残酷な描写あり
8話 当主 恒太郎
【これまでのあらすじ】
明治生まれの常太郎。大阪の材木商で丁稚生活をしていた。旦那と手代に認められ単身四国へ。道中に地震に遭い土砂崩れに巻き込まれ命を失う。常太郎の先祖である徳川幕府2代目将軍徳川秀忠の時代へ転生。わずか100石の分家の嫡男として転生。
右肩に大きな火傷を負い思うように動かせない。健康。体格の良さと前世での記憶と知識を兼ね備えた優秀な人材。知識と人柄から寺子屋の師範になり経営。
大御所の家康の死去に伴い、父恒興は江戸に発つ。しばらくして戻ると慣れぬ作業と膨大な刻を経て屋敷に戻ると体調を崩しやすくなる。
二毛作を試しに始める。
寺子屋を覗く不審な男が迫る。
明治生まれの常太郎。大阪の材木商で丁稚生活をしていた。旦那と手代に認められ単身四国へ。道中に地震に遭い土砂崩れに巻き込まれ命を失う。常太郎の先祖である徳川幕府2代目将軍徳川秀忠の時代へ転生。わずか100石の分家の嫡男として転生。
右肩に大きな火傷を負い思うように動かせない。健康。体格の良さと前世での記憶と知識を兼ね備えた優秀な人材。知識と人柄から寺子屋の師範になり経営。
大御所の家康の死去に伴い、父恒興は江戸に発つ。しばらくして戻ると慣れぬ作業と膨大な刻を経て屋敷に戻ると体調を崩しやすくなる。
二毛作を試しに始める。
寺子屋を覗く不審な男が迫る。
【祇園参上】
恒太郎は、城へ呼ばれた。理由は特に聞かされていない。不安な気持ちと、父の職場でもある祇園城に呼ばれたのだ。不安と期待が入り混じった何とも言えない気持ち。
祇園城の謁見の間にて待つ。時間が経つのが早く感じる。初めての謁見。藩主は、本多正純。この年4月に大御所の家康を失い、先月6月には、正純の父正信が死去したばかり。そのこともあり、小山に一時的に江戸より戻られた。これらに何かしらの不満や問題でもあるのだろうか。
足音がする。平伏し待つ。
正純「表を上げて楽にするが良い」
恒太郎「はは。本多恒興の嫡男の恒太郎と申します」
正純「うむ」
正純[礼儀作法も出来ておるな。よいぞ]
正純「今回呼んだのは、恒太郎お前さんのことを知りたくてな。良かったら少し話していくと良い」
思い過ごしであった
正純「緊張しておるようだな。まぁ仕方ない慣れぬことをしてるのだ。お前さんの身分ではなかなか入れる場所ではないからな。では本題に入ろうか。お前の父恒興からも聞いていたが、以前の恒太郎と違うと何かと話題だ。人は簡単に心を入れ替えるのは難しいことだ。勉学はあまり得意では無かったとも聞いている。なにがあって変わったのだ?良かったら話してはくれんか?」
恒太郎「私は、目覚める以前の記憶がございません。気付くと本多太郎でした。ですが、頑丈な体は、元の太郎のお陰ということもあり、生活の変化に戸惑いながらもこうして今があるのは、父上のお陰です。寺子屋に通うまでの間に書物をいくつか借り何度も読み直してるうちに、自分の今の生活を見返すことが出来ました。心の入れ替えはしてません。素直に話を聞き素直に思ったことを口にしてる。それだけです」
正純「そうか。記憶が無いのか。おかしな質問をするぞ。時折いるのだが、お前さんは転生者ではないのだな?」
恒太郎「てん。せいしゃ?とはどういうことでしょう」
正純「いやな。一度死んだ者が、過去や未来から来た者を指す言葉だそうだ。これまでにも何人かはたまたそれ以上かわからぬが、この日ノ本に転生者と呼ばれるものたちがいるそうだ」
文字の書き方を説明。
恒太郎「転生者かどうか確証はありませんが、もしかしたら私も転生者なのでしょうか。夢の中に出て来る大きな男がいるんですが、その男によると私は、二百五十年後からこの時代に来たようなのです。こんな突拍子もないことは誰に言っても信じられないでしょう。なので、ここまで言わずに過ごしてきました。しかし、正純様に言われて、もしかしてと思い」
正純「うんうん。これは良い。過去の転生者ならあまり意味が無いから話を聴くのはこれっきりにしようと思ってたが、二百五十年後の未来から来たならばその後の未来も知ってるかもしれんからな。そうか。それはよく言ってくれた」
恒太郎「いえ。信じてもらえただけで充分です。今の私は混乱してます。こんな突拍子もない話を受け入れていただけたのですから。ですが殿。私は、歴史には疎いです。読み書きや計算は出来ますが、歴史という部分には疎いため、殿のお役に立てるかどうかはわかりません。未来のことまではわかりません。申し訳ありません」
夢に出て来る大きな男はコメカミを押せば分かることだが、即座に答えられないということを暗に伝えている。あまり期待されないように低く伝える。
正純「なるほど。それはそれで面白い。お主の性格や気遣いのできるところは非常に面白い。またお主と話せる日が来ること願っておるぞ。それから、お主が気にしていた転生者というのは儂以外には口にしない方が良いぞ。変に勘繰られたりしても困るだろうしな」
正純は、恒太郎を認めた。お前からお主に変わった。大事に思うあまりに呼び方を変えたようだ。素直な性格をしていることが分かる。
恒太郎「その転生者というのはどこで知ったんですか?」
正純「信長様がご存命の頃に、弥助という男がいてな。色黒の男で背が高くてな。何度か会ったが気の優しい良い男だった。そのうち話せるようになったから聞いたんだ。お前はどこの国から来た?すると、海の向こうとだけ。弥助は、なんのために日ノ本に来たのかもわからない。ただ、真っ暗な地中を勢いよく走る箱のようなものに乗っていたそうだ。箱の中は明るいと言うてたな。気づいたらこの時代の奴隷として運ばれて居たところを宣教師らに助けられたそうだ。恒太郎の時代にはあったのか?そのような箱は」
恒太郎「いえ、存じ上げませぬ。わたしの時は、汽車しか知りませぬ」
正純「ん?それは初めて聞くぞ。汽車とはなんだ」
恒太郎「かなり抽象的になりますが。黒く硬い鉄のかたまりに石炭を燃料に走る乗り物です。馬より速く黒い煙を吐きながら走ります。人の座るところを客席と言い、木で出来ていて長く座っていると尻が痛くなります。私は何度か乗せてもらいました」
正純「それ面白そうだな。おっと、もっと話を聞きたいが、すまぬ。刻のようだ。またその続きを聞かせてはくれぬか?今日は楽しかった。また声を掛ける。来て話してくれ」
屋敷に戻る
城であったことを両親に言える範囲で伝えた。
恒興「そうか。殿に気に入ってもらったか。少し気難しいところがあるから心配していたが。良かったな。いつ呼ばれても良いように、準備だけはしておきなさい」
恒太郎「父上。ありがとうございます。精進いたします」
恒興はより一層悪化していく。労咳で先が無いことが分かり、主君正純に手紙を送る。
元和元年・2年と寒く一部で飢饉が発生している。
【交代】
ー 霜月 ー
恒興の住む離れに家族を呼び寄せた
恒興「皆集まってくれたか。皆すまない。日に日に身体が弱ってるのは自分でも分かる。いつまで保てるかわからない。いつ倒れても良いように、恒太郎を当主にしようと思う。儂は隠居することに決めた。まだ元服したばかりでいささか心配ではあるが、儂が死んでからでは心の準備もできんだろう。これより、恒太郎を当主にすることにした。異論は許さん」
身体は弱り起きているのが辛く彦作に支えられてようやく座っている。空気の入れ替えがしやすいように、障子や襖はすべて開いたままで始まった。
恒興「よいな。恒太郎。仮にも元服して人を教える立場にある。弱気なことを言えば、子供たちはたちまちに心配し恒太郎の評判が下がる。恒太郎はいつも通りに努めなさい。また、当主になったからと言って、偉そうになってはいかん。世間ではまだまだぴよっ子だ。幸い誰にでも偉ぶるような性格では無いからさほど心配はしてないが、恒太郎のことだ。出世すると儂は思っておる。その時に、加増されて驕ることなく努めなさい。身分に関係なく誰にでも同じように接しなさい」
厳しくも愛のある言葉で激励する
恒興「勘違いするな。儂らはあくまでも正純様を支えるためにある。すべては正純様に捧げよ。正純様が隠居されたのちは恒太郎の好きにすると良い。それまでは最後まで従え。感謝を忘れるな。我らが農民から武士に取り上げられ家臣にまで取り立ててくださった本多弥八郎家への奉仕することを忘れるな」
話せるうちに話しておきたいと身体に鞭を打ちながら伝える。恒太郎だけでなく、集まったすべてのものに対してでもある。恒太郎が誤った道に進むものなら皆で助けてやって欲しいという気持ちが込められている。
妻のトラと娘の詩麻。女中のカメ。下男の彦作。皆涙ぐみながら話を聞く。妹詩麻は母トラに抱きつき泣き声を父に聞かれぬよう顔をうずめ泣く。
恒興「儂はこれより隠居する。その旨は、正純様に恒太郎お前がこの書状を携えて謁見してまいれ。正純様に今後のことをよく聞いてきなさい。家の事は、恒太郎にすべて任せる。儂はそれに従う。儂に気にすること無く正純様を助けよ」
恒太郎「わかりました。お任せください。父上は体調回復だけ努めてくだされ。私から最初の指示で命令です。必ず守ってくだされ。諦めず私をずっと見守ってくだされ」
鼻をすすりながら父に願いを伝える
恒興「恒太郎に嫁をもらう前に隠居することになるとは不甲斐ない。だが詩麻の嫁入りまで生きるからな。恒太郎にそう命令されたからな。ははは。ははは。詩麻は母から多くを学びなさい。良き相手を見つけてやるからな」
恒太郎「父上。私と詩麻の相手を見つけてくだされ。楽しみにしておりますぞ」
恒太郎の言葉を聞いて安心し、彦作の肩を掴みながらゆっくり。ゆっくりと倒れ床につく。寒い中熱い親子の会話の屋敷も締め切った。ツラく悲しい思いも最後はみな笑顔だった。明るく世代交代が行われた。
父に言われた通り、書状を携え正装にて城へ向かう。着物は父が着用していたものを借り着用。
突然の登城のため暫く控え室にて待つ。
ようやく謁見できる。
正純「待たせたな。表を上げよ」
恒太郎「殿。父より書状を預かってまいりました。こちらを」
小姓に書状を手渡す
正純「。。。そうか。隠居するまでに至ったか。わかったと伝えてくれ」
恒太郎「はっ」
正純「お主の家系は真面目に仕えてくれてくれている。信頼のおける者たちばかりだ。恒太郎も続けて儂に仕え支えて欲しい」
恒太郎「かしこまりました。全身全霊お仕えいたします」
正純「また来いとは言ったがこのような形で会うことになるとはな。恒興の気持ちを無駄にすること無く我を支えよ」
恒太郎「ははっ」
正純「では、言い渡す。これまで前当主は祇園城にて文官として勤めていたが、恒太郎お主は登城はしなくて良い。今の寺子屋で努めよ。お主には期待をしている。この先なにかしら相談することもあるだろう。儂の話し相手になってくれ」
恒太郎「もったいなきお言葉。また、過分なる指導に感謝いたします」
寺子屋勤めを正式に認められた。その上で
正純「寺子屋勤めに励め。そして、寺子屋から新たな師範を育てよ。なるべく早急にだ。お主ひとりで切り盛りするのは苦労するだろう。助けになるものをお主自身で育てよ」
正純からの当分の指示は、師範の育成となった。今までのように教えるだけではなく次の世代を育てるという任務。人を見る目が問われる。今までに経験したことの無い分野に突入することとなった。
緊張とこれからの自分に対しての楽しみで武者震いするほど。
【相談はしてみるに限る】
ー 師走 ー
恒太郎がこの時代に来て丸1年。目まぐるしく変化があり忙しい日々を過ごしている。慣れないことが続いている。猫の手も借りたいほど忙しい。今までは、父に助けられながらだったが、今は、当主になり家族を養わなくてはならない。そこへ、師範になる人材を探し育成させなくてはならない。
ゆっくり暇な時に書物を読んでいたあの頃が懐かしい。冬の収穫も僅かながら増えつつある。少しずつ少しずつ変わっていく。
そんな中、恒興が危篤状態へ。年末真っ只中のこの時期に、家族が一堂に屋敷に集まる。この日だけは、養子に出ていた二郎と三郎も来てくれた。二郎は、常陸の国宍戸藩の飯田家から魚の干物とシジミを土産として。三郎は下総の国佐倉藩の臼井家からうなぎを二尾。養子に出されて半生を養父と過ごす日々の方が多くなった今だが、実の父のことは忘れていない。精のつくものを土産にした。
しかし、土産を口にすること無く恒興は、労咳により息を引き取った。
最後の言葉は息も絶え絶えに懸命に感謝の言葉を振り絞る。
恒興「よく来てくれた。皆の顔が見れて儂は幸せ者だ。良き人生だった」
堰を切るかのように皆泣く。
隠居して間もなく。まるで、自身の死を知っているかのように。
弟たちが持参した土産は恒興の口には入らなかったが、弟たちが帰るまでに一族で食べ終える。
恒太郎「父上は常々、我ら家族を案じ、養子に出た二郎と三郎のことを気にしておられた。最期を看取ってくださり。んぐ。ありがとう。ございます。本当に来ていただき感謝の言葉でしか返すことが出来ませんが。スンスン。父はお喜びの言葉で締めくくられました。んぐ。我ら家は違えども父は同じ。本多恒興の息子と娘。我ら子供たちは長く生きよう!そして、主君を支えよう!父を超える者となろう!きっと父はそれを望んでらっしゃる。我らはしぶとく主君のために生き残るのだ。二郎!三郎!私からも感謝する。そなたたちにこうして再会できたことを心から感謝する。次はいついかなる時に出会うかわからぬが、皆無事に達者で暮らせ」
涙ながらに一族を代表して伝えた。
ふたりの弟たちは、立派になられた兄の言葉に胸を打たれる。以前の凡人な兄を知っているからだ。
詩麻は、うれしい気持ちと何を言ってるのか分からないけれど、きっと良いことを言ってるのだと察しうれしさから涙が溢れ出る。
兄たちを慕う詩麻を見て大きくなったと思う弟たち。幼い時に別れている。それでもまだ幼い詩麻が笑顔で泣いているのを見て安心。
翌朝、二郎と三郎は途中まで一緒に行き、別れて自分たちを待つ屋敷へと帰っていった。
危篤から葬儀まで寺子屋は臨時休業とし。
葬儀の翌日から寺子屋へ。休むことなく働く。寺子屋の収入は微々たるもの。
晦日には、ふたりに給金を支払う。カメに2500文。ヒコザに3000文。
ふたりは断るが、正月を迎えるにあたり大事な給金であるとして断りを退けた。
ー 元和3年如月 ー
正純から登城せよと通達。江戸での将軍への新年の挨拶がひと段落し小山に一時滞在している。
正純「よくぞ来た。恒興の葬儀に顔を出せなくて済まぬ」
恒太郎「とんでもございません。そのお言葉だけで十分でございます」
正純「今日呼び立てたのは、先日伝えた育成の件はどうなっておる」
恒太郎「はい。二・三人ほど絞っておりますが、他所からくる浪人を迎え入れようかと考えております。育成になっていないので殿のお考えとは違います。ではなぜ、浪人を迎えるかと考えたのは、大人が一人は必要だと考えたからです。責任を持って取り組んで欲しいのです」
殿に対し物怖じせずに、案と理由の説明をした。肝が据わり当主としての心構えが出来つつあるようだ。
正純「なるほど。だが浪人を雇うとなると赤字になるのではないか?お主の禄では家が苦しくなるであろう。いかがいたす」
恒太郎「現在寺子屋に通っているのは、元服前の子供たちです。せめて元服していれば任せられるのですが。短期間に見つけるとしたら浪人かと考えました」
正純「そうであろうな。だが浪人を探すにも時はかかる。それに浪人は一時しのぎで飯のタネ程度にしか思ってない。最低でも一年は勤められる者が良いだろう。教わる子供たちの事を考えると短期間で変わると学びに身が入らないだろう」
寺子屋人事に頭を悩ます。
正純「では、こうしてはどうだろうか。恒太郎に期待しているのは事実。よし!恒太郎に五十石加増する。併せて百五十石にする。そこで、浪人を召し抱えれば辞めんだろ。ただし、召し抱えた者がなんらかで、離れることがあった場合、五十石減俸とする。家臣を持つことを許可する。これでどうだ」
思わぬところで加増を言い渡され、目を丸くする。
恒太郎「。。。承ります。早急に対応致します」
屋敷に戻り報告
恒太郎「母上、なんと五十石の加増を受けました。ただしこれは、家臣を雇うことになります。家計はこのままでお願いします。浪人を一人雇います。あと、彦作はこのまま下人として雇い、雇った浪人を私の供として働いてもらいます。それら給金で余った金は、百姓の為に使います。色々と研究に使いたく思っております。申し訳ございません」
トラ「良いことです。私たちの暮らしは以前と同じで充分なのです。良い人材が見つかると良いですね」
恒太郎「はい。それで、新たに抱える浪人は、当家の屋敷に住まわせます。離れを使おうと考えてます」
トラ「それで良いでしょう。良い人材が見つかることを願っております。ではカメに日中離れの空気の入れ替えや寝間の準備をさせましょう」
父恒興が恒太郎に伝えた「出世」と「加増」が早速決まる。
恒興が息を引き取った離れに新たに家臣を住まわせる。
恒太郎は、城へ呼ばれた。理由は特に聞かされていない。不安な気持ちと、父の職場でもある祇園城に呼ばれたのだ。不安と期待が入り混じった何とも言えない気持ち。
祇園城の謁見の間にて待つ。時間が経つのが早く感じる。初めての謁見。藩主は、本多正純。この年4月に大御所の家康を失い、先月6月には、正純の父正信が死去したばかり。そのこともあり、小山に一時的に江戸より戻られた。これらに何かしらの不満や問題でもあるのだろうか。
足音がする。平伏し待つ。
正純「表を上げて楽にするが良い」
恒太郎「はは。本多恒興の嫡男の恒太郎と申します」
正純「うむ」
正純[礼儀作法も出来ておるな。よいぞ]
正純「今回呼んだのは、恒太郎お前さんのことを知りたくてな。良かったら少し話していくと良い」
思い過ごしであった
正純「緊張しておるようだな。まぁ仕方ない慣れぬことをしてるのだ。お前さんの身分ではなかなか入れる場所ではないからな。では本題に入ろうか。お前の父恒興からも聞いていたが、以前の恒太郎と違うと何かと話題だ。人は簡単に心を入れ替えるのは難しいことだ。勉学はあまり得意では無かったとも聞いている。なにがあって変わったのだ?良かったら話してはくれんか?」
恒太郎「私は、目覚める以前の記憶がございません。気付くと本多太郎でした。ですが、頑丈な体は、元の太郎のお陰ということもあり、生活の変化に戸惑いながらもこうして今があるのは、父上のお陰です。寺子屋に通うまでの間に書物をいくつか借り何度も読み直してるうちに、自分の今の生活を見返すことが出来ました。心の入れ替えはしてません。素直に話を聞き素直に思ったことを口にしてる。それだけです」
正純「そうか。記憶が無いのか。おかしな質問をするぞ。時折いるのだが、お前さんは転生者ではないのだな?」
恒太郎「てん。せいしゃ?とはどういうことでしょう」
正純「いやな。一度死んだ者が、過去や未来から来た者を指す言葉だそうだ。これまでにも何人かはたまたそれ以上かわからぬが、この日ノ本に転生者と呼ばれるものたちがいるそうだ」
文字の書き方を説明。
恒太郎「転生者かどうか確証はありませんが、もしかしたら私も転生者なのでしょうか。夢の中に出て来る大きな男がいるんですが、その男によると私は、二百五十年後からこの時代に来たようなのです。こんな突拍子もないことは誰に言っても信じられないでしょう。なので、ここまで言わずに過ごしてきました。しかし、正純様に言われて、もしかしてと思い」
正純「うんうん。これは良い。過去の転生者ならあまり意味が無いから話を聴くのはこれっきりにしようと思ってたが、二百五十年後の未来から来たならばその後の未来も知ってるかもしれんからな。そうか。それはよく言ってくれた」
恒太郎「いえ。信じてもらえただけで充分です。今の私は混乱してます。こんな突拍子もない話を受け入れていただけたのですから。ですが殿。私は、歴史には疎いです。読み書きや計算は出来ますが、歴史という部分には疎いため、殿のお役に立てるかどうかはわかりません。未来のことまではわかりません。申し訳ありません」
夢に出て来る大きな男はコメカミを押せば分かることだが、即座に答えられないということを暗に伝えている。あまり期待されないように低く伝える。
正純「なるほど。それはそれで面白い。お主の性格や気遣いのできるところは非常に面白い。またお主と話せる日が来ること願っておるぞ。それから、お主が気にしていた転生者というのは儂以外には口にしない方が良いぞ。変に勘繰られたりしても困るだろうしな」
正純は、恒太郎を認めた。お前からお主に変わった。大事に思うあまりに呼び方を変えたようだ。素直な性格をしていることが分かる。
恒太郎「その転生者というのはどこで知ったんですか?」
正純「信長様がご存命の頃に、弥助という男がいてな。色黒の男で背が高くてな。何度か会ったが気の優しい良い男だった。そのうち話せるようになったから聞いたんだ。お前はどこの国から来た?すると、海の向こうとだけ。弥助は、なんのために日ノ本に来たのかもわからない。ただ、真っ暗な地中を勢いよく走る箱のようなものに乗っていたそうだ。箱の中は明るいと言うてたな。気づいたらこの時代の奴隷として運ばれて居たところを宣教師らに助けられたそうだ。恒太郎の時代にはあったのか?そのような箱は」
恒太郎「いえ、存じ上げませぬ。わたしの時は、汽車しか知りませぬ」
正純「ん?それは初めて聞くぞ。汽車とはなんだ」
恒太郎「かなり抽象的になりますが。黒く硬い鉄のかたまりに石炭を燃料に走る乗り物です。馬より速く黒い煙を吐きながら走ります。人の座るところを客席と言い、木で出来ていて長く座っていると尻が痛くなります。私は何度か乗せてもらいました」
正純「それ面白そうだな。おっと、もっと話を聞きたいが、すまぬ。刻のようだ。またその続きを聞かせてはくれぬか?今日は楽しかった。また声を掛ける。来て話してくれ」
屋敷に戻る
城であったことを両親に言える範囲で伝えた。
恒興「そうか。殿に気に入ってもらったか。少し気難しいところがあるから心配していたが。良かったな。いつ呼ばれても良いように、準備だけはしておきなさい」
恒太郎「父上。ありがとうございます。精進いたします」
恒興はより一層悪化していく。労咳で先が無いことが分かり、主君正純に手紙を送る。
元和元年・2年と寒く一部で飢饉が発生している。
【交代】
ー 霜月 ー
恒興の住む離れに家族を呼び寄せた
恒興「皆集まってくれたか。皆すまない。日に日に身体が弱ってるのは自分でも分かる。いつまで保てるかわからない。いつ倒れても良いように、恒太郎を当主にしようと思う。儂は隠居することに決めた。まだ元服したばかりでいささか心配ではあるが、儂が死んでからでは心の準備もできんだろう。これより、恒太郎を当主にすることにした。異論は許さん」
身体は弱り起きているのが辛く彦作に支えられてようやく座っている。空気の入れ替えがしやすいように、障子や襖はすべて開いたままで始まった。
恒興「よいな。恒太郎。仮にも元服して人を教える立場にある。弱気なことを言えば、子供たちはたちまちに心配し恒太郎の評判が下がる。恒太郎はいつも通りに努めなさい。また、当主になったからと言って、偉そうになってはいかん。世間ではまだまだぴよっ子だ。幸い誰にでも偉ぶるような性格では無いからさほど心配はしてないが、恒太郎のことだ。出世すると儂は思っておる。その時に、加増されて驕ることなく努めなさい。身分に関係なく誰にでも同じように接しなさい」
厳しくも愛のある言葉で激励する
恒興「勘違いするな。儂らはあくまでも正純様を支えるためにある。すべては正純様に捧げよ。正純様が隠居されたのちは恒太郎の好きにすると良い。それまでは最後まで従え。感謝を忘れるな。我らが農民から武士に取り上げられ家臣にまで取り立ててくださった本多弥八郎家への奉仕することを忘れるな」
話せるうちに話しておきたいと身体に鞭を打ちながら伝える。恒太郎だけでなく、集まったすべてのものに対してでもある。恒太郎が誤った道に進むものなら皆で助けてやって欲しいという気持ちが込められている。
妻のトラと娘の詩麻。女中のカメ。下男の彦作。皆涙ぐみながら話を聞く。妹詩麻は母トラに抱きつき泣き声を父に聞かれぬよう顔をうずめ泣く。
恒興「儂はこれより隠居する。その旨は、正純様に恒太郎お前がこの書状を携えて謁見してまいれ。正純様に今後のことをよく聞いてきなさい。家の事は、恒太郎にすべて任せる。儂はそれに従う。儂に気にすること無く正純様を助けよ」
恒太郎「わかりました。お任せください。父上は体調回復だけ努めてくだされ。私から最初の指示で命令です。必ず守ってくだされ。諦めず私をずっと見守ってくだされ」
鼻をすすりながら父に願いを伝える
恒興「恒太郎に嫁をもらう前に隠居することになるとは不甲斐ない。だが詩麻の嫁入りまで生きるからな。恒太郎にそう命令されたからな。ははは。ははは。詩麻は母から多くを学びなさい。良き相手を見つけてやるからな」
恒太郎「父上。私と詩麻の相手を見つけてくだされ。楽しみにしておりますぞ」
恒太郎の言葉を聞いて安心し、彦作の肩を掴みながらゆっくり。ゆっくりと倒れ床につく。寒い中熱い親子の会話の屋敷も締め切った。ツラく悲しい思いも最後はみな笑顔だった。明るく世代交代が行われた。
父に言われた通り、書状を携え正装にて城へ向かう。着物は父が着用していたものを借り着用。
突然の登城のため暫く控え室にて待つ。
ようやく謁見できる。
正純「待たせたな。表を上げよ」
恒太郎「殿。父より書状を預かってまいりました。こちらを」
小姓に書状を手渡す
正純「。。。そうか。隠居するまでに至ったか。わかったと伝えてくれ」
恒太郎「はっ」
正純「お主の家系は真面目に仕えてくれてくれている。信頼のおける者たちばかりだ。恒太郎も続けて儂に仕え支えて欲しい」
恒太郎「かしこまりました。全身全霊お仕えいたします」
正純「また来いとは言ったがこのような形で会うことになるとはな。恒興の気持ちを無駄にすること無く我を支えよ」
恒太郎「ははっ」
正純「では、言い渡す。これまで前当主は祇園城にて文官として勤めていたが、恒太郎お主は登城はしなくて良い。今の寺子屋で努めよ。お主には期待をしている。この先なにかしら相談することもあるだろう。儂の話し相手になってくれ」
恒太郎「もったいなきお言葉。また、過分なる指導に感謝いたします」
寺子屋勤めを正式に認められた。その上で
正純「寺子屋勤めに励め。そして、寺子屋から新たな師範を育てよ。なるべく早急にだ。お主ひとりで切り盛りするのは苦労するだろう。助けになるものをお主自身で育てよ」
正純からの当分の指示は、師範の育成となった。今までのように教えるだけではなく次の世代を育てるという任務。人を見る目が問われる。今までに経験したことの無い分野に突入することとなった。
緊張とこれからの自分に対しての楽しみで武者震いするほど。
【相談はしてみるに限る】
ー 師走 ー
恒太郎がこの時代に来て丸1年。目まぐるしく変化があり忙しい日々を過ごしている。慣れないことが続いている。猫の手も借りたいほど忙しい。今までは、父に助けられながらだったが、今は、当主になり家族を養わなくてはならない。そこへ、師範になる人材を探し育成させなくてはならない。
ゆっくり暇な時に書物を読んでいたあの頃が懐かしい。冬の収穫も僅かながら増えつつある。少しずつ少しずつ変わっていく。
そんな中、恒興が危篤状態へ。年末真っ只中のこの時期に、家族が一堂に屋敷に集まる。この日だけは、養子に出ていた二郎と三郎も来てくれた。二郎は、常陸の国宍戸藩の飯田家から魚の干物とシジミを土産として。三郎は下総の国佐倉藩の臼井家からうなぎを二尾。養子に出されて半生を養父と過ごす日々の方が多くなった今だが、実の父のことは忘れていない。精のつくものを土産にした。
しかし、土産を口にすること無く恒興は、労咳により息を引き取った。
最後の言葉は息も絶え絶えに懸命に感謝の言葉を振り絞る。
恒興「よく来てくれた。皆の顔が見れて儂は幸せ者だ。良き人生だった」
堰を切るかのように皆泣く。
隠居して間もなく。まるで、自身の死を知っているかのように。
弟たちが持参した土産は恒興の口には入らなかったが、弟たちが帰るまでに一族で食べ終える。
恒太郎「父上は常々、我ら家族を案じ、養子に出た二郎と三郎のことを気にしておられた。最期を看取ってくださり。んぐ。ありがとう。ございます。本当に来ていただき感謝の言葉でしか返すことが出来ませんが。スンスン。父はお喜びの言葉で締めくくられました。んぐ。我ら家は違えども父は同じ。本多恒興の息子と娘。我ら子供たちは長く生きよう!そして、主君を支えよう!父を超える者となろう!きっと父はそれを望んでらっしゃる。我らはしぶとく主君のために生き残るのだ。二郎!三郎!私からも感謝する。そなたたちにこうして再会できたことを心から感謝する。次はいついかなる時に出会うかわからぬが、皆無事に達者で暮らせ」
涙ながらに一族を代表して伝えた。
ふたりの弟たちは、立派になられた兄の言葉に胸を打たれる。以前の凡人な兄を知っているからだ。
詩麻は、うれしい気持ちと何を言ってるのか分からないけれど、きっと良いことを言ってるのだと察しうれしさから涙が溢れ出る。
兄たちを慕う詩麻を見て大きくなったと思う弟たち。幼い時に別れている。それでもまだ幼い詩麻が笑顔で泣いているのを見て安心。
翌朝、二郎と三郎は途中まで一緒に行き、別れて自分たちを待つ屋敷へと帰っていった。
危篤から葬儀まで寺子屋は臨時休業とし。
葬儀の翌日から寺子屋へ。休むことなく働く。寺子屋の収入は微々たるもの。
晦日には、ふたりに給金を支払う。カメに2500文。ヒコザに3000文。
ふたりは断るが、正月を迎えるにあたり大事な給金であるとして断りを退けた。
ー 元和3年如月 ー
正純から登城せよと通達。江戸での将軍への新年の挨拶がひと段落し小山に一時滞在している。
正純「よくぞ来た。恒興の葬儀に顔を出せなくて済まぬ」
恒太郎「とんでもございません。そのお言葉だけで十分でございます」
正純「今日呼び立てたのは、先日伝えた育成の件はどうなっておる」
恒太郎「はい。二・三人ほど絞っておりますが、他所からくる浪人を迎え入れようかと考えております。育成になっていないので殿のお考えとは違います。ではなぜ、浪人を迎えるかと考えたのは、大人が一人は必要だと考えたからです。責任を持って取り組んで欲しいのです」
殿に対し物怖じせずに、案と理由の説明をした。肝が据わり当主としての心構えが出来つつあるようだ。
正純「なるほど。だが浪人を雇うとなると赤字になるのではないか?お主の禄では家が苦しくなるであろう。いかがいたす」
恒太郎「現在寺子屋に通っているのは、元服前の子供たちです。せめて元服していれば任せられるのですが。短期間に見つけるとしたら浪人かと考えました」
正純「そうであろうな。だが浪人を探すにも時はかかる。それに浪人は一時しのぎで飯のタネ程度にしか思ってない。最低でも一年は勤められる者が良いだろう。教わる子供たちの事を考えると短期間で変わると学びに身が入らないだろう」
寺子屋人事に頭を悩ます。
正純「では、こうしてはどうだろうか。恒太郎に期待しているのは事実。よし!恒太郎に五十石加増する。併せて百五十石にする。そこで、浪人を召し抱えれば辞めんだろ。ただし、召し抱えた者がなんらかで、離れることがあった場合、五十石減俸とする。家臣を持つことを許可する。これでどうだ」
思わぬところで加増を言い渡され、目を丸くする。
恒太郎「。。。承ります。早急に対応致します」
屋敷に戻り報告
恒太郎「母上、なんと五十石の加増を受けました。ただしこれは、家臣を雇うことになります。家計はこのままでお願いします。浪人を一人雇います。あと、彦作はこのまま下人として雇い、雇った浪人を私の供として働いてもらいます。それら給金で余った金は、百姓の為に使います。色々と研究に使いたく思っております。申し訳ございません」
トラ「良いことです。私たちの暮らしは以前と同じで充分なのです。良い人材が見つかると良いですね」
恒太郎「はい。それで、新たに抱える浪人は、当家の屋敷に住まわせます。離れを使おうと考えてます」
トラ「それで良いでしょう。良い人材が見つかることを願っております。ではカメに日中離れの空気の入れ替えや寝間の準備をさせましょう」
父恒興が恒太郎に伝えた「出世」と「加増」が早速決まる。
恒興が息を引き取った離れに新たに家臣を住まわせる。
心の声は《心の声として発言するよ》と二重カッコを使います。
これからも少年ツネタロウをよろしくお願いします。
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