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作者: 鈴奈
Exspetioa2.9.30
 昨日の日記が途中のままでした。続きを書くべきか少し悩んだのですが、書こうとした内容の記憶が少し薄れてしまったので、鮮明な記憶のものを新しく書いていきたいと思います。
 まず、昨日の夜のことです。日記を書いている私の耳もとで、

「セナ」

 とささやく声が聞こえ、私はびっくりして飛び跳ね、小さな悲鳴をあげました。
 シ、と人差し指を唇に当てるニゲラ様が目に入りました。

「どうしてこちらに?」

 とバクバクする胸を押さえながらお訊きすると、

「マザーが言ったのは、労働の時間と休息の時間の過ごし方だけでしょう。夜のことは何も言っていないわ。夜なら見まわりが来ないから誰にも知られないし、マザーの目に触れることもない。二人だけの、秘密の時間よ」

 私の胸が、ドキリと跳ね上がりました。ニゲラ様との、秘密の時間……。なんて素敵な響きなのでしょう……! なんだか、胸の中に甘みが広がるようです。
 そして、ニゲラ様の賢さに、尊敬の念でいっぱいになりました。私には、そんな隙間があるとは、まったく気が付きませんでした。

「あっ! ですが、日記とお祈りの時間があって……」

「全部したらいいわ。夜は長いのだから」

 私はわくわくした気持ちになりました。日記を早めに書き上げれば、夜の祈りの時間までの間も、ニゲラ様とお話しできます。勇んで机に向かうと、ニゲラ様が、ちら、と日記を覗き込みました。私は、慌てて閉じました。ニゲラ様のことも色々と書いているので、見られたらとても恥ずかしいと思ったのです……。私は、ベッドに座ってお待ちいただくようにお願いし、「神の学び」で学んだことをしたためました。
 夜の祈りの時間を告げる鐘が鳴り、私は目を閉じました。三十分後、就寝の時間を告げる鐘が鳴りました。
 机のランプを消すと、ニゲラ様が、私を手招きました。導かれるままお隣に行くと、ベッドに仰向けで寝るように言われ、布団を掛けていただき、目をつむるように言われ……。お言葉の通りにすると、もぞもぞと、私の隣に、ニゲラ様が入り込んでいらっしゃいました。
 私は慌てて目を開けました。えっえっと困惑していると、

「これなら、眠るまでお話しできるでしょう」

 とおっしゃいました。ベッドが狭いため、ニゲラ様は体を私の方に向け、横向きで寝そべっていらっしゃいました。私もそうしようと思い、色々と体を動かしたのですが、背中を向けるとなんだか失礼な気がするし、かといってニゲラ様の方を向くと、向かい合わせになってしまいます。そうすると、お顔が近く――というより、すべてが近くなって、漏れる吐息がニゲラ様に触れてしまうことが恥ずかしく、息ができなくなってしまうように思えました。
「セナはそのままでいいのよ」とおっしゃっていただいたので、はばかりながら、お言葉に甘えることにしました。

「い……いいのでしょうか……」

「幸せになれることを、敢えてやらない理由なんてある?」

 たしかに……。
 私は納得して、目をつむりました。少しだけ沈黙が流れた後、ニゲラ様が、

「今日の休息の時間は何をしていたの」

 とおっしゃいました。

「シスター・アザレアと、鐘の塔で、今の東の修道院の問題点について話し合いました。私の考えと行いが甘いと、たくさんお叱りをいただきました」

 ちなみにこれは今日もでした。

「楽しくないわね。別の話にしましょう」

「はい……あ。ニゲラ様はどのように過ごされていたのですか?」

「セナからもらったケーキを食べて、りんご畑に行って、りんごを磨いていたわ」

「楽しそうです。ケーキはいかがでしたか」

「おいしかったわ。今日のベリーは酸味が強くてよかった」

「ニゲラ様は、あまり甘いものは好まれないのですね」

「そうね。甘すぎるのはあまり好きではないかもしれないわ」

「一番好きな果物は決まりましたか?」

「まだすべて食べていないから今のところだけど、すももかしら」

 私は、「そうなのですね」と応えながら、とてもほっとしていることに気が付きました。
 はじめてニゲラ様と質問大会をした時、ニゲラ様は、食べ物が好きではないとおっしゃっていました。ですが、日に日に好きなものができていらっしゃる様子で、安心したといいますか、とても、嬉しくなったのです。

「好きなものがあると、幸せな気持ちになりますよね。これからも、ニゲラ様の好きなものがたくさん増えますように」

「一番好きなものがあれば、私はそれで十分だけどね」

 そう言って、ニゲラ様は私の頬を、ふにふにと指の背でやさしく触れられました。
 思わず目を開けて、ニゲラ様の方を見ました。ニゲラ様も目を開いて、私を見つめていらして……。
 窓から差し込む夜の光の、うすぼんやりとした雰囲気の中、今にも溶けてしまいそうな気持ちがいたしました。

「……ニゲラ様は、どうして、私を……」

 私の唇から、いつの間にか、ずっと抱いていた問いがこぼれていました。ニゲラ様はやわらかくほほ笑まれると、

「愛することに、理由なんてないわ」

 とおっしゃいました。
 それからしばらく、胸のドキドキを感じながら目をつむっていると、いつの間にか、眠りに落ちていました。

 朝の光に導かれて目を覚ますと、お隣にいらっしゃったニゲラ様が「おはよう」と私を見つめていらっしゃり、どきっとして一気に目が覚めました。
 ニゲラ様はベッドに座り、背伸びをすると、

「昨晩は楽しかったわ。またしましょうね」

 とお言葉を残し、ご自分のお部屋に戻っていかれました。
 今日はまだいらしていないのですが、いらっしゃるでしょうか。
 少し――いえ、とても楽しみです。

 大変なこともあるけれど、一日の中には、必ず、幸せな時間があります。
 この幸せを感じられるこの体、この命、そしてこの世界を創ってくださった神様に、心から感謝を申し上げます。

 愛しています。Ex animo.
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