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作者: 鈴奈
Exspetioa2.5.13 (2)
 花が一番元気になれる初夏の暖かさとなったことで、中庭の花は一段と、色鮮やかに咲き誇っていました。私たちは、中庭を取り囲む四棟の建物を見まわしました。個室棟、正面玄関の渡り廊下、礼拝堂への渡り廊下。食堂は窓ひとつないですし、それぞれの二階部分にも、大丈夫、誰もいません。私たちはうなずき合うと、花壇に沿って食堂側に小走りで向かいました。食堂の外壁と向かい合うように、色とりどりの花たちが仲良く絡まる木製の柵がそびえたっています。私たちは、灰色の石壁と花の柵の間の道に入り、一番隅にたどり着きました。私たちが誰にも言えないお話ができる秘密の花園です。私は、皆さんとこうして、ひそひそと秘密の花園へ走るのが、とっても楽しくて大好きです。

 ちょうどこの時間は日陰になっていました。涼やかな風がやさしく吹きました。
 置いてある長椅子の隣に椅子を並べ、私たちは円になって座りました。お二人が、エスになった証である、おそろいの指輪をご披露くださいました。皆で「おめでとう!」と拍手をして、贈り物をお渡ししました。まずは私から、お二人に白い花冠をお贈りしました。お二人は、「綺麗!」「おそろいだわ!」と喜んでくださいました。シスター・マネチアが「つけちゃいなよ!」と声を掛けると、お二人は、頭の上に乗せてくださいました。とってもよくお似合いでした。シスター・パンジーが「かわいい~!」と体を揺らし、また皆で拍手しました。お二人は顔を見合わせて、嬉しそうにほほ笑み合っていました。とっても嬉しかったです。
 それから、シスター・ルゴサがおそろいの便箋と封筒を、シスター・プリムラが二人が好きな味のハーブティーを、シスター・パンジーが、ご自身が収穫したりんごで、お菓子づくりのご友人につくっていただいたというハートの形をしたりんごのパイを、シスター・マネチアがおそろいの銀のかんざしを贈りました。シスター・マネチアのつくった銀のかんざしには、シスター・トレニアがデザインした、ロベリアとアナベルの花の絵が描かれていました。

 皆で盛り上がっていると、「声が大きいわ。節制なさい」と、シスター・アザレアのお声が、鞭のように飛んできました。
 皆で体をかたくし、反省しました。シスター・アザレアが去っていくのを見送ると、声の音量を下げてお話しを再開し、シスター・パンジーの持ってきてくださったりんごのパイを切り分けました。パイ生地はしっとりとして、層の舌触りがやさしく、りんごはとってもみずみずしくて、一口頬張っただけでとろけてしまいそうになりました。
 シスター・プリムラが、シスター・ロベリアにそっとおっしゃいました。

「それにしても、よかったわね。『エスの手紙』が来て」

「本当に! ずっと待ちこがれていたのよ! ねっ!」

「ねっ! 夢みたいよね!」

 シスター・ロベリアとシスター・アナベルは手を握り合い、幸せそうな声音で笑い合いました。お二人の手の甲に咲く、青紫と水色の花が嬉しそうに揺れました。私も、とっても幸せな気持ちになりました。よかった。私は、お二人がずっとエスになりたいと思っていらっしゃったことを、お二人からお聞きしていました。悩みに悩んで決意して、約二週間。私は、なかなか儀式をされないのだなと、こっそり気にかけていたのです。

「エスになるための儀式には、『エスの手紙』というものが必要だったのですね」

「あら、シスター・セナ。知らなかったの? ちょっと皆。お世話係の役目が終わったからって、教えてあげないなんて薄情じゃない? かわいいシスター・セナが可哀そう!」

 シスター・トレニアは慰めるように、私の頭を撫でてくださいました。シスター・ロベリアが、

「違うわ! なんとなく、知っていると思っちゃってたの! 私たちにとっては常識だったし……」

 と頬を膨らませました。
 ですが、シスター・アナベルの言い分は違いました。シスター・アナベルはうっとりと、

「私は、シスター・セナは、エスとは無縁な気がしたの! だってシスター・セナは、マザーに選ばれた『神の花嫁』だもの!」

 とおっしゃいました。
 皆さんの雰囲気が、「たしかに」という方向に流れようとした時、

「そういえばぁ、シスター・セナは、どぉして『神の花嫁』に選ばれたのぉ?」

 と、シスター・パンジーが首をかしげました。
 それは、私にもわかりません。
 私は、マザーがマザーとなったその日に突然、「神の花嫁」にふさわしいと認められたのです。そして、神様が復活された時、正式な「神の花嫁」になれるよう、特別に「神の学び」のお時間をいただくことになったのです。一度マザーに理由をお伺いしたことがあるのですが、「理由は考えなくていいから、ただひたすら励むように」と言われ、ずっとわからないままなのです。

 この修道院には、私よりも「神の花嫁」にふさわしいお方はたくさんたくさんいらっしゃいます。
 例えば、シスター・アザレア。神様に、この世界にひとつしかない時計と、唯一無二の役職である「時の番人」の役職を授かった、神様への愛と信仰心が誰よりも強いお方。
 そして、シスター・ルドベキア。神様が罪女ニゲラから私たち花の修道女を守ってくださった神の聖剣を授かり、神様がお創りになられたこの世界を守るための「騎士長」となられたお方。
 お二人とも西の修道院からいらっしゃった、とても麗しい方々で、何より、神様の力の一部を特に色濃く宿し、特別な力を使うことができるイクス・モルフォでいらっしゃいます。とても神様に近しい、尊く美しい方々です。

 一方の私は、神様の記憶が何ひとつありません。神様が創造の力で、大地に咲いていた私たち花々を、今のかたちに変えてくださったわけなのですから、私もきっと、お会いしたことがあるはずなのですが、「待望の時代Exspetioa」がはじまった昨年の一月一日、私は突如、東の修道院に一糸まとわぬ状態で現れたらしいのです。その時の状況も、それからのこともしばらく記憶がありません。

 私の記憶は、青い花が咲いた時からはじまりました。糸のように細く、やわらかい葉に包まれた、とても美しく、神秘的な花でした。私は、お世話をしてくださっていた皆さんのお力を借りながら、その花を種から育てたそうでした。花が咲いた時、私は、嬉しいと思いました。「よかったね」と喜び、泣いてくださった皆さんのやさしさに、心が温かくなりました。そして、その感情の名前が「幸せ」なのだと、気付きました。まるで、心に花が開いたかのように……。

 私は、私を幸せにしてくださった皆さんにも、幸せでいてほしいと願いました。
 そして、この美しい青い花にも――。

 この世界に存在するすべてに、幸せになってほしい。

 そう願った時から、私ははじまったのです。

 シスター・ルゴサが私の手をぎゅっと握りしめ、

「記憶のあるなしなんて、関係ないわ! セナはとっても美しいもの!」

 とおっしゃってくださいました。
 シスター・ルゴサは、熱意のある、嬉しいお言葉をいつもたくさんくださいます。ありがたいことです。
 シスター・プリムラも、

「そうよね。『美しい花で在れ』。シスター・セナは、神様のそのお言葉を体現しているように思えるわ」

 と勿体ないお言葉をくださいました。シスター・トレニアが、後ろからぎゅっと抱きしめてくださり、うっとりとしたため息をつきました。

「シスター・セナは、心から美しさが滲み出ているんだよねぇ。感謝、明るさ、愛、やさしさ、そして素直に神の言葉に従う純真さ……。神様が理想と唱えていらっしゃるものがすべてある! ああ、かわいいかわいいシスター・セナ! 私の妹になって!」

 ぎゅうっと力を込められて、私は、きゅっと身が絞られるような、いい気持ちになりました。
 シスター・ルゴサが、「ちょっと! いつもいつもシスター・セナにべったりするのはやめなさい! この浮気もの!」とシスター・トレニアの腕を引きましたが、シスター・トレニアは離れません。シスター・マネチアもクッキーを頬張りながら、「大丈夫、大丈夫。公認だから」と余裕でおっしゃり、シスター・ルゴサはますます怒って、「それでもだめ! 離れなさいってば!」と一生懸命にシスター・トレニアの腕を引きました。いつもの流れに、皆で笑いました。
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