風が、シスター・アザレアの手の甲の花を、切なく揺らしました。
ややあって、シスター・アザレアは、懐中時計を確かめました。そして、鐘のもとへ行き、鐘木を握り、大きく二回、体を包み込むような音を鳴らされました。
私は、もやもやした気持ちで階段を降りました。
二階に差し掛かった時、シスター・ルドベキアとお会いしました。
「シスター・アザレアに何か用が?」と尋ねられ、マザーからの命で、二人で規則をつくっていることをお話ししました。
「そうか。シスター・アザレアの望む楽園がつくられるよう、手を貸してあげてほしい。私にできることはなんでもするから。……それでいつか、アザレアの笑顔が見られたら……いや、これは私の勝手な願いだ。ごめん、忘れてくれ」
シスター・ルドベキアはそう言って颯爽と去ってしまいました。
私はひとり、視界が開けるような気持ちになりました。
シスター・アザレアの笑顔……。そのお言葉に、私は気付いたのです。
皆の幸せばかりを守っているつもりでいて、シスター・アザレアの想いを、少しも考えてはいませんでした。シスター・アザレアのお考えを受け入れられないと拒絶してしまっていました。
ですが私は、シスター・アザレアにも、幸せになっていただきたいのです。
そしていつか、シスター・アザレアの笑顔を見ることができたら……。私もとても嬉しいですが、それ以上に、シスター・ルドベキアが、どんなにお喜びになることでしょう!
シスター・アザレアも、皆さんも、神様も――この世界に存在するすべてが幸せになれるように考え、私にできることを動いていけたらと思います。
ところで、昨日、ニゲラ様はこちらにいらっしゃいませんでした。今日はいらしていただけるでしょうか。
神様。私の心は、楽しみな気持ちや、美しく在りたいという気持ち、そして、尊敬の気持ちがきらきら輝いています。
生がある喜び、神様への感謝の気持ちが湧き上がることの幸福感を、今改めて噛みしめています。
たくさんの方との出会いと交流があって、私の幸せは在るのですね。
世界を生んでくださった神様に感謝。私に、皆さんに生を与えてくださった神様に感謝。
神様に愛を。
「エスは廃止すべき。これがすべての乱れの原因よ。私がいた西の修道院でも、ここまで堂々とエスであることをひけらかしていた花の修道女は少なかったわ」
以前マザーとお話しした際、神様は、エスについて気にしていらっしゃらないと教えていただき、その旨をシスター・アザレアにお伝えしたのですが、
「神の広い御心に甘んじて、花の修道女たちの神への愛が薄れることになってはいけないわ。私たちは、神のために咲いている。自分のためではない。あなたが神の楽園をつくる中心になろうと、私たち全員が神を満たす環境をつくる。そのことには変わりない。神の楽園をつくるのは、私たち花の修道女すべてなの」
とぴしゃりとおっしゃられました。
「エスと蟲とは密接なつながりがある。私たちの心はとても脆い。余計な感情に心を動かし、少しでも渇きが生じれば、そこにつけいられ、この修道院全体が危険に侵されるわ」
「ですが……エスは皆さんにとって幸せのひとつです。それを奪われることで、心が渇いてしまうこともあるのではないでしょうか……」
「私たちは神に生をいただいた身。この世界に咲いているだけで幸福な存在。余計な娯楽で味をしめているにすぎない。その余計な欲望を節制し、生があることがどれほどありがたく素晴らしいことかを考え自覚すれば、渇きは生じないはずよ」
「それはその通りなのですが……。あの、エスを廃止するのではなく、エスになるための指輪を渡している、『ラジアータ』とお話するのではだめでしょうか」
私は、シスター・ルドベキアとしたように、どなたかのお部屋に張って、手紙を運んでいらっしゃる方にお声がけさせていただこうと思っていたのです。以前、シスター・ルドベキアに危険だと言われて止められましたが、私は、蟲騒動を止めるにはやっぱりそれが一番だと考えていましたし、頑張るつもりでいました。
シスター・アザレアは、冷たいため息を吐き捨てました。
「無意味だわ」
「では、エスの皆さんに指輪をつけるのを我慢していただくのはいかがでしょう」
「あなたは私の話を理解できないのね。それでは神を愛する心を正すという根本的な問題の解決にはつながらない。それに、そのことはマザーや騎士たちの仕事。私たちがすべきことではないわ」
私がしゅんとすると、シスター・アザレアは 私を冷たく見下ろしたままおっしゃいました。
「自覚がないようだからはっきりと言うわ。花の修道女たちの規律と心を乱した元凶は、あなたよ。あなたは、『神の花嫁』となる存在でありながら、罪女ニゲラを引き入れた挙句、罪女ニゲラとみだらに過ごした。あなたの乱れた行動が周りに広まったせいで、花の修道女たちが自分勝手に過ごしはじめて、彼女たちの心がひどく穢れてしまったのよ」
「そんな、穢れてなんていません!」
思わず、語気が強くなってしまいました。シスター・アザレアも少し驚いたのでしょう、表情は変わりませんでしたが、すぐに反論はされませんでした。私は、言葉を続けました。
「皆さんの心は、美しいです。自分の心に素直であることも、誰かの素敵なところをみつけて受け入れるところも、困っている人の気持ちを考え、幸せを願い、手を差し伸べるところも。勇気をもって、恐れず動くところも。そして、自分の幸せを求めて咲いているところも……。皆さんのそういう心を、私は、美しいと思います」
「それらの何が美しいというの。神のためにならない美しさなんて、美しさとは呼ばない。私たち花の修道女が美しく咲くのは、神のため。自分の幸せを求めて咲くなんて、一番、神のためとは程遠い在り方よ」
「私は、自分が幸せになることは、神様のためになると思います。自分のために何かを行動することは、自分自身の幸せにつながります。そして幸せは、自分の心を美しくすると私は思います。私たち自身が幸せになれば、この世界は幸せな場所になります。神様もきっと、幸せな気持ちになってくださいます」
「そんなものはあなたの妄想よ。自分の幸せを求める心は、衝突を生み、互いの心を壊し、神の楽園をも壊す。何よりも、醜い心よ。あなたは、マザーから何を学んできたの? 神を満たすのは、神に対する唯一絶対の愛だけ。そして、神のみを愛し、神の孤独を満たし、神の楽園をつくることが、私たち花の修道女たちの使命であり、神が望むこと。神の求める、正しい美しさ。そう教えていただいたはずよ。あなたは逃げようとしているだけ。節制なさい。自分の心を、気持ちを、考えを。神のみを愛し、神のための行いをしなさい。神からいただいた時間はすべて、神のために使いなさい。私たちのすべては、神のためにある。私たちが咲いているのは、自分のためでも、花の修道女のためでもない。神のためなの。エスを広め、乱れた心を広めたことを償い、正しい美しさを花の修道女たちに広める心づもりでありなさい」
私は、なんとも言えずうつむいてしまいました。シスター・アザレアが立ち上がりました。悲しそうなため息の音が聞こえました。
「――神の楽園を、つくらなければならないのに……」
シスター・アザレアは、そう小さくつぶやくと、物思いにふけるように、遠くを眺めました。やさしい風が、シスター・アザレアの手の甲の花を、切なく揺らしました。
ややあって、シスター・アザレアは、懐中時計を確かめました。そして、鐘のもとへ行き、鐘木を握り、大きく二回、体を包み込むような音を鳴らされました。
私は、もやもやした気持ちで階段を降りました。
二階に差し掛かった時、シスター・ルドベキアとお会いしました。
「シスター・アザレアに何か用が?」と尋ねられ、マザーからの命で、二人で規則をつくっていることをお話ししました。
「そうか。シスター・アザレアの望む楽園がつくられるよう、手を貸してあげてほしい。私にできることはなんでもするから。……それでいつか、アザレアの笑顔が見られたら……いや、これは私の勝手な願いだ。ごめん、忘れてくれ」
シスター・ルドベキアはそう言って颯爽と去ってしまいました。
私はひとり、視界が開けるような気持ちになりました。
シスター・アザレアの笑顔……。そのお言葉に、私は気付いたのです。
皆の幸せばかりを守っているつもりでいて、シスター・アザレアの想いを、少しも考えてはいませんでした。シスター・アザレアのお考えを受け入れられないと拒絶してしまっていました。
ですが私は、シスター・アザレアにも、幸せになっていただきたいのです。
そしていつか、シスター・アザレアの笑顔を見ることができたら……。私もとても嬉しいですが、それ以上に、シスター・ルドベキアが、どんなにお喜びになることでしょう!
シスター・アザレアも、皆さんも、神様も――この世界に存在するすべてが幸せになれるように考え、私にできることを動いていけたらと思います。
ところで、昨日、ニゲラ様はこちらにいらっしゃいませんでした。今日はいらしていただけるでしょうか。
神様。私の心は、楽しみな気持ちや、美しく在りたいという気持ち、そして、尊敬の気持ちがきらきら輝いています。
生がある喜び、神様への感謝の気持ちが湧き上がることの幸福感を、今改めて噛みしめています。
たくさんの方との出会いと交流があって、私の幸せは在るのですね。
世界を生んでくださった神様に感謝。私に、皆さんに生を与えてくださった神様に感謝。
神様に愛を。