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作者: 唯響-Ion
第二十話 演舞
 広間にて料理を堪能する一行だったが、粛々とした空気に耐えられなくなった秋月の提案で、芸をする人を決めるクジを引くことになる。
 広間に集まった七人は、運ばれてくる料理を堪能した。
 しかし日常的に一汁三菜の和食料理フルコースを食している彼らにとっては、逆に、特別感が足りなかった。
 誰もが静かにしながら、綺麗な作法で粛々としながら食事をしていた。
 その状況に堪らなくなった秋月は、こんな提案をした。
「誰かあそこの壇上で芸を披露しましょうよ! あ、こんな所に丁度いいクジが!」
 御籤(おみくじ)の様な六角形の木箱に、七本の棒が入っていた。
 全員でクジを引く。すると、弥勒のクジに、赤字でアタリの文字があった。果たしてこれはアタリなのだろうか。突然、皆の前で芸を披露するなんて、ハズレではないだろうか。
 そんなことを思っていたら、秋月に「四の五のいわずに準備しなさい」とヤジを飛ばされ、弥勒は壇上の裏に入った。そして僅か数分後、弥勒は舞台の左側から現れた。
「げっ、皇弥勒のやつ、なんでフルコーデな訳。持ってきたん! ?」
 秋月同様、その場にいた全員が、弥勒に釘付けになっていた。弥勒は、正装である裲襠装束(りょうとうしょうぞく)を身に纏っていた。赤を基調とした荘厳なその容姿は、幾重にも衣を重ね着している為、細身の弥勒も巨漢の様な圧を放っていた。
「数分で纏える衣じゃねぇだろ……弥勒。それにその面……!」
 弥勒は、陵王の演目で用いられる蘭陵王のお面を着けていた。金色(こんじき)の禍々佐々しい面は彼の本気度を表していた。
 弥勒が料理を囲む全員へ、「音取(ねと)りは省きます」と伝えると、スピーカーから管絃(かんげん)の音色が流れだした。
 それは、陵王の曲であった。壱越調(いちこつちょう)、つまり現代音楽でいうところの二長調(ちょうちょう)に該当する、明るくて比較的テンポが速い曲に合わせ、弥勒は舞を舞っていた。
 その舞は、重々しい襲装束(かさねしょうぞく)を纏っているとは思えない程軽快で、弥勒がこの動きを成す為に無意識な神通力のコントロールを熟練してしまっているのも、おかしくはないと感じられた。
 弥勒の舞に目を奪われていた稲葉は、思わず「舞楽はこんなにも激しいものなのか……」と零した。緒方は耳打ちをした。
「世間一般で演奏される雅楽の管絃は、明治時代に諸外国へ邦楽の威信を示す為、敢えて演奏を間延びさせた。そして今も、その文化が続いているんだ。だがこれは、平安時代から続く正真正銘、古(いにしえ)の雅楽だ」
「だから……眠たくならねぇんだな……!」
 弥勒が両手両足を大きく広げ、素早く左右に振る。そして舞楽の基本動作である屈伸運動の様な動きで、激しく腰を落としては、すぐさま立ち上がり、勢い良く跳躍した次の瞬間、爪先立ちで着地し、両手両足を広げた。その人外な動作は一寸のブレもなく、惟神の陵王の異名に相応しい演舞を見せつけた。
裲襠装束(りょうとうしょうぞく)……幾重にも衣を重ねて着用する襲装束(かさねしょうぞく)で、舞楽の演目の中で主に陵王にて使用される装束。
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