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作者: 月ノ瀬 静流
残酷な描写あり
5.白蓮の来訪-3
『クーティエ! ちょっと落ち着いて!』

 悲鳴のような声に続き、モニタ画面に女王の顔が大写しになった。

 クーティエの様子に慌てた女王が、それまでスタンドに置いていた携帯端末を手に取り、ぐっと詰め寄ったらしい。

 綺羅の美貌が、局所的な拡大図となった。顔の部位パーツの絶妙な形状も配置も台無しだ。焦点ピントの自動調整が追いつかず、先天性白皮症アルビノの白く美しい肌の色合いだけが送られてくる。

「……」

『落ち着いて』と言っている女王のほうこそ、落ち着くべきではないだろうか。

 あんまりな映像に、クーティエは滲みかけていた涙を忘れた。

『よく聞いて! これは、お兄様の陰謀なのよ!』

 今度は、大音量の興奮が音割れを起こす。

『正直に言うとね、藤咲の当主から婚約の申し出があったと聞いたときには、『クーティエっていう女性ひとがいるのに、何を考えているのよ!?』って思ったわ! 藤咲の当主は、クーティエのために『レイウェンお兄ちゃん』に決闘を申し込んだんでしょう!? なのに、非道ひどいわ! 最低よ! クーティエが可哀想でしょう!』

 女王の美しい声を再生するはずの波形は、伝送の途中で、ぐしゃぐしゃに押し潰され、流れてくるのは、かろうじて内容の聞き取れる不快音。

 まくし立てられた早口を、クーティエは懸命に咀嚼する。

 どうやら、女王は怒っているらしい。――クーティエのために。

 だけど、どうして?

 雲上人たる女王が、自分のために憤慨しているという事実を――衝撃を、どう受け止めればいいのか分からない。

『でもね、ちょっと落ち着いてから、考え直したの。藤咲の当主から、婚約を申し出たのだとしても、それは『お兄様が何もしていない』って意味ことにはならないじゃない! って』

「……」

『お兄様が、藤咲の当主をはめたのよ! 権力を笠に着て、追い詰めて、言質を取ったんだわ! 『藤咲の当主からの申し出』って形をとらせて、撤回できないように仕組んだのよ!』

「……」

『お兄様は、藤咲の当主をわたしの婚約者にして、ていよく自分の配下に収めようとしているのよ。だって、彼は、お兄様のお気に入りなんだもの!』

「……えっ!?」

 お気に入り!?

 ハオリュウが? 摂政の?

 今まで、散々、酷い目に遭わせてきたのに!?

 支離滅裂としか思えない話に、クーティエが狼狽するも、女王は言葉を重ねる。

『お兄様は、喉から手が出るくらい、藤咲の当主を欲しがっているのよ。その証拠に、いつも彼のことを褒め称えては、『歳の若さは、未熟であることの言い訳にはなりませんよ』って、私にお説教をしてくるんだから!』

 映像が不明瞭でも、唇をとがらせた女王の顔が、しかと見えた。

 クーティエの頭は、くらくらしてきた。なんだか、一度に大量の情報を放り込まれた気がする。

 ともかく――。

 ハオリュウと摂政が密談をした結果、どうしてそうなったのかは謎であるが、ふたりの間で『女王との婚約』という密約が結ばれたらしい。

 今回の件の発端となった、『父と異母姉あねの殺害』というハオリュウの容疑が、すっかりどこかに行ってしまっているので、なんらかの裏取り引きがなされたのだ。

 そして、女王は何故か、親身になってくれている。

 ぐいぐいとふところに入り込んできて、真剣にクーティエのために怒り、ハオリュウのことを心配している。

『女王陛下』なんていう偉い人なのに、ちょっと……いや、想像以上に、残念なところはあるけれど、なんだか凄く……。

 ――嬉しい。

 叔父リュイセンにぃが、出逢ってすぐに彼女に惹かれた気持ちが、分かった気がした。

 以前、ハオリュウとの会話の中で、『女王の隣に立つ叔父リュイセンにぃ』の姿を思い浮かべたことがあるのだが、そのときは外見はともかく、内面は釣り合わないと首を振った。

 けれど、今はお似合いだと思う。ふたりとも、重すぎる肩書きを背負っているくせに、不器用な優しさであふれているのだ。

 嫉妬ヤキモチ不貞腐ふてくされて、彼女に悪感情をいだいていた自分が恥ずかしくなってきた。少しだけ、涙も出そうになる。

 そのとき、クーティエは、はたと気づいた。

 女王は、とても『いい人』だ。

 対して――。

 ハオリュウは、決して『いい人ではない』のだ。……格好よくて、魅力的なのは、言うまでもないけれど。

そして、今回の婚約は、『ハオリュウから』言い出したらしい。摂政の命令ではなく、ハオリュウが自分から願い出たのだと。

 ならば、その行動が意味することは、ただひとつ――。

 クーティエは、モニタ画面を見据えた。

 映像の女王は、いつの間にか綺羅の美貌を取り戻していた。どうやら、クーティエが思考の海に沈んでいる間に、携帯端末をスタンドに戻すよう、ルイフォンに言われたらしい。

「――陛下」

 初めて正面から目を合わせたクーティエに、女王は喜色を浮かべた。

 すかさず、『アイリーと呼んで』と返してくる……が、とりあえず、それは却下だ。さすがに、心がついていかない。

「ハオリュウから婚約の話を持ち掛けたのなら、それは、ハオリュウが『何かを仕掛けた』ということだと思います」

『え、どういうこと?』

「だって、ハオリュウは……」

 正直に言っていいものか、一瞬だけ迷った。けれど、やはり言うしかない。



「……腹黒だから」



 画面の映像が、ぴたりと止まった。

 通信障害ではない。女王の表情が固まったのだ。

 さすがに、言い方が悪かったかと、クーティエは反省する。

 さて、どう言い換えるべきかと思案していると、女王が『ちょっと……、待って……』と、ぼそぼそと呟いた。

『藤咲の当主って……、控えめで、人当たりがよくて……。言うべきところは、きちんと言うのだけど、誠意でもって礼儀を尽くす、って感じで……』

 白金の眉が寄り、青灰色の瞳が虚空を泳ぐ。

「ハオリュウは、その……、とても、頭がいいんです……」

 自分で言っておきながら、何を言っているのか分からない。やはり、『腹黒』以上に、ハオリュウを的確に説明する言葉はないような気がする。

 思い返せば、ハオリュウはずっと、女王を利用することしか考えていなかった。

 女王の婚礼衣装の依頼のために、初めて草薙家を訪れたときも、『女王陛下の人気にあやかれば儲かる』みたいなことを言っていたし、前に婚約の話が出たときも『めでたく婚約破棄、という恩を売って、後ろ盾になっていただく』だ。

 だから今回も……。

 ハオリュウはきっと、女王陛下あなたを利用する気で満々なんです――とは言えない……。

 クーティエは乾いた笑いを漏らしそうになり、慌てて真顔を作る。

 一方、困惑に飲まれた女王は、取り繕うような調子で、しどろもどろに尋ねた。

『ええと……。……と、ともかく、恋人のクーティエとしては、藤咲の当主が心配でしょう?』

「はい、勿論です」

 きっぱりと答えてから、『恋人』の部分は否定しなければいけなかったかも、とクーティエは思った。ハオリュウとは、正式にはなんの間柄でもないのだから。

 ……ちくりと、胸が痛む。

『だからね、私がこの携帯端末を持って、藤咲の当主に会いにいくわ。直接、声を聞くことができれば、クーティエも少し、安心できるでしょう? それを言うために、ルイフォンにあなたを呼んでもらったのよ』

「え?」

 ハオリュウと連絡を取れるのであれば、クーティエとではなく、ルイフォンやメイシアと今後のことを話し合うのが建設的なのではないだろうか。

 ハオリュウが何やら画策しているようだが、こちらでも、メイシアが王宮に書状を送ったのだ。情報交換や、打ち合わせのようなことができるのなら、是非ともしておくべきだろう。

 クーティエがそう考える間にも、女王は続ける。

『ただ、正面から『藤咲の当主に会いたい』と言っても、お兄様は許可してくれないと思うの。だから、明日の午前中、お兄様が王宮の外に視察に行っている間に、こっそり行くわ。それで、悪いのだけど、クーティエは学校を休んで、家にいてほしいの』

「……え?」

 摂政を出し抜いて、ハオリュウに会いにいく?

 そんなことをして、女王は大丈夫なのだろうか。

 戸惑いに揺れたクーティエの声を、いったいどう勘違いしたのか。慌てた様子で、女王は付け加えた。

『あ、あの、ごめんなさい! 『レイウェンお兄ちゃん』は普段は優しいけれど、学校の規則みたいなことには厳しいって、セレイエから聞いているわ。でも、話せばきっと分かってくれると思うし、『シャンリーお姉ちゃん』が味方してくれると思うの!』

「……」

 女王は、どこか少しずれている。そんな気がする。

 両親の性格を把握されていたことは驚きだが、言いたいことは分かってくれないらしい。クーティエは、途方に暮れて、ルイフォンとメイシアに視線を送る。

 ルイフォンは猫目をすがめ、何かを思案していた。電話口に出るのがクーティエでも、ハオリュウと連絡がつくのならそれで構わない――と。早くも、この先の策を練り始めた『〈フェレース〉』の顔だった。

 一方、メイシアは、クーティエと目が合うと、黒曜石の瞳をふわりと細めた。それから、すっと手を伸ばし、自分のほうへとカメラを向ける。

「陛下。異母弟おとうとのために、ありがとうございます」

『え、ううん。本当は藤咲の当主が捕らえられてすぐに、行動できればよかったんだけど、お兄様が目を光らせていて……。いつの間にか婚約とか、わけの分からないことになっていて、ごめんなさい!』

 女王が面目なさそうに白金の眉を寄せると、メイシアは首を振り、静かに口を開いた。

「ハオリュウは、前だけしか見ない――悪い言い方をすれば、『目的のためには手段を選ばない』子です。クーティエが気づいてくれたように、陛下との婚約は、何かの目的のために取った手段なのでしょう」

 そう言いながら、メイシアは、ちらりと傍らのクーティエに微笑みかけ、再び正面に直る。

「前だけしか見ないあの子は、本当は後ろが気になって仕方がないのに、周りどころか自分自身すらもあざむいて、平気な素振りを見せます。見栄っ張りで、意地っ張りで……。決して認めないでしょうけれど、あの子が今、一番、声を聞きたい相手はクーティエです」

「ええぇっ!?」

 クーティエは、思わず素っ頓狂な声を張り上げてから、メイシアと女王との会話の邪魔になると気づき、慌てて口元を押さえた。

 ――けど。今のメイシアの台詞……、陛下に申し上げているように見せかけて、本当は私に語りかけていた、のよ、ね……?

 どちらかというと鈍いクーティエにだって、そのくらいはなんとなく分かる。

「陛下との婚約を自分から言いだしたハオリュウは、いわばクーティエを裏切ってしまった状態です。強がったところで、気にならないはずがありません。だから、クーティエのほうから『何かを仕掛けているんでしょう?』と尋ねてあげることが、何よりも救いになります」

「……私が……ハオリュウの救いに……?」

 呆然と呟くと、メイシアがこちらを振り返った。

「うん。あなたにしかできないことなの」

 柔らかな口調でありながら、有無を言わせぬ響き。

 心臓が、どきんと跳ねる。

 何もできないと思っていたのに。

 できることがあると――あなたにしかできないと――託された。

 メイシアは体を正面に戻し、女王に頭を下げる。

「陛下のお心遣い、本当に感謝いたします」

 その声に、クーティエは弾かれたように続ける。

「陛下! ありがとうございます!」

 クーティエの声が、ハオリュウにとって『何よりも救いになる』かどうかは、ちょっと自信がない。

 けれど、囚われの彼と言葉を交わせる。

 それは、嬉しいことなのだから、素直に喜べばいいのだ。





 そして、翌日。

 クーティエに約束した通り、女王はハオリュウの部屋を訪れたのである。

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