Exspetioa2.5.13 (3)
「でも……花は、早く咲くといいね」
ふと、シスター・マネチアがおっしゃいました。
私は、皆さんと違って、体に花が咲いていないのです。シスター・フリージアたちは、記憶を失くしたほどの心の傷を負ったことで、すべて枯れてしまったのでは、と推測していらっしゃいました。
私たちの体に咲く花は、まさしく、私たちの存在そのもの。私たちの心を表し、命を、美しさを表す大切なもの。
皆さんは、私の体に花が咲いていないことを、とても心配してくださっています。
ですが、そんな皆さんのおかげで、私はこのことを何も気にしていないのです。
皆さんの体に咲く花は、とても美しくいらっしゃいます。皆さんのやさしく、愛にあふれた心を表すようです。いつか私にも、皆さんのような美しい花が咲いたら、どんなに嬉しいことでしょう。
ですから私は、その日のために美しく在りたい――ただただそう思うのです。マザーが教えてくださる「正しい美しさ」を胸に刻みながら、皆さんの美しさを学ばせていただけたらと思うのです。
「大丈夫! 絶対咲くわ! 大輪の、美しい花が! だってセナは、イヴの生まれ変わり! 神に愛された、本物の神の花嫁なのだから!」
シスター・アナベルが顔をきらきらさせて、勢いよく立ち上がりました。
「罪女ニゲラが花嫁になった後、神は、ずっとともに過ごしていた北の花の修道女たちの中に、シスター・セナがいることに気付いたの。神はすぐに、シスター・セナがイヴの生まれ変わりだと気付き、ひそかにシスター・セナを想い続け、シスター・セナもイヴの記憶を取り戻し、神を想っていた……。けれど、それに気付き、嫉妬した罪女ニゲラが神を亡ぼしたことで、二人は引き裂かれてしまったの! だから今世では一緒になるため、マザーはシスター・セナに神への愛を教えているのよ! そしていずれ、神とシスター・セナが再会を果たした時、セナの記憶と心の傷はすべて戻り、シスター・セナの体には、美しい大輪の花が咲くのよ~っ!」
シスター・ロベリアが呆れたように目をぐるりとまわし、甘いクッキーを口に放りました。
「はあ。またはじまっちゃった。シスター・アナベルのロマンティック脳から生まれる、神とシスター・セナの結ばれざる愛の妄想物語が……」
「妄想じゃないわ! これがきっと真実よっ!」
「何の証拠もないのに、真実なわけないじゃない。北の修道院出身のマザーだって、セナが北の修道院の子だなんて言っていなかったわ」
「言っていないだけよ! だってこんなにかわいくて清らかなのよ! 北の花の修道女、イヴの生まれ変わりに違いないわ! いや~んメルヘン!」
シスター・アナベルはうっとりとおっしゃいました。
神様は基本的には北の修道院で過ごしていらっしゃいました。東、西、南の修道院と違い、北の花の修道女は特別なのだと、皆さん感じていらっしゃるのだそうです。北も西も南も滅んでしまって、今はもう東の修道院しか残っていないのですが……。
マザーは北の花の修道女の生き残りでいらっしゃり、長い放浪生活の中で、「神憶」のイクス・モルフォとなったのだそうです。神様の記憶や心をすべて知っている――それは、もはや神同然。そのためマザーは、この東の修道院に到着してすぐ、前マザーだったシスター・フリージアから修道女長の座を譲り受けたのだそうです。
そんなマザーから、私は日々、「イヴ」のように、「イヴ」以上になれるようにと、丁寧なご指導をいただいているのですが、私は、「イヴ」よりしっとりしすぎていて、無邪気さに欠けるとのことで、生まれ変わりという線はないように思えました。
とはいえ、マザーから神様の記憶や御心をありありとお伺いするにつれ、神様をいとおしく思い、心から幸せにしてさしあげたいと思う気持ちが、日に日に強く、深くなっています。「神の花嫁」に選ばれた理由はわかりません。ですが、マザーに従い、美しい花になれるよう、努めていきたいと思っています。
私がそのようなことを言うと、シスター・アナベルが「素敵~! 清らか~!」と褒めてくださいました。シスター・アナベル以外の方々が、シスター・ルゴサを見つめていらっしゃいました。
「……ねえ、でも……エスっていいわよ?」
唐突に、シスター・マネチアがおっしゃいました。
「一番好きな相手とずっとお互いを一番に好きでいよう、ずっと一緒にいようって、誓い合って……」
「手をつないで、シスターをつけずに名前を呼び合ってさ」
「年長のお相手には、お姉さまなんて呼んだりしてぇ……」
「手紙のやりとりをして、愛の言葉をささやき合って……」
「おそろいのものを持ったり、お互いの花を贈り合ったりして」
「愛しい相手の花をもらった時なんて、もう……胸が爆発しちゃいそうになって!」
「お部屋にいる時なんて、相手のお花を水に浮かべて、ずうっと見つめていたり……」
「そう! エスでいるのはとっても幸せなことなのよ!」
「シスター・セナもどう⁉」
シスター・ルゴサとシスター・アナベル以外の皆さんが、口々に私を勧誘しました。
シスター・アナベルは、「ちょっと皆! シスター・セナは『神の花嫁』になる子なのよ!」と叫んだのですが、シスター・ロベリアから何かを耳打ちされると、「あら」と口を塞いで大きな目をぱちくりしました。シスター・トレニアが身を乗り出して、こっそりと私に言いました。
「気になる子とかいないの?」
気になる子――。
どうしてでしょう。私の心に、あのお方の笑顔が浮かびました。でも、私はよくわからなくて、ただ、胸がドキドキしてきて、それを隠したくなって、ぱっとうつむいてしまいました。
「おっ? 誰かいるの?」
「えっ⁉ だ、誰⁉ 誰なの?」
シスター・ルゴサの手が、ぎゅっと強く、私の手を握りました。シスター・ルゴサの手の花は、ピンと張り詰めたようになっていました。
「え、え、えっと……」
おどおどと困っていると、休息の時間の終わりを告げる鐘が鳴りました。
「あら、もう時間?」
「楽しい時間はあっという間ね」
「シスター・ロベリアとシスター・アナベルに、質問大会できなかったわ」
「ごめんなさい、なんだか私の話がたくさんになってしまって」
「いいのよ、シスター・セナ。皆あなたが大好きなんだから!」
「そうよ。あっ、そうだ! また明日も集まっちゃいましょうよ!」
「いいね! お菓子もたくさん余ってるし」
「じゃあまた明日、この場所で!」
「午後もお互い頑張りましょうね」
皆さんが次々に、自分の仕事場に走って戻っていきました。シスター・ルゴサだけが、ぽつりと、私の隣に残りました。
「――ねえ、セ……シスター・セナ」
シスター・ルゴサが、静かに私を呼びました。
「あのお方って、誰なの……?」
私はやっぱり、答えられませんでした。言葉が胸の中でぐるぐるして、唇まで昇ってきてくれないのです。
午後の労働のはじまりを告げる鐘が鳴りました。シスター・ルゴサは「あっ、大変!」と慌てて椅子を抱きました。
「明日教えてね! 絶対よ!」
そう言い残し、シスター・ルゴサは仕事場へと戻られました。
私は、困っています。明日、シスター・ルゴサになんとお話したらいいのでしょう……。
あのお方は……いつも、塔の上から私を見つめてくださるお方。
仕事中、ふと視線を感じて目を上げると、いつもやさしいまなざしで、薄紅色の唇にほほ笑みを浮かべ、中庭の花を世話する私を見つめていらっしゃるお方。
顎の下でまっすぐ切り揃えられた黒髪、そこに交じる何束かの青い髪、深い青色の瞳が美しく……。
礼拝堂や大食堂で探すのですがお姿はなく、塔の上と私のいる地上もはるか遠いため、私はあのお方と、言葉を交わしたことがありません。いつも、ただまなざしを交わすだけ。私があのお方を見て、あのお方も私を見てくださる――ただそれだけ。
けれど、私はいつも、あのお方をみつけると、とても嬉しくなるのです。
あのお方のお名前はなんとおっしゃるのでしょう。
あのお方はあの塔の上で、何をしていらっしゃるのでしょう。
知りたいと思いながら、マザーにも訊くことができずにいます。
誰にも伝えたくない、私だけの大切な秘密。
シスター・フリージアがおっしゃった、触れられたくない宝物――このことが、まさにそうなのかもしれません。
大変です! 夜の祈りの鐘が鳴ってしまいました!
まだマザーとのことも書いていないし、マザーとの「神の学び」の日記も書けていないのに、どうしましょう!
明日は時間配分をしっかり考えなくては……。
ひとまず、今日の日記はここまでにします。
本日も、とても楽しい時間を過ごせました。
神様が授けてくださった生に感謝。
神様に感謝。神様に愛を。
ふと、シスター・マネチアがおっしゃいました。
私は、皆さんと違って、体に花が咲いていないのです。シスター・フリージアたちは、記憶を失くしたほどの心の傷を負ったことで、すべて枯れてしまったのでは、と推測していらっしゃいました。
私たちの体に咲く花は、まさしく、私たちの存在そのもの。私たちの心を表し、命を、美しさを表す大切なもの。
皆さんは、私の体に花が咲いていないことを、とても心配してくださっています。
ですが、そんな皆さんのおかげで、私はこのことを何も気にしていないのです。
皆さんの体に咲く花は、とても美しくいらっしゃいます。皆さんのやさしく、愛にあふれた心を表すようです。いつか私にも、皆さんのような美しい花が咲いたら、どんなに嬉しいことでしょう。
ですから私は、その日のために美しく在りたい――ただただそう思うのです。マザーが教えてくださる「正しい美しさ」を胸に刻みながら、皆さんの美しさを学ばせていただけたらと思うのです。
「大丈夫! 絶対咲くわ! 大輪の、美しい花が! だってセナは、イヴの生まれ変わり! 神に愛された、本物の神の花嫁なのだから!」
シスター・アナベルが顔をきらきらさせて、勢いよく立ち上がりました。
「罪女ニゲラが花嫁になった後、神は、ずっとともに過ごしていた北の花の修道女たちの中に、シスター・セナがいることに気付いたの。神はすぐに、シスター・セナがイヴの生まれ変わりだと気付き、ひそかにシスター・セナを想い続け、シスター・セナもイヴの記憶を取り戻し、神を想っていた……。けれど、それに気付き、嫉妬した罪女ニゲラが神を亡ぼしたことで、二人は引き裂かれてしまったの! だから今世では一緒になるため、マザーはシスター・セナに神への愛を教えているのよ! そしていずれ、神とシスター・セナが再会を果たした時、セナの記憶と心の傷はすべて戻り、シスター・セナの体には、美しい大輪の花が咲くのよ~っ!」
シスター・ロベリアが呆れたように目をぐるりとまわし、甘いクッキーを口に放りました。
「はあ。またはじまっちゃった。シスター・アナベルのロマンティック脳から生まれる、神とシスター・セナの結ばれざる愛の妄想物語が……」
「妄想じゃないわ! これがきっと真実よっ!」
「何の証拠もないのに、真実なわけないじゃない。北の修道院出身のマザーだって、セナが北の修道院の子だなんて言っていなかったわ」
「言っていないだけよ! だってこんなにかわいくて清らかなのよ! 北の花の修道女、イヴの生まれ変わりに違いないわ! いや~んメルヘン!」
シスター・アナベルはうっとりとおっしゃいました。
神様は基本的には北の修道院で過ごしていらっしゃいました。東、西、南の修道院と違い、北の花の修道女は特別なのだと、皆さん感じていらっしゃるのだそうです。北も西も南も滅んでしまって、今はもう東の修道院しか残っていないのですが……。
マザーは北の花の修道女の生き残りでいらっしゃり、長い放浪生活の中で、「神憶」のイクス・モルフォとなったのだそうです。神様の記憶や心をすべて知っている――それは、もはや神同然。そのためマザーは、この東の修道院に到着してすぐ、前マザーだったシスター・フリージアから修道女長の座を譲り受けたのだそうです。
そんなマザーから、私は日々、「イヴ」のように、「イヴ」以上になれるようにと、丁寧なご指導をいただいているのですが、私は、「イヴ」よりしっとりしすぎていて、無邪気さに欠けるとのことで、生まれ変わりという線はないように思えました。
とはいえ、マザーから神様の記憶や御心をありありとお伺いするにつれ、神様をいとおしく思い、心から幸せにしてさしあげたいと思う気持ちが、日に日に強く、深くなっています。「神の花嫁」に選ばれた理由はわかりません。ですが、マザーに従い、美しい花になれるよう、努めていきたいと思っています。
私がそのようなことを言うと、シスター・アナベルが「素敵~! 清らか~!」と褒めてくださいました。シスター・アナベル以外の方々が、シスター・ルゴサを見つめていらっしゃいました。
「……ねえ、でも……エスっていいわよ?」
唐突に、シスター・マネチアがおっしゃいました。
「一番好きな相手とずっとお互いを一番に好きでいよう、ずっと一緒にいようって、誓い合って……」
「手をつないで、シスターをつけずに名前を呼び合ってさ」
「年長のお相手には、お姉さまなんて呼んだりしてぇ……」
「手紙のやりとりをして、愛の言葉をささやき合って……」
「おそろいのものを持ったり、お互いの花を贈り合ったりして」
「愛しい相手の花をもらった時なんて、もう……胸が爆発しちゃいそうになって!」
「お部屋にいる時なんて、相手のお花を水に浮かべて、ずうっと見つめていたり……」
「そう! エスでいるのはとっても幸せなことなのよ!」
「シスター・セナもどう⁉」
シスター・ルゴサとシスター・アナベル以外の皆さんが、口々に私を勧誘しました。
シスター・アナベルは、「ちょっと皆! シスター・セナは『神の花嫁』になる子なのよ!」と叫んだのですが、シスター・ロベリアから何かを耳打ちされると、「あら」と口を塞いで大きな目をぱちくりしました。シスター・トレニアが身を乗り出して、こっそりと私に言いました。
「気になる子とかいないの?」
気になる子――。
どうしてでしょう。私の心に、あのお方の笑顔が浮かびました。でも、私はよくわからなくて、ただ、胸がドキドキしてきて、それを隠したくなって、ぱっとうつむいてしまいました。
「おっ? 誰かいるの?」
「えっ⁉ だ、誰⁉ 誰なの?」
シスター・ルゴサの手が、ぎゅっと強く、私の手を握りました。シスター・ルゴサの手の花は、ピンと張り詰めたようになっていました。
「え、え、えっと……」
おどおどと困っていると、休息の時間の終わりを告げる鐘が鳴りました。
「あら、もう時間?」
「楽しい時間はあっという間ね」
「シスター・ロベリアとシスター・アナベルに、質問大会できなかったわ」
「ごめんなさい、なんだか私の話がたくさんになってしまって」
「いいのよ、シスター・セナ。皆あなたが大好きなんだから!」
「そうよ。あっ、そうだ! また明日も集まっちゃいましょうよ!」
「いいね! お菓子もたくさん余ってるし」
「じゃあまた明日、この場所で!」
「午後もお互い頑張りましょうね」
皆さんが次々に、自分の仕事場に走って戻っていきました。シスター・ルゴサだけが、ぽつりと、私の隣に残りました。
「――ねえ、セ……シスター・セナ」
シスター・ルゴサが、静かに私を呼びました。
「あのお方って、誰なの……?」
私はやっぱり、答えられませんでした。言葉が胸の中でぐるぐるして、唇まで昇ってきてくれないのです。
午後の労働のはじまりを告げる鐘が鳴りました。シスター・ルゴサは「あっ、大変!」と慌てて椅子を抱きました。
「明日教えてね! 絶対よ!」
そう言い残し、シスター・ルゴサは仕事場へと戻られました。
私は、困っています。明日、シスター・ルゴサになんとお話したらいいのでしょう……。
あのお方は……いつも、塔の上から私を見つめてくださるお方。
仕事中、ふと視線を感じて目を上げると、いつもやさしいまなざしで、薄紅色の唇にほほ笑みを浮かべ、中庭の花を世話する私を見つめていらっしゃるお方。
顎の下でまっすぐ切り揃えられた黒髪、そこに交じる何束かの青い髪、深い青色の瞳が美しく……。
礼拝堂や大食堂で探すのですがお姿はなく、塔の上と私のいる地上もはるか遠いため、私はあのお方と、言葉を交わしたことがありません。いつも、ただまなざしを交わすだけ。私があのお方を見て、あのお方も私を見てくださる――ただそれだけ。
けれど、私はいつも、あのお方をみつけると、とても嬉しくなるのです。
あのお方のお名前はなんとおっしゃるのでしょう。
あのお方はあの塔の上で、何をしていらっしゃるのでしょう。
知りたいと思いながら、マザーにも訊くことができずにいます。
誰にも伝えたくない、私だけの大切な秘密。
シスター・フリージアがおっしゃった、触れられたくない宝物――このことが、まさにそうなのかもしれません。
大変です! 夜の祈りの鐘が鳴ってしまいました!
まだマザーとのことも書いていないし、マザーとの「神の学び」の日記も書けていないのに、どうしましょう!
明日は時間配分をしっかり考えなくては……。
ひとまず、今日の日記はここまでにします。
本日も、とても楽しい時間を過ごせました。
神様が授けてくださった生に感謝。
神様に感謝。神様に愛を。