第二一話 血の池
翌日、一行は大分県内にある観光地である血の池地獄へ向かう。
温泉と昼食を楽しんだ一行は、その後直ぐ様寝室へと向かった。厳かな名家出身の高校生である彼らには、こういった宴会を盛り上げる方法など、思いつくはずもなかったのである。
寝室に入ってからは早かった。枕を投げるなどの寝室で遊ぶというはしたないことを発想すらしない名家の人間達は、直ぐ様眠った。秋月は二人だけの女子部屋でスヤスヤと眠る渋川を横目に、次は女子部屋の人数を充実させて枕投げの文化を広めようと、そう心に誓った。
翌日、一行は血の池地獄と呼ばれる場所へへ足を運んだ。そこはまっ赤な温泉が満ちており、その温度も常に七十度を越えるという、当に地獄と呼ぶに相応しい光景が広がる名勝であった。
ここは奈良時代の大分県の歴史を今に伝える書物である豊後風土記(ぶんごふどき)には、赤湯泉(あかゆのいずみ)と記されており、実に千三百年前から常に蒸気を上げながら沸々とし続ける、日本最古の地獄である。
周囲にいる一般のお客の、少し恐怖心を含んだ興奮が、弥勒には感じられた。弥勒自身も、近づけば近づく程に、血を滾らせる様な灼熱の高温と、常に絶えない湯気によって目が眩んだ。
まるで、異なる世界へ精神を連れていかれそうになる様な、そんな気持ちになった。
「ちなみにね弥勒君、ここも常夜への入口になっているんだよ。弥勒君が今感じている様な、意識が朦朧とする感覚。そのまま黄昏時(マジックアワー)を迎えた時、人は知らず知らずの内に人ならざる者達の世界へ迷い込んでいるのさ」
「ちょっと緒方、こんなとこまで来て不気味な話をしないでくれる? ここ部室でも校庭裏の森でもないんだけど」
「まぁそういわないでよ秋月さん。君も神通力の求道者だろう?」
「肩、書、き、わ、ね!」
秋月は嫌そうに、一文字づつを強調して吐き捨てた。この学園に身を置いている事は、普通の女の子を志す彼女にとっては不本意なのである。
弥勒は二人のやり取りを、微笑ましく眺めていた。
そして、緒方へ尋ねた。
「森じゃなくても、常夜に繋がることがあるの?」
「そうだよ。まぁその原理はまだまだよく分かってないことばかりなんだけどね」
「分かってることもあるということ?」
「そうだね。人が不本意的に迷い込むとき、唯一分かってることは、いくつかの思いが頭の中に混在しているということだ。愛や憎しみ、慈悲や憤怒、幸福や恐怖。あらゆる思いや感情が交差する中で五感のどこかが鈍ると、常夜へ迷い込むことが分かってるよ。まぁ視界が鈍る森が、最も迷いやすいというのは理に叶ってるよね」
なぜか嬉しそうに語る研究者肌の緒方に、秋月はウンザリした顔をした。
そんな秋月を他所に、弥勒は理解できないことを、実直に質問した。
「思いが交錯するといっても、ここで誰もが感じる事は大体同じじゃないかな。熱くて離れたいけど、見ていたいとか……思いといえるのか分からないもの位じゃないのかな」
緒方の代わりにその問いに答えたのは、地元民の稲葉であった。
「もっと思いが交錯する場所は、この大分の中にあるぜ。比較的近いし、涼みに行こうか。向かってたら丁度日も暮れそうだしな」
寝室に入ってからは早かった。枕を投げるなどの寝室で遊ぶというはしたないことを発想すらしない名家の人間達は、直ぐ様眠った。秋月は二人だけの女子部屋でスヤスヤと眠る渋川を横目に、次は女子部屋の人数を充実させて枕投げの文化を広めようと、そう心に誓った。
翌日、一行は血の池地獄と呼ばれる場所へへ足を運んだ。そこはまっ赤な温泉が満ちており、その温度も常に七十度を越えるという、当に地獄と呼ぶに相応しい光景が広がる名勝であった。
ここは奈良時代の大分県の歴史を今に伝える書物である豊後風土記(ぶんごふどき)には、赤湯泉(あかゆのいずみ)と記されており、実に千三百年前から常に蒸気を上げながら沸々とし続ける、日本最古の地獄である。
周囲にいる一般のお客の、少し恐怖心を含んだ興奮が、弥勒には感じられた。弥勒自身も、近づけば近づく程に、血を滾らせる様な灼熱の高温と、常に絶えない湯気によって目が眩んだ。
まるで、異なる世界へ精神を連れていかれそうになる様な、そんな気持ちになった。
「ちなみにね弥勒君、ここも常夜への入口になっているんだよ。弥勒君が今感じている様な、意識が朦朧とする感覚。そのまま黄昏時(マジックアワー)を迎えた時、人は知らず知らずの内に人ならざる者達の世界へ迷い込んでいるのさ」
「ちょっと緒方、こんなとこまで来て不気味な話をしないでくれる? ここ部室でも校庭裏の森でもないんだけど」
「まぁそういわないでよ秋月さん。君も神通力の求道者だろう?」
「肩、書、き、わ、ね!」
秋月は嫌そうに、一文字づつを強調して吐き捨てた。この学園に身を置いている事は、普通の女の子を志す彼女にとっては不本意なのである。
弥勒は二人のやり取りを、微笑ましく眺めていた。
そして、緒方へ尋ねた。
「森じゃなくても、常夜に繋がることがあるの?」
「そうだよ。まぁその原理はまだまだよく分かってないことばかりなんだけどね」
「分かってることもあるということ?」
「そうだね。人が不本意的に迷い込むとき、唯一分かってることは、いくつかの思いが頭の中に混在しているということだ。愛や憎しみ、慈悲や憤怒、幸福や恐怖。あらゆる思いや感情が交差する中で五感のどこかが鈍ると、常夜へ迷い込むことが分かってるよ。まぁ視界が鈍る森が、最も迷いやすいというのは理に叶ってるよね」
なぜか嬉しそうに語る研究者肌の緒方に、秋月はウンザリした顔をした。
そんな秋月を他所に、弥勒は理解できないことを、実直に質問した。
「思いが交錯するといっても、ここで誰もが感じる事は大体同じじゃないかな。熱くて離れたいけど、見ていたいとか……思いといえるのか分からないもの位じゃないのかな」
緒方の代わりにその問いに答えたのは、地元民の稲葉であった。
「もっと思いが交錯する場所は、この大分の中にあるぜ。比較的近いし、涼みに行こうか。向かってたら丁度日も暮れそうだしな」
血の池地獄……別府市野田にある観光地。日本最古の血の池であり、血の池プリンや入場者無料の足湯などがある。